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episode.17
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私達は地下都市ーーアンダーグラウンドーーに住む全ての獣人と合流した。その際に殺戮仏のほとんどと言っていい数を相手にして戦っていたDリビングアーマーを発見し、新道が獣人の子供達を守る為に呼び出したのとは別に敵である殺戮仏を倒す為に呼び出したのが窺えた。殺戮仏を倒す為だけに動くDリビングアーマーは私達と行動を共にせず、僅かに残った殺戮仏を倒しに進む。
地上から降りて来た殺戮仏も、僧侶の配下である沙門も1人残らず倒した。
私達が知らない場所では私達が倒さなくてはならなかった標的ーーバッハ・カヤヤマ――は仲間の獣人ラドラに倒されたようで、既にこの世界でのミッションはクリア済みだ。
残すは地上にいる敵のみだ。
今現在地上から降りてくる殺戮仏は1体もいない。新道が1人で戦い、倒してくれているのがそれだけで予測出来る。
新道、あと少しだけ待っていてくれ。
私達が地上への道を進もうと先を急ぐ中、Dリビングアーマーがアンダーグラウンドに残った最後の殺戮仏を倒した。
よし、あとは地上だけだな。
そう思った――その時、
[対象:殺戮仏【戦混合獣】 LV180 推定脅威度:C]
私が倒した殺戮仏の中で、見た事がない殺戮仏が突如姿を現わす。
「なっ⁉︎」
戦混合獣という名に相応しい姿。
獅子や河馬、大猩々や麒麟、大蛇や犬猫、牛や象、小僧や虎といった獣の類や人型の類が混ざり合った獣。
戦混合獣の顔面。複数の小僧の顔が突出し、顔の原型を保っているが、目が野獣そのものだ。口は獰猛な牙が生え、奥歯へ行くにつれて長さが増している。8本足は色々な獣の足が混ざり合っていて、バランスは良くない。長さの違いから歩きにくそうに思える。
背中には数多くの腕が生えてる。一本一本が違う獣の腕を冠し、意思があるかの如く蠢いてる。
尻尾は体よりも長く、全体に大小関係なく無数の牙がある。尻尾の先端に生えた鎌のような巨大な刃だけでも、厄介だというのに……戦混合獣の何処彼処も全体的に危険領域だらけだ。
今まで戦った中で、もっとも化け物じみた殺戮仏が、そこにいた。
「やばいな」
私達は進む足を止める。
なぜ足を止めたか。それはDリビングアーマーが一斉に戦混合獣の尻尾で倒されたからだ。やはり尻尾は長い。当たっただけで、体に風穴が開くのは見ただけで分かるほど、強烈だ。
「「「「「主人の敵は抹殺‼︎‼︎《重力波》」」」」」
複数の小僧が口を開き、大きく叫んだ。叫び声は音波となって、アンダーグラウンド全体を襲う。空気が震え、全身に重みがのしかかる。
「なっ⁉︎なんなんだ⁉︎」
私は腰に下げていた白鴉を鞘から抜く。
「やばいよ。あれ絶対戦ったらやばい奴だよ」
守山さんが額に冷や汗を流す。
「僕もそう思う。でもここで逃げる選択肢はないよ」
天音君は冷静な判断を下す。
「ちょい待ち、そもそもあれ倒せるの⁉︎」
冷静な判断に賛同したい気持ちはある。そう顔に書いたちづが右手を上げ、左手で戦混合獣を指差す。
「ガハハハハッ!我らが力を合わせて倒す‼︎」
ラドラが不安な空気を切り裂くようにこの場から独断で走り出す。
ラドラの頭から足までにかけて、闇が激しい炎のうねりの如く纏う。
「そうよ。倒せなくても戦わない事には何も始まらないわ。勝つも負けるも最初っから分かってたら面白くもなんともないわよ」
ちづの肩を優しく叩いたブラドナがラドラに続き、この場から抜け出す。
ブラドナはラドラとは違い、静かに闇を全身に纏い、両手の爪を通常の3倍の長さに伸ばす。
「負ける確率が99.9%あったとしても、勝てる確率が0.1%でもあれば戦うしかないでしょ。0.1%に賭けて戦えば、勝利の女神も微笑みかける可能性もあります。動かなければ、0.1%を覆す事は不可能です。そのまま待機していれば、0.1%は0%ですよ」
ロナードが2人を追って走り出す。
両脚に闇を集中して纏い、走る速度を上げる。
瞬きした時には、ロナードはラドラの真横に並んでいた。
「自分も行きます!」
「「「「我ら親衛隊は何処でも、ラドラ様と共に歩みます!」」」」
テンソン達もまた武器である剣を手に持ち、瞬時に闇を纏い走り出した。
「それはそうなんだけど――」
「新道先生が上で戦ってるのにここで逃げるわけには行かないっす!俺は新道先生の顔に泥を塗る行動だけはしないとあの時決めたんです!この力を仲間を守る事に使わないなんて、漢じゃないっすよ!」
ちづの言葉を遮り、葉山さんがマイバットとして持ち歩いている丸太を肩に担ぎ走り出す。葉山さんの背中には力強い気迫があった。
「そうだ。その通りだ!私達は地上を目指している。ここで動かなければ、地上へは行く事は困難となるだろう。敵がどんなに強くとも我々は今の今まで戦ってきたんだ!ここで引くことは過去の自分を否定するようなものだ!戦えない者は戦えない子供達を守っててくれ。まひろ、もし敵に怪我を負わされた仲間がいたらすぐに回復を頼む!」
私はリコノスケ達や獣人の子供達へ視線を向ける。次に奴隷から解放され、まだまだ心が弱々しい獣人へ温かい眼差しを向けた。
「うちに任せて。絶対に1人も殺させない。うちの魔力が続く限り、絶対に誰も殺させないから!美紅人は美紅人が今出来ることに集中して!」
まひろは私の背中を押し、今まで見せたことがない自信を持った表情で言った。
「わかった!行ってくる!」
「おじさんも行くよ!ここで逃げたら過去のおじさんと一緒だからね。ここで、おじさんがどれだけ変わったかを見せてあげるよ」
「モリケンは強いよ。だから僕はモリケンの隣で並べるようにどんなに強い敵が相手でも戦う。今度こそ、モリケンと一緒に勝ってみせる」
「ななか、早くお兄ちゃんに会いたい。ななかの邪魔する悪いのは、ななかが退治するんだから。それまで、お兄ちゃん、待っててね」
守山さんや天音君も頷き、夏奈華ちゃんも状況が厳しいとわかっていなくとも新道と合流したい気持ちが強いようだ。
「……勝てない相手に戦うとか、無謀過ぎ。でも美紅人さんがそう言うなら、行くしかないじゃん!まひろ、うちがやられたら頼むよ!」
「任せて」
「よし!みんな、行くぞ!」
私達は先頭のラドラ達を追う形で走り出す。天音君はまひろと同じく、その場から動かずにライフルを構える。
「肉体強化《全身闇纏》」
夏奈華ちゃんが体全体を闇一色に包み、纏った闇から力強い波動を放つ。
「汝の姿をおじさんの姿に宿せ!《魔装変身》‼︎」
守山さんは刹那の時間だったが体から閃光を発し、次の瞬間にはツインテールの美少女の姿に変わる。
「姿に宿りし力を解放せよ!《未来視》」
真っ白な髪に……真白なワンピースだと⁉︎
どおいうことだ⁉︎と驚きたいところだったが、状況が状況なだけに驚いた顔だけで表して突っ込みきれなかった。
「ちょ、守山さん……それなに⁉︎やばくない⁈美少女になってるじゃんか⁉︎」
ちづの裏返った声が耳に入る。
そうだよな。はやり聞くのが正解だったか。けれど、今はそおいうクエスチョンタイムではない。
私は戦混合獣に視線を向けたまま、
「ちづ、今は敵に集中だ。軽はずみは自分の身を危険にするだけだぞ」
ちづに伝える。
「美紅人さん、ごめん。つい好奇心から――」
「戸倉さん!危ない⁉︎姿に宿りし力を解放せよ!《魔力障壁》」
ズン‼︎
「っ⁉︎」
「きゃっ⁉︎」
「わっ⁉︎」
「ぐっ⁉︎」
真横から衝撃波が走った。
なぜここに⁉︎
戦混合獣がすぐ目の前にいる。
信じられない。
全てを吹き飛ばす衝撃波が、私を含めて近くにいた全員に襲いかかる。
何が起きたのか、一瞬の出来事で理解出なかったが戦混合獣が私の目では追えない速さで直進し、ちづに突進しようとしたのだけは分かる。
私は離れた位置にいた戦混合獣から一切視線を逸らしてなかった。
一瞬、瞼を閉じただけだ。
その一瞬を突いて、戦混合獣は私の目の前を信じられない速度で直進したのだろう。
バランスの良くない8本足には似つかわしくない速度。音速を超えた速さ。
守山さんの声を聞かなければ、全く反応することも気づくことも出来なかった。
背筋かゾッとする中、守山さんの新たな力で守られたちづはその場でへたり込む。守山さんは「まずい。もうもたない」と可愛い声だが、苦しそうにそう言った――直後、
「主人の敵は抹殺‼︎抹殺‼︎《重撃》」
「ぇ?」
戦混合獣とちづとの間を見えない力で阻んでいた壁が、バリィーン!と音を立てて消え去る。それと同時にへたり込んで動けないちづを丸太のように太い足で、ズドン!と戦混合獣は踏み潰した。
辺り一帯に凸凹の地面の砂が、ブワッと捲き上る。
「ちづ‼︎⁉︎」
私は叫んだ。
「遠山くん、ここは危険だ!一旦離れよう!」
守山さんの声が聞こえる。
「しかし――」
「っ⁉︎まずい⁉︎」
「とーやまのお兄ちゃん!危ない⁉︎」
守山さんと夏奈華ちゃんの声が同時に聞こえた。次の瞬間、捲き上った砂を切り裂くように戦混合獣の尻尾が襲いかかる。
「くそっ⁉︎っぁああああ‼︎」
私は戦混合獣の尻尾を白鴉で防いだつもりだった。だが完全に防ぎきれず、左腕に尻尾の牙が何本も突き刺さる光景が目に入る。
ズン‼︎
「がはぁああ⁉︎⁉︎」
尻尾の牙に突き刺さり、身動き取れない私を戦混合獣は地面になぎ落とした。
体内の空気が口から強制的に吐き出される。体全体の骨が軋む。口内に血の味が広がる。視界が霞む。
まずい。
そう思った時には既に遅かった。
再び振り上げられた尻尾と共に私は持ち上げられ、今さっきまでの景色とは大違いの景色が広がる。アンダーグラウンド全体が見渡せるだけの高さに到達後、上昇から急降下させられ、私の視界は一瞬のうちにぐらっと変わる。
ズドン‼︎
「がぁはっ⁉︎」
口から血が噴き出す。
視界が砂の煙で覆われる。
全身の体の感覚があるところとないところにわかれる。
……まずい。
尻尾が再び上昇する。
景色が変わる。
上昇後、急降下する。
ズドン!
「ぁがぁあ‼︎」
ドドドドドドドドドドドド‼︎
私は数度同じ動作を許してしまう。
戦混合獣は私をなぎ落とし、体をボロボロにする。
視界に黒い欠片が大量に飛び散る。
リビングアーマーの鎧が、兜が、籠手が次々と壊れ砕ける。
いつからだろうか?一瞬だろうか?意識が飛んでいた。
意識が戻る頃には地面に倒れていた。
うつ伏せになって、私自身の体がどんな状態か確認出来ない。
分かるのは、地面に広がる真っ赤な血の海。そこに左腕が転がっていた。
「千葉さん、遠山くんと戸倉さんを任せるよ」
守山さんの声が聞こえる。
体がふわっと浮く。
地面からどんどん離れていく。
血が地面に水滴のように零れ落ちる。
ポタッ!
地面に血が落ちた瞬間、私はその場から一瞬で離れた。引力に引っ張られるような不思議な感覚。体感を感じた。
「わかってるし‼︎」
まひろの声がすぐそばで聞こえる。
体が勝手に反転し、仰向けになる。それと同時に体が地面に着く感触を覚える。
仰向けになって初めて、まひろの顔が視界に入る。
まひろは涙を流していた。
「……私は……」
思うように言葉が口に出来ない。
あの左腕が私のなら……私自身はどうなってる?
体を起き上がらせようとしても、体が言うことを聞かない。
「美紅人!しゃべらないで!闇回復魔法《闇治療》」
体全体に温かい温もりが伝わってくる。
温かい。
感覚のなかった箇所から痛みが走る。
さっきまで痛みすら感じなかったのに……治ってる証拠だろうか?
私は体を包む温もりを感じたまま、意識を失った。
♦︎
遠山くんが戦線離脱した。
戦混合獣に強制退場させられた。
まさか遠山くんが離脱するとは想定してなかった。
もう少し早く未来視が見れていれば……戸倉さんも……。
過去を悔やもうとして、悔やむのをやめる。ここでクヨクヨしてても、何も解決しない。
おじさんにはおじさんのやるべき事がある。
「「「「「主人の敵は抹殺‼︎《重力波》」」」」」
戦混合獣の音波が鼓膜を破る勢いで、響き渡る。
体に重い負荷がかかる。
足が重たい。でも素のおじさんの時は、この比じゃなかった。変身前よりは半減されてる。
おじさんの視界には戦混合獣が暴れ回る姿が捉えられている。それと同時に次に動く動作が《未来視》で見える。
最初の突進で跡形も無く肉片にされたラドラさん達は今現在進行形で復元し、闇を全身に纏い始めてる。葉山くんは葉山くんで、丸太が身代わりになった事で命関わる問題に至ってはいないものの。頭から血を流したまま、気絶してるのか?地面に倒れてる。
今この状況下で動けるのは、おじさんと夏奈華ちゃんのみ。
後方からハルくんが狙撃してくれてるけど、どうもダメージは少ない様子。
「――くっ!」
《未来視》で戦混合獣の口から放たれる光線が見え、その場を咄嗟に飛んで離れる。
おじさんが離れた途端、その場に眩い光の光線が走った。
ズーン‼︎
凸凹の地面から火花が飛び散り、湯煙が上がる。
おじさんが空中にいる時点で、《未来視》が発動する。次は戦混合獣は真後ろに現れ、背中に強靭な体で体当たりしてくる。
「うん。やっぱり来るよね!」
未来視で見た動作のまんま、戦混合獣が現れて襲い来る。しかし、おじさんは戦混合獣の動きを知ってる。
両手に握った2本の光剣を1本に繋ぎ合わせ、
「姿に宿りし力を解放せよ!《光双剣》」
槍の長さと同程度の光双剣を全力で振り回す。
ズズズズズズズズ‼︎‼︎
戦混合獣の顔面を光双剣で削る。
今持てる全力で削り、戦混合獣の顔に複数ある小僧の顔が半壊して壊れ、呻き声を上げた小僧は跡形も無く倒壊する。
おじさんの体と戦混合獣の頭がぶつかるギリギリのところで、
「姿に宿りし力を解放せよ!《魔力障壁》」
戦混合獣との間に魔力障壁を展開する。
戦混合獣の体当たりは魔力障壁で緩和され、おじさんには一切ダメージというダメージはなく、ノーダメージ。
「姿に宿りし力を解放せよ!《飛翔》」
おじさんは空中から空中へ自由自在に駆け、空中で身動きの取れない戦混合獣の背中に光双剣を全力で振りまくる。
「姿に宿りし力を解放せよ!《百花繚乱》」
ズバッ‼︎ズズズズズズズズバッ‼︎
背中に生えた数多くの異なる腕を斬り刻み、丸裸同然に変える。
背中が丸裸になった戦混合獣へ更に追い討ちをかけるべく、何もない空間を踏み台にして降下しようとした――その時、《未来視》が発動した。
「やっぱり止めた」
何もない空間を足場にして、
「姿に宿りし力を解放せよ!《光球》」
無数の光球を戦混合獣の丸裸同然の背中にぶつける。
ズドドドドドドドドドドドド‼︎‼︎
「づぁぁあぁああああ‼︎‼︎」
戦混合獣が叫び、地面に落下する。
ズドン‼︎
おじさんが降下して戦混合獣の背中を斬ろうとした瞬間、戦混合獣の背中から再び異なる腕が生えた。生えた腕から無数の連撃を喰らうおじさんの姿を見せられれば、おじさんは未来のおじさん同様の結末に向かいたくない。それが本心。わざわざ分かってて飛び込むほど、おじさんは無双キャラじゃない事は自分自身の事だからこそ、よーくわかってる。
おじさんはおじさんなりの追撃を戦混合獣に与えれば、二重丸だ。未来の過ちを塗り替えれば、尚更花丸出来だ。
土煙を上げて姿を消した戦混合獣。
おじさんは少し離れた場所に降下し、1本に繋げ合わせた光双剣を2本の光剣に戻し、両手で握りしめ直す。
「もーやまのお姉ちゃん!」
夏奈華ちゃんがおじさんの元にやってくる。
夏奈華ちゃんは全身を闇に包まれているからか、走る速度が通常よりも速い。戦混合獣の攻撃を喰らってもなお、微動打にしない事から夏奈華ちゃんがこの中でもっとも戦混合獣の攻撃を受け止めきれる存在と言えるだろう。
「夏奈華ちゃん、まだ行ける?」
「うん。ななかね、お兄ちゃんから鍛えられたから全然平気だよ」
「そうか。なら一緒に敵を倒そう!」
「うん!」
《未来視》が発動する。戦混合獣がおじさん達へ光線を放つと同時にハルくん達の方へ突進し、なすすべなく吹き飛ばされる光景。
「――まずい⁉︎」
おじさんは未来視を確認し、顔を青くする。
このまま何もしなければ、ハルくん達が殺される。
「主人の敵は抹殺‼︎抹殺‼︎《破壊光線》」
ドッ‼︎
土煙を左右に割いた光線が、おじさんの元に一直線で走る。だが結末は分かってる。夏奈華ちゃんがその身を盾にして防ぐのは、おじさんは知っている。
「ここは夏奈華ちゃんに任せるよ」
だから振り返らない。
「うん!」
ズドン‼︎
夏奈華ちゃんの声。
後方からの爆風が勢いよく押し寄せ、おじさんの背中を後押しする。
「ハルくん!みんな‼︎そこから離れて‼︎」
おじさんは叫ぶ。
ハルくんはライフルのスコープ越しに戦混合獣だけを捉えていた事で、おじさんの言葉の意味を1番目に理解してくれる。
千葉さんは戸倉さんの治療に専念していて、おじさんの叫び声が聞こえていない様子。
リコノスケくん達や獣人の子供達は戦混合獣が突撃してくる姿を目にして、それに気づく。
このままじゃ、間に合わない。
おじさんは全力で駆ける。
戦混合獣も、おじさんが追いつくよりも先に目的地へ着くように音速を超える。
いかせるかぁ!
「姿に宿りし力を解放せよ!《光球》」
足を少しでも止める為、無数の光球を生み出して飛ばす。
戦混合獣の体の真横に光球が全弾命中するが、動きは緩まない。緩まないどころか、更に速度を増している。
ギリギリで間に合いそうにない。
おじさんはハルくん達に手を伸ばす。
ハルくんもまたおじさんに手を伸ばす。
「間に合え!」
叫んだおじさんに《未来視》が新たな未来を見せる。
これは――
♦︎
仲間の危機的状況が今この瞬間、起きてる。
私に立ち上がる力があれば……。
[解:ユニークスキル《幻装》発動可能。発動意思確認後、速やかに構築開始可能]
……ユニークスキル?
……それは私が戦ってる最中に手に入れたスキルだと記憶しているが、それを使えば今の状況を打破出来るのか?
[解:打破可能。ユニークスキル《幻装》発動後、身体制限は解除されます。自由行動可能。限界制限解除可能]
[警告:出血多量。瀕死。重傷。左腕欠落。身体制限及び限界制限解除により、身体超負荷恐れあり。ユニークスキル《幻装》解除後、昏睡状態陥る可能性大]
私を見縊るな。私は全てを乗り越えてみせる!
今この場で動かなければ、仲間を見殺しにするようなものだ。私は見て見ぬ振りをみすみすするつもりも、死ぬつもりもない!
私には仲間を元いた世界に戻す使命がある。
全てが終わるその日まで、死んでたまるか!
私に立ち上がる力を!
私に危機的状況を覆す力を!
私に戦混合獣を打破する力を!
[ユニークスキル《幻装》発動意思確認]
[ユニークスキル《幻装》構築開始]
[構築完了]
[ユニークスキル《幻装》発動]
♦︎
「ゆっくり眠る事も出来ないようだな!私をここまで窮地に陥れた敵は2人目だ。けれど、私は2度目もこうして自分の足で立ち上がる事が出来た。残念だが、戦混合獣お前の行く先は通行止だ‼︎《闇の奏撃》」
ズバッ‼︎‼︎
「遠山くん‼︎」
戦混合獣に敗れた遠山くんがその場で立ち上がり、白鴉を振り上げた。遠山くんの姿は見た事もない白銀の鎧に全身を包み込まれ、守られてる。
突撃してきた戦混合獣の体が宙を浮く。
遠山くんの一撃を受け、首の部分からドバッとキラキラ光る砂を飛び散らせ、戦混合獣は半回転する。
新たな未来では最初の未来と違う点が2つあった。
遠山くんが起き上がる事。
遠山くんがハルくん達へ突撃する戦混合獣を阻止する事。
「凄い!凄いよ!遠山くん‼︎」
おじさんはそう言い、2本の光剣を地面に突き刺す。宙を半回転して舞う戦混合獣をロックオンし、
「終末だよ!姿に宿りし力を解放せよ!《全開魔力砲》」
ズン‼︎
おじさんの両手から放った魔力砲。態勢が悪い状態のまま、全開で出したために自らの力の勢いを殺せずに両足を後ろへ押される。
光は先へ先へ進むごとに膨張し、全てを飲み干すべく溢れ出す。
眩い光を目にした戦混合獣は身動きを取れない状況下でも諦めず、
「主人の行く手を阻む敵‼︎《破壊光線》」
自らの口から巨大な光線を放つ。
光線と魔力砲がぶつかる。
ズッバーーーン‼︎‼︎
光線と魔力砲は拮抗した。
しかし、数秒後には拮抗は崩れ、光線を自らの力に取り込んだ魔力砲は更に膨大な光量となって戦混合獣を飲み込んだ。
「やった……か?」
爆煙と爆風が生じる。
戦混合獣の姿は爆風で確認出来ない。
遠山くん達の姿も同様に見えない。
そんな中、《未来視》が発動する。
遠山くんが戸倉さんを背負い、全員で爆煙を切り裂いて此方に来る姿。ハルくんが涙を流して喜ぶ姿。
そして肉片から全身を復元し終えたラドラさん達が起き上がり、闇を全身に纏って駆けつけて来る姿。ブラドナさんに肩を借りて、ハッキリとした表情で歩いてくる葉山くんの姿。夏奈華ちゃんの無事な姿。
みんな、無事だった。
ジーザザザザザ!
《未来視》が書き換わる。
上書きされた⁈
次に見えた未来は戦混合獣が背中から千の手――異なる獣の手――を生やし、その手は翼の形となって爆煙を一瞬で吹き飛ばす光景。
「――ま、まさか⁉︎」
爆煙が吹き荒れ、爆煙の中から戦混合獣が「主人の敵はドゴダァアァア⁉︎⁉︎」と叫ぶ。
直後、戦混合獣は千の手を翼の形に変えて爆煙を一瞬で吹き飛ばす。
すぐ近くにいた遠山くん達は、地面から両足が浮くと同時に吹き飛ばされる。
「「「「「主人の敵はマッサァアァッツ‼︎‼︎」」」」」
戦混合獣人の崩れた顔に小僧の顔が無数に生まれ飛び出す。小僧の眼は黒い血に染まり、顔は18禁ものの酷さがあった。
「なんなんだ⁉︎」
戦混合獣の傷ついた8本足は既に半分以上が、もげて無くなってる。それなのに失った足も、まだくっついてる足も、全てを自らの意思で捨てた。
地面に残りの足が全て落ちる。
「主人はカミナリィイイイ‼︎‼︎」
戦混合獣の元々あった8本足に新たな8本足が生え、最初のサイズとは比べようもない2倍の長さに伸びる。
「嘘だろう⁉︎」
戦混合獣の第2形態というべきか。
第2形態に進化した戦混合獣は口内にエゲツない牙を生え変え、
「《超重力波》ォアォアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア‼︎‼︎」
叫び声。いや雄叫びを上げる。
全身に重力が倍になったと思えるほどの重みがのしかかる。
《未来視》が発動し、戦混合獣の次の一手が見えた。
「させるか。させてたまるかー‼︎」
立ち上がる。
全身が重たい。
反発すれば反発するだけ、重力がのしかかって地に伏せさせようとする。
こんな雄叫びに負けない。
絶対に負けてたまるか!
「主人の敵はコロロロオオアォス‼︎‼︎《小規模無差別破壊光線》」
身動きの取れない獣人の子供へ無数の光線を吐き出そうとする。
未来視で見た戦混合獣の縮小された光線は威力は一発にまとめていた時よりも、威力はガタ落ちしてる。それでも数で来られたらひとたまりもない。
地面に突き刺した2本の光剣を両手で握り、素早く抜く。
「姿に宿りし力を解放せよ!《飛翔》《光双剣》」
戦混合獣が光線を吐き出す。その行動が分かっていたおじさんは2本の光剣を光双剣に変形させ、子供達に向かって飛来する光線を全速で回転させた光双剣で打ち払う。
「主人の敵はオマエカァアァアアア‼︎‼︎《千の手・攻めの型》」
「おじさんは負けないぞーー‼︎‼︎」
戦混合獣の背中から更に生み出された千の手が異なる獣人の拳に変化し、おじさんに集中して降り注ぐ。
ズドドドドドドドドドドド‼︎
戦混合獣の拳が光双剣の回転が弱まった隙間から、おじさんの顔を、胸を、腹を、肩を、脚を、腕を強烈な一撃で殴る。
未来が見えていても、体が思った通りに動かない。
さっきの一撃で、片腕が上がらない。
そんな時、《未来視》でラドラさん達が戦混合獣に飛びかかる姿。葉山くんがクリスタルカードを砕き、丸太を振り上げる姿。夏奈華ちゃんがおじさんを守りに飛び込んでくる姿が見えた。
「――行ける!」
おじさんは片手で光双剣を今出せる限界を超えて回し続け、戦混合獣の攻撃を全て辛うじて防ぐ。
そしてその時が来た。
「ガハハハハッ!待たせた‼︎」
「お待たせ!」
「ここからは私達の番ですよ!」
「ラドラ様達に続けー‼︎」
「「「「おおおおお‼︎」」」」」
ラドラさん達が戦混合獣の翼を自身に纏った闇で斬り裂き、降下するのと同時にありとあらゆる箇所に追加攻撃を加える。
両翼を斬り裂かれた戦混合獣は地面に落下しまいと新たに生み出した千の手で、新たな両翼を生み出そうとする。だがそれは既に悪手と言えた。
「賢さん!お待たせしましたぁあああああああああああああああ‼︎‼︎」
葉山くんが第2のマイバットである丸太を豪快に振り下ろし、戦混合獣を地に落とす。
ズドン‼︎
「もーやまのお姉ちゃん!」
夏奈華ちゃんが地に落ちてもなお、攻撃を続ける戦混合獣の千の手――異なる獣の拳――をおじさんに代わって防ぎ、1つ1つ潰していく。
「夏奈華ちゃん、ありがとう」
おじさんは夏奈華ちゃんにお礼を伝え、その場で膝をつく。
「守山さん!」
「守山さん、よくここまで頑張ってくれた‼︎」
「モリケン!」
遠山くん達が雄叫びを聞き、身動きが取れずにいた何倍もの重力から解放され、おじさんの元に駆けつけてくる。
「まひろ!守山さんを頼む!」
「任せて!闇回復魔法《闇治療》」
温かい温もりが全体に伝わる。
全身に生じていた痛みは消え、体が軽くなる。
「これは凄い」
おじさんは千葉さんの回復魔法に驚かされ、回復魔法の偉大さを痛いほどよく理解した。
「モリケン、もう大丈夫みたいだね!」
「うん。千葉さん、ありがとう」
「どういたしまして。本当は今すぐ動かない方がいいんだけど、言っても聞かないんでしょ⁇」
「うん。おじさんだけ、寝ていられない!」
ラドラさん達は戦混合獣の猛威をギリギリで避け続け、
「肉体技《金剛の一撃》」
「肉体技《白虎の鉤爪》」
「肉体技《回転刃》」
「「「「「剣技《高速斬り》」」」」」
カウンターを刻み続ける。
遠山くんは遠山くんで、白鴉を高速で振り続けて、
「《闇の奏撃》」
戦混合獣の千の手を圧倒的な技で斬る。
斬っても、斬り刻んでも、戦混合獣は失った分を補うように新たに千の手を生み出す。
しかし、おじさんの《未来視》には見えている。もう限界だということが。
「みんな、もう戦混合獣は生え変わらないよ!姿に宿りし力を解放せよ!《百花繚乱》」
万全に体を回復させたおじさんは全神経を両手に注ぎ、光双剣を目に見えぬ速度で振り回し続ける。
ズズズズズズズズズズズズズズズズバッ‼︎
限界に到達した戦混合獣。
全身を刻めれ、ボロボロだ。
《未来視》が発動し、戦混合獣の悪あがきを先読みする。
「そう来るなら、こうするまで!姿に宿りし力を解放せよ!《全方位・魔力障壁》《全方位・反射》」
「《超重力波》ァアアルジィイイイノォオオジャマァアアアアアアアアアアアアアア‼︎‼︎」
再び雄叫びが全員を襲う。未来が見えた。だから、おじさんは戦混合獣の360°全域に障壁を展開するのと同時に反射を発動させた。
戦混合獣は自らの雄叫びを戦混合獣自身に当てられ、自らの体を反響の数×何倍もの重力に押し潰された。
「アァアアアアアアアアアアルルルラフルルルジィイイイイイ‼︎」
「この一振りで終幕だ!《闇の奏撃》」
ズバッ‼︎
遠山くんが最後のトドメを刺した。
頭を失った戦混合獣はキラキラ光る砂となり、地面にドバッと流れ落ちる。
「終わった!今度こそ、終わった!」
おじさんは光双剣を地面に突き刺し、地面にお尻から座り込んだ。
おじさんは座った状態で、周りを見渡す。
遠山くんは白鴉を鞘に収め、ラドラさん達はお互いの腕と腕を組み合わせて喜びを分かち合ってる。
夏奈華ちゃんは背伸びし、葉山くんは丸太を担ぎながら此方に歩いて来る。頭から尋常じゃない血を流しながらも、平気そうな様子。
ハルくん達も、獣人の子供達も、リコノスケくん達も全員無事だ。
「良かった」
安堵の息を吐く。
「賢さん、お疲れ様です!」
葉山くんがおじさんに挨拶し、丸太を寝かせて座り込む。
「頭大丈夫?」
葉山くんの頭からは今現在進行形で、血が流れ続けてる。
平気なのだろうか?
「あーなんか頭がスッキリするっすね!なんででしょうね‼︎」
「ぇ⁈」
満面な笑みで笑う葉山くんを見て、これはやばいぞと思っていると、
「葉山さん!そこに横になって!」
千葉さんが葉山くんの頭から流れる血を見て、飛んで来るなり、強引に地面に横にならせる。
「ちょ!なんなんすか⁉︎」
頭から血を流し、頭がスッキリしたと言う葉山くんは言い返せる元気はあるみたいだ。
「闇回復魔法《闇治療》重傷じゃん!怪我してヘラヘラ笑うな!今は回復に専念して!こんなのほっといたら、絶対にやばいよ!」
千葉さんは目から涙を大量に流したようで、目の下が腫れてる。
「頭がスッキリしただけで、俺はどこも怪我してないっす!全然平気っすよ!」
「馬鹿なの⁉︎頭から血流れてるんだよ!それを平気とは絶対に言わないから!」
「え⁉︎俺の頭……血が流れてるんすか⁉︎‼︎」
千葉さんの言葉で、葉山くんは自らの頭から流れる血を初めて知ったようだ。
だから平気でいられたのか。
「めっちゃ流れてるから!」
「まじっすか⁉︎」
「まじだから!」
「それで、頭がスッキリするわけっすね‼︎」
「スッキリちゃうわ!スッキリしすぎて、顔は青ざめてるやん!」
関西弁?千葉さん、関西の人なのかな?
千葉さんは涙を拭い、葉山くんの治療に専念する。
「そうだよね。戸倉さんや遠山くんもあんなに酷い怪我をしたのに葉山くんまで怪我をしたとなると悲しいよ。おじさんだって心配になったよ」
「賢さん、面目ないっす!新道先生のため……あんなにやる気と頑張る気満々で行った矢先に早々に離脱するなんて……新道先生に合わせる顔がないっす‼︎」
「葉山くんは最後の最後で戦混合獣を地に落としてくれた。頭から血を流してやばいのにあれだけ丸太を振って戦ったんだ。新道くんだって、よくやったって言ってくれるよ。それに葉山くんは過去のおじさんと違って、ちゃんと生きてる。それだけで、どれだけ救われるか。おじさんはおじさんの死をもってよく知ってるよ」
「守山さん」
「賢さん」
千葉さんと葉山くんが悲しそうな眼差しを向けてくる。
ぐっと歯を噛み締め、涙が流れ落ちそうになるのを必死に止める。
あ、やばい。
涙が流れ落ちた。
「モリケン!何泣いてるんだよ!」
ハルくんがおじさんの元に来るなり、おじさんの体を抱きしめる。
「モリケン!ありがとう!モリケンにまた助けられたね。ホントにありがとう!」
ハルくんの髪から甘い匂いがする。
しくしくと泣きじゃくる声がする。
この声は、ハルくんだ。
体が震えてる。
「ハルくん、怖かったんだね。もう大丈夫。おじさんはここにいるよ。おじさんがここにいる限り、ハルくんは絶対に守るから。あとおじさんもだけど、戦混合獣の猛攻を防いでトドメを刺した遠山くんが凄い貢献をしてくれたよ」
ハルくんの背中を優しく摩る。
「もーやまのお姉ちゃん」
夏奈華ちゃんがおじさんにピースサインを向ける。
「ななかね、頑張ったよ。頑張ったから、あとでお兄ちゃんにいーっぱい褒めてもらうんの!」
「夏奈華ちゃん、ありがとう。新道くんも夏奈華ちゃんの勇姿を聞いたら喜ぶだろうね」
「うんうん。ななか、楽しみ!」
夏奈華ちゃんはまだまだ元気が有り余ってるなー。あんなに走り回る元気は、おじさんにはないよ。
戸倉さんを葉山くんの隣に寝かせた遠山くんが此方に来る。
「守山さん、最後までお見事だった。私の知る守山さんとは大きく違い、私や新道と肩を並べられるほど、強く。そして絶え間ない努力をした証であり、素晴らしい成長を遂げた証であると戦混合獣との一戦で眼が覚めるほど、脳裏に刻まれた」
「おじさんはおじさんの全力を尽くしたまでだよ。遠山くんがあの場で動けてなかったら、おじさんは全力の力を発揮出来なかったし、ハルくん達を守る事は出来なかった。遠山くん、本当にありがとう」
「お互い様だ」
おじさんは遠山くんと目を合わせ、頷く。
戦混合獣はもういない。
アンダーグラウンドに静けさが漂う。
地上の日差しがいつの間にか夕闇に包まれ、アンダーグラウンドに闇が訪れようとしている。
戦混合獣の姿がない。確実に仕留めた。そうに違いない。
「ガハハハハッ!彼奴は手応えがあって、なかなかの強さだった!」
「そうね。もーやだ。体は殺戮仏の砂でベトベト。わたしもトオヤマ達の力になれたはずなのに……蘇るまで時間かかって見てることしか出来なかったわよ。ホントに何やってんのかしらね。最後はちゃんとわたし達も加われて戦えたのは良かったけど、ベトベトになるのは嫌よね。もーあんなのと戦うのは、うんざりよ」
「私達の体に起こった不可解な現象の大体を把握出来たと思っておけばいいじゃないですか。敵に殺されなければ、私達が蘇ると少なからずあった可能性は裏付けられなかったのですから。私達を一瞬で殺した殺戮仏は強かったですが、私達の力を合わせれば敵ではありませんでしたね」
「ガハハハハッ!殺されるというのは良い気分ではないぞ!」
「ええ、それは同感よ。体が元に戻っても、もーうあれだけは未来永劫懲り懲りよ。ロナちゃんが言う通り、裏付けられてもわたしは軽々と殺されたりしないわよ。命は誰しも1つしかないんだから殺されて元に戻っても、次もそうかは分からないじゃないの」
「そうですね。それは分かりませんね。ですけど、2度あったことは3度あると言います。次があるかないかは時間をかけておいおい調べていけばいいでしょう。まだ私達の戦いは終わったわけじゃありませんので」
「ラドラ様達に自分達はついていきます!」
「「「「命ある限り、我ら親衛隊は一生ついていきます!」」」」
ラドラさん達は熱いなー。
あんなに熱心な人達は見たことないよ。
おじさんは泣きじゃくるハルくんを宥め終えて、《魔装変身》を解除しようとした――その時、《未来視》が発動する。
「まずい⁉︎」
魔力は残り僅かしかない。
未来視だけしか使わなければ、もう少し保てるかもしれないけど……まずすぎる。
「守山さん、どうした⁉︎」
「まずいって何がまずいん⁉︎」
「……モリケン⁇」
「戦混合獣は消滅してなかった!」
おじさんはキラキラ光る砂が舞い上がり、1つの形に収束していく光景を未来視で見た。それが今生じ始める。
「ガハハハハッ!また殺しに来たか‼︎」
「なんなのよ!なんで消滅してないのよ⁉︎」
「どおいう原理でしょうね。これはモリヤマの言う。まずいがこの場には相応しい言葉でしょうね。しかし、1度目や2度目の時とは違いますよ。私達は全員すぐ動けますし、一番の強みは全員生きている。敵が姿を現わす前に粉々に消し飛ばしましょう!」
「……それいいね!」
戦混合獣に踏み潰され、両腕両脚をへし折られて重傷だった戸倉さんが起き上がる。
「ちづ!まだ起きちゃ――」
「あれに一泡吹かせないで、寝てられないよ!うちをあそこまでボロボロにしてくれたお返しは高く付くよ!」
戸倉さんは舞い上がる砂嵐の中から再び蘇ろうとしている戦混合獣だけしか目に入っていない。
あの顔は絶対にやるまで、寝ない人の顔だよ。
「ちづ、まじでやるつもり⁉︎」
「あったり前っしょ!」
まだ痛みが残ってるのか、辛そうな表情をする戸倉さんは力強く立ち上がる。
「それは俺も同感っす!大事に使ってた丸太1号をぶっ壊されて、丸太2号で殴り足りてなかったっす!またおいでなさるなら、このまま引き下がれないっすよ‼︎」
「葉山さんまで、やる気⁉︎」
「特別製で作った丸太を打ち込んでやるっすよ‼︎」
横に寝かせた丸太はそのまま放置し、クリスタルカードを砕き、新たに別の丸太――両側の先端部分が鋭利に研がれた――が出現する。
丸太は黒一色に染まり、異様な黒い空気を放出してる。
「ななか、お兄ちゃんにもっと褒めてもらうの!」
夏奈華ちゃんは元気に笑う。
「僕は何も出来てない。みんながやるなら、尚更黙ってられない。僕もやる!」
ハルくんはライフルを力強く抱きしめ、目に力が宿る。
「みんな、やる気だね。じゃーおじさんも残りの魔力全部振るしかないね!」
おじさんは残りの魔力を一撃に全注入すると決心し、全身を光一色で眩く輝かせる。
「全員で同時攻撃と行こう!準備はいいか⁉︎行くぞ‼︎」
遠山くんの言葉が合図になる。
まず最初にリコノスケくん達や子供達全員が両手を繋ぎ、闇の力をリコノスケくんの立つ一箇所に全て集結させる。
「「「「「闇集結技《巨獣の拳》」」」」」
ズバゴドン‼︎
全ての獣人の力を纏った巨大な闇が拳に形を変え、砂嵐を一撃で一掃した。
「闇魔法《ダークボルト》」
砂嵐が消え、形をまだ完成形まで辿り着けずにいる戦混合獣人へ戸倉さんの想いの詰まった力が降り注ぐ。
ズドドドドドドドドド‼︎
戸倉さんの闇魔法が降り注ぐ中、完成形を保てずに崩れかけようとする戦混合獣へラドラさん達が走り出す。
「肉体技《金剛の波動拳》」
「肉体技《虎蓮百烈波》」
「肉体技《全力刃斬波》」
「「「「「肉体合体技《一鉄攻刃十字牙》」」」」」
轟音が響いた。
戦混合獣だけでなく、あまり余った威力がアンダーグラウンドへ飛び火し、大半が崩れる。
ラドラさん達が戦混合獣を完成形へ辿り着かせない決定打を与える。
「《闇の衝天破》」
夏奈華ちゃんが戦混合獣のど真ん中に一撃加え、
「《ダークブラスト》」
後ろから疾風の如く速さで姿を現した葉山くんが黒一色の丸太を戦混合獣のど真ん中に更に追撃し、分厚い皮膚をブチ破る。
「オオォオォオオォオオオオオオ‼︎」
「この弾丸でジ・エンド!」
パリィーン‼︎
皮膚の中から見えた戦混合獣の核――キラキラ輝いた――にハルくんが弾丸を放ち、砕く。
「ォォオォオォォオオオオオ‼︎」
「この一振りで終幕だ!《闇の奏刃》」
ズバン‼︎
戦混合獣の体が核を失い、崩れ出す。そんな中、遠山くんが目にも留まらぬ速さで白鴉を振るう。
戦混合獣の頭から尻尾が一刀両断された。
「終末だよ!姿に宿りし力を解放せよ!《全開魔力砲》」
限界を超えた全魔力を乗せた魔力砲が戦混合獣を飲み込む。殺戮仏達に破壊尽くされ、殺戮仏達との戦いで更に酷くなったアンダーグラウンドを維持不可能なほど破壊尽くす。
ズン!ズドーーン‼︎
視界が揺れる。
轟音が響く。
爆風が吹き荒れる。
爆煙が光と共に生じる。
戦混合獣は光に飲まれ、姿は確認出来ない。でも直感する。終わったと。
[対象:戦混合獣 消滅]
[LV132→LV178]
「終わった。終わったぞーー‼︎」
おじさんはジャンプして喜んだ。
既に全魔力を使い終え、《魔装変身》は自動解除されている。
もう未来視は見えない。
でもこれだけは分かる。
あの戦混合獣はもういない。
全員の力で倒したんだ!
「ガハハハハッ!」
「やったわね!」
「これが私達の本気です」
「自分達の見せ場があった!ラドラ様達のお役に立てた!」
「「「「親衛隊の力、ここにあり‼︎」」」」
ラドラさん達は腕と腕を組み合い、抱き合いながら喜びを肌で感じ合う。
「みなさん、凄いです。まだまだボクは、みんなの力を借りないとあんな力は使えない。終始、力不足でした。もっともっと強くなりたい。ラドラ様みたいな強い漢になりたいです!」
リコノスケくんは若い獣人から子供の獣人を一斉に見渡し、さらなる飛躍をその場で誓う。
「よく言った」
「最後までついていくぞ」
「リコノスケは俺たちの星だ」
「お前が強くなるなら、俺だって」
「それなら私だって」
「がんばるぞー」
「みんなで頑張ろう」
期待を感じた全員が、リコノスケくんに拍手と声援を送る。
「お兄ちゃん見てたかな?ななか、頑張ったよ!早くお兄ちゃんに会いたい!」
夏奈華ちゃんはお空を眺め、今も地上で戦い続けているであろう新道くんを想う。
「あースッキリしたし!あれに一泡吹かせたし、倒したし、うちはもう少し寝る」
戸倉さんは戦混合獣に一矢報いた事で、張り詰めた糸が切れたように地面に横になり、眠りについた。
「よっしゃー‼︎勝ったっす‼︎新道先生‼︎俺やりましたよー‼︎」
丸太をブンブン回し、葉山くんは喜びを体で表現してる。
「2人とも無茶し過ぎじゃん」
千葉さんは喜ぶ葉山くんの頭を軽く叩き、次に戸倉さんを優しく介護し、戸倉さんの頭を膝枕する。
「倒した!やった!やったよー!モリケン!」
ハルくんがおじさんの元に飛び込んでくる。
「うん。倒したね!これで新道くんの元に行ける!」
おじさんはハルくんを受け止め、抱きしめる。
「だがすぐに行ける状況ではないな。新道にはすまないが、もう少し待っていてくれ」
遠山くんは白鴉を鞘に収め、地上を見上げた。
新道くん、あと少し待ってて。
絶対におじさん達が助太刀に向かうから。
その後、おじさん達は怪我を負った仲間の治療を終えて地上へ向かった。
地上から降りて来た殺戮仏も、僧侶の配下である沙門も1人残らず倒した。
私達が知らない場所では私達が倒さなくてはならなかった標的ーーバッハ・カヤヤマ――は仲間の獣人ラドラに倒されたようで、既にこの世界でのミッションはクリア済みだ。
残すは地上にいる敵のみだ。
今現在地上から降りてくる殺戮仏は1体もいない。新道が1人で戦い、倒してくれているのがそれだけで予測出来る。
新道、あと少しだけ待っていてくれ。
私達が地上への道を進もうと先を急ぐ中、Dリビングアーマーがアンダーグラウンドに残った最後の殺戮仏を倒した。
よし、あとは地上だけだな。
そう思った――その時、
[対象:殺戮仏【戦混合獣】 LV180 推定脅威度:C]
私が倒した殺戮仏の中で、見た事がない殺戮仏が突如姿を現わす。
「なっ⁉︎」
戦混合獣という名に相応しい姿。
獅子や河馬、大猩々や麒麟、大蛇や犬猫、牛や象、小僧や虎といった獣の類や人型の類が混ざり合った獣。
戦混合獣の顔面。複数の小僧の顔が突出し、顔の原型を保っているが、目が野獣そのものだ。口は獰猛な牙が生え、奥歯へ行くにつれて長さが増している。8本足は色々な獣の足が混ざり合っていて、バランスは良くない。長さの違いから歩きにくそうに思える。
背中には数多くの腕が生えてる。一本一本が違う獣の腕を冠し、意思があるかの如く蠢いてる。
尻尾は体よりも長く、全体に大小関係なく無数の牙がある。尻尾の先端に生えた鎌のような巨大な刃だけでも、厄介だというのに……戦混合獣の何処彼処も全体的に危険領域だらけだ。
今まで戦った中で、もっとも化け物じみた殺戮仏が、そこにいた。
「やばいな」
私達は進む足を止める。
なぜ足を止めたか。それはDリビングアーマーが一斉に戦混合獣の尻尾で倒されたからだ。やはり尻尾は長い。当たっただけで、体に風穴が開くのは見ただけで分かるほど、強烈だ。
「「「「「主人の敵は抹殺‼︎‼︎《重力波》」」」」」
複数の小僧が口を開き、大きく叫んだ。叫び声は音波となって、アンダーグラウンド全体を襲う。空気が震え、全身に重みがのしかかる。
「なっ⁉︎なんなんだ⁉︎」
私は腰に下げていた白鴉を鞘から抜く。
「やばいよ。あれ絶対戦ったらやばい奴だよ」
守山さんが額に冷や汗を流す。
「僕もそう思う。でもここで逃げる選択肢はないよ」
天音君は冷静な判断を下す。
「ちょい待ち、そもそもあれ倒せるの⁉︎」
冷静な判断に賛同したい気持ちはある。そう顔に書いたちづが右手を上げ、左手で戦混合獣を指差す。
「ガハハハハッ!我らが力を合わせて倒す‼︎」
ラドラが不安な空気を切り裂くようにこの場から独断で走り出す。
ラドラの頭から足までにかけて、闇が激しい炎のうねりの如く纏う。
「そうよ。倒せなくても戦わない事には何も始まらないわ。勝つも負けるも最初っから分かってたら面白くもなんともないわよ」
ちづの肩を優しく叩いたブラドナがラドラに続き、この場から抜け出す。
ブラドナはラドラとは違い、静かに闇を全身に纏い、両手の爪を通常の3倍の長さに伸ばす。
「負ける確率が99.9%あったとしても、勝てる確率が0.1%でもあれば戦うしかないでしょ。0.1%に賭けて戦えば、勝利の女神も微笑みかける可能性もあります。動かなければ、0.1%を覆す事は不可能です。そのまま待機していれば、0.1%は0%ですよ」
ロナードが2人を追って走り出す。
両脚に闇を集中して纏い、走る速度を上げる。
瞬きした時には、ロナードはラドラの真横に並んでいた。
「自分も行きます!」
「「「「我ら親衛隊は何処でも、ラドラ様と共に歩みます!」」」」
テンソン達もまた武器である剣を手に持ち、瞬時に闇を纏い走り出した。
「それはそうなんだけど――」
「新道先生が上で戦ってるのにここで逃げるわけには行かないっす!俺は新道先生の顔に泥を塗る行動だけはしないとあの時決めたんです!この力を仲間を守る事に使わないなんて、漢じゃないっすよ!」
ちづの言葉を遮り、葉山さんがマイバットとして持ち歩いている丸太を肩に担ぎ走り出す。葉山さんの背中には力強い気迫があった。
「そうだ。その通りだ!私達は地上を目指している。ここで動かなければ、地上へは行く事は困難となるだろう。敵がどんなに強くとも我々は今の今まで戦ってきたんだ!ここで引くことは過去の自分を否定するようなものだ!戦えない者は戦えない子供達を守っててくれ。まひろ、もし敵に怪我を負わされた仲間がいたらすぐに回復を頼む!」
私はリコノスケ達や獣人の子供達へ視線を向ける。次に奴隷から解放され、まだまだ心が弱々しい獣人へ温かい眼差しを向けた。
「うちに任せて。絶対に1人も殺させない。うちの魔力が続く限り、絶対に誰も殺させないから!美紅人は美紅人が今出来ることに集中して!」
まひろは私の背中を押し、今まで見せたことがない自信を持った表情で言った。
「わかった!行ってくる!」
「おじさんも行くよ!ここで逃げたら過去のおじさんと一緒だからね。ここで、おじさんがどれだけ変わったかを見せてあげるよ」
「モリケンは強いよ。だから僕はモリケンの隣で並べるようにどんなに強い敵が相手でも戦う。今度こそ、モリケンと一緒に勝ってみせる」
「ななか、早くお兄ちゃんに会いたい。ななかの邪魔する悪いのは、ななかが退治するんだから。それまで、お兄ちゃん、待っててね」
守山さんや天音君も頷き、夏奈華ちゃんも状況が厳しいとわかっていなくとも新道と合流したい気持ちが強いようだ。
「……勝てない相手に戦うとか、無謀過ぎ。でも美紅人さんがそう言うなら、行くしかないじゃん!まひろ、うちがやられたら頼むよ!」
「任せて」
「よし!みんな、行くぞ!」
私達は先頭のラドラ達を追う形で走り出す。天音君はまひろと同じく、その場から動かずにライフルを構える。
「肉体強化《全身闇纏》」
夏奈華ちゃんが体全体を闇一色に包み、纏った闇から力強い波動を放つ。
「汝の姿をおじさんの姿に宿せ!《魔装変身》‼︎」
守山さんは刹那の時間だったが体から閃光を発し、次の瞬間にはツインテールの美少女の姿に変わる。
「姿に宿りし力を解放せよ!《未来視》」
真っ白な髪に……真白なワンピースだと⁉︎
どおいうことだ⁉︎と驚きたいところだったが、状況が状況なだけに驚いた顔だけで表して突っ込みきれなかった。
「ちょ、守山さん……それなに⁉︎やばくない⁈美少女になってるじゃんか⁉︎」
ちづの裏返った声が耳に入る。
そうだよな。はやり聞くのが正解だったか。けれど、今はそおいうクエスチョンタイムではない。
私は戦混合獣に視線を向けたまま、
「ちづ、今は敵に集中だ。軽はずみは自分の身を危険にするだけだぞ」
ちづに伝える。
「美紅人さん、ごめん。つい好奇心から――」
「戸倉さん!危ない⁉︎姿に宿りし力を解放せよ!《魔力障壁》」
ズン‼︎
「っ⁉︎」
「きゃっ⁉︎」
「わっ⁉︎」
「ぐっ⁉︎」
真横から衝撃波が走った。
なぜここに⁉︎
戦混合獣がすぐ目の前にいる。
信じられない。
全てを吹き飛ばす衝撃波が、私を含めて近くにいた全員に襲いかかる。
何が起きたのか、一瞬の出来事で理解出なかったが戦混合獣が私の目では追えない速さで直進し、ちづに突進しようとしたのだけは分かる。
私は離れた位置にいた戦混合獣から一切視線を逸らしてなかった。
一瞬、瞼を閉じただけだ。
その一瞬を突いて、戦混合獣は私の目の前を信じられない速度で直進したのだろう。
バランスの良くない8本足には似つかわしくない速度。音速を超えた速さ。
守山さんの声を聞かなければ、全く反応することも気づくことも出来なかった。
背筋かゾッとする中、守山さんの新たな力で守られたちづはその場でへたり込む。守山さんは「まずい。もうもたない」と可愛い声だが、苦しそうにそう言った――直後、
「主人の敵は抹殺‼︎抹殺‼︎《重撃》」
「ぇ?」
戦混合獣とちづとの間を見えない力で阻んでいた壁が、バリィーン!と音を立てて消え去る。それと同時にへたり込んで動けないちづを丸太のように太い足で、ズドン!と戦混合獣は踏み潰した。
辺り一帯に凸凹の地面の砂が、ブワッと捲き上る。
「ちづ‼︎⁉︎」
私は叫んだ。
「遠山くん、ここは危険だ!一旦離れよう!」
守山さんの声が聞こえる。
「しかし――」
「っ⁉︎まずい⁉︎」
「とーやまのお兄ちゃん!危ない⁉︎」
守山さんと夏奈華ちゃんの声が同時に聞こえた。次の瞬間、捲き上った砂を切り裂くように戦混合獣の尻尾が襲いかかる。
「くそっ⁉︎っぁああああ‼︎」
私は戦混合獣の尻尾を白鴉で防いだつもりだった。だが完全に防ぎきれず、左腕に尻尾の牙が何本も突き刺さる光景が目に入る。
ズン‼︎
「がはぁああ⁉︎⁉︎」
尻尾の牙に突き刺さり、身動き取れない私を戦混合獣は地面になぎ落とした。
体内の空気が口から強制的に吐き出される。体全体の骨が軋む。口内に血の味が広がる。視界が霞む。
まずい。
そう思った時には既に遅かった。
再び振り上げられた尻尾と共に私は持ち上げられ、今さっきまでの景色とは大違いの景色が広がる。アンダーグラウンド全体が見渡せるだけの高さに到達後、上昇から急降下させられ、私の視界は一瞬のうちにぐらっと変わる。
ズドン‼︎
「がぁはっ⁉︎」
口から血が噴き出す。
視界が砂の煙で覆われる。
全身の体の感覚があるところとないところにわかれる。
……まずい。
尻尾が再び上昇する。
景色が変わる。
上昇後、急降下する。
ズドン!
「ぁがぁあ‼︎」
ドドドドドドドドドドドド‼︎
私は数度同じ動作を許してしまう。
戦混合獣は私をなぎ落とし、体をボロボロにする。
視界に黒い欠片が大量に飛び散る。
リビングアーマーの鎧が、兜が、籠手が次々と壊れ砕ける。
いつからだろうか?一瞬だろうか?意識が飛んでいた。
意識が戻る頃には地面に倒れていた。
うつ伏せになって、私自身の体がどんな状態か確認出来ない。
分かるのは、地面に広がる真っ赤な血の海。そこに左腕が転がっていた。
「千葉さん、遠山くんと戸倉さんを任せるよ」
守山さんの声が聞こえる。
体がふわっと浮く。
地面からどんどん離れていく。
血が地面に水滴のように零れ落ちる。
ポタッ!
地面に血が落ちた瞬間、私はその場から一瞬で離れた。引力に引っ張られるような不思議な感覚。体感を感じた。
「わかってるし‼︎」
まひろの声がすぐそばで聞こえる。
体が勝手に反転し、仰向けになる。それと同時に体が地面に着く感触を覚える。
仰向けになって初めて、まひろの顔が視界に入る。
まひろは涙を流していた。
「……私は……」
思うように言葉が口に出来ない。
あの左腕が私のなら……私自身はどうなってる?
体を起き上がらせようとしても、体が言うことを聞かない。
「美紅人!しゃべらないで!闇回復魔法《闇治療》」
体全体に温かい温もりが伝わってくる。
温かい。
感覚のなかった箇所から痛みが走る。
さっきまで痛みすら感じなかったのに……治ってる証拠だろうか?
私は体を包む温もりを感じたまま、意識を失った。
♦︎
遠山くんが戦線離脱した。
戦混合獣に強制退場させられた。
まさか遠山くんが離脱するとは想定してなかった。
もう少し早く未来視が見れていれば……戸倉さんも……。
過去を悔やもうとして、悔やむのをやめる。ここでクヨクヨしてても、何も解決しない。
おじさんにはおじさんのやるべき事がある。
「「「「「主人の敵は抹殺‼︎《重力波》」」」」」
戦混合獣の音波が鼓膜を破る勢いで、響き渡る。
体に重い負荷がかかる。
足が重たい。でも素のおじさんの時は、この比じゃなかった。変身前よりは半減されてる。
おじさんの視界には戦混合獣が暴れ回る姿が捉えられている。それと同時に次に動く動作が《未来視》で見える。
最初の突進で跡形も無く肉片にされたラドラさん達は今現在進行形で復元し、闇を全身に纏い始めてる。葉山くんは葉山くんで、丸太が身代わりになった事で命関わる問題に至ってはいないものの。頭から血を流したまま、気絶してるのか?地面に倒れてる。
今この状況下で動けるのは、おじさんと夏奈華ちゃんのみ。
後方からハルくんが狙撃してくれてるけど、どうもダメージは少ない様子。
「――くっ!」
《未来視》で戦混合獣の口から放たれる光線が見え、その場を咄嗟に飛んで離れる。
おじさんが離れた途端、その場に眩い光の光線が走った。
ズーン‼︎
凸凹の地面から火花が飛び散り、湯煙が上がる。
おじさんが空中にいる時点で、《未来視》が発動する。次は戦混合獣は真後ろに現れ、背中に強靭な体で体当たりしてくる。
「うん。やっぱり来るよね!」
未来視で見た動作のまんま、戦混合獣が現れて襲い来る。しかし、おじさんは戦混合獣の動きを知ってる。
両手に握った2本の光剣を1本に繋ぎ合わせ、
「姿に宿りし力を解放せよ!《光双剣》」
槍の長さと同程度の光双剣を全力で振り回す。
ズズズズズズズズ‼︎‼︎
戦混合獣の顔面を光双剣で削る。
今持てる全力で削り、戦混合獣の顔に複数ある小僧の顔が半壊して壊れ、呻き声を上げた小僧は跡形も無く倒壊する。
おじさんの体と戦混合獣の頭がぶつかるギリギリのところで、
「姿に宿りし力を解放せよ!《魔力障壁》」
戦混合獣との間に魔力障壁を展開する。
戦混合獣の体当たりは魔力障壁で緩和され、おじさんには一切ダメージというダメージはなく、ノーダメージ。
「姿に宿りし力を解放せよ!《飛翔》」
おじさんは空中から空中へ自由自在に駆け、空中で身動きの取れない戦混合獣の背中に光双剣を全力で振りまくる。
「姿に宿りし力を解放せよ!《百花繚乱》」
ズバッ‼︎ズズズズズズズズバッ‼︎
背中に生えた数多くの異なる腕を斬り刻み、丸裸同然に変える。
背中が丸裸になった戦混合獣へ更に追い討ちをかけるべく、何もない空間を踏み台にして降下しようとした――その時、《未来視》が発動した。
「やっぱり止めた」
何もない空間を足場にして、
「姿に宿りし力を解放せよ!《光球》」
無数の光球を戦混合獣の丸裸同然の背中にぶつける。
ズドドドドドドドドドドドド‼︎‼︎
「づぁぁあぁああああ‼︎‼︎」
戦混合獣が叫び、地面に落下する。
ズドン‼︎
おじさんが降下して戦混合獣の背中を斬ろうとした瞬間、戦混合獣の背中から再び異なる腕が生えた。生えた腕から無数の連撃を喰らうおじさんの姿を見せられれば、おじさんは未来のおじさん同様の結末に向かいたくない。それが本心。わざわざ分かってて飛び込むほど、おじさんは無双キャラじゃない事は自分自身の事だからこそ、よーくわかってる。
おじさんはおじさんなりの追撃を戦混合獣に与えれば、二重丸だ。未来の過ちを塗り替えれば、尚更花丸出来だ。
土煙を上げて姿を消した戦混合獣。
おじさんは少し離れた場所に降下し、1本に繋げ合わせた光双剣を2本の光剣に戻し、両手で握りしめ直す。
「もーやまのお姉ちゃん!」
夏奈華ちゃんがおじさんの元にやってくる。
夏奈華ちゃんは全身を闇に包まれているからか、走る速度が通常よりも速い。戦混合獣の攻撃を喰らってもなお、微動打にしない事から夏奈華ちゃんがこの中でもっとも戦混合獣の攻撃を受け止めきれる存在と言えるだろう。
「夏奈華ちゃん、まだ行ける?」
「うん。ななかね、お兄ちゃんから鍛えられたから全然平気だよ」
「そうか。なら一緒に敵を倒そう!」
「うん!」
《未来視》が発動する。戦混合獣がおじさん達へ光線を放つと同時にハルくん達の方へ突進し、なすすべなく吹き飛ばされる光景。
「――まずい⁉︎」
おじさんは未来視を確認し、顔を青くする。
このまま何もしなければ、ハルくん達が殺される。
「主人の敵は抹殺‼︎抹殺‼︎《破壊光線》」
ドッ‼︎
土煙を左右に割いた光線が、おじさんの元に一直線で走る。だが結末は分かってる。夏奈華ちゃんがその身を盾にして防ぐのは、おじさんは知っている。
「ここは夏奈華ちゃんに任せるよ」
だから振り返らない。
「うん!」
ズドン‼︎
夏奈華ちゃんの声。
後方からの爆風が勢いよく押し寄せ、おじさんの背中を後押しする。
「ハルくん!みんな‼︎そこから離れて‼︎」
おじさんは叫ぶ。
ハルくんはライフルのスコープ越しに戦混合獣だけを捉えていた事で、おじさんの言葉の意味を1番目に理解してくれる。
千葉さんは戸倉さんの治療に専念していて、おじさんの叫び声が聞こえていない様子。
リコノスケくん達や獣人の子供達は戦混合獣が突撃してくる姿を目にして、それに気づく。
このままじゃ、間に合わない。
おじさんは全力で駆ける。
戦混合獣も、おじさんが追いつくよりも先に目的地へ着くように音速を超える。
いかせるかぁ!
「姿に宿りし力を解放せよ!《光球》」
足を少しでも止める為、無数の光球を生み出して飛ばす。
戦混合獣の体の真横に光球が全弾命中するが、動きは緩まない。緩まないどころか、更に速度を増している。
ギリギリで間に合いそうにない。
おじさんはハルくん達に手を伸ばす。
ハルくんもまたおじさんに手を伸ばす。
「間に合え!」
叫んだおじさんに《未来視》が新たな未来を見せる。
これは――
♦︎
仲間の危機的状況が今この瞬間、起きてる。
私に立ち上がる力があれば……。
[解:ユニークスキル《幻装》発動可能。発動意思確認後、速やかに構築開始可能]
……ユニークスキル?
……それは私が戦ってる最中に手に入れたスキルだと記憶しているが、それを使えば今の状況を打破出来るのか?
[解:打破可能。ユニークスキル《幻装》発動後、身体制限は解除されます。自由行動可能。限界制限解除可能]
[警告:出血多量。瀕死。重傷。左腕欠落。身体制限及び限界制限解除により、身体超負荷恐れあり。ユニークスキル《幻装》解除後、昏睡状態陥る可能性大]
私を見縊るな。私は全てを乗り越えてみせる!
今この場で動かなければ、仲間を見殺しにするようなものだ。私は見て見ぬ振りをみすみすするつもりも、死ぬつもりもない!
私には仲間を元いた世界に戻す使命がある。
全てが終わるその日まで、死んでたまるか!
私に立ち上がる力を!
私に危機的状況を覆す力を!
私に戦混合獣を打破する力を!
[ユニークスキル《幻装》発動意思確認]
[ユニークスキル《幻装》構築開始]
[構築完了]
[ユニークスキル《幻装》発動]
♦︎
「ゆっくり眠る事も出来ないようだな!私をここまで窮地に陥れた敵は2人目だ。けれど、私は2度目もこうして自分の足で立ち上がる事が出来た。残念だが、戦混合獣お前の行く先は通行止だ‼︎《闇の奏撃》」
ズバッ‼︎‼︎
「遠山くん‼︎」
戦混合獣に敗れた遠山くんがその場で立ち上がり、白鴉を振り上げた。遠山くんの姿は見た事もない白銀の鎧に全身を包み込まれ、守られてる。
突撃してきた戦混合獣の体が宙を浮く。
遠山くんの一撃を受け、首の部分からドバッとキラキラ光る砂を飛び散らせ、戦混合獣は半回転する。
新たな未来では最初の未来と違う点が2つあった。
遠山くんが起き上がる事。
遠山くんがハルくん達へ突撃する戦混合獣を阻止する事。
「凄い!凄いよ!遠山くん‼︎」
おじさんはそう言い、2本の光剣を地面に突き刺す。宙を半回転して舞う戦混合獣をロックオンし、
「終末だよ!姿に宿りし力を解放せよ!《全開魔力砲》」
ズン‼︎
おじさんの両手から放った魔力砲。態勢が悪い状態のまま、全開で出したために自らの力の勢いを殺せずに両足を後ろへ押される。
光は先へ先へ進むごとに膨張し、全てを飲み干すべく溢れ出す。
眩い光を目にした戦混合獣は身動きを取れない状況下でも諦めず、
「主人の行く手を阻む敵‼︎《破壊光線》」
自らの口から巨大な光線を放つ。
光線と魔力砲がぶつかる。
ズッバーーーン‼︎‼︎
光線と魔力砲は拮抗した。
しかし、数秒後には拮抗は崩れ、光線を自らの力に取り込んだ魔力砲は更に膨大な光量となって戦混合獣を飲み込んだ。
「やった……か?」
爆煙と爆風が生じる。
戦混合獣の姿は爆風で確認出来ない。
遠山くん達の姿も同様に見えない。
そんな中、《未来視》が発動する。
遠山くんが戸倉さんを背負い、全員で爆煙を切り裂いて此方に来る姿。ハルくんが涙を流して喜ぶ姿。
そして肉片から全身を復元し終えたラドラさん達が起き上がり、闇を全身に纏って駆けつけて来る姿。ブラドナさんに肩を借りて、ハッキリとした表情で歩いてくる葉山くんの姿。夏奈華ちゃんの無事な姿。
みんな、無事だった。
ジーザザザザザ!
《未来視》が書き換わる。
上書きされた⁈
次に見えた未来は戦混合獣が背中から千の手――異なる獣の手――を生やし、その手は翼の形となって爆煙を一瞬で吹き飛ばす光景。
「――ま、まさか⁉︎」
爆煙が吹き荒れ、爆煙の中から戦混合獣が「主人の敵はドゴダァアァア⁉︎⁉︎」と叫ぶ。
直後、戦混合獣は千の手を翼の形に変えて爆煙を一瞬で吹き飛ばす。
すぐ近くにいた遠山くん達は、地面から両足が浮くと同時に吹き飛ばされる。
「「「「「主人の敵はマッサァアァッツ‼︎‼︎」」」」」
戦混合獣人の崩れた顔に小僧の顔が無数に生まれ飛び出す。小僧の眼は黒い血に染まり、顔は18禁ものの酷さがあった。
「なんなんだ⁉︎」
戦混合獣の傷ついた8本足は既に半分以上が、もげて無くなってる。それなのに失った足も、まだくっついてる足も、全てを自らの意思で捨てた。
地面に残りの足が全て落ちる。
「主人はカミナリィイイイ‼︎‼︎」
戦混合獣の元々あった8本足に新たな8本足が生え、最初のサイズとは比べようもない2倍の長さに伸びる。
「嘘だろう⁉︎」
戦混合獣の第2形態というべきか。
第2形態に進化した戦混合獣は口内にエゲツない牙を生え変え、
「《超重力波》ォアォアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア‼︎‼︎」
叫び声。いや雄叫びを上げる。
全身に重力が倍になったと思えるほどの重みがのしかかる。
《未来視》が発動し、戦混合獣の次の一手が見えた。
「させるか。させてたまるかー‼︎」
立ち上がる。
全身が重たい。
反発すれば反発するだけ、重力がのしかかって地に伏せさせようとする。
こんな雄叫びに負けない。
絶対に負けてたまるか!
「主人の敵はコロロロオオアォス‼︎‼︎《小規模無差別破壊光線》」
身動きの取れない獣人の子供へ無数の光線を吐き出そうとする。
未来視で見た戦混合獣の縮小された光線は威力は一発にまとめていた時よりも、威力はガタ落ちしてる。それでも数で来られたらひとたまりもない。
地面に突き刺した2本の光剣を両手で握り、素早く抜く。
「姿に宿りし力を解放せよ!《飛翔》《光双剣》」
戦混合獣が光線を吐き出す。その行動が分かっていたおじさんは2本の光剣を光双剣に変形させ、子供達に向かって飛来する光線を全速で回転させた光双剣で打ち払う。
「主人の敵はオマエカァアァアアア‼︎‼︎《千の手・攻めの型》」
「おじさんは負けないぞーー‼︎‼︎」
戦混合獣の背中から更に生み出された千の手が異なる獣人の拳に変化し、おじさんに集中して降り注ぐ。
ズドドドドドドドドドドド‼︎
戦混合獣の拳が光双剣の回転が弱まった隙間から、おじさんの顔を、胸を、腹を、肩を、脚を、腕を強烈な一撃で殴る。
未来が見えていても、体が思った通りに動かない。
さっきの一撃で、片腕が上がらない。
そんな時、《未来視》でラドラさん達が戦混合獣に飛びかかる姿。葉山くんがクリスタルカードを砕き、丸太を振り上げる姿。夏奈華ちゃんがおじさんを守りに飛び込んでくる姿が見えた。
「――行ける!」
おじさんは片手で光双剣を今出せる限界を超えて回し続け、戦混合獣の攻撃を全て辛うじて防ぐ。
そしてその時が来た。
「ガハハハハッ!待たせた‼︎」
「お待たせ!」
「ここからは私達の番ですよ!」
「ラドラ様達に続けー‼︎」
「「「「おおおおお‼︎」」」」」
ラドラさん達が戦混合獣の翼を自身に纏った闇で斬り裂き、降下するのと同時にありとあらゆる箇所に追加攻撃を加える。
両翼を斬り裂かれた戦混合獣は地面に落下しまいと新たに生み出した千の手で、新たな両翼を生み出そうとする。だがそれは既に悪手と言えた。
「賢さん!お待たせしましたぁあああああああああああああああ‼︎‼︎」
葉山くんが第2のマイバットである丸太を豪快に振り下ろし、戦混合獣を地に落とす。
ズドン‼︎
「もーやまのお姉ちゃん!」
夏奈華ちゃんが地に落ちてもなお、攻撃を続ける戦混合獣の千の手――異なる獣の拳――をおじさんに代わって防ぎ、1つ1つ潰していく。
「夏奈華ちゃん、ありがとう」
おじさんは夏奈華ちゃんにお礼を伝え、その場で膝をつく。
「守山さん!」
「守山さん、よくここまで頑張ってくれた‼︎」
「モリケン!」
遠山くん達が雄叫びを聞き、身動きが取れずにいた何倍もの重力から解放され、おじさんの元に駆けつけてくる。
「まひろ!守山さんを頼む!」
「任せて!闇回復魔法《闇治療》」
温かい温もりが全体に伝わる。
全身に生じていた痛みは消え、体が軽くなる。
「これは凄い」
おじさんは千葉さんの回復魔法に驚かされ、回復魔法の偉大さを痛いほどよく理解した。
「モリケン、もう大丈夫みたいだね!」
「うん。千葉さん、ありがとう」
「どういたしまして。本当は今すぐ動かない方がいいんだけど、言っても聞かないんでしょ⁇」
「うん。おじさんだけ、寝ていられない!」
ラドラさん達は戦混合獣の猛威をギリギリで避け続け、
「肉体技《金剛の一撃》」
「肉体技《白虎の鉤爪》」
「肉体技《回転刃》」
「「「「「剣技《高速斬り》」」」」」
カウンターを刻み続ける。
遠山くんは遠山くんで、白鴉を高速で振り続けて、
「《闇の奏撃》」
戦混合獣の千の手を圧倒的な技で斬る。
斬っても、斬り刻んでも、戦混合獣は失った分を補うように新たに千の手を生み出す。
しかし、おじさんの《未来視》には見えている。もう限界だということが。
「みんな、もう戦混合獣は生え変わらないよ!姿に宿りし力を解放せよ!《百花繚乱》」
万全に体を回復させたおじさんは全神経を両手に注ぎ、光双剣を目に見えぬ速度で振り回し続ける。
ズズズズズズズズズズズズズズズズバッ‼︎
限界に到達した戦混合獣。
全身を刻めれ、ボロボロだ。
《未来視》が発動し、戦混合獣の悪あがきを先読みする。
「そう来るなら、こうするまで!姿に宿りし力を解放せよ!《全方位・魔力障壁》《全方位・反射》」
「《超重力波》ァアアルジィイイイノォオオジャマァアアアアアアアアアアアアアア‼︎‼︎」
再び雄叫びが全員を襲う。未来が見えた。だから、おじさんは戦混合獣の360°全域に障壁を展開するのと同時に反射を発動させた。
戦混合獣は自らの雄叫びを戦混合獣自身に当てられ、自らの体を反響の数×何倍もの重力に押し潰された。
「アァアアアアアアアアアアルルルラフルルルジィイイイイイ‼︎」
「この一振りで終幕だ!《闇の奏撃》」
ズバッ‼︎
遠山くんが最後のトドメを刺した。
頭を失った戦混合獣はキラキラ光る砂となり、地面にドバッと流れ落ちる。
「終わった!今度こそ、終わった!」
おじさんは光双剣を地面に突き刺し、地面にお尻から座り込んだ。
おじさんは座った状態で、周りを見渡す。
遠山くんは白鴉を鞘に収め、ラドラさん達はお互いの腕と腕を組み合わせて喜びを分かち合ってる。
夏奈華ちゃんは背伸びし、葉山くんは丸太を担ぎながら此方に歩いて来る。頭から尋常じゃない血を流しながらも、平気そうな様子。
ハルくん達も、獣人の子供達も、リコノスケくん達も全員無事だ。
「良かった」
安堵の息を吐く。
「賢さん、お疲れ様です!」
葉山くんがおじさんに挨拶し、丸太を寝かせて座り込む。
「頭大丈夫?」
葉山くんの頭からは今現在進行形で、血が流れ続けてる。
平気なのだろうか?
「あーなんか頭がスッキリするっすね!なんででしょうね‼︎」
「ぇ⁈」
満面な笑みで笑う葉山くんを見て、これはやばいぞと思っていると、
「葉山さん!そこに横になって!」
千葉さんが葉山くんの頭から流れる血を見て、飛んで来るなり、強引に地面に横にならせる。
「ちょ!なんなんすか⁉︎」
頭から血を流し、頭がスッキリしたと言う葉山くんは言い返せる元気はあるみたいだ。
「闇回復魔法《闇治療》重傷じゃん!怪我してヘラヘラ笑うな!今は回復に専念して!こんなのほっといたら、絶対にやばいよ!」
千葉さんは目から涙を大量に流したようで、目の下が腫れてる。
「頭がスッキリしただけで、俺はどこも怪我してないっす!全然平気っすよ!」
「馬鹿なの⁉︎頭から血流れてるんだよ!それを平気とは絶対に言わないから!」
「え⁉︎俺の頭……血が流れてるんすか⁉︎‼︎」
千葉さんの言葉で、葉山くんは自らの頭から流れる血を初めて知ったようだ。
だから平気でいられたのか。
「めっちゃ流れてるから!」
「まじっすか⁉︎」
「まじだから!」
「それで、頭がスッキリするわけっすね‼︎」
「スッキリちゃうわ!スッキリしすぎて、顔は青ざめてるやん!」
関西弁?千葉さん、関西の人なのかな?
千葉さんは涙を拭い、葉山くんの治療に専念する。
「そうだよね。戸倉さんや遠山くんもあんなに酷い怪我をしたのに葉山くんまで怪我をしたとなると悲しいよ。おじさんだって心配になったよ」
「賢さん、面目ないっす!新道先生のため……あんなにやる気と頑張る気満々で行った矢先に早々に離脱するなんて……新道先生に合わせる顔がないっす‼︎」
「葉山くんは最後の最後で戦混合獣を地に落としてくれた。頭から血を流してやばいのにあれだけ丸太を振って戦ったんだ。新道くんだって、よくやったって言ってくれるよ。それに葉山くんは過去のおじさんと違って、ちゃんと生きてる。それだけで、どれだけ救われるか。おじさんはおじさんの死をもってよく知ってるよ」
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「賢さん」
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「モリケン!ありがとう!モリケンにまた助けられたね。ホントにありがとう!」
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しくしくと泣きじゃくる声がする。
この声は、ハルくんだ。
体が震えてる。
「ハルくん、怖かったんだね。もう大丈夫。おじさんはここにいるよ。おじさんがここにいる限り、ハルくんは絶対に守るから。あとおじさんもだけど、戦混合獣の猛攻を防いでトドメを刺した遠山くんが凄い貢献をしてくれたよ」
ハルくんの背中を優しく摩る。
「もーやまのお姉ちゃん」
夏奈華ちゃんがおじさんにピースサインを向ける。
「ななかね、頑張ったよ。頑張ったから、あとでお兄ちゃんにいーっぱい褒めてもらうんの!」
「夏奈華ちゃん、ありがとう。新道くんも夏奈華ちゃんの勇姿を聞いたら喜ぶだろうね」
「うんうん。ななか、楽しみ!」
夏奈華ちゃんはまだまだ元気が有り余ってるなー。あんなに走り回る元気は、おじさんにはないよ。
戸倉さんを葉山くんの隣に寝かせた遠山くんが此方に来る。
「守山さん、最後までお見事だった。私の知る守山さんとは大きく違い、私や新道と肩を並べられるほど、強く。そして絶え間ない努力をした証であり、素晴らしい成長を遂げた証であると戦混合獣との一戦で眼が覚めるほど、脳裏に刻まれた」
「おじさんはおじさんの全力を尽くしたまでだよ。遠山くんがあの場で動けてなかったら、おじさんは全力の力を発揮出来なかったし、ハルくん達を守る事は出来なかった。遠山くん、本当にありがとう」
「お互い様だ」
おじさんは遠山くんと目を合わせ、頷く。
戦混合獣はもういない。
アンダーグラウンドに静けさが漂う。
地上の日差しがいつの間にか夕闇に包まれ、アンダーグラウンドに闇が訪れようとしている。
戦混合獣の姿がない。確実に仕留めた。そうに違いない。
「ガハハハハッ!彼奴は手応えがあって、なかなかの強さだった!」
「そうね。もーやだ。体は殺戮仏の砂でベトベト。わたしもトオヤマ達の力になれたはずなのに……蘇るまで時間かかって見てることしか出来なかったわよ。ホントに何やってんのかしらね。最後はちゃんとわたし達も加われて戦えたのは良かったけど、ベトベトになるのは嫌よね。もーあんなのと戦うのは、うんざりよ」
「私達の体に起こった不可解な現象の大体を把握出来たと思っておけばいいじゃないですか。敵に殺されなければ、私達が蘇ると少なからずあった可能性は裏付けられなかったのですから。私達を一瞬で殺した殺戮仏は強かったですが、私達の力を合わせれば敵ではありませんでしたね」
「ガハハハハッ!殺されるというのは良い気分ではないぞ!」
「ええ、それは同感よ。体が元に戻っても、もーうあれだけは未来永劫懲り懲りよ。ロナちゃんが言う通り、裏付けられてもわたしは軽々と殺されたりしないわよ。命は誰しも1つしかないんだから殺されて元に戻っても、次もそうかは分からないじゃないの」
「そうですね。それは分かりませんね。ですけど、2度あったことは3度あると言います。次があるかないかは時間をかけておいおい調べていけばいいでしょう。まだ私達の戦いは終わったわけじゃありませんので」
「ラドラ様達に自分達はついていきます!」
「「「「命ある限り、我ら親衛隊は一生ついていきます!」」」」
ラドラさん達は熱いなー。
あんなに熱心な人達は見たことないよ。
おじさんは泣きじゃくるハルくんを宥め終えて、《魔装変身》を解除しようとした――その時、《未来視》が発動する。
「まずい⁉︎」
魔力は残り僅かしかない。
未来視だけしか使わなければ、もう少し保てるかもしれないけど……まずすぎる。
「守山さん、どうした⁉︎」
「まずいって何がまずいん⁉︎」
「……モリケン⁇」
「戦混合獣は消滅してなかった!」
おじさんはキラキラ光る砂が舞い上がり、1つの形に収束していく光景を未来視で見た。それが今生じ始める。
「ガハハハハッ!また殺しに来たか‼︎」
「なんなのよ!なんで消滅してないのよ⁉︎」
「どおいう原理でしょうね。これはモリヤマの言う。まずいがこの場には相応しい言葉でしょうね。しかし、1度目や2度目の時とは違いますよ。私達は全員すぐ動けますし、一番の強みは全員生きている。敵が姿を現わす前に粉々に消し飛ばしましょう!」
「……それいいね!」
戦混合獣に踏み潰され、両腕両脚をへし折られて重傷だった戸倉さんが起き上がる。
「ちづ!まだ起きちゃ――」
「あれに一泡吹かせないで、寝てられないよ!うちをあそこまでボロボロにしてくれたお返しは高く付くよ!」
戸倉さんは舞い上がる砂嵐の中から再び蘇ろうとしている戦混合獣だけしか目に入っていない。
あの顔は絶対にやるまで、寝ない人の顔だよ。
「ちづ、まじでやるつもり⁉︎」
「あったり前っしょ!」
まだ痛みが残ってるのか、辛そうな表情をする戸倉さんは力強く立ち上がる。
「それは俺も同感っす!大事に使ってた丸太1号をぶっ壊されて、丸太2号で殴り足りてなかったっす!またおいでなさるなら、このまま引き下がれないっすよ‼︎」
「葉山さんまで、やる気⁉︎」
「特別製で作った丸太を打ち込んでやるっすよ‼︎」
横に寝かせた丸太はそのまま放置し、クリスタルカードを砕き、新たに別の丸太――両側の先端部分が鋭利に研がれた――が出現する。
丸太は黒一色に染まり、異様な黒い空気を放出してる。
「ななか、お兄ちゃんにもっと褒めてもらうの!」
夏奈華ちゃんは元気に笑う。
「僕は何も出来てない。みんながやるなら、尚更黙ってられない。僕もやる!」
ハルくんはライフルを力強く抱きしめ、目に力が宿る。
「みんな、やる気だね。じゃーおじさんも残りの魔力全部振るしかないね!」
おじさんは残りの魔力を一撃に全注入すると決心し、全身を光一色で眩く輝かせる。
「全員で同時攻撃と行こう!準備はいいか⁉︎行くぞ‼︎」
遠山くんの言葉が合図になる。
まず最初にリコノスケくん達や子供達全員が両手を繋ぎ、闇の力をリコノスケくんの立つ一箇所に全て集結させる。
「「「「「闇集結技《巨獣の拳》」」」」」
ズバゴドン‼︎
全ての獣人の力を纏った巨大な闇が拳に形を変え、砂嵐を一撃で一掃した。
「闇魔法《ダークボルト》」
砂嵐が消え、形をまだ完成形まで辿り着けずにいる戦混合獣人へ戸倉さんの想いの詰まった力が降り注ぐ。
ズドドドドドドドドド‼︎
戸倉さんの闇魔法が降り注ぐ中、完成形を保てずに崩れかけようとする戦混合獣へラドラさん達が走り出す。
「肉体技《金剛の波動拳》」
「肉体技《虎蓮百烈波》」
「肉体技《全力刃斬波》」
「「「「「肉体合体技《一鉄攻刃十字牙》」」」」」
轟音が響いた。
戦混合獣だけでなく、あまり余った威力がアンダーグラウンドへ飛び火し、大半が崩れる。
ラドラさん達が戦混合獣を完成形へ辿り着かせない決定打を与える。
「《闇の衝天破》」
夏奈華ちゃんが戦混合獣のど真ん中に一撃加え、
「《ダークブラスト》」
後ろから疾風の如く速さで姿を現した葉山くんが黒一色の丸太を戦混合獣のど真ん中に更に追撃し、分厚い皮膚をブチ破る。
「オオォオォオオォオオオオオオ‼︎」
「この弾丸でジ・エンド!」
パリィーン‼︎
皮膚の中から見えた戦混合獣の核――キラキラ輝いた――にハルくんが弾丸を放ち、砕く。
「ォォオォオォォオオオオオ‼︎」
「この一振りで終幕だ!《闇の奏刃》」
ズバン‼︎
戦混合獣の体が核を失い、崩れ出す。そんな中、遠山くんが目にも留まらぬ速さで白鴉を振るう。
戦混合獣の頭から尻尾が一刀両断された。
「終末だよ!姿に宿りし力を解放せよ!《全開魔力砲》」
限界を超えた全魔力を乗せた魔力砲が戦混合獣を飲み込む。殺戮仏達に破壊尽くされ、殺戮仏達との戦いで更に酷くなったアンダーグラウンドを維持不可能なほど破壊尽くす。
ズン!ズドーーン‼︎
視界が揺れる。
轟音が響く。
爆風が吹き荒れる。
爆煙が光と共に生じる。
戦混合獣は光に飲まれ、姿は確認出来ない。でも直感する。終わったと。
[対象:戦混合獣 消滅]
[LV132→LV178]
「終わった。終わったぞーー‼︎」
おじさんはジャンプして喜んだ。
既に全魔力を使い終え、《魔装変身》は自動解除されている。
もう未来視は見えない。
でもこれだけは分かる。
あの戦混合獣はもういない。
全員の力で倒したんだ!
「ガハハハハッ!」
「やったわね!」
「これが私達の本気です」
「自分達の見せ場があった!ラドラ様達のお役に立てた!」
「「「「親衛隊の力、ここにあり‼︎」」」」
ラドラさん達は腕と腕を組み合い、抱き合いながら喜びを肌で感じ合う。
「みなさん、凄いです。まだまだボクは、みんなの力を借りないとあんな力は使えない。終始、力不足でした。もっともっと強くなりたい。ラドラ様みたいな強い漢になりたいです!」
リコノスケくんは若い獣人から子供の獣人を一斉に見渡し、さらなる飛躍をその場で誓う。
「よく言った」
「最後までついていくぞ」
「リコノスケは俺たちの星だ」
「お前が強くなるなら、俺だって」
「それなら私だって」
「がんばるぞー」
「みんなで頑張ろう」
期待を感じた全員が、リコノスケくんに拍手と声援を送る。
「お兄ちゃん見てたかな?ななか、頑張ったよ!早くお兄ちゃんに会いたい!」
夏奈華ちゃんはお空を眺め、今も地上で戦い続けているであろう新道くんを想う。
「あースッキリしたし!あれに一泡吹かせたし、倒したし、うちはもう少し寝る」
戸倉さんは戦混合獣に一矢報いた事で、張り詰めた糸が切れたように地面に横になり、眠りについた。
「よっしゃー‼︎勝ったっす‼︎新道先生‼︎俺やりましたよー‼︎」
丸太をブンブン回し、葉山くんは喜びを体で表現してる。
「2人とも無茶し過ぎじゃん」
千葉さんは喜ぶ葉山くんの頭を軽く叩き、次に戸倉さんを優しく介護し、戸倉さんの頭を膝枕する。
「倒した!やった!やったよー!モリケン!」
ハルくんがおじさんの元に飛び込んでくる。
「うん。倒したね!これで新道くんの元に行ける!」
おじさんはハルくんを受け止め、抱きしめる。
「だがすぐに行ける状況ではないな。新道にはすまないが、もう少し待っていてくれ」
遠山くんは白鴉を鞘に収め、地上を見上げた。
新道くん、あと少し待ってて。
絶対におじさん達が助太刀に向かうから。
その後、おじさん達は怪我を負った仲間の治療を終えて地上へ向かった。
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わきげストレート
ファンタジー
世界中で戦争・紛争が巻き起こる時代、大国の聖女を連れ出して逃げた騎士がいた。聖女は戦争の原因となっていた『不老不死の秘法』を握ったまま、自国の騎士に連れ去られたのだ。聖女の行方は誰も知ることはなく、奇しくもそこから各地で戦争が沈静化していくのであった。
時は流れ、各国は水面下にて聖女と共に失われし『不老不死の秘法』を探し求めていた。今まさに再び世界は大戦争へと動き出そうとしていた。
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