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episode.18
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[LV271→LV272]
数十万規模の殺戮仏全てを相手取って戦い、全てをこの手で破壊した。
俺が今立っている場所から見渡す景色には、殺戮仏【巨人】の1体しかいない。他の殺戮仏は地平線の彼方を眺めても、1体もいない。枯れきった草が広がる地面には、僧侶と共にこの地にやってきた沙門達が寝そべってる。全員が全員、狂信者と言っていい行いや言動を俺に向けて言ってきたりもした。だけど、こいつらも同じ人間だ。世界が違うから、こいつらは同じ人間じゃない。そう最初っから否定しようと思えば、いくらでも出来る。でも、こいつらが普段どんな暮らしをし、どんな仲間と一緒に今まで成長してきたのかは俺は分からない。分からないからこそ、知らなくちゃいけないし、最初っから否定するわけにはいかない。同じ人間じゃない。敵だから許さない。そう思ってしまえば、きっと楽だ。楽だから知らずに投げ出す選択は俺はしたくない。しなかった事で、今気絶してるこいつらが次に目を覚まして、また俺に飛びかかって殺しにくる可能性もある。可能性は0%と断言して言えない。それでも、100%するとは言えないんだ。それ全部含めた上で、俺は一度の過ちだけで、命を取ろうとは思わない。次に同じ過ちを繰り返すなら正すまで。繰り返さなければ、きっと手と手を取り合えるはずだ。だって、俺たちは同じ人間なんだから。
俺は気絶した沙門達が心を入れ替えてくれる。ラドラ達が話した。僧侶が来る前の純粋な人間だった頃の心がまだ心の奥底に眠っている。そう信じる。
「覚悟!」
死角から近づいてきてたのは気づいていた。
俺は振り向き、
[対象:エレン・カヤヤマ LV48 推定脅威度:H]
最後の沙門――エレン――の攻撃をその身で受ける。
ガキィン!
エレンの振り下ろした剣が折れる音が響く。
「くっ!まだ――」
「少し寝ていてくれ」
懐にしまっていた短刀を取り出すよりも早く、俺はエレンの頭を軽く小突いた。
エレンはスッと意識を失い、気絶する。俺は前屈みで倒れたエレンを受け止め、優しく地面に寝かせる。
あと残すは僧侶と2体の殺戮仏だな。
俺は高みで見物する僧侶へ視線を向ける。
巨人の手のひらで俺の行動を窺っていた僧侶はいまだに俺に熱い視線を向けて逃げる様子も、焦燥感もなさそうだ。
最後の沙門を気絶させても、平然としてやがる。まだやれるってか。大した玉だな。
俺は僧侶の隣にいる殺戮仏【阿修羅】へ目線を移す。
阿修羅は左右合わせて6本の腕を生やし、6本の手にはそれぞれ違った色を纏った長剣が握られている。
6本合わせたら、ほぼレインボーカラーだな。
俺は今立っている大地を力強く蹴り、
「闇装術《闇翼》」
背中から闇一色の翼を広げて飛ぶ。
空を飛行するのは、これでもう3度目だ。1度目は飛ぶのに不慣れで地面に落下しながら、その勢いそのままに周囲一帯の殺戮仏を闇の衝撃波で破壊した。2度目は1度目の失敗を活かし、飛ぶことに成功したが飛行する時間が短かった。それでも飛行時間が短い分、空中から広範囲の闇を放つ事が出来た。そのおかげで、大多数の殺戮仏を破壊出来たんだけどな。
今回の3度目は飛ぶのはもちろんだが、速さをメインにした。その分、飛行時間が2度目よりも短くなる可能性も考慮し、一瞬で巨人の元へひとっ飛びだ。
僧侶も阿修羅も反応出来ず、巨人の頭を一撃で粉砕した俺の攻撃の反動を受けて気づく。
遅い。遅すぎる。
僧侶は呆気なく面喰らった表情を見せる。阿修羅は表情を動かす事も変える事も出来ないようで、今どんな気持ちかはわからない。
頭を失った巨人は崩壊と同時にキラキラ光る砂に変わり、手のひらに座っていた僧侶も阿修羅も地上に落下する。
俺は僧侶を抱えたまま身動きが取れずにいる阿修羅へ一直線に降下した。
阿修羅は俺の顔を見て、空いている4本の手に持った長剣を振る動作に入った。
赤の長剣。
青の長剣。
緑の長剣。
黄の長剣。
4本ともに同じタイミングで、俺に向けて長剣を振るう。
赤の長剣からは炎龍が飛ぶ。
青の長剣からは水龍が飛ぶ。
緑の長剣からは風龍が飛ぶ。
黄の長剣からは黄龍が飛ぶ。
4体の龍が俺を殺しに上昇してくるが俺にはその動きが手に取るように見え、俺に到達するまでにまだまだ余裕すらあった。
「闇装術《闇の一撃》」
俺は右拳に闇を集約させ、より強大に威力を増した一撃で四龍を打ち砕く。
四龍は瞬く間に姿を消し、俺が更に勢いを増して降下する姿を目撃した阿修羅は4本の長剣を重ねて防御の構えで俺の一撃を受けた。
ズン!
阿修羅は俺の一撃を長剣で受け止め、そのまま地面に激しい音と土煙を撒き散らし激突した。
俺は闇翼を元に戻し、地面に着地する。
あそこで咄嗟に長剣を重ねるとは思ってもみなかったな。流石はLV150といったところかな。
俺は右拳に集約させた闇を全体に纏い戻し、阿修羅が落ちた落下地点へ進む。
「げほげほごほっ‼︎」
咳き込む声が聞こえる。
僧侶だろうな。
俺は僧侶が今の落下で倒されていないのを音だけで確認する。
「そこにいるだろ?」
俺は音と同時に真横から振られた長剣を右手で受け止め、刃を砕く。
「抹殺失敗⁉︎」
「殺気出し過ぎだからな」
土煙が風に流され、長剣を振るった阿修羅へ面と向かってアドバイスを伝え、左拳で脇腹を狙った最後の長剣を粉砕する。
「抹殺失敗‼︎抹殺継続‼︎」
6本の長剣を失い、阿修羅は6本の拳を怒涛の連撃で放ってくる。だが、その全てが俺の目には遅くスローモションで見えた。
全ての連撃をかわし、阿修羅の放つ拳に俺の拳を重なり合うようにぶつけ、腕ごと破壊する。それを6回連続で行なった。
「闇装術《闇の一撃》」
腕を無くした阿修羅の胴体に重い一撃を乗せて放つ。阿修羅は後方へ吹き飛び、そのままキラキラ光る砂となって風に消える。
「僧侶あんたもこれで終わりだ」
俺は地面にへたり込んだ僧侶へ言葉を投げかけ、一歩また一歩と近づく。
「……私が……負けるなんて……ありえない……私は……この世界の神に……なる……存在なのですよ……貴方は私の道を……どうして……遮るような真似を……するのですか‼︎⁉︎」
僧侶の顔は、絶望一色だ。
この世の終わり。
現実に目を当てるのが怖い。
全ての邪魔をしたのは、お前だ!
そう思ってるんだろうな。
そおいう目を俺に向けてる。
「遮るも何も俺はするべき事をしたまでだ。あんたはこの世界の神なんかじゃない。神というには全ての行いが悪に近い。何も争いの種もなかった獣人と人間を戦わせ、あろうことか獣人を殺し尽くしたり奴隷にしたり、あんたは神なんかじゃない!この世界を破滅に追い込んだ元凶だ!」
沙門達の心を蝕む悪 バイ菌。
純粋な心を持ち合わせていただろう人々を駆り立てた悪 ウイルス。
殺す必要のない獣人達を死の道へ導いた悪。
「……神である……私が……悪?……破滅の元凶?……ありえない……そんなはずは……そんな……はずは……私は……人間のみに許された楽園を作るために……害悪を排除したまで!……何が悪だ⁉︎何が元凶だ⁉︎……私を誰と心得てる⁉︎……私はこの世界の神!……楽園の神だぞ‼︎……害悪を摘もうが摘まないも、神である私の自由だ‼︎」
つくづくやるせないな。
「あんたには責任を取ってもらう。だから今までやってきた行いを思い出す為に少し寝てろ。そしてあんたは神じゃないと知れ!」
俺は地面を踏みしめ、
「闇装術《闇の一撃》」
僧侶の顔面に右拳を入れた。
右拳を思いっきり振るった瞬間、
「ぁあぁりぇえなぁぃいい‼︎」
僧侶は目を白目剥かせ、鼻からは鼻血を出して吹き飛ぶ。
♦︎
私が生まれた世界には、こおいう言葉があります。
『信じる者は救われる』という言葉が、神の言った言葉があるのです。
私は生まれてから死ぬまで、僧侶として勤めを果たしました。
しかし、勤めを果たし終える――その時まで、私の住む世界は一向に変わらなかった。良くなる傾向すらありはしなかった。もっと言えば、逆に悪くなる一方だったのです。
神は信じる者は救われると言うが、神を信じる者は陥れられ、神を信じたばかりに火炙りにあった者さえいる。
神を信じる者の全てが、信じたばかりに無抵抗のまま人生を終えた。
世界は神を信じる者に冷たかった。
信じる者は救われる。その言葉が正しい。その言葉こそが、私の根本を作った大きな要と言えました。
いや今では……大きな要だったと過去形として言えます。
なぜなら、私は信じる者は救われるを貫いたばかりに最も信じた者から無残な殺され方を受けて死んだのですから。
あの時、どうして?そうなったのか?どうして、彼女は涙を流したのか?なぜ、最後の瞬間に微笑みを見せたのか?今でも振り返り考えます。ですが、答えは出ません。
最も信じた者は、私の妻です。
私が認めた人。
私が愛した人。
私に尽くしてくれた人。
私に愛をくれた人。
そんな彼女が、どうして?
私の妻として、勤めを果たし終える――その時まで支えてくれた彼女が……何故に殺しという行いに手を染めたのか?
未だに日々悶々と答えを探しても、何1つとして答えは見つかりません。
そして私は彼女に殺された瞬間も、信じる者は救われると心の中で思ってました。
そのおかげなのか?
私は神と直接会う機会を得ました。
私が敬愛する神と会えたことに感謝をしたのも、束の間。私が出会えた神は、神というには邪が付くほどの邪悪な神でした。
あの黒神と出会い、もう一度やり直す機会を与えられ、1度目の人生の時には得られなかった神にも等しい力を手に入れて、私は異世界に転生しました。
年齢は30代半ばまで若返ってましたが殺された当時に比べれば、動ける体力もあって不服はありませんでした。
私が足を踏み入れた異世界は獣人が世界を支配しており、人間は支配権を握る欲も戦う意欲も好奇心さえも持ち合わせていませんでした。
ここの人間は、純粋過ぎる。
私は人々と接して、そう確信しました。
このままでは、人という種は世界から滅ぶのも時間の問題でしょう。
そう断言出来る未来が頭に浮かぶのと同時に私は閃きました。
ここの人間達は、元々あった宗教に随時した教えを厳しく守ってる。狭い世界に閉ざされ、広い世界を知ることなく人生を終える。それがある故に人々の心に、人間の中に必ずある七欲――生存欲・睡眠欲・食欲・性欲・怠惰欲・感楽欲・承認欲――が生まれる事が、今まで皆無だったのです。
私は私が今いる集落に集まる人々を一箇所に集め、私の知る全ての宗教を教え説きました。最初は誰も聞く耳は持ってませんでしたが、私には黒神に貰った力がある。その力を使って見せれば、すぐに誰もが私の話を耳にした。それは波及するように広がり、たちまち山を1つ超えた先の人々の耳にまで伝わる。私の話を聞きに遠く遥々やってくる人々まで、出てくるまでになるのにそう時間は必要ありませんでした。
その後、私は私の為の私が作り出す新たな宗教を築き上げました。
私を強く信じ、私の発言が絶対である。そう信じる熱狂的な信者達に私は『修行僧』という位を与え、殺戮仏創造で生み出した殺戮仏を貸し与える。それと同時に試練と偽り、獣人を蹂躙する下準備をゆっくりと始めました。
第一段階は村に住む獣人を、第二段階は小都市に住む獣人を、第三段階は大都市に住む獣人を、第四段階は大陸に住む全獣人を蹂躙しました。
第四段階を終える頃には異常な信者は数を増し、空になった小都市から大都市を厳選して選び抜いた人々に『沙門』という最高位の位を与えると同時に管理を任せ、奴隷として捕まえた獣人を人々に与え、全ての七欲を己の中から解放させたのです。
そして最後のダメ出しに。
信じる者は救われる。それを信じた為に私が前世で、どんな結末を辿ったのか事細かく、ありもしないフィクションも混ぜて強く伝え、そこから学んだ私の経験に基づいた言葉を私の新たな宗教の絶対基本に掲げました。
『三本の柱』
1つ、信じるから救われない。
1つ、信じるから奪われる。
1つ、信じるから助けられない。
『絶対の大黒柱』
信じない者は殺戮を以って救われる。
全ての人々が。
全ての熱狂的な信者達が。
全ての異常な信者達が。
声を上げる。その中で、私は叫んだ。
「私の前では位等は関係なく皆平等です!先祖の宗教に救われなかった者達よ!さぁー!殺戮を以って救われましょう!殺戮こそが救われる正義!殺戮をせずに信じるだけの者は私と同じ末路を辿るでしょう!共に私……いや私達の!人間のみの楽園を!人間のみに許された理想郷を作ろうではありませんか!地上における神の国……いやもっとです!神の世界をこの世界の隅々まで築き上げましょう!そこでこそ、本当に誰もが救われるのです!そこに辿り着くために信じない者は殺戮を以って救われるをやり遂げなくてはなりません!そこでなら皆豊かに暮らせるでしょう!幸せな日々を過ごす為に!人間よ、立ち上がる時です‼︎幸せな暮らしの為に!人々が安寧して暮らせる世界に平定する為に!人々よ、正義の為に私達は世界を手に入れるのです!さぁー私の生み出した殺戮仏を使いなさい!」
全員が全員、その日を境に人間を辞めました。
獣人を奴隷に。
獣人を殺し、犯し、弄び。
命を命と思わず、自分の欲の為だけに。人の種以外を全て殺した。
子供達を幸せな世界に導く為に。
誰もが殺戮仏を使いました。
誰もが殺戮を以って救われたのです。
走馬灯ですかね?
昔の事を長ったらしく思い出してしまいました。
久々に思い返してみるものですね。
思い返してみると……未練がましいですね。
本当の私は未練がましいのです。
まだ私は『信じない者は殺戮を以って救われる』と命題を打っても、救われていない。
私の妻が私を殺した時同様に獣人やその他の種族を理解する為だけに殺した。それでも、彼女の気持ちを理解する事は出来なかった。
彼女はどうして?あんな行いをしたのか?どうして、涙を流したのか?なぜ、最後の瞬間に微笑んだのか?今でも分からない。
分からないからこそ、私は私の知る彼女を信じたいのかもしれませんね。
本当に信じた先にこそ。そこでこそ、本当の信じる者は救われる。そう私は今でも未練がましく思っているのでしょう。
もうじき、彼女を理解する為の旅は終わりを告げるのでしょうね。
因果応報。
異世界に来て、私がやって来た全ての行いが倍になって跳ね返ってくる。
その跳ね返りが、あの黒い化け物を呼び寄せたのかもしれませんね。
このまま、私は黒い化け物に殺されるでしょう。
次の生があるのなら、もう一度……彼女に会いたい。次こそ、彼女を理解出来る。そんな気がしますね。
私は彼女の微笑んだ表情を思い出し、そのまま意識はそこで途切れる。
♦︎
空中で数十回転し、地面に転がり続けた末に気絶した僧侶は口からは泡を吹き出し、地面に大の字で倒れる。
「終わったな」
俺は全ての戦いが終わった事に対して一安心した――その時
気絶した僧侶の隣に革ジャンを着たストレート黒髮の仮面が現れた。
どこから現れたかはわからない。だけど、今言える言葉は1つだけだ。
見えなかった。
仮面が現れるまで、全く気付く事も、動く気配を感知する事も、視界に捉える事さえ出来なかった。
[対象:■■■■■ LV■■■ 推定脅威度:不明]
なっ⁉︎
俺は今見ている革ジャン仮面の名前も、レベルさえも脳内でザーザーと大音量のノイズが走って聞く事が出来なかった。
戦闘態勢の構えを継続して構える。
用心深く革ジャン仮面を注視する。それなのに前触れもなく、僧侶のそばに跪いてる。
っ⁉︎いつ跪いた⁉︎
確認出来ない速度で動いたのか?それとも何らかの別の力が働いてるのか?全てにおいて不明だ。
こいつ、やばい。そう直感する。
革ジャン仮面は気絶した僧侶にゆっくり触れる。
その動作はギリギリ見えた。
「《異送》」
革ジャン仮面が触れた瞬間、僧侶は瞬く間に消え去る。
初めて耳にした声は、男でも女でもない。機械のような声。いやほぼ機械となるら変わりない声。
何かしらの変声機器を使ってるのか?……ボイスチェンジャーなんてな⁇……いや違う。もっと特殊で、高度な技術な気がしないでもない。
結局どう考えても答えは分からない。
今は眼前の敵に集中だ。
「あんた……僧侶の仲間だな⁈」
俺は地面を蹴り、革ジャン仮面のいる位置へ急速に移動する。
ここだ!
まだ視界に捉えている革ジャン仮面へ右拳を振るう。
「《神風》」
スッ。
しっかり目で捉えていた革ジャン仮面が、あっという間に消える。
右拳は誰もいない虚空を空振り、ボフッと遅れて衝撃波が一直線に吹き抜け流れる。
嘘だろ⁈今のは……俺の全力だぞ⁉︎
「どこにいった⁈」
「ここだよ」
後ろから声が聞こえた。
ドスッ‼︎
「がはっ‼︎⁉︎」
背中から強烈な痛みが走る。
心臓に刃物が刺さった感触がある。
「俺にそんなものは聞かな――」
俺は後ろにいるであろう革ジャン仮面へ両手を伸ばそうとした刹那、
ズボッ‼︎
「ぁあぁあぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼︎‼︎‼︎」
刃物とは別の何かが俺の心臓を鷲掴み、心臓を体から引き抜いた。
全身を引き裂く痛み。
全身の細胞が悲鳴を叫ぶ痛み。
頭に危険信号が台風の如くガランゴロン!と鐘を打ち鳴らし、警告する痛み。
全てを焼き尽くされる痛み。
今までの蓄積され、刻み込まれた死が、今この瞬間に破裂して雪崩れ込むような痛み。
痛みには慣れたはずだった。それなのに俺は痛みに耐えきれずに叫び声を上げてしまう。
「《白の裁き》」
俺は両膝を地面につき、全身が焼かれる感覚を覚える。
痛い。熱い。
まるで、業火に焼かれるような熱さ。
次に闇を纏った両脚が視界に入る。
両脚は本当に白い炎に包まれている。闇は白い炎に飲み込まれ、瞼を閉じるより先にかき消される。
痛みに苦しみ、思考をフル回転させる。
この焼かれている感覚が全身にあるって事は、全身に白い炎が発生してるってことかよ⁉︎
全身に纏った闇も白い炎にかき消され、俺を焼き殺してるのだと瞬時に判断する。
視界が真っ白に染まる。
直後、プッツンと視界がブラックアウトした。
暗闇。
静寂。
全身の感覚が一切ない。
俺を痛みに耐えきれなく叫ばせた痛みも。業火に焼きつくような熱さも。
今は感じない。
俺はどうなった?
「戦うつもりはなかったのに、君って血の気が多いね。血の気が多い君に言いたい。これ正当防衛だよ。分かる?どんなに不死身の体していてもさ、敵か味方かも分かってない時点で攻撃するのは良くないね。若者の特権だと言えるね」
声だけは聞こえる。
俺がどうなってるかは、もういい。
今の発言で、分かったこともある。
「あんた、俺が不死身だと知ってるのか?」
言葉も話せた。微かに枯れてるが話せる。
口と耳は今のとこ、正常のようだな。
「知ってるよ」
「な――」
「なんで知ってるのか?って聞かれる前に教えるよ。君が迷宮界入りした時から全てを黒神様と共に見ていたんだ。黒神様には君があの最強で最悪な不死姫アイラと繋がる瞬間も、コンマ0.1秒の些細な出来事さえも見逃さなかったよ」
「あ――」
「あんたは何者か?って聞かれる前に教えるよ。君の敵。世界の敵」
こいつ、俺が言おうとした事をまるで心を読んでるかのように言うより先に言ってくる。どうなってんだ?
こいつが敵なのは僧侶側に立ってた時点で、分かりきってた事だったが……やっぱり、敵だったか。
「あ、それと君に最も対抗しうる不死王殺しだよ。今、君は自分の体がどうなってるか見れないだろうから見せてあげる」
ズッボッ!
数秒後、右目の視界が回復し、黒一色の暗闇から色鮮やかな光が射し込む。それと同時にバラバラに切り離された頭・両腕・胴体・両脚が目に入る。それぞれに白い釘が大量に打たれ、身動きが取れない状態だ。その上、全部位を白い炎に焼かれ、何度も再生と破壊を繰り返し続けてる。再生速度は速い。だがそれ以上に全てを破壊する力の方が絶大で、どうしようもない。
これか。これで、全身の感覚が戻らないわけだ。
目に見えるもの全てが幻覚と思いたくなる。ありえない光景。
誰にも負けない強さを手にし、どんな相手と向き合う時も油断や奢りはしてなかった。そんな俺を一瞬で踏み潰した現実。信じられない力量差。
言葉も出ないとは、このことだ。
「君を殺すためにここに来ていたら、こんな中途半端な殺し方はしないんだけどさ。君があまりにも暴君だから懲らしめるついでに実力差を知らしめたわけ。君って第4階層では血喰いに不死身の特性を活かして大逆転を収めたけどさ、この場ではそれと同じ事は無理だよ。だって君を人間同等に否応無く殺せる不死王殺しが相手だからさ」
これが……中途半端?
普通の人間なら完全に死んでるぞ。俺が普通の人間じゃないと知ってるから……こんな殺し方にしたっていうのか?不死身だからって……ここまでやるのかよ⁇
目を今すぐ閉じたい。でもそれは不可能だ。
白い炎に燃える頭。そこに片方の目玉はない。顔から眼球だけ抜き取られてる。瞼を閉じたくても、閉じる瞼がない。嫌でも、この景色を無惨に見せられる。
負けそうになる。心が折れそうになる。
今すぐ放棄してしまいたい。そう昔の俺なら思っただろう。だけど、今の俺は違う。アイラと出会って、俺は大きく生まれ変わった。今の俺は、こいつが強くて勝てない相手だとしても現実逃避するような柔な人間じゃない!
「……それが本当なら、あんたは……あの僧侶を回収にきたのか?」
革ジャン仮面は白い炎に全身を焼かれる光景から自分の方へ俺の右目を動かす。
「頭いいね。そうだよ。あの人喰いと違ってさ、黒神様側で使える人材をみすみす殺させないよ。君は殺すつもりはなくても、あとあと君以外が殺すのは未来予知で分かってたからさ」
未来予知⁉︎
さっきからチラホラ出てくる黒神様とは一体なんだ?神様の一種か?
考えても答えは出ない。
くそっ!この状況を打破する決定打はないのか?どうすればいいんだ。
「なんか色々と話し込んじゃうとついつい教えなくてもいい情報を話してしまうんだよね。まぁ、知ったところでどうにもならない話なんだけどさ。ここでペラペラ話をするために世界に来たわけじゃないからさ。君をもう少し痛ぶりたいけど、黒神様の元に帰らせてもらうよ。あ、最後に萱山御信を破った新道千君に1つだけアドバイスをあげる。迷宮界から戻ったところで、君は2度と日常には戻れないよ」
ブチッ‼︎
右目の視界が躊躇なく、強制的にブラックアウトした。
直後、意識が一瞬で薄れる。
薄れる中、「不死姫によろしく伝えといて。じゃーな」と革ジャン仮面の声が耳に聞こえた。
♦︎
「……新道‼︎」
声がする。
この声は……遠山?
「……新道‼︎しっかりしろ‼︎」
やっぱり、遠山の声だ。
「新道くん⁉︎」
守山さんの声も聞こえる。
「新道⁉︎」
天音の声も聞こえるな。
俺は重たい瞼を開ける。
「お兄ちゃん⁉︎‼︎」
ぼやける視界。
焦点が合わない。
夏奈華ちゃんの声さえ聞こえる。
「……俺は……」
俺の声が耳に入る。
枯れた声だ。
頭が少し回り始めた。
まだ思考が出来ないが、1つだけ言わせてくれ。
どんだけ枯れてんだよ。
「「新道くん!」」
千葉さんに戸倉さんの声だな。
「新道先生⁉︎」
仁さんもそこにいるのか。
「「「シンドウ!」」」
ラドラ達の声も聞こえる。全員この場にいるのかよ。
「新道⁉︎ここで何があった⁉︎」
見覚えのない白銀の鎧を装着した人物が視界に入る。
顔が隠れて誰か分からない。
「……誰だ?……」
顔が隠れた人物へ視線を向け、投げかける。
「わけあって、今こんな姿になってるが私だ!遠山美紅人だ!」
遠山だったのか。
一体何があったのか?聞きたい。
でも、その前に――
「……遠山……俺は……」
目を開けてみて、違和感に気づく。
視野が狭い。
やけに鼻先から右かけての視界が映らない。
なんでだ?なんで、左側しか視界に映らない。
左目を閉じる。
右目は開けてるつもりだ。それなのにどうして、右目は黒いままなんだ?
なんで?どうして?
「新道……その目は……」
「新道くん……左目が……⁉︎」
「っ⁉︎……新道……」
「……ちょ、グロいって⁉︎」
「グロいじゃんって言いたいとこだけど、そもそも何があったの⁈」
「新道先生‼︎⁉︎」
「お兄ちゃんの目は……どうしてないの?ねぇ、どうしてなの⁉︎」
守山さん達の言葉を聞いて理解した。
あっ、そおいうことか。
俺の右目の視界が真っ暗なのは……右眼がないからか。
俺は右目の瞼を閉じ、左目を開ける。
「……遠山も、守山さん達も無事だったんだな」
枯れた声で、俺は遠山達が無事だった事を心から喜ぶ。。
「新道……一体何があった⁈」
遠山は俺を見ていられなさそうだ。
見てるだけで、辛いのが雰囲気で分かる。
俺の不死身の特性で右眼が元に戻らないってことは……あの革ジャン仮面が原因なんだろうな。
「遠山、すまない。俺でも敵わない敵が現れた」
「なっ⁉︎……そうか。それで……新道の左目は……っ⁉︎その敵は今どこにいる⁉︎」
遠山は慌てて周りを見渡す。それにつられて、守山さんや天音が同時に顔を左右に振る。
守山さんと天音はお互いに顔を見合わせ、
「遠山くん、敵はいないみたいだよ」
「うん。僕の生命探知にも反応しない」
革ジャン仮面を含めた敵の姿や反応がないことを知らせてくれる。
「新道よりも強い敵はいないか。だが気を抜かずに全員見ていてくれ」
「ガハハハハッ!ここは我に任せろ‼︎」
ラドラが遠山の肩を軽く叩き、立ち上がる。
「そうよ。シンドウがそんな状態なんだから、わたし達に任せなさい」
ブラドナもまた立ち上がって、ラドラ達と共に腕を組んで警戒し始める。
「遠山、多分もういないと思う」
「……それは確かか?」
「絶対って保証はない。でもあの革ジャン仮面は僧侶を回収に来ただけで、俺を殺すために来たわけじゃなかった。だから僧侶を回収し終えたから、もういないはず」
「なるほど、そおいうことか」
遠山は顎に手を当て、頷く。
「遠山くん、なるほどってどおいうことよ?」
「僧侶も殺戮仏達もこの場にはいない。つまり、新道が殺戮仏達を全て破壊し、更に僧侶を倒そうとした前後に敵が助けに来たというわけだ。それも助けに来た敵は新道を凌駕する力量の持ち主。もし仮に新道を倒せるだけの実力を持っていれば、このまま放置して行くわけがない。その敵の目的は簡単明瞭で、敵である僧侶を回収するだけだったというわけだ」
「……やばいね。そんなやばいのと鉢合わせにならなくて良かった」
守山さんは胸を撫で下ろし、一安心してる。
「モリケン、新道が危なかったのに鉢合わせにならなくて良かったはないよ。普通に鉢合わせしてたら全員で倒せばいいだけ」
天音は目に炎を灯し、革ジャン仮面に復讐する気満々なのが伝わってくる。
「ハルくんはそういうけど――」
「天音それは間違ってる」
「え?」
「全員で倒しにかかっても勝てるか分からないくらい……あの革ジャン仮面は強すぎた。全力で戦っても勝てるかどうか……未知数だ」
「ひぇー」
「そんなに強いって……やばすぎ」
守山さんは驚愕し、天音は目に灯した炎を鎮火し、カタカタと体を震わす。
「新道、とりあえずは左目が治るかどうか試すべきだな。まひろ、新道の左目の治療を頼む」
千葉さんの手が近づく。
俺は再び右目を開ける。
俺の右目のあった箇所に千葉さんの手が触れる。
「わかった。闇回復魔法《闇治療》」
右眼に温かいぬくもりを感じる。
あーなんて温かさだ。
気持ちが良すぎて、このまま寝れそうだ。
あれ?急にぬくもりが消えた?
なんで?急に――
「……美紅人」
「どうした?」
「うちの回復魔法でなら治せると思ったんだけど、全然治らないし、回復魔法自体が打ち消されてるじゃん」
「なんだって⁉︎」
まじかよ。まさか、さっきぬくもりが消えたのって……。
「無理っぽい。っていうか、100%無理じゃん」
その言葉を聞き、右目を閉じる。
「……千葉さん、ありがとう」
「新道くん、ごめん」
「いや気にしないで」
俺は軋む体を起き上がらせる。
普通ならもう治っていても、いいはずなのに……体の治りがやけに遅い。
不死身の特性で、ここまで治りが遅いのは初めてだ。
これも、あの革ジャン仮面の力ってことか。
革ジャン仮面に引き抜かれ、右目だけで見た時の光景。あの時は頭から足まで、各部位毎にバラバラされてた。
あの時とは違い、今は全身が元通り。見た目は何もおかしくない。変わった部分も右目以外にない。ただ全身が繋がり戻っていても、実際に動かしてみると安定感がない。下手したら、もげそうなくらいだ。
これじゃー、今敵が来たらまず戦えないな。
ゴクリと唾を飲み込む。
「新道、無理をするな」
遠山が俺の肩に手を置く。
直接手が触れてるわけじゃないのに、手から温かい温もりが伝わってくる。
「遠山」
「私に前言ってくれたよな。重荷を一緒に背負ってくれると」
屋敷の時に話した光景がフラッシュバックする。
「……そうだな」
「だったら私にも新道の背負えないものを背負わせてくれ。無理な時は私を頼ってくれ」
遠山の顔は見えない。でも今優しい表情をしているんだろうなってことが、不思議と分かる。
「遠山、ごめんな。頼む」
「ああ、任された。新道を背負えるだけの力はつけたつもりだ。無理な時は私がこうして背負えばいい。私が無理な時は新道が背負ってくれればいい。それが無理でも、他に頼れる仲間がここにいる。人って字は人と人とが支え合っているものだ。新道が完全回復するまで、私はもちろん仲間全員で支えるからな」
「遠山、ありがとう」
再び、意識が薄れ始める。
俺は遠山の背中に背負われ、遠山の温かさを肌で感じながら眠りについた。
♦︎
貴方から見たその人は、どんな人物ですか?
凄く優しい?風邪を引いた際に親身になってくれた方?――そう。
貴方から見たその人は、優しい人物。
でもね、貴方から見たその人は貴方だけに親身になって優しくしてるだけだったら?
貴方じゃない別の誰か。その誰かから見た、その人は優しく見えてない。もしかしら、その人は末恐ろしい人物。そう見られてるかもよ?
貴方がどんなにその人を凄く凄く優しく見えても、どんなにどんなに親身になってくれたとしても、それが必ずしも正しいわけじゃない。別の誰かから見たら凄く凄く恐ろしく見えて、心をズタボロに消しゴムのカスのように扱いを受けても、それがその人の全てとは限らない。
どれだけ数多くの視線が、その人に照明の如く当たっても、見えるものは人の目の数だけ違って見える。
側から見たら、その人は救世主。
別の離れた位置から見たら、その人は大量殺戮を犯した大罪人。
視点と観点。
立ち位置。
ありとあらゆる角度で見れば、その人は違うものに見えてくる。
もっと具体的に言おう。
貴方がもし大切な物を相手に奪われたとする。それは掛け替えのない宝物。一生大事に大事にしないといけなかった物だ。それを貴方から見れば、優しい人物。その人は相手を必死に追いかけた。揉み合いの末、その人は相手を捕まえ、貴方の大事な物を相手から奪い返す。
相手から大切な物を奪い返したその人は、貴方には善に見える。
大切な物を奪った相手は、貴方には悪に見える。
視点を変えよう。
貴方は1日1日を生きるのが精一杯。今日食べるものがない。貴方の子供は腹を空かせて家で待っている。子供に美味しい食べ物を食べさせたい。そんな親心から貴方は目についてしまう。裕福な顔立ち。大事そうに物を箱にしまう姿を。それがどれだけ大事な物かは一目瞭然。しかし、子供の為。そう貴方は自分に言い聞かせ、箱を強引に奪い、子供の待つ家に走って逃げる。でもそれは、その人の行動によって儚く散る。
大事な物を奪い返したその人は、貴方には悪に見える。
その犯行を一部始終見ていた全ての人が、その人を善として拍手喝采を送るだろう。だが面白くない。貴方と子供から見れば、その人はまぎれもない悪に変わらないのだ。
立場が違えば、その人の行いは善にも悪にもなり変わる。
この例え話を聞き、どう思いましたか?その人の行いは当たり前だ?――そう。当たり前。この場に100人いれば、100人中100人全員がその人を善と決めるだろう。その人の行いは何を言おうと善だ。ただボクは100人が100人善と当たり前に判決を下す世界が嫌いだ。そんな世界は壊れてしまえ。ボクは100人の選択とは違う選択を選ぶ。当たり前をぶち壊す。その方が面白いじゃないか?
でもこれだけは覚えておいて。
善悪の基準なんてみじんもないんだ。それはただ欲望に忠実なだけ。
どこまでも残酷になれる。それを持ち合わせているか、いないかの違いなだけ。
じゃー次に移ろう。
今回の萱山御信も、そうだ。
野心もない。闘争本能もない。争いごとをした経験すらない。そんな人間達を言葉巧みに操り、別人の如く作り変えてみせた。
全ての人間達の心に永遠に燃える炎を灯した。野心も名声も富を持つことの素晴らしさを説いて覚えさせ、仏頂面で表現方法を知らなかった人間達に喜怒哀楽を生まれさせた。
そして人間達の狭い世界を打ち破り、彼はまだ誰1人知らぬ世界の扉を開けた。
彼は全ての人間に救いを与えたかった。彼は人間の楽園を作る為、人間とは種が異なる獣人や他諸々を絶滅まで追い込んだ。その行動は敵に無慈悲で、人間に恩恵を与えるものだった。
彼の行いは心も身体も浄められた信者同然の全人類から見たら、善であり。獣人や他諸々から見たら、悪である。だが彼が現れるまでの世界の基準をぶち壊した事には、変わりない。
人間なら温かく歓迎され、人間以外なら躊躇のない殺戮が待ってる。
立ち位置で違う。
立場で見方は変わる。
世界の全人類が知るだろう。
今回の一件を。
今回の一件で、人々を導く彼をこの世界から失ったことを。
今回の一件で、彼を倒した新道千という人間のことを。
獣人側に立った彼は、人間に善として映るのか?悪として映るのか?
楽しみだね。
「帰還したよ」
彼女が戻ってきた。
「モモちゃん、おかえり」
「ただいま」
消化不良の顔をしてる。
「新道千と戦った感想は?」
全て見ていた。
全ての結末を見た上で、彼女に問う。
「雑魚だったよ。私の動きを追えてない。不死身の体質を最大限に活かせてない。不死姫アイラと繋がった相手とは思えない。いつでも殺そうと思えば、殺せる。その程度の不死者だよ」
彼女はニコリとも笑わない。
退屈。その言葉で締め括られる。
「そっか。新しく生み出した迷宮界を最速で踏破した彼らには期待してたのに残念。彼が現代に戻る前にスカウトするつもりが、モモちゃんに潰される存在ならいらないや」
モニター越しに映る映像。
その全てが今現在をリアルタイムで映す。
壁一面に設置された100を優に超えるモニターには、様々な映像が流れる。
1つには、数多のライバルに打ち勝つ者。
1つには、ハーレムを謳歌する者。
1つには、一途な恋愛を楽しむ者。
1つには、デスゲームを必死で乗り越える者。
1つには、世界で1人永遠と生きる最強で最悪な者。
1つには、異世界で今まさに命懸けなイベント真っ最中の者。
1つには、復讐だけを生き甲斐に足掻く者。
モニター越しに映るあらゆる者達が、それぞれの異なる世界で生き抜く。
「雑魚は不要だよ」
モニターの1つに映る猫耳娘が死ぬ。
彼女はモニターのリモコンを操作する。猫耳娘を殺した相手の姿が映る。
角を生やした赤ゴブリン。
赤い血を流す猫耳娘の足を引っ張って、その場で犯し始める。
「モモちゃんの言う雑魚に負けた萱山御信も雑魚。雑魚は雑魚なりに頑張って、ボクの席を奪おうとあの世界を支配して天狗気取り。その天狗気取りの雑魚を雑魚が倒して、その雑魚をモモちゃんが捻り潰す。弱肉強食の世界とはこのことだね。あの世界には後釜を送るとして、雑魚に負けた雑魚を次はどの世界に送り込もうかな。ねぇ、試しにあの世界に送っちゃおうか?」
不敵に笑う。それをリモコンを置いた彼女が眉間を寄せ言う。
「あの世界って何処?」
次元竜王の素材で作った背もたれに背中を預け、椅子をくるっと回す。
彼女に回りくどい言い回しはなしで、ど直球で口にする。
「決まってるじゃん。不死姫アイラの世界だよ」
「っ⁉︎」
鉄仮面でもつけてるのか?と毎回彼女に会う度に思ってた。だけど、不死姫アイラというキーワードを聞いた彼女の表情は瞬く間に崩れた。
「その反応を見たかった。雑魚は全回復後、即送る。モモちゃんは不死王殺しの力、不死姫アイラに発揮していいよ?アハハハハハハ」
全モニター一面を不死姫アイラの横顔に一瞬で切り替え、更に揺さぶる。まんまと揺さぶられた彼女の鉄仮面が、完全に剥がれ落ちるのを垣間見た。
復讐を果たす顔。
眼は黒目から黄金に変わる。
まさに鬼の形相だ。
彼女は本来の顔を外していた仮面で隠す。
仮面で隠しても、だだ漏れ。
彼女は必死に食いつくようにモニターを眺める。
殺すと何度も連呼する心の声が聞こえた。
数十万規模の殺戮仏全てを相手取って戦い、全てをこの手で破壊した。
俺が今立っている場所から見渡す景色には、殺戮仏【巨人】の1体しかいない。他の殺戮仏は地平線の彼方を眺めても、1体もいない。枯れきった草が広がる地面には、僧侶と共にこの地にやってきた沙門達が寝そべってる。全員が全員、狂信者と言っていい行いや言動を俺に向けて言ってきたりもした。だけど、こいつらも同じ人間だ。世界が違うから、こいつらは同じ人間じゃない。そう最初っから否定しようと思えば、いくらでも出来る。でも、こいつらが普段どんな暮らしをし、どんな仲間と一緒に今まで成長してきたのかは俺は分からない。分からないからこそ、知らなくちゃいけないし、最初っから否定するわけにはいかない。同じ人間じゃない。敵だから許さない。そう思ってしまえば、きっと楽だ。楽だから知らずに投げ出す選択は俺はしたくない。しなかった事で、今気絶してるこいつらが次に目を覚まして、また俺に飛びかかって殺しにくる可能性もある。可能性は0%と断言して言えない。それでも、100%するとは言えないんだ。それ全部含めた上で、俺は一度の過ちだけで、命を取ろうとは思わない。次に同じ過ちを繰り返すなら正すまで。繰り返さなければ、きっと手と手を取り合えるはずだ。だって、俺たちは同じ人間なんだから。
俺は気絶した沙門達が心を入れ替えてくれる。ラドラ達が話した。僧侶が来る前の純粋な人間だった頃の心がまだ心の奥底に眠っている。そう信じる。
「覚悟!」
死角から近づいてきてたのは気づいていた。
俺は振り向き、
[対象:エレン・カヤヤマ LV48 推定脅威度:H]
最後の沙門――エレン――の攻撃をその身で受ける。
ガキィン!
エレンの振り下ろした剣が折れる音が響く。
「くっ!まだ――」
「少し寝ていてくれ」
懐にしまっていた短刀を取り出すよりも早く、俺はエレンの頭を軽く小突いた。
エレンはスッと意識を失い、気絶する。俺は前屈みで倒れたエレンを受け止め、優しく地面に寝かせる。
あと残すは僧侶と2体の殺戮仏だな。
俺は高みで見物する僧侶へ視線を向ける。
巨人の手のひらで俺の行動を窺っていた僧侶はいまだに俺に熱い視線を向けて逃げる様子も、焦燥感もなさそうだ。
最後の沙門を気絶させても、平然としてやがる。まだやれるってか。大した玉だな。
俺は僧侶の隣にいる殺戮仏【阿修羅】へ目線を移す。
阿修羅は左右合わせて6本の腕を生やし、6本の手にはそれぞれ違った色を纏った長剣が握られている。
6本合わせたら、ほぼレインボーカラーだな。
俺は今立っている大地を力強く蹴り、
「闇装術《闇翼》」
背中から闇一色の翼を広げて飛ぶ。
空を飛行するのは、これでもう3度目だ。1度目は飛ぶのに不慣れで地面に落下しながら、その勢いそのままに周囲一帯の殺戮仏を闇の衝撃波で破壊した。2度目は1度目の失敗を活かし、飛ぶことに成功したが飛行する時間が短かった。それでも飛行時間が短い分、空中から広範囲の闇を放つ事が出来た。そのおかげで、大多数の殺戮仏を破壊出来たんだけどな。
今回の3度目は飛ぶのはもちろんだが、速さをメインにした。その分、飛行時間が2度目よりも短くなる可能性も考慮し、一瞬で巨人の元へひとっ飛びだ。
僧侶も阿修羅も反応出来ず、巨人の頭を一撃で粉砕した俺の攻撃の反動を受けて気づく。
遅い。遅すぎる。
僧侶は呆気なく面喰らった表情を見せる。阿修羅は表情を動かす事も変える事も出来ないようで、今どんな気持ちかはわからない。
頭を失った巨人は崩壊と同時にキラキラ光る砂に変わり、手のひらに座っていた僧侶も阿修羅も地上に落下する。
俺は僧侶を抱えたまま身動きが取れずにいる阿修羅へ一直線に降下した。
阿修羅は俺の顔を見て、空いている4本の手に持った長剣を振る動作に入った。
赤の長剣。
青の長剣。
緑の長剣。
黄の長剣。
4本ともに同じタイミングで、俺に向けて長剣を振るう。
赤の長剣からは炎龍が飛ぶ。
青の長剣からは水龍が飛ぶ。
緑の長剣からは風龍が飛ぶ。
黄の長剣からは黄龍が飛ぶ。
4体の龍が俺を殺しに上昇してくるが俺にはその動きが手に取るように見え、俺に到達するまでにまだまだ余裕すらあった。
「闇装術《闇の一撃》」
俺は右拳に闇を集約させ、より強大に威力を増した一撃で四龍を打ち砕く。
四龍は瞬く間に姿を消し、俺が更に勢いを増して降下する姿を目撃した阿修羅は4本の長剣を重ねて防御の構えで俺の一撃を受けた。
ズン!
阿修羅は俺の一撃を長剣で受け止め、そのまま地面に激しい音と土煙を撒き散らし激突した。
俺は闇翼を元に戻し、地面に着地する。
あそこで咄嗟に長剣を重ねるとは思ってもみなかったな。流石はLV150といったところかな。
俺は右拳に集約させた闇を全体に纏い戻し、阿修羅が落ちた落下地点へ進む。
「げほげほごほっ‼︎」
咳き込む声が聞こえる。
僧侶だろうな。
俺は僧侶が今の落下で倒されていないのを音だけで確認する。
「そこにいるだろ?」
俺は音と同時に真横から振られた長剣を右手で受け止め、刃を砕く。
「抹殺失敗⁉︎」
「殺気出し過ぎだからな」
土煙が風に流され、長剣を振るった阿修羅へ面と向かってアドバイスを伝え、左拳で脇腹を狙った最後の長剣を粉砕する。
「抹殺失敗‼︎抹殺継続‼︎」
6本の長剣を失い、阿修羅は6本の拳を怒涛の連撃で放ってくる。だが、その全てが俺の目には遅くスローモションで見えた。
全ての連撃をかわし、阿修羅の放つ拳に俺の拳を重なり合うようにぶつけ、腕ごと破壊する。それを6回連続で行なった。
「闇装術《闇の一撃》」
腕を無くした阿修羅の胴体に重い一撃を乗せて放つ。阿修羅は後方へ吹き飛び、そのままキラキラ光る砂となって風に消える。
「僧侶あんたもこれで終わりだ」
俺は地面にへたり込んだ僧侶へ言葉を投げかけ、一歩また一歩と近づく。
「……私が……負けるなんて……ありえない……私は……この世界の神に……なる……存在なのですよ……貴方は私の道を……どうして……遮るような真似を……するのですか‼︎⁉︎」
僧侶の顔は、絶望一色だ。
この世の終わり。
現実に目を当てるのが怖い。
全ての邪魔をしたのは、お前だ!
そう思ってるんだろうな。
そおいう目を俺に向けてる。
「遮るも何も俺はするべき事をしたまでだ。あんたはこの世界の神なんかじゃない。神というには全ての行いが悪に近い。何も争いの種もなかった獣人と人間を戦わせ、あろうことか獣人を殺し尽くしたり奴隷にしたり、あんたは神なんかじゃない!この世界を破滅に追い込んだ元凶だ!」
沙門達の心を蝕む悪 バイ菌。
純粋な心を持ち合わせていただろう人々を駆り立てた悪 ウイルス。
殺す必要のない獣人達を死の道へ導いた悪。
「……神である……私が……悪?……破滅の元凶?……ありえない……そんなはずは……そんな……はずは……私は……人間のみに許された楽園を作るために……害悪を排除したまで!……何が悪だ⁉︎何が元凶だ⁉︎……私を誰と心得てる⁉︎……私はこの世界の神!……楽園の神だぞ‼︎……害悪を摘もうが摘まないも、神である私の自由だ‼︎」
つくづくやるせないな。
「あんたには責任を取ってもらう。だから今までやってきた行いを思い出す為に少し寝てろ。そしてあんたは神じゃないと知れ!」
俺は地面を踏みしめ、
「闇装術《闇の一撃》」
僧侶の顔面に右拳を入れた。
右拳を思いっきり振るった瞬間、
「ぁあぁりぇえなぁぃいい‼︎」
僧侶は目を白目剥かせ、鼻からは鼻血を出して吹き飛ぶ。
♦︎
私が生まれた世界には、こおいう言葉があります。
『信じる者は救われる』という言葉が、神の言った言葉があるのです。
私は生まれてから死ぬまで、僧侶として勤めを果たしました。
しかし、勤めを果たし終える――その時まで、私の住む世界は一向に変わらなかった。良くなる傾向すらありはしなかった。もっと言えば、逆に悪くなる一方だったのです。
神は信じる者は救われると言うが、神を信じる者は陥れられ、神を信じたばかりに火炙りにあった者さえいる。
神を信じる者の全てが、信じたばかりに無抵抗のまま人生を終えた。
世界は神を信じる者に冷たかった。
信じる者は救われる。その言葉が正しい。その言葉こそが、私の根本を作った大きな要と言えました。
いや今では……大きな要だったと過去形として言えます。
なぜなら、私は信じる者は救われるを貫いたばかりに最も信じた者から無残な殺され方を受けて死んだのですから。
あの時、どうして?そうなったのか?どうして、彼女は涙を流したのか?なぜ、最後の瞬間に微笑みを見せたのか?今でも振り返り考えます。ですが、答えは出ません。
最も信じた者は、私の妻です。
私が認めた人。
私が愛した人。
私に尽くしてくれた人。
私に愛をくれた人。
そんな彼女が、どうして?
私の妻として、勤めを果たし終える――その時まで支えてくれた彼女が……何故に殺しという行いに手を染めたのか?
未だに日々悶々と答えを探しても、何1つとして答えは見つかりません。
そして私は彼女に殺された瞬間も、信じる者は救われると心の中で思ってました。
そのおかげなのか?
私は神と直接会う機会を得ました。
私が敬愛する神と会えたことに感謝をしたのも、束の間。私が出会えた神は、神というには邪が付くほどの邪悪な神でした。
あの黒神と出会い、もう一度やり直す機会を与えられ、1度目の人生の時には得られなかった神にも等しい力を手に入れて、私は異世界に転生しました。
年齢は30代半ばまで若返ってましたが殺された当時に比べれば、動ける体力もあって不服はありませんでした。
私が足を踏み入れた異世界は獣人が世界を支配しており、人間は支配権を握る欲も戦う意欲も好奇心さえも持ち合わせていませんでした。
ここの人間は、純粋過ぎる。
私は人々と接して、そう確信しました。
このままでは、人という種は世界から滅ぶのも時間の問題でしょう。
そう断言出来る未来が頭に浮かぶのと同時に私は閃きました。
ここの人間達は、元々あった宗教に随時した教えを厳しく守ってる。狭い世界に閉ざされ、広い世界を知ることなく人生を終える。それがある故に人々の心に、人間の中に必ずある七欲――生存欲・睡眠欲・食欲・性欲・怠惰欲・感楽欲・承認欲――が生まれる事が、今まで皆無だったのです。
私は私が今いる集落に集まる人々を一箇所に集め、私の知る全ての宗教を教え説きました。最初は誰も聞く耳は持ってませんでしたが、私には黒神に貰った力がある。その力を使って見せれば、すぐに誰もが私の話を耳にした。それは波及するように広がり、たちまち山を1つ超えた先の人々の耳にまで伝わる。私の話を聞きに遠く遥々やってくる人々まで、出てくるまでになるのにそう時間は必要ありませんでした。
その後、私は私の為の私が作り出す新たな宗教を築き上げました。
私を強く信じ、私の発言が絶対である。そう信じる熱狂的な信者達に私は『修行僧』という位を与え、殺戮仏創造で生み出した殺戮仏を貸し与える。それと同時に試練と偽り、獣人を蹂躙する下準備をゆっくりと始めました。
第一段階は村に住む獣人を、第二段階は小都市に住む獣人を、第三段階は大都市に住む獣人を、第四段階は大陸に住む全獣人を蹂躙しました。
第四段階を終える頃には異常な信者は数を増し、空になった小都市から大都市を厳選して選び抜いた人々に『沙門』という最高位の位を与えると同時に管理を任せ、奴隷として捕まえた獣人を人々に与え、全ての七欲を己の中から解放させたのです。
そして最後のダメ出しに。
信じる者は救われる。それを信じた為に私が前世で、どんな結末を辿ったのか事細かく、ありもしないフィクションも混ぜて強く伝え、そこから学んだ私の経験に基づいた言葉を私の新たな宗教の絶対基本に掲げました。
『三本の柱』
1つ、信じるから救われない。
1つ、信じるから奪われる。
1つ、信じるから助けられない。
『絶対の大黒柱』
信じない者は殺戮を以って救われる。
全ての人々が。
全ての熱狂的な信者達が。
全ての異常な信者達が。
声を上げる。その中で、私は叫んだ。
「私の前では位等は関係なく皆平等です!先祖の宗教に救われなかった者達よ!さぁー!殺戮を以って救われましょう!殺戮こそが救われる正義!殺戮をせずに信じるだけの者は私と同じ末路を辿るでしょう!共に私……いや私達の!人間のみの楽園を!人間のみに許された理想郷を作ろうではありませんか!地上における神の国……いやもっとです!神の世界をこの世界の隅々まで築き上げましょう!そこでこそ、本当に誰もが救われるのです!そこに辿り着くために信じない者は殺戮を以って救われるをやり遂げなくてはなりません!そこでなら皆豊かに暮らせるでしょう!幸せな日々を過ごす為に!人間よ、立ち上がる時です‼︎幸せな暮らしの為に!人々が安寧して暮らせる世界に平定する為に!人々よ、正義の為に私達は世界を手に入れるのです!さぁー私の生み出した殺戮仏を使いなさい!」
全員が全員、その日を境に人間を辞めました。
獣人を奴隷に。
獣人を殺し、犯し、弄び。
命を命と思わず、自分の欲の為だけに。人の種以外を全て殺した。
子供達を幸せな世界に導く為に。
誰もが殺戮仏を使いました。
誰もが殺戮を以って救われたのです。
走馬灯ですかね?
昔の事を長ったらしく思い出してしまいました。
久々に思い返してみるものですね。
思い返してみると……未練がましいですね。
本当の私は未練がましいのです。
まだ私は『信じない者は殺戮を以って救われる』と命題を打っても、救われていない。
私の妻が私を殺した時同様に獣人やその他の種族を理解する為だけに殺した。それでも、彼女の気持ちを理解する事は出来なかった。
彼女はどうして?あんな行いをしたのか?どうして、涙を流したのか?なぜ、最後の瞬間に微笑んだのか?今でも分からない。
分からないからこそ、私は私の知る彼女を信じたいのかもしれませんね。
本当に信じた先にこそ。そこでこそ、本当の信じる者は救われる。そう私は今でも未練がましく思っているのでしょう。
もうじき、彼女を理解する為の旅は終わりを告げるのでしょうね。
因果応報。
異世界に来て、私がやって来た全ての行いが倍になって跳ね返ってくる。
その跳ね返りが、あの黒い化け物を呼び寄せたのかもしれませんね。
このまま、私は黒い化け物に殺されるでしょう。
次の生があるのなら、もう一度……彼女に会いたい。次こそ、彼女を理解出来る。そんな気がしますね。
私は彼女の微笑んだ表情を思い出し、そのまま意識はそこで途切れる。
♦︎
空中で数十回転し、地面に転がり続けた末に気絶した僧侶は口からは泡を吹き出し、地面に大の字で倒れる。
「終わったな」
俺は全ての戦いが終わった事に対して一安心した――その時
気絶した僧侶の隣に革ジャンを着たストレート黒髮の仮面が現れた。
どこから現れたかはわからない。だけど、今言える言葉は1つだけだ。
見えなかった。
仮面が現れるまで、全く気付く事も、動く気配を感知する事も、視界に捉える事さえ出来なかった。
[対象:■■■■■ LV■■■ 推定脅威度:不明]
なっ⁉︎
俺は今見ている革ジャン仮面の名前も、レベルさえも脳内でザーザーと大音量のノイズが走って聞く事が出来なかった。
戦闘態勢の構えを継続して構える。
用心深く革ジャン仮面を注視する。それなのに前触れもなく、僧侶のそばに跪いてる。
っ⁉︎いつ跪いた⁉︎
確認出来ない速度で動いたのか?それとも何らかの別の力が働いてるのか?全てにおいて不明だ。
こいつ、やばい。そう直感する。
革ジャン仮面は気絶した僧侶にゆっくり触れる。
その動作はギリギリ見えた。
「《異送》」
革ジャン仮面が触れた瞬間、僧侶は瞬く間に消え去る。
初めて耳にした声は、男でも女でもない。機械のような声。いやほぼ機械となるら変わりない声。
何かしらの変声機器を使ってるのか?……ボイスチェンジャーなんてな⁇……いや違う。もっと特殊で、高度な技術な気がしないでもない。
結局どう考えても答えは分からない。
今は眼前の敵に集中だ。
「あんた……僧侶の仲間だな⁈」
俺は地面を蹴り、革ジャン仮面のいる位置へ急速に移動する。
ここだ!
まだ視界に捉えている革ジャン仮面へ右拳を振るう。
「《神風》」
スッ。
しっかり目で捉えていた革ジャン仮面が、あっという間に消える。
右拳は誰もいない虚空を空振り、ボフッと遅れて衝撃波が一直線に吹き抜け流れる。
嘘だろ⁈今のは……俺の全力だぞ⁉︎
「どこにいった⁈」
「ここだよ」
後ろから声が聞こえた。
ドスッ‼︎
「がはっ‼︎⁉︎」
背中から強烈な痛みが走る。
心臓に刃物が刺さった感触がある。
「俺にそんなものは聞かな――」
俺は後ろにいるであろう革ジャン仮面へ両手を伸ばそうとした刹那、
ズボッ‼︎
「ぁあぁあぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼︎‼︎‼︎」
刃物とは別の何かが俺の心臓を鷲掴み、心臓を体から引き抜いた。
全身を引き裂く痛み。
全身の細胞が悲鳴を叫ぶ痛み。
頭に危険信号が台風の如くガランゴロン!と鐘を打ち鳴らし、警告する痛み。
全てを焼き尽くされる痛み。
今までの蓄積され、刻み込まれた死が、今この瞬間に破裂して雪崩れ込むような痛み。
痛みには慣れたはずだった。それなのに俺は痛みに耐えきれずに叫び声を上げてしまう。
「《白の裁き》」
俺は両膝を地面につき、全身が焼かれる感覚を覚える。
痛い。熱い。
まるで、業火に焼かれるような熱さ。
次に闇を纏った両脚が視界に入る。
両脚は本当に白い炎に包まれている。闇は白い炎に飲み込まれ、瞼を閉じるより先にかき消される。
痛みに苦しみ、思考をフル回転させる。
この焼かれている感覚が全身にあるって事は、全身に白い炎が発生してるってことかよ⁉︎
全身に纏った闇も白い炎にかき消され、俺を焼き殺してるのだと瞬時に判断する。
視界が真っ白に染まる。
直後、プッツンと視界がブラックアウトした。
暗闇。
静寂。
全身の感覚が一切ない。
俺を痛みに耐えきれなく叫ばせた痛みも。業火に焼きつくような熱さも。
今は感じない。
俺はどうなった?
「戦うつもりはなかったのに、君って血の気が多いね。血の気が多い君に言いたい。これ正当防衛だよ。分かる?どんなに不死身の体していてもさ、敵か味方かも分かってない時点で攻撃するのは良くないね。若者の特権だと言えるね」
声だけは聞こえる。
俺がどうなってるかは、もういい。
今の発言で、分かったこともある。
「あんた、俺が不死身だと知ってるのか?」
言葉も話せた。微かに枯れてるが話せる。
口と耳は今のとこ、正常のようだな。
「知ってるよ」
「な――」
「なんで知ってるのか?って聞かれる前に教えるよ。君が迷宮界入りした時から全てを黒神様と共に見ていたんだ。黒神様には君があの最強で最悪な不死姫アイラと繋がる瞬間も、コンマ0.1秒の些細な出来事さえも見逃さなかったよ」
「あ――」
「あんたは何者か?って聞かれる前に教えるよ。君の敵。世界の敵」
こいつ、俺が言おうとした事をまるで心を読んでるかのように言うより先に言ってくる。どうなってんだ?
こいつが敵なのは僧侶側に立ってた時点で、分かりきってた事だったが……やっぱり、敵だったか。
「あ、それと君に最も対抗しうる不死王殺しだよ。今、君は自分の体がどうなってるか見れないだろうから見せてあげる」
ズッボッ!
数秒後、右目の視界が回復し、黒一色の暗闇から色鮮やかな光が射し込む。それと同時にバラバラに切り離された頭・両腕・胴体・両脚が目に入る。それぞれに白い釘が大量に打たれ、身動きが取れない状態だ。その上、全部位を白い炎に焼かれ、何度も再生と破壊を繰り返し続けてる。再生速度は速い。だがそれ以上に全てを破壊する力の方が絶大で、どうしようもない。
これか。これで、全身の感覚が戻らないわけだ。
目に見えるもの全てが幻覚と思いたくなる。ありえない光景。
誰にも負けない強さを手にし、どんな相手と向き合う時も油断や奢りはしてなかった。そんな俺を一瞬で踏み潰した現実。信じられない力量差。
言葉も出ないとは、このことだ。
「君を殺すためにここに来ていたら、こんな中途半端な殺し方はしないんだけどさ。君があまりにも暴君だから懲らしめるついでに実力差を知らしめたわけ。君って第4階層では血喰いに不死身の特性を活かして大逆転を収めたけどさ、この場ではそれと同じ事は無理だよ。だって君を人間同等に否応無く殺せる不死王殺しが相手だからさ」
これが……中途半端?
普通の人間なら完全に死んでるぞ。俺が普通の人間じゃないと知ってるから……こんな殺し方にしたっていうのか?不死身だからって……ここまでやるのかよ⁇
目を今すぐ閉じたい。でもそれは不可能だ。
白い炎に燃える頭。そこに片方の目玉はない。顔から眼球だけ抜き取られてる。瞼を閉じたくても、閉じる瞼がない。嫌でも、この景色を無惨に見せられる。
負けそうになる。心が折れそうになる。
今すぐ放棄してしまいたい。そう昔の俺なら思っただろう。だけど、今の俺は違う。アイラと出会って、俺は大きく生まれ変わった。今の俺は、こいつが強くて勝てない相手だとしても現実逃避するような柔な人間じゃない!
「……それが本当なら、あんたは……あの僧侶を回収にきたのか?」
革ジャン仮面は白い炎に全身を焼かれる光景から自分の方へ俺の右目を動かす。
「頭いいね。そうだよ。あの人喰いと違ってさ、黒神様側で使える人材をみすみす殺させないよ。君は殺すつもりはなくても、あとあと君以外が殺すのは未来予知で分かってたからさ」
未来予知⁉︎
さっきからチラホラ出てくる黒神様とは一体なんだ?神様の一種か?
考えても答えは出ない。
くそっ!この状況を打破する決定打はないのか?どうすればいいんだ。
「なんか色々と話し込んじゃうとついつい教えなくてもいい情報を話してしまうんだよね。まぁ、知ったところでどうにもならない話なんだけどさ。ここでペラペラ話をするために世界に来たわけじゃないからさ。君をもう少し痛ぶりたいけど、黒神様の元に帰らせてもらうよ。あ、最後に萱山御信を破った新道千君に1つだけアドバイスをあげる。迷宮界から戻ったところで、君は2度と日常には戻れないよ」
ブチッ‼︎
右目の視界が躊躇なく、強制的にブラックアウトした。
直後、意識が一瞬で薄れる。
薄れる中、「不死姫によろしく伝えといて。じゃーな」と革ジャン仮面の声が耳に聞こえた。
♦︎
「……新道‼︎」
声がする。
この声は……遠山?
「……新道‼︎しっかりしろ‼︎」
やっぱり、遠山の声だ。
「新道くん⁉︎」
守山さんの声も聞こえる。
「新道⁉︎」
天音の声も聞こえるな。
俺は重たい瞼を開ける。
「お兄ちゃん⁉︎‼︎」
ぼやける視界。
焦点が合わない。
夏奈華ちゃんの声さえ聞こえる。
「……俺は……」
俺の声が耳に入る。
枯れた声だ。
頭が少し回り始めた。
まだ思考が出来ないが、1つだけ言わせてくれ。
どんだけ枯れてんだよ。
「「新道くん!」」
千葉さんに戸倉さんの声だな。
「新道先生⁉︎」
仁さんもそこにいるのか。
「「「シンドウ!」」」
ラドラ達の声も聞こえる。全員この場にいるのかよ。
「新道⁉︎ここで何があった⁉︎」
見覚えのない白銀の鎧を装着した人物が視界に入る。
顔が隠れて誰か分からない。
「……誰だ?……」
顔が隠れた人物へ視線を向け、投げかける。
「わけあって、今こんな姿になってるが私だ!遠山美紅人だ!」
遠山だったのか。
一体何があったのか?聞きたい。
でも、その前に――
「……遠山……俺は……」
目を開けてみて、違和感に気づく。
視野が狭い。
やけに鼻先から右かけての視界が映らない。
なんでだ?なんで、左側しか視界に映らない。
左目を閉じる。
右目は開けてるつもりだ。それなのにどうして、右目は黒いままなんだ?
なんで?どうして?
「新道……その目は……」
「新道くん……左目が……⁉︎」
「っ⁉︎……新道……」
「……ちょ、グロいって⁉︎」
「グロいじゃんって言いたいとこだけど、そもそも何があったの⁈」
「新道先生‼︎⁉︎」
「お兄ちゃんの目は……どうしてないの?ねぇ、どうしてなの⁉︎」
守山さん達の言葉を聞いて理解した。
あっ、そおいうことか。
俺の右目の視界が真っ暗なのは……右眼がないからか。
俺は右目の瞼を閉じ、左目を開ける。
「……遠山も、守山さん達も無事だったんだな」
枯れた声で、俺は遠山達が無事だった事を心から喜ぶ。。
「新道……一体何があった⁈」
遠山は俺を見ていられなさそうだ。
見てるだけで、辛いのが雰囲気で分かる。
俺の不死身の特性で右眼が元に戻らないってことは……あの革ジャン仮面が原因なんだろうな。
「遠山、すまない。俺でも敵わない敵が現れた」
「なっ⁉︎……そうか。それで……新道の左目は……っ⁉︎その敵は今どこにいる⁉︎」
遠山は慌てて周りを見渡す。それにつられて、守山さんや天音が同時に顔を左右に振る。
守山さんと天音はお互いに顔を見合わせ、
「遠山くん、敵はいないみたいだよ」
「うん。僕の生命探知にも反応しない」
革ジャン仮面を含めた敵の姿や反応がないことを知らせてくれる。
「新道よりも強い敵はいないか。だが気を抜かずに全員見ていてくれ」
「ガハハハハッ!ここは我に任せろ‼︎」
ラドラが遠山の肩を軽く叩き、立ち上がる。
「そうよ。シンドウがそんな状態なんだから、わたし達に任せなさい」
ブラドナもまた立ち上がって、ラドラ達と共に腕を組んで警戒し始める。
「遠山、多分もういないと思う」
「……それは確かか?」
「絶対って保証はない。でもあの革ジャン仮面は僧侶を回収に来ただけで、俺を殺すために来たわけじゃなかった。だから僧侶を回収し終えたから、もういないはず」
「なるほど、そおいうことか」
遠山は顎に手を当て、頷く。
「遠山くん、なるほどってどおいうことよ?」
「僧侶も殺戮仏達もこの場にはいない。つまり、新道が殺戮仏達を全て破壊し、更に僧侶を倒そうとした前後に敵が助けに来たというわけだ。それも助けに来た敵は新道を凌駕する力量の持ち主。もし仮に新道を倒せるだけの実力を持っていれば、このまま放置して行くわけがない。その敵の目的は簡単明瞭で、敵である僧侶を回収するだけだったというわけだ」
「……やばいね。そんなやばいのと鉢合わせにならなくて良かった」
守山さんは胸を撫で下ろし、一安心してる。
「モリケン、新道が危なかったのに鉢合わせにならなくて良かったはないよ。普通に鉢合わせしてたら全員で倒せばいいだけ」
天音は目に炎を灯し、革ジャン仮面に復讐する気満々なのが伝わってくる。
「ハルくんはそういうけど――」
「天音それは間違ってる」
「え?」
「全員で倒しにかかっても勝てるか分からないくらい……あの革ジャン仮面は強すぎた。全力で戦っても勝てるかどうか……未知数だ」
「ひぇー」
「そんなに強いって……やばすぎ」
守山さんは驚愕し、天音は目に灯した炎を鎮火し、カタカタと体を震わす。
「新道、とりあえずは左目が治るかどうか試すべきだな。まひろ、新道の左目の治療を頼む」
千葉さんの手が近づく。
俺は再び右目を開ける。
俺の右目のあった箇所に千葉さんの手が触れる。
「わかった。闇回復魔法《闇治療》」
右眼に温かいぬくもりを感じる。
あーなんて温かさだ。
気持ちが良すぎて、このまま寝れそうだ。
あれ?急にぬくもりが消えた?
なんで?急に――
「……美紅人」
「どうした?」
「うちの回復魔法でなら治せると思ったんだけど、全然治らないし、回復魔法自体が打ち消されてるじゃん」
「なんだって⁉︎」
まじかよ。まさか、さっきぬくもりが消えたのって……。
「無理っぽい。っていうか、100%無理じゃん」
その言葉を聞き、右目を閉じる。
「……千葉さん、ありがとう」
「新道くん、ごめん」
「いや気にしないで」
俺は軋む体を起き上がらせる。
普通ならもう治っていても、いいはずなのに……体の治りがやけに遅い。
不死身の特性で、ここまで治りが遅いのは初めてだ。
これも、あの革ジャン仮面の力ってことか。
革ジャン仮面に引き抜かれ、右目だけで見た時の光景。あの時は頭から足まで、各部位毎にバラバラされてた。
あの時とは違い、今は全身が元通り。見た目は何もおかしくない。変わった部分も右目以外にない。ただ全身が繋がり戻っていても、実際に動かしてみると安定感がない。下手したら、もげそうなくらいだ。
これじゃー、今敵が来たらまず戦えないな。
ゴクリと唾を飲み込む。
「新道、無理をするな」
遠山が俺の肩に手を置く。
直接手が触れてるわけじゃないのに、手から温かい温もりが伝わってくる。
「遠山」
「私に前言ってくれたよな。重荷を一緒に背負ってくれると」
屋敷の時に話した光景がフラッシュバックする。
「……そうだな」
「だったら私にも新道の背負えないものを背負わせてくれ。無理な時は私を頼ってくれ」
遠山の顔は見えない。でも今優しい表情をしているんだろうなってことが、不思議と分かる。
「遠山、ごめんな。頼む」
「ああ、任された。新道を背負えるだけの力はつけたつもりだ。無理な時は私がこうして背負えばいい。私が無理な時は新道が背負ってくれればいい。それが無理でも、他に頼れる仲間がここにいる。人って字は人と人とが支え合っているものだ。新道が完全回復するまで、私はもちろん仲間全員で支えるからな」
「遠山、ありがとう」
再び、意識が薄れ始める。
俺は遠山の背中に背負われ、遠山の温かさを肌で感じながら眠りについた。
♦︎
貴方から見たその人は、どんな人物ですか?
凄く優しい?風邪を引いた際に親身になってくれた方?――そう。
貴方から見たその人は、優しい人物。
でもね、貴方から見たその人は貴方だけに親身になって優しくしてるだけだったら?
貴方じゃない別の誰か。その誰かから見た、その人は優しく見えてない。もしかしら、その人は末恐ろしい人物。そう見られてるかもよ?
貴方がどんなにその人を凄く凄く優しく見えても、どんなにどんなに親身になってくれたとしても、それが必ずしも正しいわけじゃない。別の誰かから見たら凄く凄く恐ろしく見えて、心をズタボロに消しゴムのカスのように扱いを受けても、それがその人の全てとは限らない。
どれだけ数多くの視線が、その人に照明の如く当たっても、見えるものは人の目の数だけ違って見える。
側から見たら、その人は救世主。
別の離れた位置から見たら、その人は大量殺戮を犯した大罪人。
視点と観点。
立ち位置。
ありとあらゆる角度で見れば、その人は違うものに見えてくる。
もっと具体的に言おう。
貴方がもし大切な物を相手に奪われたとする。それは掛け替えのない宝物。一生大事に大事にしないといけなかった物だ。それを貴方から見れば、優しい人物。その人は相手を必死に追いかけた。揉み合いの末、その人は相手を捕まえ、貴方の大事な物を相手から奪い返す。
相手から大切な物を奪い返したその人は、貴方には善に見える。
大切な物を奪った相手は、貴方には悪に見える。
視点を変えよう。
貴方は1日1日を生きるのが精一杯。今日食べるものがない。貴方の子供は腹を空かせて家で待っている。子供に美味しい食べ物を食べさせたい。そんな親心から貴方は目についてしまう。裕福な顔立ち。大事そうに物を箱にしまう姿を。それがどれだけ大事な物かは一目瞭然。しかし、子供の為。そう貴方は自分に言い聞かせ、箱を強引に奪い、子供の待つ家に走って逃げる。でもそれは、その人の行動によって儚く散る。
大事な物を奪い返したその人は、貴方には悪に見える。
その犯行を一部始終見ていた全ての人が、その人を善として拍手喝采を送るだろう。だが面白くない。貴方と子供から見れば、その人はまぎれもない悪に変わらないのだ。
立場が違えば、その人の行いは善にも悪にもなり変わる。
この例え話を聞き、どう思いましたか?その人の行いは当たり前だ?――そう。当たり前。この場に100人いれば、100人中100人全員がその人を善と決めるだろう。その人の行いは何を言おうと善だ。ただボクは100人が100人善と当たり前に判決を下す世界が嫌いだ。そんな世界は壊れてしまえ。ボクは100人の選択とは違う選択を選ぶ。当たり前をぶち壊す。その方が面白いじゃないか?
でもこれだけは覚えておいて。
善悪の基準なんてみじんもないんだ。それはただ欲望に忠実なだけ。
どこまでも残酷になれる。それを持ち合わせているか、いないかの違いなだけ。
じゃー次に移ろう。
今回の萱山御信も、そうだ。
野心もない。闘争本能もない。争いごとをした経験すらない。そんな人間達を言葉巧みに操り、別人の如く作り変えてみせた。
全ての人間達の心に永遠に燃える炎を灯した。野心も名声も富を持つことの素晴らしさを説いて覚えさせ、仏頂面で表現方法を知らなかった人間達に喜怒哀楽を生まれさせた。
そして人間達の狭い世界を打ち破り、彼はまだ誰1人知らぬ世界の扉を開けた。
彼は全ての人間に救いを与えたかった。彼は人間の楽園を作る為、人間とは種が異なる獣人や他諸々を絶滅まで追い込んだ。その行動は敵に無慈悲で、人間に恩恵を与えるものだった。
彼の行いは心も身体も浄められた信者同然の全人類から見たら、善であり。獣人や他諸々から見たら、悪である。だが彼が現れるまでの世界の基準をぶち壊した事には、変わりない。
人間なら温かく歓迎され、人間以外なら躊躇のない殺戮が待ってる。
立ち位置で違う。
立場で見方は変わる。
世界の全人類が知るだろう。
今回の一件を。
今回の一件で、人々を導く彼をこの世界から失ったことを。
今回の一件で、彼を倒した新道千という人間のことを。
獣人側に立った彼は、人間に善として映るのか?悪として映るのか?
楽しみだね。
「帰還したよ」
彼女が戻ってきた。
「モモちゃん、おかえり」
「ただいま」
消化不良の顔をしてる。
「新道千と戦った感想は?」
全て見ていた。
全ての結末を見た上で、彼女に問う。
「雑魚だったよ。私の動きを追えてない。不死身の体質を最大限に活かせてない。不死姫アイラと繋がった相手とは思えない。いつでも殺そうと思えば、殺せる。その程度の不死者だよ」
彼女はニコリとも笑わない。
退屈。その言葉で締め括られる。
「そっか。新しく生み出した迷宮界を最速で踏破した彼らには期待してたのに残念。彼が現代に戻る前にスカウトするつもりが、モモちゃんに潰される存在ならいらないや」
モニター越しに映る映像。
その全てが今現在をリアルタイムで映す。
壁一面に設置された100を優に超えるモニターには、様々な映像が流れる。
1つには、数多のライバルに打ち勝つ者。
1つには、ハーレムを謳歌する者。
1つには、一途な恋愛を楽しむ者。
1つには、デスゲームを必死で乗り越える者。
1つには、世界で1人永遠と生きる最強で最悪な者。
1つには、異世界で今まさに命懸けなイベント真っ最中の者。
1つには、復讐だけを生き甲斐に足掻く者。
モニター越しに映るあらゆる者達が、それぞれの異なる世界で生き抜く。
「雑魚は不要だよ」
モニターの1つに映る猫耳娘が死ぬ。
彼女はモニターのリモコンを操作する。猫耳娘を殺した相手の姿が映る。
角を生やした赤ゴブリン。
赤い血を流す猫耳娘の足を引っ張って、その場で犯し始める。
「モモちゃんの言う雑魚に負けた萱山御信も雑魚。雑魚は雑魚なりに頑張って、ボクの席を奪おうとあの世界を支配して天狗気取り。その天狗気取りの雑魚を雑魚が倒して、その雑魚をモモちゃんが捻り潰す。弱肉強食の世界とはこのことだね。あの世界には後釜を送るとして、雑魚に負けた雑魚を次はどの世界に送り込もうかな。ねぇ、試しにあの世界に送っちゃおうか?」
不敵に笑う。それをリモコンを置いた彼女が眉間を寄せ言う。
「あの世界って何処?」
次元竜王の素材で作った背もたれに背中を預け、椅子をくるっと回す。
彼女に回りくどい言い回しはなしで、ど直球で口にする。
「決まってるじゃん。不死姫アイラの世界だよ」
「っ⁉︎」
鉄仮面でもつけてるのか?と毎回彼女に会う度に思ってた。だけど、不死姫アイラというキーワードを聞いた彼女の表情は瞬く間に崩れた。
「その反応を見たかった。雑魚は全回復後、即送る。モモちゃんは不死王殺しの力、不死姫アイラに発揮していいよ?アハハハハハハ」
全モニター一面を不死姫アイラの横顔に一瞬で切り替え、更に揺さぶる。まんまと揺さぶられた彼女の鉄仮面が、完全に剥がれ落ちるのを垣間見た。
復讐を果たす顔。
眼は黒目から黄金に変わる。
まさに鬼の形相だ。
彼女は本来の顔を外していた仮面で隠す。
仮面で隠しても、だだ漏れ。
彼女は必死に食いつくようにモニターを眺める。
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