ダレカノセカイ

MY

文字の大きさ
上 下
13 / 67

episode.13

しおりを挟む
 その後、酒場を後した俺は街中をぶらつきながら情報収集した。
 その結果、この都市にいる沙門がバッハ・カヤヤマだった事が判明した。だが一月前にバッハは僧侶本人から隠れた獣人たちの隠れ家を探せと命を受け、バッハは都市の沙門から外され、別の人間が後継として新たに沙門となり、都市を引き継いだそうだ。バッハが今どこにいるかは都市にいる誰も知らず、知っているなら都市の顔である沙門以外に知らないだろうとのことだった。
 本当にどうなってんだ。一歩前進したかと思ったら、敵もまた一歩前進していたようなもんだ。これじゃー標的を見つけるのは至難の技だな。沙門と接触出来れば、情報を聞き出せるんだが……この都市で一番殺戮仏が多く配置されて守られてる場所にいるんじゃ難しそうだ。強行突破すれば行けなくはないが……逃げられてしまったら元も子もない。
 そんな考えを張り巡らせ、人間の一人一人にくっついて歩く殺戮仏【小僧】に視線を向ける。
 [対象:殺戮仏【警備小僧】 LV70 推定脅威度:F]
 こいつらがいたのも意外だった。酒場では配膳小僧は配膳係として動いていたが、まさか街中では――剣を腰に下げて――警備係として活動でもしてるんだろうか?って……警備小僧って名前だし、なんじゃそれ⁈
 俺が視線を向けていると警備小僧が視線を察知し、首を180度ぐるっと回して此方をジロッと見てくる。
 大した奴だ。見てるか見てないかレベルの視線なのに視線が向けられたら見る仕組みでも搭載されてるのかよ。敏感過ぎだ。
 俺は警備小僧から離れて、街中を見て回り、ニコルのいた酒場が例外だったことに気づく。どの店でも殺戮仏を配膳係として使っておらず、痩せ細った獣人たちを奴隷としてこき使っている。
 店の店主は上手く配膳を運べずにお客の人に配膳をぶちまけ、もたれかかった奴隷にしまっていた鞭を取り出して、体を何度も打って叩く。
 ひどいことするな。
 俺は店の中へ入って止めに入ろうとしたが、その足を止める。
 ここで揉め事を起こせば、目立つ。ニコルが俺に声をかけた理由を聞いた時もだったが真っ白な髪の毛で周りと浮いてるし、かなり目立ってる以上、ここはこれで勘弁してくれよ。
 俺は地面に落ちいた小石を拾い上げ、狙いを店主に定める。周りで行き交う人の目に入らない速度で小石を弾け飛ばす。小石は鞭を握った店主の右手にピンポイントで直撃し、
「あたっ‼︎」
 店の外まで聞こえる店主の大きな叫びが聞こえる。右手の痛みで鞭は地面に落ち、店主は地面に倒れると同時に痛みに耐えきれずに地面に丸まって、呻き声を上げて泣き始める。
 獣人に鞭をあれだけ打ったんだ。そのくらいの痛みで泣くなら、2度と奴隷だとしても獣人に指一本触れるんじゃない。
 丸まった店主に心の中で呟き、俺は再び街中を歩き始めた。

 都市全体を見尽くすだけの時間歩き周り、俺は闇に溶け込むように姿を消し、人がつけて来てないのを確認した後に遠山たちと別れた場所に戻った。
「新道」
 俺が戻ると遠山の姿を確認する。
「帰ってたのか」
「遅いぞ」
「ごめん。色々と見て回ってたんだ」
「そうか。それでどうだった?」
「この都市にバッハ・カヤヤマがいた事がわかった」
 遠山は今一番知りたいであろう人物の名前を聞き、
「なにっ!」
 眼鏡越しから目を丸くさせて驚いた。
「だけど、もうこの都市にはいない。一月前に僧侶の命を受けて獣人の隠れ家を探しに出たみたいなんだ」
「それは確かなのか?」
「確かだ。聞いて回ったけど、ほとんどの人がそう答えてたから間違いない」
 遠山は顎に手を当てる。
「そうか。なら私たちは標的を見失ったわけか」
「そおいうこと。ただ隠れ家を探してるなら、都市の近郊からかなり離れた場所までは進んでないんじゃないかな」
「いやわからんぞ。この世界の人は殺戮仏という力を持っている。私たちがここへ来る前に見た巨人なんてものに乗っていれば、尚更郊外まで出ている可能性もある」
 そうか、そうだよな。殺戮仏の力を使えば、出ていてもおかしくない。
「……言われてみたら、その可能性もあるか」
「で、他には?」
「他か。ここの都市はかなりの数の獣人を奴隷してる。それと人一人一人に警備小僧がついてるし、あいつら外にいた小僧と違って剣をぶら下げてる」
「私もそれは確認済みだ。新道と戦ってる姿を垣間見て、奴らの瞬発力が折り紙つきなのは分かっている。そんな奴らが剣まで持つとなると厄介だ」
「でも俺がついていけない速度でもないし、瞬発力でもない」
「そうだな。だが我々以外の獣人には闇の力も光の力も持ち合わせていない以上、対処しようがない厄介な敵には変わりない」
「ラドラ達獣人はそれがあるから厄介と言うしかないんだよな。まぁー俺が攻めに出てる時やいない時に警備小僧が襲って来たら遠山達の出番だと思う」
「そうだな。我々の力が必要不可欠というのは既に承知の上だ」
「そおいうこと。で、他のみんなは?」
 俺は遠山以外の面々の姿が会話をしてる間から全く見えないのが気になり、遠山へ尋ねた。
「他の同志たちは新道の帰りを待っていたが帰って来る気配が一向になかったため、既に抜け道を使って外に出てもらっている」
 遠山の言葉を聞いて、なるほどなと気づかされる。
「そっか。だから遠山だけ俺を待ってくれてたんだな」
「そおいうことだ。私が待っておかないと誰もこの場にはおらず、新道が再びどこへぶらりと行くか分かったもんじゃないからな」
「本当にごめん。まさか待ってるとは思ってもみなかった」
 都市全体を見て回りながら、色々な情報収集も兼ねていたからな。結構遠山達を待たせてたのかもしれないな。
「では新道も戻ったことだ。同志たちが待つ外へ向かうとしよう」
「ああ」
 俺は遠山と共に抜け道へ入り、そのまま都市の外へ出る。外へ出るとラドラ達が俺と遠山の帰りを待っていて、地面には大量の食糧が入った袋が山のように積んであった。
「みんな、待たせた!そして待たせてごめん!」
 俺はそう言い、ラドラ達と共にアンダーグラウンドへ帰ろうとした。
 その時――
「全く信じられません。白髮を追えば、こんなところに泥棒ネズミがたくさんいるなんて。僧侶様から預かった都市に泥棒ネズミを入れるとは泣く泣くの所業です」
 満月が浮かんだ空から何かが降下して来る。
 なんだ?あれ?
 目を細める。
 声の主の姿とそいつを肩に乗せた殺戮仏の姿を捉える。
「消えてください」
 直後、殺戮仏の目から光線が放たれた。
「「「「「「なっ⁈」」」」」」
 俺は咄嗟に復讐者の籠手を触媒にスキル《闇の闘気》を両腕両足に発動させ、
「みんな伏せろー‼︎」
 叫びながら光線を両腕で受け止める。
 光線の威力は大きい。
 まるで巨大な象の足に踏まれてるかのように重たい。
 重力を味方につけた光線が俺をひねり潰そうと威力を更に上げてくる。
「くそっ!」
 地面に張り付いた闇が俺の両足をカバーして支える。
 この支えがなかったら、まずかった。
 俺は無理矢理体を後ろへ反らし、そのまま光線を斜め後ろへ跳ね返す。
 光線は俺の位置を発射台に斜め後方から上空へ一直線に上昇し、光は瞬く間に消える。
 光線の脅威は去り、
「目からビームってありかーい⁉︎」
 守山が全員が思ったであろう言葉を代弁して叫ぶ。
 光線を放ち終わった殺戮仏と殺戮仏の肩に乗った男が地面に着地する。それと同時に土煙を巻き上げ、地面が少し揺れる。
 [対象:殺戮仏【横綱】 LV80 推定脅威度:E]
 満月の光に照らされた殺戮仏の背丈は3メートルはある。背丈が高身長の上、ガタイがデカブツで縦横長い。
 まるで、お相撲さんのようだ。てか横綱って、お相撲さんじゃんか。
 [対象:ベート・カヤヤマ LV16 推定脅威度:K]
 横綱の肩に乗った男――ベート――は全身を法衣で身を包み、頭は満月の光を反射するほどのピカピカ坊主頭だ。
「まさか泥棒ネズミの分際で僧侶様が生み出したこの横綱の光線を防ぐなんて……怒り怒りの所業です。消えてしまいなさい」
 再び横綱から光線が放たれる。
「もうそんな光線効くかよ」
 俺は襲いくる光線を高速で動かした両手で何度も捌き、上空へ跳ね返った光線は夜空の中を上昇して消える。
「そんな……馬鹿な⁉︎」
 ベートは目と口を大きく開ける。
 目の前で起こった現象を信じれないのだろう。
闇装術ダークドーピング闇の一撃この一撃で終わりだ》」
 俺は地面を踏みしめ、瞬く間に横綱目掛けて右拳を振った。
 横綱のたるんだ腹へ闇の闘気を纏った右拳は直撃し、右拳が貫いた箇所から全体に亀裂が入る。
「な、なっ、なわわ!」
 亀裂が入った横綱は数秒も持たずに崩壊し、肩に乗っていたベートはぐらついて安定しない足場を失い、そのまま背中から地面に落ちた。
「あたたたっ」
 背中に手を当てて起き上がれずにいるベートの元へ俺たちは近づく。
「あんたは誰だ?さっき白髮と言ったよな?俺をつけてきたのか?誰に聞いた?」
「知ってることは答えた方が身の為だぞ」
 遠山は腰にぶら下げた白鴉を抜刀しようと構え、ベートを牽制する。
「こんなことをしてタダで済むとお思いならやめておいた方がいいですよ」
 牽制されてもなお、起き上がることすら出来ないベートは遠山を噛みつく勢いがある。
 こいつ、状況わかってるのか?
 1つ間違えれば、斬られてもしょうがないぞ。
「ガハハハハッ!殺戮仏を破壊する光景は何度見ても心がスカッとするぞ!」
 ラドラが俺の隣に立つ。バラバラに砕け散った横綱は既に跡形も無く、キラキラ光る砂となって夜風に消え去った。
「ええ、そうね。坊主頭ってことは、この人間……もしかすると……ロナちゃん」
 相槌を打ったブラドナはベートを見下ろしてすぐにハッ!とした表情で、ロナードを見た。
 ロナードはブラドナが言わんとしたことを手に取るように分かっていたようで、地面に倒れたベートへ視線を落とす。
「そうですね。これはあくまでも私が思ったことですが……人間お前は僧侶の支配する大陸全土に数多くいるという沙門の1人ですね?」
「……ちが……」
「ガハハハハッ!お前に聞くことは山ほどあるようだ!」
 ラドラは俺の隣から前へ進み、倒れて動けないベートの両脇を握りしめて強引に起き上がらせる。
「やめ、やめてくれー」
 間近に迫った獰猛な百獣の王の顔を見たベートは先ほどまでと打って変わって、真っ青な顔で両腕両足をばたつかせる。
 赤ちゃんかよ。まぁーあんな近くで見たら、あーなるのは少なからず分かるけどさ。さすがにあんな動きはしない。
 この世界の生存競争という名のピラミッドが僧侶が現れて、獣人と人間は上位種を逆さにするように入れ替わってしまったが元々の人間の実力が変わっていなければ、殺戮仏なしではほぼ僧侶が現れる前となんら変わらないのだ。そうベートとラドラを見て思った。
「聞かれた事は全て答えた方が身の為よ。ラドラは肉食だから、しゃべらないと食べられちゃうわよ」
 ラドラに両脇を握られて逃げることもできないベートの頭を撫で、ブラドナは耳元に息を吹き込むように直接伝えた。
「くっ、僧侶様」
 ベートは目を瞑り、
「命は助けてくれると約束出来るのであれば、話しましょう」
 苦渋の決断をした。
 ていうか、ちょろいな。
 僧侶に対しての信仰心も薄いな。よくそんなんで、僧侶から沙門に選ばれたな。これは案外、僧侶自体もちょろいかもな。
「よし。では今すぐ聞かせてもらいましょう」
 ロナードがベートから聞き出そうとした時、城塞都市の大門がゆっくりと動き出す。門の中から外へ光が差し込んでくるのが見える。
「おいおい、まさか」
「そのまさかだろうな」
 大門は大きく開き、城塞都市の内部から大量の殺戮仏が姿を現わす。
「やはりやはりやはりやはり!これこそ、僧侶が私共を導く証!私がこんな泥棒ネズミ風情に捕まるわけがないのです!喜び喜びの所業です!」
 ベートは高らかに笑い、叫ぶ。
「ガハハハハッ!」
「ラドラ、ここは笑うとこじゃないわよ」
「そうですよ。此方はあの大群が出てくるまで優勢だったんです。まさか……先ほどの打ち上げられた光線を見た人間が……殺戮仏を呼び寄せたんでしょうね。……こうなれば、この人間の口から何も聞き出すことは出来ないでしょう。筋肉馬鹿、絶対にその人間を離さないでくださいよ」
「ガハハハハッ!わかった!」
 ラドラはベートの両脇をしっかりと両手で固定し、真正面から弱者を射抜く強烈な目力を向けて絶対に逃げようと思えなくする。それでもベートはさっきまでとは大違いで、逃げずとも殺戮仏が助けに来るとたかを括っているようだ。
「シンドウ、頼むわよ」
「言われなくても倒す。こうなったら倒すしかないだろ」
 俺は大門から視線を逸らさない。
「そうです。倒さない限り、この人間は口を割らないでしょう。シンドウの力が頼りです。どうか、あの殺戮仏を残らず倒してください」
「わかった」
「新道、私たちも手伝うぞ」
「遠山、嬉しいけど、その言葉だけで大丈夫。遠山たちはここにいるラドラ達を守って。あと食糧を離れた位置まで持って行ってくれ」
「わかった。では私たちは食糧を運ぶぞ」
「わかりました!」
 遠山は俺の言葉を聞くなり、すぐさま仁と一緒に山のように積まれた食糧を危険が及ばない場所へと運び始める。
「新道先生!食糧はしっかり運びますんで、安心して戦ってください!」
「わかった。仁さん、ありがとう」
 仁はほとんどの食糧を1人で持ち上げ、信じられない速さで走り去る。
「あとラドラ達に危険が迫った時は守山さん達が頼みの綱だからな」
「お、おじさんの出番やっと来たか!」
 守山は体を震わせる。
 これが恐怖から込み上げる震えではない事は、守山の目を見ればわかる。
 この震えは武者震いだ。
 やっと自分の力が発揮出来る事を体全体で喜びに打ち震えてるんだ。
「そうだよ。守山さんの力を発揮する時だ。頼んだよ」
「新道くん、了解!必ず力を発揮してみせる」
 守山の顔は漢の顔になる。
 これなら安心して戦える。
「おう。じゃー俺は行くな」
 俺は全身に闇の闘気を纏う。
 力が全身に漲る。
 これなら、どんだけ戦っても負ける気がしない。
 俺は大門から大群で押し寄せてくる殺戮仏の元へ一直線に走る。
 まだ距離はかなり離れてる。俺を倒さない限り、ラドラたちのところに辿り着くのは不可能。そして俺は倒されない。だから絶対に先へ進む事は不可能だ!
 [対象:殺戮仏【配膳小僧】 LV40 推定脅威度:I]
 [対象:殺戮仏【小結】 LV50 推定脅威度:H]
 [対象:殺戮仏【盾地蔵】 LV65 推定脅威度:F]
 [対象:殺戮仏【警備小僧】 LV70 推定脅威度:F]
 [対象:殺戮仏【虎】 LV80 推定脅威度:E]
 [対象:殺戮仏【鬼】 LV85 推定脅威度:D]
 [対象:殺戮仏【戦闘狂】 LV90 推定脅威度:D]
 [対象:殺戮仏【軍師】 LV100 推定脅威度:C]
 脳内に声が響く。
 やばいな。油断出来ない奴も含まれてるよ。……それでも俺は負けない!
 直後、俺は殺戮仏の大群と激突した。


 ♦︎


 私は漆黒の服装に身を包んだ真っ白な髪の男子――シンドウセン――が敵だと知って、すぐに沙門様に知らせた。沙門様は私の知らせを受けると早速殺戮仏の肩に乗って、シンドウセンを追跡に向かった。
 私は沙門様から報告料として頂いたお金を両手に握って、酒場に戻る。酒場に戻る際にシンドウセンの姿を目にし、少し驚いた。次に会ったらどうなるかわかったもんじゃなかったから。でももうじき沙門様に殺されると思い、安心して酒場に戻った。
 パパはシンドウセンをかなり気にしていた。「あの坊主は一体何者だったのか」と口を開けば、何度もそればかりを話す。私自身も気になった。気になっても答えが出るわけじゃない。答えが出ないなら考える意味もなく、私は看板娘として仕事に没頭して働いた――巨大な音を耳にするまでは。
「何事だ⁈」
 パパが叫ぶ。
「まさか、あの坊主か⁉︎」
 パパはこの音に対して思い当たる節がある人物を連想させた。
「パパ、それはさすがにないよ」
 そんなはずはない。
「いや……あの坊主ならやりかねんぞ」
 絶対にそれはない。
 そう心の中で思ったとしても、シンドウセンの顔が頭にちらつく。
「……まさかね」
「そもそも坊主が敵だって事を沙門様に言いに行ったんだろ?」
「言ったよ。ほら、その褒美として報告料をこんなに貰ったんだから」
 私は小袋の中から銀貨を取り出し、パパに見せる。
「あの坊主の情報を売った金か。そんなものは早めに使うこった。今さっきの音が沙門様とあの坊主の争いの音なら……ニコルが言ったと思って飛んでくるかもしれんぞ」
 罪悪感がないわけではない。
 少しはある。
 私が言ったことで、シンドウセンが沙門様に殺されたなら私の責任だ。
 でもだからって報告しないわけにはいかない。生まれてからずっと何も目的すらなかった私やパパをここまで生き甲斐のある仕事を見つけて提案してくれた上に、ここでの生活まで導いてくれた僧侶様に恩がある。
 その恩を仇で返すなんて、絶対にダメ。シンドウセンは私たちの敵、罪悪感が少しあっても時期に消える。
 忘れろ。忘れるんだ。今はシンドウセンの事は考え――
 ゴトゴト!
 地面が揺れる。
「きゃっ!」
 私は右手に持っていたジャッキを手元から離し、床に落としてしまう。
 パリィーン!
 ジャッキが割れる音が響いた。
「「「うぉー!」」」
「ななななんだ⁉︎」
 私は揺れに耐えきれず、その場でしゃがみこむ。床にはジャッキが割れた破片が散らかってる。
 揺れてる間、無闇に動いたら怪我しそうな気がする。ここはその場で動かない方がいいと私は判断する。
「こりゃー本当にやばいな。今夜は早いが店終いだ。お客さんら、あんたたちも早めに家に帰りな!」
「「「「「ああ!」」」」」
「「「「「お代はここに置いとく!」」」」」
 酒場に来てくれていたお客さんの誰もが揺れに耐えながら自分の足で一歩ずつ歩き、タイミングを見計らったように走って外に出て行く。
「ニコルも早く家に上がれ。今夜は何があっても外に出るな。こおいう時は外に出ないことが一番だ」
 パパが私にそう言ってる間も、揺れは続く。外からは何かが激しくぶつかる音が聞こえ、巨大な音が遠くから鳴り響いている。
 私は揺れと巨大な音が連続で続くのが気になった。気になったら答えを知りたい気持ちが身動きが出来なくなる恐怖を上書きし、私は知らず知らずのうちにその場から立ち上がっていた。
 酒場のすぐ近くからも大きな音が聞こえ始める。
 何が起こってるの?
「パパ、私ちょっと行ってくる」
「お、おい!ニコル!」
 パパがカウンターの奥から呼び止めてくる。頭には怪我をしないように料理道具の鍋を被り、右手には酒場の戸締りをする鍵が握られてる。
「すぐ戻ってくるから」
 心配した表情のパパに振り返り一言伝え、そのまま酒場の外へ出た。酒場から「ニコルー!」と叫ぶパパの声が聞こえたけど、私は振り返らなかった。
 外に出た私は周りの光景を目にして立ち竦む。
 え?なに、これ?
「ま、街が……」
 辺り一帯の建物――屋根や2階のベランダなど――には数多くの警備小僧が頭から埋まっていた。警備小僧は今も街中の明かりに照らされ、空から落下している。街中を走る人や建物に頭から激突し、体全体をガタガタ揺らしながら全身を起き上がらせる。
「ぁあぁあ!」
「だぁあれかぁあ!」
「いぃいたぁあああい!」
「ったぃいいいい!」
 警備小僧に直撃された人たちは呻き声を上げ、その場で動けずにうずくまっている。
 起き上がった警備小僧は破壊した場所や重症を負わせた人に目を一度足りとも向けずに大門を一点に見つめ、その場から急いで向かって行く。
 私は警備小僧が向かう先へ視線を向ける。視線の先には都市内と外を繋ぐ4箇所あるうちの1箇所の大門が両扉を全開で開けていた。
 大門が開いてる。空に太陽が上ってる時以外は閉めてるのにどうして開いてるの?もしかして外で争ってるの?
 警備小僧の数を見ただけでもわかる。この数相手にシンドウセンは1人で戦ってるの?こんな数相手に粘れるだけの力があったのだとこの時知り、特製ジュースに入れた毒が効かなかったことに合点がいった。
 目的地は大門の外ね。
 私は空から降り注ぐ警備小僧に注意しつつ、大門の外へ向かって走る。
「逃げろー」
「あそこは殺戮仏様の戦場だー」
「逃げなきゃー被害にあっても文句は言えないぞー」
「なんでこんな夜中に逃げないといけないの」
「警備小僧に殺されると思ったら、全く寝てもいられないわ」
「そおいう前に早く走れ」
「もうあそこはおしまいだー」
 大門の近くにいた人たちは藁を縋るように私のいた方向へ逃げて走る。
 いったい向こうで何があってるの?
 逃げる人たちの顔は恐怖で染まっていた。あれだけの数の警備小僧を倒せなくても、こんな遠くまで吹き飛ばしてる。シンドウセンは殺戮仏を倒せなくても、これだけの実力の持ち主なんだ。誰もが恐怖するのはわかる。でも逃げなくてもいいのに……殺戮仏を倒せないのなら心配はいらない。シンドウセンが殺されるのも時間の問題。どうして逃げるのか、私には分からない。
 大門に近づく毎に激しい音が聞こえてくる。大門には私たちが滅多に見ることがない城塞都市の最大防衛の要の殺戮仏たちの姿があった。
 シンドウセン……あなたはそこまでの強い人間だったの。
 私はシンドウセンという存在を自分が思ってた以上に強かったと再認識させられ、大門の外へ顔を出した。
 そして顔を出した私を待っていたものは、殺戮仏たちを圧倒的な力で蹴散らす人型の真っ黒い化け物だった。
 シンドウセンじゃない。
 化け物は殺戮仏たちを私の目では捉えられない速度で屠り、周囲にはキラキラ光る何かが闇夜に輝いて消える。
 なんなの……殺戮仏は誰にも倒せない不滅の存在じゃなかったの?
 不滅の存在を倒せる化け物がいるなんて聞いたことがない。
 この戦禍の中心にいるのは、てっきりシンドウセンと思ったのに……。
 いったい、あれは……あれは何なの?人なの?
 私は更に一歩前進する。
 一歩前進したところで、たかが知れてるけど、前進しないわけにはいかない。それでも化け物との距離は離れていて、顔は確認出来ない。
 でもあれがシンドウセンではないことだけは分かった。
 人があんな化け物になったら、もう人と呼ぶには難しい存在だし、それこそ正真正銘の化け物と言ってもおかしくない。


 ♦︎


 俺は目の前にいる殺戮仏【虎】を一撃で撃破する。
 [対象:殺戮仏【虎】 消滅]
 左右から同時に懐へ入ってきた殺戮仏【盾地蔵】の盾ごと粉砕し、地蔵本体を両拳で砕く。
 [対象:殺戮仏【盾地蔵】 消滅]
 [対象:殺戮仏【盾地蔵】 消滅]
 前がガラ空きになったのを見過ごさなかった殺戮仏【軍師】が殺戮仏【戦闘狂】に指示を出し、指示を受けた戦闘狂が俺へ剣を真っ直ぐ伸ばす。だが俺の全身はスキル《闇の闘気》を纏っている。そんじゃそこらの威力では闇を貫くことは出来ない。戦闘狂の剣は闇に剣先から触れると一瞬にして剣は真っ二つに折れる。剣が折れた事で、使い物にならない剣を地面にあっさりと捨てた戦闘狂は両拳で俺と格闘戦に持ち込む。
 切り替え早いな。でも遅い。
 俺の両腕は既に左右に広げた状態から前方に構え戻している。
 俺は戦闘狂が視認出来ない速度で右拳を放つ。ぶわっと一直線に伸びた右拳にかなり遅れて感知したが、既に遅しと俺には言えた戦闘狂は防御することも敵わずに反応出来なかった。右拳が戦闘狂の心臓があるかないかは不確かだが、心臓の位置する場所を貫く。貫いた箇所を中心に全身へ亀裂が入る。ものの数秒で戦闘狂は粉々になる。
 [対象:殺戮仏【戦闘狂】 消滅]
 戦闘狂を倒したと思ったら、殺戮仏【鬼】が3体同時に空中から勢いよく巨大な斧を振り下ろしてくる。
 休む暇も与えないってのは、このことだな。
 俺は両腕を真上に掲げ、鬼3体の攻撃を受ける。
 学習能力がない証拠だな。
 学習能力があるのなら、2度も同じことをしない。
 俺の両腕に直撃した巨大な斧3本は両腕を斬ることはおろか、1ミリも傷つけられずに刃こぼれして砕け散る。
 自らの武器を失った鬼は両手を絡め握りしめ、空中から俺の頭を狙って力強く振り下ろす。
 ゴン!
 鬼3体の内、1体の攻撃は甘んじて受けた。けれど、他の2体からも同じ攻撃を受けたくはなかったから、ガラ空きになった腹部へ左右の拳を同時にぶつけて撃破した。
 [対象:殺戮仏【鬼】 消滅]
 [対象:殺戮仏【鬼】 消滅]
 1体からは攻撃を受けても、俺は一歩も後ろへは後退しない。
 闇を纏った俺に鬼の打撃はダメージは全くなくても、意外と頭を微妙に揺らした。
 地面に着地した鬼を見て、
「打撃はほぼダメージなくても、ちょびっと頭を揺らすんだよ」
 仕返しで鬼の頭に俺の頭をぶつけ、頭突きをお見舞いして撃破する。
 [対象:殺戮仏【鬼】 消滅]
 戦う前に見た殺戮仏の中でも高レベルの殺戮仏たちを倒した。高レベルの殺戮仏は低レベルとは違い、あまり量産はされてないようだ。その為に数は少なく倒せば、もう出て来る心配はない。もしかしたら都市の中にいる可能性もあるが、こんな危機的状況下で出てこないのはおかしい。だから俺はもういないと自分の中で決定付ける。
 残るは無尽蔵に溢れ出て来る警備小僧と軍師のみ。
 俺はラドラたちの方へ視線を向ける。
 向こうは向こうで、どこから湧いたか不確かな警備小僧と戦ってる。数はそれほど多くない。ほとんどの警備小僧を仁がマイバット――大木――でなぎ払い、数が減ったところを見計らったように都市内部へ場外ホームランを放ってる。
 おいおい、もしかしてまだ大門から出てきてる警備小僧たちって仁さんが飛ばした奴らなんじゃ?
 そう考えていた俺へ集団で固まった警備小僧が襲いかかって来る。空中から視界を覆うように襲い来る警備小僧。空中の警備小僧に俺が対処している間に他の警備小僧が左右に展開し、俺を取り囲んで全身全霊で突撃して来る小僧もいれば、腰にぶら下げた剣を真っ直ぐ俺へ投げて来る小僧までいる。
 だから学習能力はないのかよ!
 俺はそう心の中で叫び、前方の視界を覆うように空中から襲って来る警備小僧の全てを撃破する。
 [対象:殺戮仏【警備小僧】 消滅]
 左右後ろから真っ直ぐ飛んできた剣は俺に刺さることはなく、闇に触れた瞬間に粉々に粉砕される。突撃してきた小僧もまた俺にダメージを与えられるほどの威力は全くなかった。
 俺は現代にいた頃、興味があってかじるように動画や生で見ていたブレイクダンスを初めてこの場で行なった。体全体を使って両足を鞭のように捌き、周りにいる小僧を蹴って蹴って蹴りまくって撃破していく。
 [対象:殺戮仏【警備小僧】 消滅]
 あーやばい。目が回ってきた。
 ほとんどの小僧を撃破したのを確認し、目が回った両目を数秒瞑る。
 やっば素人がやるもんじゃない。
 でも意外に面白かったな。今度トレーニングに追加しようかな。
 俺は両目を開け、最後に残った軍師を捉える。
「最後だ。来いよ」
 俺は挑発するように右腕を伸ばし、右手をくいくいっと動かす。
 軍師に挑発が効くかどうか土壇場までわからなかったが、俺の動作を見た軍師が背中から大剣を抜いたのを見て効いたと確信する。
 軍師は殺戮仏たちの中でも一番高レベルだ。油断は一切していない俺でも大剣に触れたら闇を貫き、そのまま体を真っ二つにしてくるだろうことは真正面に相対して、初めて直感でそう感じさせられた。
 軍師は大剣を軽々と振り回し、俺の攻撃を容易に入れさせてくれない。隙をうかがっても隙すら生まれない。
 これは長丁場になりそうだ。そう断言してもいい。
 俺はこの場で時間をかけてもよかったが、時間をかければかける分だけ他の場所にも存在するであろう敵に俺たちの存在を知られる危険性がある。知られれば、アンダーグラウンドを躍起になって探し始めるのは考えずとも目に見えてる。だからこそ、俺は時間をかけずに軍師が振るった大剣を体で受ける。俺の体は肩から斜め半分を真っ二つにされ、その場で崩れ落ちた。
 軍師は想定していた以上に早い戦いの終わりを迎え、心底物足りなさそうな雰囲気を出している。
 だがしかし、まだ俺の両足は前へ前へ進んでいた。それに軍師が気がつく頃には既に遅し。攻撃範囲に入った瞬間、俺の体は元どおりに戻る。
 軍師は俺の姿を見るなり、地面に下ろしかけた大剣を俺に向かって斜め下から振り上げようとした。
「闇装術《闇の一撃この一撃で終わりだ》」
 俺はそれよりも早く全力を込めて握りしめた右拳を軍師の顔面に叩き込む。軍師は全く状況を理解する前にあえなく、後方へ吹き飛ぶ。その直前、軍師は理解出来ずとも最後の最後で悪あがきをした。吹き飛ばされた体勢から大剣を下から急激に振り上げ、俺の左腕を斬ったのだ。
「大した奴だ」
 俺は軍師の最後の悪あがきに賞賛の言葉を送った。
 吹き飛ばされた軍師は地面に仰向けで倒れ、動けない体を無理やり動かそうとするが一切動けずに最後の力を振り絞って、左腕を満月が浮かぶ空へ向けて伸ばす。
 満月に照らされた軍師は風に飛ばされて落ちてきた黄色い花びらを左手で掴み取り、そのまま何をするでもなく左腕を下ろす。全ての力を出し尽くした軍神は全身を砕け散り、黄色い花びらと共にキラキラ光る砂となって夜の闇へ消え去った。
「あばよ」
 俺は夜風と共に消えた軍師に最後の言葉を伝え、360°敵がいないのを確認して身に纏った闇の闘気を解除した。
 その際に大門から視線をほんの一瞬だったが感じた。
 バッと大門へ視線を向けるが、そこには誰もいない。
 誰かいたのか?
 既に誰の姿もない大門から視線を外した俺は気に止めることもなく、ラドラたちの元へ戻ろうとした。
 いや、待て。まだだ。俺はまだ都市内に行かないといけない。
 俺はラドラたちのいる方向へ向けた足を戻し、大門へ体を向ける。
 奴隷にされてる全ての獣人を助けるとロナードと口約束を交わしている。ここで獣人を助けずに戻ったら、それこそ口約束だけで終わりだ。今なら都市内は殺戮仏たちの騒動で慌ただしいはず。助けに行くなら今が絶好のタイミングだ。行こう!
 俺は都市内に仁が場外ホームランで飛ばした警備小僧がまだいる可能性も考慮し、再びスキル《闇の闘気》を両拳に発動させる。
 もう警備小僧たちがいても両手で十分だ。
 俺は時間をかけて隠し通路を使わずとも、都市内に入れる大門へ駆ける。
 正門から入れば、時間短縮になる上に奴隷の獣人を連れて帰る際にかなり便利だ。ていうか、一石二鳥だな。
 正門である大門はいまだに殺戮仏全てが俺によって破壊されたというのに閉まる気配は一向にない。完全に大門を閉められる人間が1人もいないのだろう。
 大門から都市内に入った俺はまず最初に街中で起こっている悲惨な状況と倒壊した建物が目に入る。
 やばいな。この状況を作ったのは間違いなく、仁さんだろ。人が結構倒れてたりするな。でもこの状況はかえって動きやすい。
 仁の場外ホームランで警備小僧と直撃した人たちは地面に蹲って、呻き声を上げてる。その人たちの周りに無事な人が手当てを施したりする光景はどこにも見当たらない。誰もが自分自身が大事なようで、通りには倒れてる人以外に立ってる人はいない。
 通りを俺1人走る。
「たすけてくれー」
「だれかだれかだれか」
「いたいいたいいたいいたい」
「ぁぁああああ!」
「っあぁあぁああ!」
 周りから呻き声が上がる。
 気にせずに走り去ろうと思えば、走りされただろう。しかし呻き声を聞いて、そのまま放置出来るほど俺は出来ちゃいない。
 くそっ、敵だと分かってても体が勝手に助けに動く。
 倒れた人たちを1人また1人と担ぐ。
 両手じゃ足りない。
「中級アンデット《サモン・リビングアーマー》召喚」
 この場にリビングアーマーを100体召喚した俺は、
「《サモン・リビングアーマー》お前たちは地面に倒れてる人をとにかく担ぎ上げてくれ。負傷した人の傷に響かない安定した速度で俺についてこい」
 俺はリビングアーマーに指示を出す。
 指示を受けたリビングアーマーが一斉に倒れた人たちを担ぎ上げる。
 呻き声を上げる人たちは何が今起こってるのか分かっていないかもしれない。それでも自分を助けに来てくれた相手へ「ありがとう」と弱々しい言葉で感謝を呟いた。
 俺は全てのリビングアーマーが辺り一帯に倒れた人たちを担いだのを確認し、街中をぶらついてた時に見つけていた診療所へ走る。
 その際に俺は奴隷の獣人たちを探すのもやめていなかった。
 あそこにいるな。奴隷はそのまま放置するなんて、ここの人間はどうなってんだ?
 俺は苛立ちを覚え、獣人の中で怪我をしてる獣人がいないか確認する。
 ほとんど、警備小僧の直撃はなかったようだな。これなら心配ないな。
 苛立ちを覚えたことで、その苛立ちを闇の闘気が力へ変換するのが体感でわかる。
 力が湧いてくる。
 さっきまでの疲れが吹き飛ぶようだ。
 俺は走る速度を上げ、街中で倒れていた人たちを診療所まで連れて辿り着く。
 ここか。
 診療所の扉を数回ノックして叩き、扉を開けようとしたが扉には鍵がかかっていて開かない。
 こんなときに施錠をする余裕だけはあるのかよ。だったら、その余裕を人助けに振れよ。
 そう思い、俺は何度も扉を叩く。だが全く反応する気配がない。
 もうしょうがない。今は緊急時だ。診療所が鍵を開けないなら強行突破以外に道はないな。
「お邪魔するよ」
 俺は右足で扉を蹴り、一撃で扉を診療所内へ倒れさせる。
 扉がなくなったことで、俺は診療所内へ踏み込む。
「おい!誰かいるか⁈急患だよ!今から怪我人を入れるから治療を頼む!」
 俺は診療所内に響き渡る大きさで声を張って出す。すると診療所の2階からドタバタと誰かが降りてくる。
 やっと来たか。
 慌てて2階から降りて来た中年の男を見る。
 [対象:ロール LV5 推定脅威度:L]
「なにごとかね⁈」
 中年の男――ロール――は俺たちを見て、眼鏡をくいっと持ち上げながら驚いた様子を見せる。
「いや、なにごとかね?じゃないだろ。あんたもここにいたなら音とかで外がやばいの知らなかったのか?」
「そうだったのか。さっきまで寝ていたものでね」
 だから施錠されてたのか。
 遅くまで起きてる人間もいれば、寝てる人間も考えてみたら1人や2人はさすがにいるよな。
「寝てたなら寝てたでいいよ。怪我人をもう中に入れてるから治療を頼む」
 俺は診療所内へ倒れた人たちを運び込むリビングアーマーを指差す。
 リビングアーマーの格好を見て、次に同じ格好のリビングアーマーがたくさんいるのに気づいたロールは眼鏡を何度もはめたり外したりを繰り返す。
「この方々は⁈」
 最終的に自分の思考では答えが出なかったらしく、俺に直接尋ねてきた。
「今はそんなのいいだろ。まだ他に怪我人がいた時は連れてくるから、よろしく頼むな」
 俺はそう言い、
「《サモン・リビングアーマー》引き続き、外で倒れている人を探し出せ。もし見つけたら、ここへ連れてこい。指示の全てを全う後、帰還していい」
 リビングアーマーへ次の指示を出す。
 あとは獣人たちだな。
 俺は診療所まで来る途中で見た獣人たちを助けに走る。その際に顔見知りと遭遇する。
「ニコル」
 俺は診療所の外へ出ると診療所内をこそこそ隠れて見ていたニコルを発見する。
「シンドウセン」
 ニコルは俺を見るなり、フルネームで名前を口にした。
「なにやってんだ?こんなとこで」
「いや私は……シンドウセンが……街の人たちをどこかに連れて行こうとするから……気になってついて来ただけ」
 どこかに連れてって……あんな初っ端から見てたのかよ。ってことは、大門で感じた視線はニコルだったのか。
「ついてきてたのかよ。だったら話は早い。診療所に怪我人を運んだから診療所のおっさんの手伝いを頼む」
 俺はニコルの肩に手を置く。
「え?えぇーー⁉︎」
 肩に置かれた俺の手と俺の顔を交互に見て、ニコルは口を大きく開けて驚く。
「そこ驚くとこかよ」
 俺はニコルの肩から手を離す。
「驚くに決まってるよ。なんで、シンドウセン……あなたはこの世界の人間じゃないのに街の人を助けるの?」
「倒れた人がいるなら助けるのは当たり前だろ。じゃー逆に聞くが、あんたらはなんで倒れた人を助けようともしないんだよ?」
「……それは……」
 ニコルは口ごもる。
「善良な心があるんだったら絶対に助けようと思うはずだ。なぁ、もしあんたに少しでも善良な心があるのなら、俺の事よりも今ここにいる人たちを助けるのが一番最優先なことなんじゃないのか?」
「そ、そうだね」
 ニコルは両手を握りしめて、診療所に運び込んだ人へ視線を向ける。
「よし、ならニコル頼んだ!」
 俺はニコルの肩をポンと叩き、診療所から次の目的地へ走り出す。
「シンドウセン、あなたはどこに⁉︎」
「俺は俺がやるべきことをしに行くだけだ。ニコル、じゃーな!」
「ぇ?ちょっと!」
 呼び止めようとするニコルを気にせず、俺は獣人たちの元へ向かった。

 奴隷となった獣人たちを次々に解放していき、今では大勢の獣人たちが俺が召喚したSスーパースケルトンライダーの後ろの荷車に乗っている。
 最初は奴隷の獣人たちを解放した際、自分で走る体力はほとんど皆無で、逃げ出そうとする勇気も己には微塵なかった。それに驚き、俺は獣人たちを全員連れ出すためにSスケルトンライダーを召喚した。
 自分で逃げ出せないなら連れ出すしかなかった。連れ出さない限り、獣人たちは永遠に奴隷のままだから。
 全ての獣人たちを解放した時に分かったことだが、奴隷の獣人の誰しもが言葉をまともに話すことは困難で不可能に近い、逃げる勇気も逃げ出せる体力もからっきしなかった。それほどまでに獣人たちは人間によって肉体的にも精神的にも蝕まれ、破壊尽くされていた。こんな状態なら自分の足で逃げ出せないのも合点が行ったし、連れ出す以外に選択肢がないと俺自身確信させられた。
 Sスケルトンライダーの荷車に乗った獣人たちは俺と共に大門の外へ向かう。
 向かう際に診療所を通り過ぎた。診療所はもう限りなく満杯に近いほど、人で埋め尽くされ、ニコルとおっさんは目の前の事で精一杯で俺が通り過ぎた事に気付く暇もなかった。
 リビングアーマーも既に姿がなかったことから倒れて怪我していた人たちを運び終えたのだろう。俺はそれを確認し、するべき事を全て終わらせて心の荷が少し軽くなった。
 そして大門のすぐ近くまで来て、今の今まで姿を見せていなかった最後の残存兵――警備小僧――が大門を塞いでる。
 またあいつらか。やっぱいたか。今の今まで見なかったから、もういないと思ってたんだけどな。
「《サモン・Sスケルトンライダー》この場で待機!」
 Sスケルトンライダーに指示を出し、俺は単独で警備小僧へ特攻を仕掛ける。
 警備小僧は剣を抜刀し、一斉に俺へ向かってくる。
 数の暴力ってのは、この事だよな。
 直後、俺は視界の左右を埋め尽くすだけの数を有した警備小僧と激突した。


 ♦︎


 全ての戦いが終わった。
 最後の残存兵を倒し終えた俺はSスケルトンライダーと共にラドラ達と合流する。
 ラドラ達は俺とSスケルトンライダーの荷車に乗った獣人達を見て、
「新道!なすべき事をやり遂げたか」
「新道先生!俺も頑張りましたよ!」
「お兄ちゃん!おかえりー!」
「新道、あんなにたくさんの獣人達を助けてる」
「うちら、最後まで何もしなかったね。全部新道くん1人活躍したようなものじゃん」
「ここ、素直に喜ぶとこでしょ。新道くんはホントに凄いよ」
「新道くん、おじさんが頑張るとこだったけど……ほとんど葉山くんに活躍の場を奪われたよー!でも新道くんが頑張ってくれたから、おじさんは大満足だよー」
「ガハハハハッ!あれは我らの仲間か⁉︎」
「ラドラ、どう見ても仲間でしょ。奴隷解放までしてくれるなんて、なんてお礼を伝えたらいいか……迷っちゃうわね」
「口約束だと個人的に思ってましたが、彼は有言実行でしっかりと口約束でさえも守ってくれました。素晴らしい」
 歓喜の声を上げた。
 ラドラ達は荷車に乗った獣人達を確認し、目に涙を浮かべてる。
 仲間が戻って来たんだ。嬉しくないわけがない。助けて来てよかった。
 ラドラを見てるとラドラ達が俺の元へやってくる。
「ガハハハハッ!シンドウ!よくやってくれた!」
「ラドラの言う通りよ。本当にシンドウ貴方には感謝してもしきれないわね」
「そうですね。私たちでは不可能だった殺戮仏破壊から奴隷と化した仲間達の解放までの全てをやり遂げてくれました。本当にありがとうございます」
 ラドラ達は俺にお礼を伝える。
「どういたしまして。俺はするべき事をしたまでだから」
「ガハハハハッ!それでもシンドウは我らの英雄だ!」
「そうよ。この調子で他の都市にもいるかもしれない仲間達の解放の手伝いを今後もお願いするわ」
「分かった。俺たちの標的はここにはいなかった。どんどん仲間達の解放を手伝うよ」
「シンドウありがとうございます。最初の目的だった食糧もここまで集まりました。この分なら一ヶ月分はあるでしょう。そして一番の収穫は沙門を捕らえられた事です」
「そうね。沙門には洗いざらい聞き出さないといけないことが山ほどあるわ」
「ガハハハハッ!さぁー我らのアンダーグラウンドへ帰還するぞ!」
 ベートは逃げないように人1人入るサイズの袋に入れられ、ラドラがそれを背中に担ぎ走り出す。袋からは何を言ってるかは不確かだが、もごもごと叫ぶ声が聞こえた。往生際の悪いベートは袋に入れられても最後の最後まで暴れ、その後助けに来る殺戮仏や仲間の気配を感じなくなった途端に静かに袋の中で黙り込んだのだった。
 [称号:奴隷解放者 獲得]
 [称号:救助者 獲得]
 [称号:人間と獣人を隔てなく助けた者 獲得]
 [称号:殺戮仏破壊者 獲得]
 [称号:獣人最強ラドラに認められし英雄 獲得]
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

従者が記す世界大戦記

わきげストレート
ファンタジー
世界中で戦争・紛争が巻き起こる時代、大国の聖女を連れ出して逃げた騎士がいた。聖女は戦争の原因となっていた『不老不死の秘法』を握ったまま、自国の騎士に連れ去られたのだ。聖女の行方は誰も知ることはなく、奇しくもそこから各地で戦争が沈静化していくのであった。 時は流れ、各国は水面下にて聖女と共に失われし『不老不死の秘法』を探し求めていた。今まさに再び世界は大戦争へと動き出そうとしていた。

永遠の誓い

rui
恋愛
ジル姫は22歳の誕生日に原因不明の高熱に倒れるが、魔女の薬により一命をとりとめる。 しかしそれは『不老不死』になるという、呪われた薬だった。 呪いを解く方法は、たったひとつだけ……。

因果応報以上の罰を

下菊みこと
ファンタジー
ざまぁというか行き過ぎた報復があります、ご注意下さい。 どこを取っても救いのない話。 ご都合主義の…バッドエンド?ビターエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

ここは貴方の国ではありませんよ

水姫
ファンタジー
傲慢な王子は自分の置かれている状況も理解出来ませんでした。 厄介ごとが多いですね。 裏を司る一族は見極めてから調整に働くようです。…まぁ、手遅れでしたけど。 ※過去に投稿したモノを手直し後再度投稿しています。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

処理中です...