ダレカノセカイ

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episode.11

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 俺たちはラドラ達に連れられて歩く。
 目的地までの道のりを歩く中で、道すがら小さい子供から若い獣人――犬や猫など――の姿を目にした。俺が見ると向こうも俺を見て、小さい子供は俺に笑顔で手を振り、俺の姿を人間だと分かっている若い獣人達は「ぐるるる!」と牙を剥き出しに威嚇してきた。
 おいおい。可愛い子供もいると思えば、ここはやっぱ野生動物のオンパレードかよ。と心で呟きつつ、獣人達が住んでいる建物を見る。どの建造物も俺が住んでいた現代とは大きく違う。俺の世界で当てはまるとするなら、中世ヨーロッパ時代の建造物にほぼ近いと言ってもいいほどに造りは一緒だろう。
 それにしても明るいとこと暗いとこの差が微妙にあるな。
 俺は空を見上げ、
「嘘だろ?」
 小さな声を呟き驚いた。
 本来ならあるはずの空がない。
 青い空がなければ、太陽もない。雲ひとつない。今いる場所は360°全てを完全な土という名の壁で覆われている。太陽の光がない天井にはそれを代行するように魔法で生み出されたと思しき、丸い光が中心に13あって宙を浮かんでいる。それとは別に外周をぐるぐる時計回りで回る光が無数に飛んで、周囲を照らしている。その他に天井や壁に青白い光を発光している石が至る所にあり、全体を照らしてる。
 ここの明かりはあれから来てるのか。
 俺か空を見上げていると、
「ガハハハハッ!ここだ!中に入るぞ!」
 ラドラが後ろを振り返って伝えてくる。
 ここは――
「闘技場か」
 遠山が俺が見ている建造物を見て、俺が心の中で呟こうとした言葉と同じ名前を口にした。
「我と戦う者はついてこい!他は観客席で見ていろ」
 ラドラはそう言い、闘技場内へ続く入り口へ進んでいく。どうやら闘技場内へ続く入り口と闘技場を見物する観客席へ繋がる入り口の2つに分かれているようた。
「新道、あとは頼む」
「分かった。あとは俺に任せて見ててくれ」
 俺は遠山達を見て、ラドラの後を追った。


 ♦︎


 闘技場内――楕円形――の舞台に初めて立った俺は360°全域から「殺せ!殺せ!」と激しく叫ぶ若い獣人たちを見て驚いた。
 こんなにここには若い奴らがたくさんいたのか。
 俺たちがラドラの後をついて行ってる時から他の獣人たちに注目を集めていた。その為に俺たちがどこに向かってるのか気になった獣人たち全員が後を追い、場を盛り上げる為に何も知らない獣人たちへ闘技場でラドラと人間(俺)が戦う事を宣伝したのだろう。
 だから今現在この有様なんだろうな。
 殺せ殺せってどんだけだよ。小さい子供なんて、さっきまでは手を振ってくれてたのに若い奴らを真似するように殺せ殺せって連呼してるしさ……これはまずいだろ?俺たち人間の社会なら100%間違いなく、御宅のお子さんは変な教えを受けてるようですねレベルの問題だな。あいつら、子供には悪い教えだと分かってないのか?それとも獣人ってそもそもこんなもんなのか?全く知らない種族を俺の知る定規で測っても意味はないだろうが、さすがに俺はおかしいと思うね。
 周りを見ながら呆れていると、
「ガハハハハッ!見物客も大勢集まった!漆黒の戦士の中で秀でた猛者よ!拳で語り合うとしよう!」
 ラドラが俺に向けて言い放つ。その途端に闘技場の観客席360°全域が、
「「「「「「わぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼︎‼︎!」」」」」」
 熱狂に包まれて湧いた。
 声だけで空気が震えてる。
 やばいな。どんだけ、このラドラって奴が獣人たちに慕われてるのか……よーく分かる歓声だよ。賭けのレートがあったら絶対に獣人全員が全員、ラドラに賭け金注ぎ込むんだろうな。
 正直、この状況を覆すのが楽しみで仕方ないわ。
「みたいだな。あんたらがどうして、こうまで人間を憎んでるかは知らないが子供にまで殺せって言わせるのはどうかと思うな」
「ガハハハハッ!そうさせたのは人間だ!」
「そうかそうか。なら、あんたらが知ってる人間と俺たちが同種であっても考え方とかは違うってとこを見せるとするか」
 俺は両足を屈伸させ、しっかり伸ばす。
「ガハハハハッ!楽しみだ!では始めるとしよう!コインが落ちたら、それが合図だ!」
 ラドラは右手に持った銀色のコインを天に向けて弾く。
 コインは勢いよく一直線に飛び、上昇する。観客席の声が更にヒートアップし、上昇し終えたコインが一直線に地面に降下してくる。
 ラドラはいつでも飛び出せる体勢をとり、俺もまた屈伸を終わらせて両腕に付けた復讐者の籠手を前に向けて構える。
 俺とラドラが視線を交錯させた時、宙を急激に回転していたコインが視界に入る。
 落ちる。
 チャリン!
 コインが落ちた音が鳴った。
 音が鳴った瞬間、ラドラは立ってた位置から俺へ一直線に移動して来た。
 俺との距離を2、3歩で縮め、
「肉体強化《鋼化》」
 右腕を銀色の鋼へ変化させる。
「肉体技《鋼の一撃》」
 ラドラは右拳を俺へ放った。
 俺はラドラの右拳が見えていた。受けようと思えば、受け止めることも容易に出来た。それでも俺はラドラの右拳を避ける事も防ぐ事もしなかった。
 あえて正面からラドラの一撃を受ける。
「ふん!」
 腹に強烈な一撃が入る。
「――かはっ⁉︎」
 痛みが腹を中心に全身へ駆け巡った。
 地面に着いた両足に力を一切入れていなかった俺はその場に踏み止まる事は不可能で、軽々と後方へ勢いよく吹き飛ばされ、ズゴーーーン!と音を立てて闘技場の壁に背中から激突した。
 腹から痛みが走っている中、背中からも全身に痛みが走る。ラドラの一撃を真正面からまともに食らった影響で、全身の骨にひびが入ったのが分かる。折れてる箇所も複数あるな。衝撃の余韻がいまだに全身に残っている。だが俺は既にフリー戦で痛みに耐性をつけている。ほぼ痛みに慣れた俺は痛みに対して痛いと口にする事も表情に出す事も1ミリもない。
「「「うおおおおおお‼︎!」」」
「「「殺せ殺せ殺せ殺せ‼︎!」」」
「「「ラドラ‼︎ラドラ‼︎ラドラ‼︎!」」」
 壁に豪快に吹き飛ばされ、上半身を壁に預けて横たわる姿を目にしたこの場いる獣人たちが両腕を挙げて歓声を上げる。
 うるさいな。
 俺は腹と背中の痛みから全身にかけてのひびや折れた箇所が不死身の特性で消え去ったのを合図に壁に預けた上半身をむくりと起き上がらせ、一撃を放ったラドラの姿を見る。
 ラドラは自分の右拳をじっと見つめてる。
 手応えを感じたのだろうか?
 手応えを感じたのにどうして壁から背を離して起き上がろうとしてる?そうラドラは思ってるんだろうな。
 ゆっくりと足に力を入れて、俺は自分の足で立ち上がる。
「「「ラドラ‼︎!ラドラ‼︎!ラドラ‼︎‼︎」」」
「「「殺せ殺せ殺せ殺せ‼︎!」」」
「「「立てなくなるまでボコボコにしろ‼︎!」」」
「「「人間に味わってきた屈辱と憎しみをあの人間にぶつけてくれ‼︎‼︎」」」
 観客席という外野で見ている獣人たちは最初と比べて酷く気性を荒くさせ、口からは牙を剥き出しにして誰もが興奮状態にある。いつ闘技場に乱入してきてもおかしくないほどの荒れ方だ。俺はそれを遠目で見て、やれやれ。これだから野生動物は野に放してたら危険なんだと強く思った。
「ガハハハハッ!」
 そう思いを馳せているとラドラが再び俺の元へ向かってくる。
 拳で語り合うか。
 拳で語り合うのもいいが、徹底的に殴られて力の差がどれだけあるかをラドラ本人に味合わせた方がいいな。
 俺は数歩で距離を詰めたラドラを攻撃範囲内に入れ、
「肉体技《鋼の連撃》」
 両腕を鋼へと硬質を変化させたラドラの両拳から放たれる連撃を無数に喰らう。
 腹部を中心に全身へ痛みが走る。
 バギッ!
 骨が砕ける音が鳴った。
 ボギッ!
 骨が折れる音が鳴った。
 俺の体はラドラの攻撃を受けて、先ほどと同じ壁に背中から物凄い衝撃と共にぶつかる。
 壁にぶつかった俺の体へ逃げる間を与えないラドラが更にラッシュで攻撃を放ち、俺の体は壁にどんどんめり込む。
 前方はラドラ、後方は壁といった板挟み――サンドウィッチ状態――で挟まれる。逃げ場を完全に失った俺は抵抗を一切できずに――というかしないだけなんだが――ラドラの攻撃を無数に浴びる。
 フリー戦では体に穴が空いたが、今目の前で攻撃を繰り出しているラドラの両拳は俺の体を貫く程の威力はない。
 あの時はレベル差がやばかったからな。レベル差があまりなければ、この程度か。この程度なら大した事ないな。
 俺は攻撃を喰らいながら思考を停止しない。
「ガハハハハッ!ん⁉︎……っ⁉︎」
 俺の両目が全力で攻撃を放ち続けているラドラを見続けているのに高笑いをし続けていたラドラ本人が気づく。
「なぜ⁈」
 敗北を全く感じていない俺の顔がラドラの目に初めて入った。
 俺の目には闘志がいまだに宿っているのを疑問に思ったラドラは背筋に悪寒でも走ったのか、全身をブルっとさせて瞬く間に後退した。
 ラドラが俺との距離をとって離れると獣人たちの誰もが、
「「「ラドラ⁉︎」」」
「「「どうして!⁉︎」」」
「「「なんで攻撃を止める!⁉︎」」」
「「「まだ続けろ‼︎!」」」
「「「俺たちの屈辱はこんなものでは晴れないぞー‼︎!」」」
 ラドラの行動に疑問を持ち、興奮状態で――理性を持ち合わせていない――闘技場の中へ身を投げ出して罵声を上げる。
 ラドラは離れた位置から俺を見る。
 俺を見るラドラの表情は困惑と疑問で埋め尽くされていた。
 俺の体は既に全ての攻撃で喰らったダメージや致命傷を完治させ、まるで何もなかったようにピンピンとした体でめり込んだ壁から抜け出していた。
 その姿を見て初めて状況を理解した獣人たちは、
「「「……馬鹿な……」」」
「「「ラドラの攻撃は効いてないのか?」」」
「「「あれだけ殴られたんだぞ⁇」」」
「「「あれは人間なのか⁇?」」」
「「「今見てるのは全て夢幻か⁇?」」」
 興奮状態から一瞬で冷静な状態に引き戻される。ラドラの攻撃を無数に受けても平然と普通に自分の足で立っている俺を見て、目を当てられなくなった獣人たちは両手で目を覆う。闘技場に身を投げ出していた気性の荒い獣人たちもまた後ろへ一歩下がり、そのまま観客席へガクッと腰を下ろした。顔にはさっきまでの威勢はどこにいったのかと突っ込みを入れたくなるほど、ポカーンとした無気力に近い表情になっている。
「「「ラドラ!勝て!」」」
「「「ラドラ!人間に負けるな!」」」
 それでも一部の獣人たちは再び腹から声を上げて叫ぶ。まだ負けてない。ラドラは少し休んだだけだ。攻撃の手を緩めずに続けてさえいれば、ラドラが勝つ。そうに決まっていると希望を胸に抱いているんだろう。
「あの筋肉馬鹿は……日頃考えない頭で相手の事を考えても無意味です!筋肉馬鹿は筋肉馬鹿なりの戦い方をすればいいんですよ!」
「そうよ!ラドラ!拳で語り合うって言ったのはラドラでしょ⁈言った張本人が相手から離れて殴るのやめてどうすんのよ⁉︎やるなら徹底的にやって!考えるのはラドラのすることじゃないわ!したいなら終わってからでもできるでしょ‼︎今目の前に集中しなさい‼︎」
 そんな背中を押す力強い叫びとロナードたちの声を耳にしたラドラは顔を左右に振り、俺に対して何かしら考えるのを完全に放棄した。そおいう顔をしている。
「「「「「「殺せ殺せ殺せ殺せ‼︎!」」」」」」
「「「「「「もっともっと声上げろ‼︎!」」」」」」
「「「「「「殺せ殺せ殺せ殺せ‼︎‼︎!」」」」」」
 一度は静まり返った観客席に座る獣人たちが腹から声を上げて叫び出す。
 会場が今までにないほど、熱く震えた。
 静かになったと思えば、やっぱ根性がある奴ばっかなんだな。でもそおいうの俺は嫌いじゃない。
 獣人たちの声援を受けたラドラの目には最初の力強さが戻る。
 来る。
 そう思った時には俺の目の前にラドラの右拳があった。
「肉体技《鋼の一撃》」
 今までの移動速度は全力じゃなかったのか。
 全力でぶつかってくるなら、こっちもそろそろ動くとするか。
 ラドラの右拳が俺の顔面に当たる直前、
「ぬっ⁉︎」
 俺はラドラの大きな右拳を左手で受け止める。余裕で受け止めた俺の左手を見て、ラドラは声を漏らした。
 ラドラの右拳から放たれた衝撃波が遅れて土煙を上げる。
「次は俺の番だな」
 硬いな。でも握り潰せない硬さじゃない。
「ぐぬぁーーー‼︎」
 ラドラの鋼と化した右拳を左手で握りつぶす。
 痛みに耐えきれないラドラが叫び声を上げた事で、この場で再び鳴り響いていた殺せコールが瞬く間に静まり返る。
「拳で語り合うって言っても、一撃でKOしたら嫌でもさっきまでの一方的な語り合いは出来ずに終わっちゃうけどいいよな?」
「ありえぬ!肉体強化《痛覚緩和》肉体技《鋼の一撃》」
 痛みを緩和させたラドラは空いている左拳を俺に向けて振り抜く。
「それがありえるんだよ」
 俺は右手でラドラの左拳を受け止め、右拳同様に握りつぶす。
「ぁあー!肉体技《鋼の頭突き》」
 ラドラは両拳を握りつぶされたとしても、攻撃をやめなかった。
 ゴン!
 俺の頭に重い一撃が入った。
 頭が……。
 思考が一瞬停止する。
 両手に握ったラドラの両拳が解放される。
「肉体強化《痛覚超緩和》肉体技《金剛の連撃》」
 思考が戻ると同時に俺のがら空きの体にラドラの硬質を変えた両拳が連続でクリンヒットし、
「肉体技《金剛の一撃》」
 俺の顔面に入った右拳が俺を再び闘技場の壁まで吹き飛ばす――
「いいの入ったけど、それまでだ」
 見ている誰もが、殴ったラドラ本人もがそう思えた。だが結果は違う。
 俺は吹き飛ばされず、そのままこの場に留まっている。最初の一撃の時はあえて足に力を入れずに吹っ飛ばされた。だけど、今回は違う。
 足に力を入れただけでなく、俺の両足には復讐者の籠手を触媒としたスキル《闇の闘気》が発動され、両足限定だけだが足場と足を闇で覆いくっつけていた。その甲斐あって、ラドラの一撃は俺を後ろへ吹き飛ばすどころか、1ミリも後ろへは押されていない。完全にラドラの渾身の一撃を微動だにしていなかった。
「闇の力を纏し者、この地に足を踏み入れる時、道は切り開かれる」
 ラドラは俺の両足を見て、何か意味不明な言葉を口した。
「この一撃で終わりだ!」
 俺は地面を力強く踏みしめ、右拳をラドラの顔面に思いっきり入れた。右拳を振り抜き、ラドラは闘技場の壁に勢いよく激突した。


 ♦︎


「「「うわあああああああああああああああああああああ‼︎‼︎」」」
「「「きゃぁああああああああああああああああああああ‼︎‼︎」」」
「「「ラドラ様が負けたぁああああああああああああああ‼︎‼︎」」」
 闘技場全体で悲鳴が起こる。
 獣人の中でも絶対的強者。百獣の王が人間に敗れる姿をその目で見せられ、獣人たちの誰もが信じられずに両手で目を覆う。まだ何が起こったか理解出来てない獣人は放心状態で、口をポカーンと開いている。
 闘技場の壁に吹き飛ばされた挙句、気を失ったラドラは地面にうつ伏せで倒れている。ラドラを心配したブラドナとロナードが観客席から身を乗り出し、闘技場内の舞台に飛び込み、着地すると血相を変えてラドラの元へ向かっている。
 俺もラドラの元へ向かう。向かう道中、両足に纏ったスキル《闇の闘気》を解除する。
「新道!」
「新道くん!」
「新道先生!」
「新道」
「「新道くん」」
「お兄ちゃん!」
 遠山たちもまた観客席から闘技場内に足を踏み入れ、俺の元へやってくる。
「みんな」
「お兄ちゃん!」
 夏奈華が誰よりも早く一直線で飛び込んでくる。
「夏奈華ちゃん」
 俺は夏奈華を体で受け止める。
「お兄ちゃん、大丈夫?怪我してない?」
 夏奈華は俺の体をまさぐって怪我した場所がないかを確認していく。
「大丈夫だよ。怪我はしてないから安心して」
 俺は夏奈華を地面に下ろし、
「心配してくれてありがとう」
 感謝の気持ちを込めて、夏奈華の頭を優しく撫でる。
「お兄ちゃん、強いから怪我してないね。ななか、さっきまでホントに心配したんだよ」
「夏奈華ちゃん」
 俺は夏奈華を優しく撫でて、周りで話すタイミングをうかがっていた遠山たちを見る。
「新道、最初は肝が冷えたぞ」
「そうだよ。新道くん、あれ見てるこっち側はうわわっもんだからね」
 ホラー映画だと知らずにホラー映画を見て驚いたような顔一面強張らせた表情を見せる守山を見て、
「いや、あれは向こうの実力がどのくらいか測るのとどんだけ殴っても倒せないと相手本人に実感してもらいたくてやったことだから」
 俺がラドラと戦っていた時に考えていた事を伝える。
「前以て、そおいう時は私たちに教えていてくれ。じゃないと守山さんが言う通り、我々は冷や冷やしながら見なくてはならんからな」
 遠山も守山と同じ意見のようだ。
「わかった」
 今度そうする時は前以て伝えようと心に強く刻む。
「ですけど、新道先生なら普通にやってくれると思ってました!」
「そう思ってくれてたから、仁さんは冷や冷やしなかったでしょ?」
「はい!」
 不安も恐怖も微塵もない自信に満ちたこの顔。
「ほらね、遠山たちも俺がやってくれると思ってくれてるなら心配も肝を冷やすこともないってことだよ」
 仁の言葉を聞き、改めて遠山と守山へ顔を向ける。
「葉山さん、凄いな」
「やってくれると思ってても、あれを見ていたら絶対にうわわってなるもんだけどね」
 遠山も守山も、仁が俺が劣勢に陥ろうと一切気持ちをブレなかった事に対して感嘆の声を上げた。
「新道たち話をするのもいいけど、周りはもう戦闘態勢に入り始めてるよ」
 そんな中、天音は観客席を360°ぐるっと見回して警告を告げた。
「……まじかよ」
 俺は観客席から身を乗り出して闘技場内へ降りてくる獣人達の姿を捉える。
「我々は敵ではないのだがな」
「こうなったら、おじさんたちも戦うしかない。今こそ新たな力を得たおじさんの力を見せる時!」
「新道先生から鍛えられたこの肉体で戦闘デビューです!新道先生、俺頑張ります!」
 遠山は出来るなら戦闘は避けたかったという表情を見せ、守山は一切怯える素振りはなく、守山も仁も自分の力が発揮出来るのを喜んでいる。
 こっちまで戦闘準備に入ったら、完全に戦闘開始のゴングが鳴っちゃうよ。
「ちょっと待ってくれ。俺に考えがある」
「わかりました!」
「了解」
 俺の一声で、守山も仁も戦う構えを瞬時に解く。
「この状況を切り抜ける考えは私も思い浮かべているが……新道どうするんだ?」
 遠山の事だから俺と同じ考えか、それ以上の考えを持ってるんだろうけど。
 この場を切り抜けるには、これ以外にない。
「千葉さん、俺が殴ったラドラを回復させてもらいたいんだけど、大丈夫?」
「え?うち?」
 千葉本人はまさか自分が矢面に立たされるとは1ミリも思っていなかったようで、少し戸惑った顔を浮かべて自分で自分の顔を指差す。
「そう。ラドラの負った怪我を直せば、この状況も変わるはず」
「確かに。私もそう考えていた。ここで一番強い相手を倒してしまった以上、この場が荒れるのも時間の問題。早いうちにこの場を治められるラドラを回復させるのが先決だろうな」
 やっぱり、遠山も同じ考えだったか。
「そもそも拳で殴り合いって言ったのは向こうなんだけど、遠山の言う通りなんだ。千葉さん、いける?」
 ここでラドラ覚醒無くして、獣人達との戦闘は免れない。
「まひろ、頼む」
 遠山が千葉の目を見る。
 千葉は少し戸惑っていたが、遠山自らの頼みとあっては後には引けないと思ったのか、覚悟を決める。
「うん。いいよ。美紅人さんやみんなの役に立つために強くなったのに使わない意味はないじゃん」
 その言葉を待ってた。
「よし、なら行こう」
 俺たちはラドラの元へ走る。
 俺がラドラのいる場所へ向かい始めるのを見た獣人の数匹がトドメを刺しに向かってると勘違いしたのか、観客席から俺へ飛びかかってくる。
「極力避けたいんだが、これは正当防衛だよな」
 俺は飛びかかってきた獣人を同時に相手取り、デコピン一発で気絶させる。それを見た他の獣人が再び襲いかかってくる。
 きりがないな。
「邪魔が増える一方だし、こおいうのってきりないんだよね。だから静かに一度なろうか?闇魔法《ダークサンダーボルト》」
 戸倉が棘のある口調で話した直後、闇が混ざった雷が獣人のいない場所にピカッと落ち、遅れて闘技場に轟音が鳴り響いた。
 俺や遠山たちへ襲いかかろうと牙を剥いた獣人も、観客席から身を乗り出した獣人も、観客席から状況を見ていた獣人の全てが毛をぶわーっと逆立たせて驚いた。
「次襲って来たら黒焦げ確定な。うちら、あんたらの親玉殺しに行ってるわけじゃないかんね」
 戸倉の言葉を近くで聞いた獣人は飛び跳ねて観客席へ逃げ戻る。
「戸倉さん」
「ちづ」
 獣人以外にも、ここに全身の毛を逆立たせた人がいる。
「ひぇー女を怒らせたら怖い怖い」
 守山は両手で両腕を温めるように摩り、ほとんど聞こえない声でボソッと呟いた。
 おいおい、守山さん。
「凄いの一言です!」
「お姉ちゃん、すごーい」
「今のうちに早く行こう」
「凄いじゃん。持つべきものはダチだね」
「あったりまえ!ほら行くよ」
 千葉と戸倉はお互いに両手でハイタッチし、障害が何もなくなった闘技場内を走る。
 俺たちはラドラの元へ辿り着き、
「今から仲間がラドラを回復するから邪魔しないで」
 ロナードたちが何か言う前に一言伝える。
 千葉はロナードたちがいても一切気にせずにラドラへ両手をかざす。
「闇回復魔法《闇治療ダークヒール》」
 直後、ラドラは闇の光に包み込まれる。ロナードがそれを見るなり、俺へ嘘をついたなという目線を向けてくるが俺は気にしない。今言ったところで信じないだろうし、ラドラ本人が目を覚ます方が一番話は早い。
 ラドラの背中に負った擦り傷は瞬時に消え、折れた両手は赤く膨れ上がって腫れていたが今では腫れも引き、両手は元通りに完治し、他に重症などを負った箇所は一切なくあっという間に治療が終わる。
「……ここは……」
 そして意識を取り戻したラドラが目を開け、ゆっくりと起き上がる。それを見たロナードは俺が嘘をついてなかったと気付くと同時に深く安堵した。
「ラドラ、あんたとの拳での語り合いは終わった。この場の険悪な空気を今すぐあんたの口で治めてくれ」
「……負けたのか。ガハハハハッ!まさか漆黒の戦士が闇の力を纏し者であったとはな!」
 ラドラは額に片手を当てて笑う。
「な、なんですって⁉︎闇の力を纏し者⁉︎」
「いや待て、確かに彼の足に闇が纏っていた。筋肉馬鹿が言う通り、闇の力を纏し者に違いない」
 ロナードたちが俺を見る。
 またか。あの時も闇の力を纏し者って言ってたけど、それなんだ?って――
「早くこの場を治めてくれ」
「ガハハハハッ!わかった!」
 その後、ラドラが闘技場に集まった全ての獣人たちにこの場で何を行なったかの説明を話した。説明を終えると闇の力を纏し者が現れたと今までにないほどの声量で叫んだ。それを聞いた全員が喜び歓声を上げた。


 ♦︎


 俺たちは最初にいた部屋にいた。
 部屋に着く頃にはテンソン達が俺たちが座る人数分の椅子を用意してくれていた。椅子の配置は既にセッテイング済み――卓上の周りを取り囲んだ形――だった為、俺たち全員適当に椅子に座ってる。
「ガハハハハッ!」
「ラドラ、笑い事じゃないわよ」
「いやしかし驚いた!待ちに待っていた闇の力を纏し者と我が一戦交えるとは!ガハハハハッ!」
「本当にそうよ。どれだけ待ちに待ったことか。それも待ちに待ってた闇の力を纏し者とラドラが戦うなんて……本当に冗談じゃ済まないわ」
「ガハハハハッ!すまん!知っておったら我は拳で語り合うのをやめていただろう!」
「終わってしまったことを今更蒸し返したところで、時間の無駄ですよ。筋肉馬鹿がやろうとしたことに賛同した責任もありますし、仕方ありません。過去の事をとやかく言う前に今は先の未来の話をするべきでしょう」
「そうね。ロナちゃんの言う通りだわ」
「ガハハハハッ!では我が説明をするぞ!」
「筋肉馬鹿!待ちなさい」
「ガハハハハッ!ん⁉︎……うぬっ!ロナード!どうした⁈」
「筋肉馬鹿が説明してわかるはずないでしょう。ない頭を使うよりも筋肉馬鹿には筋肉馬鹿なりの役割があるはずですよ。説明は私に任せなさい」
「……ぐぬっ、仕方ない!ロナードに任せる!」
「そう落ち込まない。ラドラはやるべき時に力を振るってくれたらいいのよ」
「ガハハハハッ!……そうだ!我は来たるべき時に備えて待つだけだったな!ガハハハハッ!」
「変わり身の早い筋肉馬鹿だ」
「ちょろいわよね。ほんとに」
「すみません。私たちの話で待たせてしまって」
「いえ、そこは気にされずに大丈夫です。この世界で起きている現状を教えてください」
「わかりました。説明しましょう」
 ロナードは俺たちに分かりやすいように説明を始めた。
 この世界が数年前から1人の人間に支配されていること。
 支配される前は獣人がこの世界の8割を占めていた。人間は2割にも満たさず、この世界で一番の最弱であり、弱い種族だった。ほとんどの大陸で人間と抗争する獣人は1人としておらず、この世界では領土の取り合い――戦争――が起こったとしても獣人同士の争いで人間に危害を加えたこともなければ、ちょっかいを出したことすらない。それだけ人間を一番弱い弱者と認識していたからこそ、手出しする獣人は誰1人としていなかった。人間と獣人との間には一切争う火種はなかった……はずだった。1人の人間がこの世界に現れるまでは――。
 その人間は自分の事を僧侶と呼び、無害で争う勇気さえなかった人間を一瞬してまとめ上げた。僧侶には特別な力があり、自らが作り出した殺戮仏を人間に貸し与えた。殺戮仏を借りた人間たちは次々と獣人を標的に攻撃を開始した。最初は小さな村が数多く壊滅した。壊滅した村から逃げおおせてきた獣人は村で起きた事を強く他の獣人たちへ警報を鳴らすように伝えていった。だが一般の獣人も、獣人の王たちでさえも人間は世界の中で一番の弱者と認識していたために動くのが極めて遅かった。数多くの村が壊滅して1週間後には堅牢な都市が壊滅させられ、その知らせが他の都市へ伝えられるよりも早く、殺戮仏と共に人間は攻めて来た。獣人はなすすべなく殺され、都市は一夜にして滅ぼされた。
 大陸の1つが人間に奪われた頃になって初めて他の大陸の王たちは今までの認識を捨て、人間を油断ならない敵と判断した。大陸全土――戦争で争っていた国々――の獣人が手を取り合い、人間を駆逐する為に動き出した。その時、総戦力の中でも群を抜いた力を持っていたラドラ達は人間と殺戮仏と初めて対峙した。だが対峙して初めて理解した。大陸の1つが人間に奪われた理由を。圧倒的な力を誇る殺戮仏に最強と謳われる獣人の攻撃は全く通用しないことを。ラドラたちは命からがら逃げ延び、まだ人間の手が届いていない大陸で鍛錬を積み上げながら挽回のチャンスを狙った。その間に他の大陸は人間の手に落ち、獣人の全てが奴隷になるか殺されるかの2択を選ばされて滅ぼされた。
 ラドラ達のいる大陸が獣人が生き残っている最後の大陸だった。人間がこの大陸へやってくるよりも早く、戦死した獣人たちが残していった若い芽を詰ませないために数年分の備蓄がある地下都市に全ての赤ん坊から生き延びた若い獣人たちを避難させた。
 ラドラ達は最後の大陸で人間との最後の戦いを行なった。その際に今まで姿を見せなかった僧侶が初めて姿を現した。僧侶の左右には世界の2割も満たさない人間たちが大勢集まり、後ろには殺戮仏の中で今まで見た事がなかった数多くの獣の形をした殺戮仏を連れていた。僧侶はこの戦いが最後になるのをいい事に獣人たちへ「この世界は本来は人間の手にあるもの。人間が世界を統べる事こそ正しい。あなたがた虫ケラにいい事を教えましょう。わたしが作った殺戮仏には《光属性付与》《光・闇属性以外攻撃無効》が付け加えられています。虫ケラのあなたがたがどう頑張ってもわたしの作品には傷一つつけられないとお分かりいただけましたか?」殺戮仏のタネを明かした。
 ラドラたちはその場で絶望したが最後まで諦めずに殺戮仏と争い戦った。人間側が圧倒的有利の一方的な戦いであった。ラドラについて来た数多くの獣人たちは地に伏し、最後の戦いで勇ましく戦った王たちも無残に命を散らし、とうとうラドラたちが全滅すると直感した時――その場は眩い光に包まれた。
 その刹那、ラドラたちは神の啓示を聞いた。
「闇の力を纏し者、この地に足を踏み入れる時、道は切り開かれる。貴方たちはそれまで命を無駄に散らしてはいけません。さぁー子供達が待つ場所へおかえりなさい」
 光が消えた時にはラドラ達は戦場から地下都市に戻っていた。神の啓示が夢ではなかった事を知ったラドラたちは闇の力を纏し者が姿を現わすまで、地下都市で牙を研ぎ澄まし、肉体が衰えぬように日々鍛え続けながら身を潜めていたとのことだ。
「そんなことが……」
 遠山は感慨深そうに顎に手を当てて考え込む。
「私たちは闇の力を纏し者を待ち続け、数年分の備蓄はもう後がなく食糧問題に直面して人間に再び攻撃を開始しようとしていた矢先に闇の力を纏し者が私たちの前に現れたんです」
 本当にエルフの時といい、今回といい、タイミングが絶妙的だな。まるで俺たちが来るのをこの世界の神は知ってたような口ぶりだし……いや俺がたまたま闇の闘気を持ってただけなのか?俺以外にも、もしかしたら今後来たりする可能性もあるんじゃ?
「そうよ。食糧問題があったから今日この日この場所で会議してたら、あなたたちが来たわけよ。本当にびっくりしちゃうくらい凄いわよね」
 それはびっくりするだろうな。
 タイミングがハマりすぎと言ってもいいくらい、タイミングが噛み合ってる。
「で、筋肉馬鹿と拳を語り合う前の話に戻りますが……闇の力を纏し者と君らは味方と思っていいんでしょうか?」
「味方だよ」
 俺は即座に答えた。
「そうですか。それを聞いて安心しました。私たちは今夜にでも食糧を奪いに地上へ出ます。そのお供に闇の力を纏し者と君らも一緒に来てくれますよね?」
「当然、行くに決まってるだろ」
「そうだな。今回の敵は分かった。あとは我々が倒さなくてはいけない敵がそこにいればいいんだがな」
「ガハハハハッ!やっと話は終わったか!闇の力を纏し者と漆黒の戦士たちを我らの仲間に歓迎する!ようこそ!我がレジスタンスの本拠地アンダーグラウンドへ!」
 ラドラが俺へ手を差し伸べてくる。
 ここはアンダーグラウンドっていうのか。かっこいい名前だな。
「ああ。よろしくな。それと俺の名前は闇の力を纏し者じゃなくて、新道だからな」
 俺はラドラの手を握る。
「ガハハハハッ!そうか!そうであったか!我は闇の力を纏し者だとばかり思ってたぞ!シンドウ!よろしく頼むぞ!我はラドラだ!」
「わたしはブラドナよ。よろしくね」
「私の名はロナード。シンドウ、私たちは殺戮仏を倒す術はない。全ての鍵を握っているのは、シンドウのみだ」
 ラドラ達は俺たちを見て、自分達の名前を名前を教えてくれた。
 闇の力を持ってるのは俺だけじゃないんだが……まぁーいいか。
「おう。わかった。俺がそいつらを倒す。だから、あんたらは食糧をどんどん集めてくれていいからな」
「頼もしい限りですね」
「ええ、そうね」
「ガハハハハッ!我の出番はなしか!食糧集めに専念するとしよう!」
「では今夜の打ち合わせを始めると致しましょう。よろしくお願いします」
 ロナードは卓上に地図――大陸が事細かく描かれた――を広げ、俺たちに今後の説明を始めた。
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