ダレカノセカイ

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episode.08

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 俺はフリーに肩を貸して歩く。
 フリーの肩には小指サイズに縮小したチー様が乗っている。
 フリーから話を聞いたところ、チー様は蓄えた血の量で大きさが変わるとのことだ。今現在、血を一滴も蓄えていないチー様は一番最小の形となってる。
 まるでストラップだ。
 知らない人が見たらストラップのアクセサリーと絶対に勘違いしそうなくらい可愛いサイズに縮小してる。
 チー様を見つめていると、
「血の匂いがする」
 フリーが呟く。
 血の匂い?
 鼻をクンクンさせて匂いを嗅いでみる。
 何も臭わない。
「そうか?何も匂いはしないけどな」
「お前には匂わなくとも俺にはわかる。そうだろ?チー様」
「ぷんぷん匂うでしゅね。これは相当な出血量じゃないでしゅか?」
「もう少し急ぐぞ」
 フリーとチー様には血の匂いがするようで、俺に先へ急ぐよう促してくる。
「わかった。急ごう」
 まだ1人で歩ける体力がないフリーを俺は背負う。
「おい!」
「なんだよ?」
「よく敵だった相手を背負えるな」
 フリーは驚いた顔で言った。
「背負ったところで殺したりしないだろ?」
「それはそうだが……普通なら考えられない行動だぞ」
 自分の常識と全く当てはまっていない俺の行動を見て、フリーは頭が痛そうに手を顔に当てる。
「急げって言われたら背負って走る方が断然早いだろ?」
「そ、そうだが、そうなんだが……そうだな」
「行くぞ!」
「……不思議な奴だ」
 俺は全力疾走で走る。
 走って行くうちに俺の鼻にも血の匂いが唐突にやってくる。
 やばいな。ツン!と鼻に効くやつだ。
「あれでしゅ」
「そのようだ」
 あれは――。
「ラージとお前の仲間か?」
 視界の先には遠山と敵であるラージの姿があった。
 一定の距離を置いて、2人は刀を握った腕をぶらりと下ろした状態で立っている。
 遠山は暗黒騎士の鎧を上半身激しく損傷させ、破壊された部分からはドロっと血を垂れ流している。兜を失った頭からも赤い血が流れてるように見える。暗黒刀は刀身を折られ、刃はない状態だ。
 ラージは遠山とは大きく違い、黒いコートの至る所を斬り裂かれているだけだ。しかし無傷かと思えば、頬に擦り傷を負っている。そこから微量だが血を流している。
「遠山‼︎」
「ラージ‼︎」
 俺とフリーは仲間の名前を叫んだ。
 フリーの声に反応し、ラージが俺たちの方へ顔を向ける。
 ラージは俺の顔を見て、目をギョッとさせ、
「……フリー⁉︎」
 此方へ駆けつけてくる。
「俺はこのざまだが、ラージお前は大丈夫か?」
 背中からラージに声かけるフリー。
 その言葉を聞き、フリーが負けたことを悟ったラージ。
「お前!フリーに何をした⁉︎」
 ラージは信じられないという顔をして、俺に刀を向けた。
「ラージやめろ!もう戦いは終わりだ!その刀を引け!」
「しかし!フリー!」
 困惑するラージ。
「これは俺の意思だ!従ってくれ」
「どうして?何があったんだ⁈フリー⁉︎」
 自分の知らない場所で負けたフリーを想像して、ありえない。絶対にあってはならない。信じれるかと顔に書かれたラージはフリーを見る。
「俺はここにいるこいつに負けた」
「……馬鹿な⁉︎」
 フリーの一言を聞き、ラージの中でフリーは絶対的な象徴であるかはラージを全く知らない俺からしたらわからないことなんだが、ラージの常識の1つが今この場で砕けた音が叫びと一緒に聞こえた気がした。
「本当だ」
「フリーが負けるなんて……信じられない⁉︎」
 ラージは頭をくしゃくしゃにかき上げる。
「事実だ。俺はこいつに負け、こいつが要求した絶対条件をのんだ」
「絶対条件だと⁉︎なんだそれは⁉︎」
 ラージはフリーから初めて聞かされた絶対条件なるものに瞬時に反応した。
「エルフ族に戦争を仕掛けないこと。我らバムバロス帝国の王にこれ以上のエルフ族との戦争をさせないことだ」
「っ!⁉︎」
 フリーのいる国の意思や威厳を根底から覆して無視する言葉を聞いたラージは顔をうつむかせ、絶句した。
「そおいうことだ」
 十数秒の沈黙があった。
 国の王自ら頼まれたエルフ族との戦争をやめていいのか。フリーの発言を聞き入れたほうがいいのか。聞き入れてしまったら、その後自分たちはどうなるのか。その葛藤を心の中でするかのようにラージの顔は怒りと困惑と仲間の確固たる意思を尊重したいと色々な感情が次々に出ては消え出ては消えを繰り返した。
「……わかった」
 そして自分の中で答えを見出したラージは刀を鞘に収めるでもなく、刀を手から離す。それは戦争をやめるという意思の表れだった。フリーの意思を尊重する表れでもあった。考え抜いて考え抜いた結果、ラージはフリーという大切な仲間を選んだ。
 先ほどまで葛藤していたラージの顔にはもう曇りは微塵もない。
 手から離れた刀は地面に落ちると思われた。だが刀が地面に刺さることも落ちることもなかった。空中で刀は消えたのだ。
「なっ⁉︎」
 俺は刀が消えたことに驚いた。
「これか?これはアイテムボックスに戻しただけだ」
 ラージは驚く俺を見て、そう言った。
「そんなものがあるのか?」 
「ある。それよりも仲間の元へ行かなくていいのか?」
 感心している俺にラージは親指を立てて、遠山を指す。
 遠山はさっきと同じく立ったまま、動く気配がない。
 俺はフリーを背中から下ろし、
「遠山!⁉︎」
 遠山の元へ走って駆け寄る。
 遠山の顔色は青白い。
「おい!遠山!⁉︎」
 両手で遠山の肩を掴む。
「大丈夫か⁈」
 遠山の両目は虚ろで、焦点が合っていない。
「遠山⁉︎!」
 遠山の肩を揺らし、遠山の名前を叫んだ。
「……新道……か?」
 か細い声が聞こえた。
「そうだ!俺だ!遠山⁉︎大丈夫か⁉︎」
「……新道すまない。……相手は強く強大だった。……私の全力で太刀打ちしても勝てないほどに……」
 遠山はそう伝え終えると立っている力を失い、ガクッとそのまま意識を失って俺の体へ倒れかかった。
「遠山!⁉︎」
 俺は遠山を受け止め、急いで地面に寝かせる。
 脈を確認すると脈はある。
「大丈夫か⁈!」
 遠山を揺り動かそうとしたら、
「落ち着け。ただの気絶だ」
 フリーを背負ったラージが遠山を見てそう言った。
「致命傷になる斬撃は入ってない」
「本当か?」
「戦った俺が言うんだ。間違いない。至る所に血を流しているがそこまで酷い重傷でもない。しかしこのまま放置していれば、まずいだろうから回復はさせた方がいいかもな」
 回復?
 傷薬のことか?
「回復って言ったって俺は回復させる薬は持ってないぞ!」
「薬がないなら回復魔法は?」
「ない」
「そうか……ここで散らすには惜しい存在だ。なら応急処置はしておくべきだ」
 ラージはフリーを背中から下ろして地面に座らせ、
「そこをどけ」
 俺のいる位置にズカズカと進んでくる。
「わかった。頼む」
 俺は今いた位置から退き、ラージに譲る。
 ラージは遠山の身につけた暗黒騎士の防具一式と漆黒スーツを外していく。
「体力回復薬を飲ませる」
 どこからともなく右手に現れた試験管に似た物の蓋を開けて、遠山の口に緑色の液体を飲ませた。
「なっ⁉︎」
 驚いた。
 遠山は試験管に入った緑色の液体をゴクゴクと飲まされるとたちまち全身の中でも大きい傷口を負った箇所が瞬時に小さくなり、軽傷の箇所に至っては完全に塞がったのだ。
「これで命の危険は去った。時期に目を覚ますだろうが効果が少ない分、傷の癒えていない箇所は応急処置が必要不可欠だ」
 そう言ったラージは治りきれていない出血した箇所の手当てを慣れた手つきで始めていく。
 黙々と応急処置をスムーズにやるラージを見て、
「こう見えて、ラージは応急処置に慣れてる。だから心配しなくていい」
 フリーが俺を安心させる一言を言ってくれた。
「そうか。……そうなのか」
「まさか自分が斬った相手を応急処置しないといけないとはラージ本人も戦ってる最中は思いもしなかっただろうな」
「……それでも助かる。俺は応急処置なんてしたこともないし、この場で遠山を助けれるのは遠山を傷つけたラージだけなんだから」
「そうだな。本来なら敵が敵の応急処置をすることはあるはずもないんだが今回だけは特別だ。これも俺を倒した特権と呼べる」
 フリーは遠山を助ける為に動いているラージを見る。
 そうだ。普通ならあり得ないことだ。
「フリーに勝ってよかったと心底思うよ」
「ふっ、だろうな」
 フリーは笑みを浮かべた。
「ラージ今忙しくしてるところ悪いがマリはどうした?」
「マリあいつはまだ戦ってるんじゃないのか?俺は俺で今まで戦ってたんだ。マリがどこにいるか知るかよ」
 遠山の体をしっかり手当てするラージは動かしている両手を止めない。
「ここにいてくれれば、話は早く済むんだが……仕方ない」
 立ち上がる体力が戻ってないフリーは俺を指差す。
「おい!お前、俺を背負ってくれ。今すぐ向かうぞ」
「何をする気だ?」
 ラージが問いかける。
「マリが戦いを終えていれば、真っ先に単身でエルフ族を全滅させに動いてるかもしれない。俺はこいつの絶対条件をのんだからにはエルフ族への攻撃をやめさせなければならない」
「わかった。そおいうことならこれを飲んでいけ!」
 ラージは再び試験管をどこからか2個取り出すとフリーへ投げる。
「気力回復薬と体力回復薬か」
 フリーは片手で2個受け取り、蓋を2個同時に開けて一気に口の中へ入れた。
 ゴクゴクと飲み干したフリーは飲む前とは打って変わって、体力気力ともに身体中から漲ってる様子だ。
「ラージありがとう」
「フリーあまり無理はするなよ」
 ラージはフリーが自分の足で立ち上がった姿を目にし、安心した表情を見せる。
「言われなくてもそうする」
「話は終わったようだし、早速行くぞ!」
「マリの魔力は向こうから感じる。ついてこい!」
「おう!それとラージ、遠山を頼んだ」
「ラージって……今日会ったばかりだってのに普通に呼び捨てかよ。まぁーいい。任せろ!」
 ラージに遠山の応急処置を任せ、俺たちは全力疾走で走った。


 ♦︎


 俺はマリの魔力を感知出来るフリーと共に走る。
「マリはどうやら北へ向かってるようだ」
「北って……まさか⁉︎」
「そのまさかだ。マリは単身でエルフ族を全滅させに向かってるっぽいな」
「っ⁉︎てことは俺の仲間はマリに負けたのか?」
「さぁーな。負けたか殺されたかはわからない。今北に向かってるということだけ考えれば、行く手を阻む敵はもういないってことだろ」
「っ⁉︎おいおい!だったら俺は仲間を探しに戻るぞ」
「探しに戻るのもいいが、マリ本人に直接確かめた方が早いだろ。闇雲に探すよりそっちが賢明だと俺は思うぞ」
「……くそっ!守山さん、天音無事でいてくれよ!」
 走りながら何かを見つけたフリーは前方斜め右を指指す。
「ん?あれはお前の仲間じゃないか?」
「どこに……っ⁉︎」
 フリーが指差した場所へ視線を向けるとそこには天音と守山の姿があった。
 大木に背中を預けて座り込んだ守山。
 守山の肩を揺さぶっている天音。
 何があった?
 俺の心の中から不安がこみ上げる。
「……そんな……」
 俺はフリーよりも早くその場に急行し、
「守山さん⁉︎」
 守山へと駆け寄る。
 何かが来る気配を察知した天音が俺の顔を見る。
「ぇ?……新道⁉︎」
 最初俺の顔を見て、誰かわからない様子を見せた天音だったがすぐに俺だと気付く。
 天音の顔は涙で濡れていた。
 その理由がなんなのか。
 俺は守山を見て悟った。
「おい……嘘だろ?守山さん⁉︎」
 守山の体――胸から腹にかけて――には大きな穴が空いていた。そこから大量の血が流れ出たことで、大木に背中を預けた守山の座る地面一帯は血溜まりと化している。
 守山の体全体には大きな穴以外にも、小さな穴が数えられないほどに空いていた。
「新道ごめん」
 天音が謝る。
「……どうして?」
 俺は地面に膝をついた。
 守山は口から血を流し、笑って目を瞑っていた。
「なんだよこれ⁉︎」
 何かを達成したかのように満足して笑う守山の顔を見て、俺は何が何だか分からなくなる。
「何があったんだよ!守山さん⁉︎」
 俺は守山へ触れようとして気付く。
 こんなことをした元凶を。
 心の内から怒りがこみ上げてきた。
「新道……僕の力不足で……ごめん」
 天音が再び謝る。
 それが何を意味しているのか理解する。
 守山が死んだことを。
「天音……あいつだよな?」
「え?」
「守山さんをここまで痛ぶった相手は……あいつなんだよな?」
「……」
 黙る天音。
「そうか。そうなのか」
 無言が答えだった。
「新道」
「俺は今からあいつを倒しに行って来る」
「……新道……」
 俺にもっと力があれば……。
 絶対的な力があれば……。
 仲間を守れる力が欲しい。
 この手にそれだけの力があったら……。
 カチャン。
 突然、俺の右手に――誰にも触れさせないように小さな宝箱にしまっていた――1枚のクリスタルカードが出現する。
 右手のクリスタルカードへ視線を落とす。
 なんで……ここに?
 俺にこれを使えってことなのか?
 スキルカード《闇の闘気》を。
 遠山との会話が脳裏に蘇る。
 このスキルカードの危険性を。それでも俺は絶対的な力が必要なんだ!
 俺は後先考えないまま、力強くスキルカードを握りしめ、砕いた。
 [スキル:闇の闘気 習得]
 脳内に声が響く。
 俺の心の奥からこみ上げる怒りが闇となって顕現する。
 ぶわっと激しい風が巻き起こり、俺の体全身を闇が包み込む。
 怒りの感情を喰らった闇は瞬く間に俺を黒い化け物の姿へ変えた。
 [称号:闇の化身 獲得]
 [称号:修羅 獲得]
 目は真っ赤に染まり、赤い血が瞳から流れ落ちる。それは守山の死を知った悲しみの涙か。それとも怒りが生み出した別の何かなのかは俺自身にもわからない。
 [称号:嘆く者 獲得]
 [称号:憤怒する者 獲得]
「お前⁉︎」
 追いついたフリーが俺の姿を目にして驚いた。
「その姿は⁉︎」
「フリーすまない」
 闇が囁く。
 俺の中をこんなに怒りに染める元凶を今すぐ殺せと。
 [称号:闇の囁きを受けし者 獲得]
 怒りは消えて行く一方なのにそれを喰らった闇が怒りを膨れ上がらせ、更なる怒りを俺の心の奥底から生み出す。
「どうした?」
「俺はフリーの仲間に仇を討たなくてはいけなくなった」
 黒い化け物の腕に変わった俺の手を見て、俺は頭の中が元凶を殺せ一色に染まっていく。
 [称号:闇に飲み込まれし者 獲得]
 理性がどこまで保ててるか、わからない。
「……仲間を殺されたからか?」
 フリーは守山の姿を見て、状況を理解した表情で俺に言った。
「そうだ」
 両目から赤い血が流れ落ち続ける。
「それは確定してしまったことなのか?」
「ああ」
 両拳を握りしめる。
 この手で元凶を殺すために。
「ならしょうがない。仲間をみすみす殺しに行くと知ってて見殺しにするわけにもいかない」
 フリーが両腕を構え、俺に向かって来る。
 見える。
 フリーの全力の動きが手に取るように見える。
「フリーあんたを殺そうとは思わない。だからことが終わるまで寝ててくれ」
 瞬く間に懐に入ってきたフリーにそう告げ、
闇装術ダークドーピング闇の一撃この一撃で終わりだ》」
「――がはっ⁉︎!」
 血が滲み出るほど握りしめた右拳でフリーの頬を思いっきり殴った。
 フリーはそのまま勢いよく遠くへ吹っ飛ばされ、大木に背中から激突する。
 激突と同時に意識を失い、地面に落下したフリーは再び起き上がることはなかった。
 [称号:闇装者 獲得]
 邪魔はもうない。
 元凶を殺さなくては――
「新道やめて!」
 天音が叫んだ。
「どうして?」
 わけがわからなかった。
 天音は守山さんを殺されて許せるのか?
 許せないだろ?
 そうじゃないのか?
 怒り一色の中から疑問が浮かび上がる。
「モリケンはね、僕がピンチに陥った時に戻ってきてくれた。本当なら逃げ延びたはずなのに震えた足で僕を助けにきてくれたんだ」
「……守山さんが……」
 信じられなかった。
 守山さんは肝心な時には逃げそうなイメージが俺の中にあった。
 今回もやばくなったら逃げる。そう思ってた。それなのに守山さんは逃げずに天音を助けた。その事実が俺の中にあった守山賢のイメージを大きく変えた。
 鏡を砕く音が心から響いた。
 [称号:闇に打ち勝つ者 獲得]
 [称号:闇の支配者 獲得]
「守山さんは最後に人を助けれる強い人だったのか」
 俺は飲み込まれそうになった怒りから意識をハッキリと取り戻す。
「そうだよ。モリケンがいなかったら僕がやられてた」
 天音は目から大きな粒をポロポロ流し、泣いている。
「守山さん……俺はどうすればいい?」
 膝をついて守山へ問いかける。
 だが守山から答えは返ってこない。
 守山は天音を守りきった達成感を持って逝ってしまったのか。
 守山の顔を見て、満足して笑ってるのがなんでなのか気付く。
「守山さんは天音と仲が良かったからな」
 俺は記憶にある守山とのエピソードを思い出し、知らず知らずのうちに赤い涙とは違う透明な涙が自然と流れ落ちた。
「……天音……仇を討ってきてもいいか?」
 守山が仇を討って欲しいのかどうしたいか分からない以上、守山の最後を看取った天音に問いかけた。
「仇を討っていいかなんて僕には分からない。でも僕たちがなすすべもなかったあの子に一泡吹かせてほしい。僕はそう強く思う。新道お願いだ。あの子に僕たちが何も出来なかった思いを、モリケンが命を賭してでも助けてくれた想いをその拳にのせてぶつけてきてくれ」 
 天音の目から涙が流れているが、目には真剣な意思が宿っていた。
 抱きしめようとした広げた両腕をピタッと止め、元に戻す。
「わかった。……仇を討ちたい気持ちは少なからずある。それでも天音がそう言うなら仇は討たない。その代わりに2人の想いはぶつけてくる」
 俺は拳を握りしめる。
 北へ向かえば、守山を殺したマリと会える。
 今の俺――強大な力が内から無限に湧いてくる――ならマリがどこにいようとすぐに追いつける。
「新道、任せた」
 ポカッと俺の胸に拳を当てた天音は、拳と共に俺へ想いを託した。
「待っててくれ。全部終わらせてくるから」
 俺は北を見ると闇の闘気を全力で纏い、地面を力一杯蹴った。


 ♦︎


「ばあちゃん、敵の1人がこっちにきてる」
「なんだって⁈」
「勇者様の1人がその敵に殺されたみたい」
「まさか……我らエルフを守りし勇者様が負けるとは……」
 族長は椅子から転げ落ち、地面に這い蹲る。
「敵は水魔法《波乗りライティングウェーブ》で向かってきてるから速度が速い。もうそこまできてるよ」
「……ミナミ、安心しなさい。ここにはまだ勇者様がたがおられる」
「だけど……」
「大丈夫。きっと勇者様がたが倒してくださる」
 族長はミナミの頭を優しく撫でる。
「……ばあちゃん」
「勇者様がた、聞いての通りです」
 族長は椅子に座って仲間の帰りを待つ千葉たちへ顔を向ける。
「……やばいじゃん」
「……まずくない?どうしよう?」
 千葉と戸倉は2人で身を寄せあい、敵の脅威に怯える。
「どうするもこうするも……ここには俺らしかいない。もう遠山さんたちが助けに来てくれる可能性はないに等しいんでしょ?族長さん」
 銃火器に手を当てる葉山。
「そうなのか?ミナミ」
「他の勇者様がたは敵よりも遠く離れてる。この距離を追いつけるとは思えないよ」
「ということです。勇者様がた」
「うおーー、遠山さんたちが来てくれると思ったら無理だったかー。そうなったら俺らが動かないといけない。覚悟を決めるしかない」
 両手で頬を叩く葉山は銃火器を両手で持ち、椅子から立ち上がる。
「えーー!うちら無理だよ」
「うんうん。うち無理だから葉山さんだけ行って」
「おーい。そりゃないだろ~。俺1人戦っても勝てる気がしないんだが……」
「ばあちゃん、この人たちじゃ無理なんじゃ?」
 ミナミは千葉たちの様子から遠山たちよりも遥かに弱々しく感じられ、勝てる要素がないと判断した。
「勇者様がた、どうかお力をお貸しくだされ」
 族長は千葉たちに頭を下げる。
「こおいう時に夏奈華ちゃんはおねんねしてる~」
 隣の椅子と更に奥の椅子の2つを使って横になっている夏奈華は、いつの間にかぐっすりと眠っていた。
「わかりました。もう俺1人行くっきゃない」
 葉山は両手に持った銃火器とは別に他の銃火器も肩に担ぎ、完全武装で族長の家から外へ出ようとする。
「ま、待って!」
 葉山へ手を向け、ミナミが叫ぶ。
「ミナミどうした?」
「来てる!来てる!勇者様がこっちに向かって来てる!」
 ミナミはパッと弾けた笑顔を浮かべ、喜び立ち上がる。
「それは本当か?」
「本当よ。あの勇者様なら敵に勝てるはずよ。なんてったって、あの敵の中でも最強と思えた敵を倒したんだもの」
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 族長は両手を絡め握り、祈るように目を瞑る。
「……ってことは行かなくていいのか?」
 葉山は扉のノブに手を回したまま、問いかける。
「行かなくていいよ。行ったところで、あなた勝てそうにないもの」
「……で、ですよね~」
 葉山は苦笑いを浮かべ、ノブに回していた手を離した。
「勇者様どうかお護りください」
 ミナミはそう呟き、族長と同じく祈りを捧げ始めた。


 ♦︎


 もうすぐだ。
 あと少しで追いつく。
 あれだよな?
 あの波に乗って移動してる奴がマリだよな!
 俺は走る速度を更に上げ、大きく地面を蹴った。
 地面から空中へ勢いよく上昇し、大木の木々を踏み台にして距離を一気に縮める。
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 マリは驚いた表情をして俺を見て、水魔法で移動していた力を解除して立ち止まった。
「……なんでここにいるの?」
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 答える義理はない。
 黙ってマリへ一歩一歩近づく俺に、
「フリーに殺されたんじゃなかったの?あのフリーが逃すとも考えられないし……わけわかんない」
 マリは頭をコッツンと手を当てる。
 何も知らないだろうな。
 フリーを俺が倒したことも。
 守山さんをあんたが殺したと俺が知っていることも。
 全部知らないあんたにはわからないことだろ。
「だんまりか。残念。まぁーフリーが逃したのかな?水魔法《針雨スパインレイン》」
 俺が初めてマリと遭遇した際に喰らった攻撃が襲いかかってくる。
 こんなもの……ガードする意味もない。
 俺は両腕で守る構えもせず、そのまま前進する。
 全身を貫いた光景を見てニヤリと笑うマリだったが、
「っ⁉︎」
 すぐに笑みは消え去る。
「なんでよ⁉︎水魔法《長剣の舞踏会ロングソード・ボール》」
 初めて見る魔法だ。
 長剣が目で数えられないほど出現した。
 長剣が俺の腕を斬る。
 腕があっさり斬られ、飛ぶ。
 コンマ数秒後、元に戻る。
 長剣が俺の体を斬り裂く。
 体から血が飛び散る。
 コンマ数秒後、元に戻る。
 長剣が俺の足を斬る。
 足を斬られ、片足で歩く。
 コンマ数秒後、元に戻る。
 長剣が俺の頭を斬る。
 視界が一瞬にしてジェットコースターの如く回るがどうってことない。
 1秒後、元に戻る。
 長剣が俺の体全身を斬る。
 体がバラバラに地面に落ち、血が大量に地面を染める。
 2秒後、元に戻る。
「……な……ん……な……の⁉︎」
 全ての光景を目にしたマリの顔は一面恐怖に染まっていた。
 両手で顔を覆い、
「信じられない信じられない信じられない信じられない信じられない信じられない信じられない信じられない信じられない信じられない信じられない信じられない信じられない信じられない信じられない信じられない信じられない信じられない信じられない信じられない信じられない信じられない……‼︎」
 何度も連呼して叫ぶ。
 その反応は当たり前だ。
 俺が不死身なのを知らないあんたは恐怖するしかない。
 どれだけ俺を攻撃して消そうとしても無駄だ。
 俺は何度だって立ち上がる。
 この足を止めることは絶対にない。
 あんたが俺を止められることは絶対にない。不可能だ。
「……こないで!こないでーー‼︎水魔法《針鼠の防壁ヘッジホッグ・バリアー》」
 いまだに俺を斬り続ける長剣は踊るように激しく動く。それでも動きを止めない俺を力の限りを尽くして止めにかかる。それでも止まらない俺の血を浴び続けた長剣の数多くが赤く染まった長剣と姿を様変わりしている。
 血濡れた長剣といったところか。
「っ!」
 血濡れた長剣が俺を斬り続け踊る姿を唇を噛み締めるほどに恐怖し、マリは地面に腰を抜かして倒れこむ。
 マリを包み込むように水の玉が現れるが、俺にそんなものは関係ない。
 マリの元に辿り着いた俺が水の玉に触れると水の玉は一瞬で形を変え、俺に襲いかかり全身を貫いた。
 こんな細工があるのか。
 痛みはあるが俺は止まらない。
 ぐっと水の玉の奥へ一歩踏み込む。
 水の針が俺の体全身を動かせないように留めてくる。だがそんなこと御構い無しに更に中へ一歩踏み出す。
「……嘘よ⁈!そんなのありえない!⁉︎」
 もう見たくもないと言いたげな表情を見せるマリに俺は手を伸ばす。
 あと数センチで届く。
 マリの髪に手が触れた。
 その瞬間、マリを守るように包み込んでいた水魔法《針鼠の防壁》はあっという間に地面に水を落とし消え去る。
「あんたはなんで自分が今こうなってるかわかるか?」
 全身を震えさせるマリへ問いかける。
「……そんなの……知るわけないでしょ」
「あんたは俺の仲間を殺したよな?」
「……あーあれね。……あの豚のことでしょ?」
 守山さんを豚呼ばわりするマリに復讐心と憎悪が湧く。
「守山さんは豚じゃない!」
「ひっ!⁉︎」
 俺が睨んで叫んだのが怖かったのか、マリは歯を食いしばる。
 必死に腰を抜かしたマリは歯を食いしばり、地面を鷲掴みして逃げようとする。
「俺たちはあんたたちと戦わないといけなかった。命を懸けて戦わないといけない以上、いずれはこうなることは頭の中ではわかってた。それでも俺は……俺たちは!誰1人として欠けずに元いた場所に戻りたかっただけなんだ!」
「ひぃぃぃぃ‼︎⁉︎」
「俺はあんたに対して仇を討とうと守山さんを見た時に思った。でもな!俺はあんたを殺したりしない。仇を討つのもやめた。どうしてかわかるか?」
「ひぃぃぃぃぃぃ!⁉︎!」
「守山さんが命を懸けて助けた天音がそう言ったからだ!守山さんはな、強い人だよ。自分の命を投げ捨ててでも天音を助けた。普通ならやらないことだ。他人の命を助けるために自らの命をかけるなんて早々できない。誰もが簡単にやれないことを勇気を振り絞ってやり遂げた守山さんを俺は心から尊敬する!あんたにわかるか?命を懸けてでも仲間を守ろうとする気持ちが⁉︎」
「た!助けてください!⁉︎なんでもします!⁉︎い、い、命だけは!⁉︎」
「あんたにはわからないだろうな。そんなことを言うくらいなら最初っから人の命を!エルフたちの命を弄んだりするな‼︎」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい‼︎!」
「あんたがやったことを心に刻んで、これから時間をかけて反省しろ。俺から言えるのはここまでだ」
「する!するわ‼︎絶対に反省する‼︎!」
「わかった」
 殴ろうと思ったが、このくらい言えば反省してくれるだろう。
 空を仰ぐ。
 守山さん、やったよ。
「水魔法《巨兵の大砲ビックソルジャー・キャノン》」
 ズドン!
 痛みが走った。
 空を仰ぎ見るのをやめ、俺はマリを見た。
「ふふっふははははははははははははっ‼︎!ざまーーー‼︎ワタシがそう簡単に反省すると思ったか‼︎⁉︎馬鹿がアホが‼︎‼︎豚を殺した魔法で消えろ‼︎!」
 ズドンズドン‼︎
 甲高い音が耳を痛くするほどに響いた。
 俺の体には守山の体と同じ大きな穴が開き、次に胴体が腕が足が頭が肉片が残らないほどに攻撃をやめない。
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ‼︎‼︎」
 マリは最後に見せた残忍な笑みで笑った。
 こいつ狂ってる。
 反省すると思った。
 でもこいつは反省する様子もない笑い声を高らかに上げている。
 天音、やはりこいつには重い一発を入れないといけないようだ。
 俺は全身が元通りに再生して戻るとすぐさまマリの顔に右拳をぶつけ、
「闇装術《闇の一撃この一撃で終わりだ》‼︎」
「ひぃぁがはっーーー!⁉︎」
 今出せる全力で右拳を振り抜いた。
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