ダレカノセカイ

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episode.06

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「まずはまひろとちづと葉山さんと夏奈華ちゃんの4人はここに残ってもらう」
 遠山は千葉たちを見て、そう言った。
「わかりました。気をつけて」
 戦えなくて本当申し訳ないと顔に書いたような表情の葉山。
「遠山さん、うちら一緒に行けなくても心は一緒にあるからね」
 千葉は自分の胸に手を当て、遠山と離れていても心は一緒にあると何を根拠に言ってるかは不確かだが自信有り気な表情で言った。
「うちらの分まで敵をコテンパンにして来て!これ絶対お願いね!」
 戸倉はシャドウボクシングみたいにシュシュッと両腕を前に交互に素早く出し、自分の気持ちを乗せた拳をぽんと遠山の胸に当てた。
「とーやまのお兄ちゃん、わかった。ここでななかね、お兄ちゃんたちの帰りを待ってる」
 両腕を上げて俺たちの帰りを楽しみにして待とうとしてる夏奈華。
 笑顔が可愛いな。
 絶対に帰ってくるからな。
「次に私と新道は敵のいる場所へ行く。天音くんと守山さんの2人は一緒に来てもらいたいが、最後に決めるのは本人だと私は思っている。それを踏まえて2人はどうする?」
 遠山は2人を見て話を振った。
「僕は行くよ。まだまだ弾薬はある。弾薬が続く限り、僕はみんなの役に立ちたい。いいよね?遠山さん」
 両手に握るライフルを更に強く握りしめ、天音は覚悟を決めた眼差しをする。
「天音くん助かる」
「おじさんも行きますぞ。今の今まで何も貢献出来ずに活躍もしてないおじさんがここで残るという選択肢はない。今回は前線で戦わせてもらうぞい」
 ガッツポーズして、やる気を漲らせる守山。
 守山さん、やる気だな。あんだけ活躍したがってたもんな。今回敵が弱かったら守山さんに花を持たせてあげよう。そう決めた。
「守山さん、ありがとう」
「いえ、今の今まで活躍してないおじさんが活躍するにはもってこいの場ですぞ」
 ふん!と鼻息を荒く吹かせた守山は心も体も準備万端らしい。
 ここで活躍すれば、きっとエルフのみんなから拍手喝采を受けるだろうな。その為にも守山さんには頑張ってほしい。
「よし、決まりだ。族長、私たち4人を敵がいるという南の集落へ送ってください」
 天音と守山の戦う意思を本人の口から聞いた遠山は族長の方を振り返る。
「わかりました。勇者様がた、わたしの左手の指を一本ずつ握ってくだされ」
 族長は左腕を俺たちの方へ伸ばし、左手の掌を広げる。
「新道、天音くん、守山さん、我々で敵を倒すぞ!」
「おう!」
「うん!」
「了解!」
 俺たち4人は族長の左手の指をそれぞれ握る。
「勇者様がた、どうかご武運を。我らエルフ族の先祖のご加護があらんことを。空間魔法《瞬間移動テレポーテーション》」
 族長の言葉を耳にした途端、俺が見ている風景は瞬く間に変わった。


 ♦︎


 血、血、血がほしい。
 エルフの血がほしい。
 俺の力の糧となる血がほしい。
 目の前に置かれた3メートルを超える巨大な瓶。名をチー様。それを見て俺は優しく包み込むように抱きしめ、
「もうすぐエルフ族の血が全部ここに集まる。あーたまらん。今日中に集め終わるのを想像するだけで、やばい。やばすぎる。早く……エルフの血がほしい」
 今日までに殺してきたエルフ族の血がたっぷり詰まって入ってるチー様を眺める。
「フリーまた貴方はそんなことをしているの。よくそんなことを毎日繰り返して飽きないわね」
 豪華なソファーに寝そべっているマリが呆れた様子で、毎日耳が痛くなるほど言ってくる台詞を呟いた。
「これは俺の日課であり儀式でもあると毎日言ってるだろ!」
 楽しみを半分削がれた気分だ。
 マリが俺の敵なら真っ先に殺してるだろう。
「なに睨んでんのよ。ワタシが邪魔したみたいに睨まないでよね」
 マリと喧嘩腰に睨み合う。
 俺は引かない。チー様との邪魔をしたマリに謝らせる。
「マリやめろ。フリーがあの性格なのは今始まったことじゃないだろう。フリーはフリーでそうマリを睨んでやるな」
 髪の毛をかきあげて面倒くさそうに言ってくるラージ。
 ラージは俺たち3人の中でもしっかりしたやつだ。俺とマリが喧嘩しそうになると毎回仲裁に入ってくる。内心嫌そうなのは誰が見ても歴然だ。数年以上チームとして付き合いがある俺たちにとっては日常茶飯事のことで、昔に比べたら全面的にラージは嫌気を醸し出している。
「ごめん」
 俺は素直に謝る。
「ワタシもごめん」
 俺が謝るとマリも謝る。これが日常で繰り返される一場面。それを見て「はぁーーーーー」と長い溜息を吐き出すラージ。
 本当にごめんよ。俺も毎回同じことを繰り返したくはない。したくはなくてもマリがチー様と触れ合ってると邪魔してくる。こればっかりは許せない。だから毎回のように繰り返す。
「マリもいい加減に――」
 ラージはマリに注意をしようとしたところで、北の方向へ体を振り向かせる。
「空間魔法ね」
 マリがソファーから起き上がり、魔力の発生源を一瞬確認した北を見る。
「あーあ。チー様との触れ合いはまた後に延期か」
 柔らかい豪華な椅子に放り投げていたコートを手に取る。
「エルフも残り僅かだというのに……まだ俺たちの力に屈しないか」
 ラージは再び長い溜息を吐き出す。
「力に屈しないなら力づくで屈せさせればいい。このバムバロス帝国の紋章と威厳にかけて」
 コートを羽織った俺は背中に刻まれた金色の紋章を2人へ見せる。
「そうね。向こうがその気ならワタシたちだってもう途中で切り上げてやらない。ワタシたちはバムバロス帝国の威厳にかけて、エルフ族を今日中に全滅させるわ」
「俺たちはバムバロス帝国の三本の絶対矢として奴らをこの島から完全に消す。これは決定事項だ」
 マリとラージも俺と同じコートを羽織り、さっきまでの日常モードから一気に戦闘モードに切り替えた。
「潰す!」
 俺はそう言い放ち、魔力の発生源が確認された場所を目指し駆け出した。


 ♦︎


「――なっ!ここは⁉︎」
 遠山が辺り一帯を見回して驚く。
 俺も同じように見回し、
「これは酷いな」
 さっきまでいた族長の自然豊かな集落と比べて今いる場所は真逆だ。
 大木は激しい傷跡を残し、表面には何か尖ったもので貫かれた大量の穴が目立ち、数多くが上から半分を失くしている。地面は生い茂った草はどこにもなく全て黒焦げ、辺り一帯に大木の上半分の部分が逃げ場を遮る形で落ちている。
 大木の中で生活してるエルフたちの住まいは全て跡形もなく燃やし尽くされ、エルフたちが住んでいた痕跡はもうどこにもない。
「まさか……ここまでの戦闘とは……」
 遠山は今立っている場所で起こったであろう悲劇を想像し、目に怒りが宿る。
「敵は容赦ないみたいだね」
 天音は黒焦げになった地面を触り、自然をここまで破壊する相手は自分が思っていた以上に油断ならない存在だと認識し直す。
「ここで活躍しようと思ってたのに……これはまずい。まずいですぞー!」
 今心の中で思ってるのかは不確かだが、思っていることが完全に口から漏れてるのは確かな守山。
「遠山くん……このレベルとおじさん戦ったらまずいので帰っても?」
 やばい!そう顔に書いてある守山は早々に戦線離脱を遠山に告げた。
「守山さん、残念だがもうそうしてる暇はなさそうだ」
 遠山は暗黒刀を抜刀し、南側の遠くから音を立てて近づいてくる存在へ構え始める。
「ひひっ⁉︎もう逃げれない。戦うしかないですぞー⁉︎」
 守山は錆びついた剣をブンブン振り回して恐怖を振り払う。顔は恐怖一色に染まっている。
 この人を連れてきたのは間違いだったか。
「守山さん、一緒に戦うんでしょ!もうここで覚悟決めないと殺されるよ!」
 現実に向き合わなければ、守山は真っ先にやられる。だからこそ俺は現実に向き合ってもらうべく力強く発言した。
「……っ⁉︎そ、そうですな!そうですぞ!ここで活躍する為に来たのにおじさんは……新道くんありがとう!頑張る!おじさんは頑張るゾーーーー!!!」
 雄叫びを上げる守山を見て少し安心した俺は100%安心出来るようにこの場で下級アンデット召喚を瞬時に発動させた。
「下級アンデット《サモン・スケルトン》《サモン・スケルトンソルジャー》《サモン・スケルトンウォーリア》《サモン・スケルトンアーチャー》《サモン・スケルトンスナイパー》召喚」
 スケルトンを100体。
 スケルトンソルジャーを30体。
 スケルトンウォーリアを40体。
 スケルトンアーチャーを20体。
 スケルトンスナイパーを10体。
 総勢200体を召喚させ終え、
「《サモン・スケルトンソルジャー》守山を守りながら一緒に戦え!《サモン・スケルトンウォーリア》守山が危なくなったら守れ!《サモン・スケルトンアーチャー》守山の攻撃をアシストしながら攻撃しろ!《サモン・スケルトンスナイパー》大木の木に登って姿を隠して待機!天音の合図があり次第、攻撃しろ!《サモン・スケルトン》この場で少し待機!」
 スケルトン全てに指示を出し終える。
 体の中に漲ってた力が半減したような気がする。
 これもスケルトンたちを200体出した代償として魔力を持っていかれたってことかな。
 俺は残り全ての魔力を1つの魔法に凝縮させる。
「炎魔法《爆炎》」
 俺の右腕に巨大な炎の球が出現する。大きさはだいたい5メートルといったところか。俺の中の魔力がもうほとんどないのを感じながら、だんだん音が近づいてくる南側へ爆炎を豪速球で投げる。
「いけーーーーーー!!!」
 爆炎を投げ放ち、叫んだ。
 爆炎は黒焦げの地面を焦がし、倒れていた大木の上部分を全て飲み込み突き進む。
 爆炎が通り過ぎた道は障害が何もない一直線の道に変わっていく。
 そして爆炎はズゴーーーン!!!と何かに激突し爆発した。
 爆煙と爆風がこの地に吹き荒れる。
「やったか?」
 遠山が爆風を片手で遮る。
「凄い風!僕はいつでも撃てるように大木の上にいるよ!」
 上部分がない大木に登りきった天音が大きな声で知らせる。
「新道くん、さすがだよ!これならいける気がして来た!」
 さっきまでとは雰囲気も表情もイケイケのエネルギーで漲っている守山は周りをスケルトンウォーリアに囲まれながら爆風を遮られている。
 あのくらいのテンションなら、もう安心かな。
 守山に対しての心配が完全にゼロになった俺は続けて、
「《サモン・スケルトン》南側へ走れ!次に敵の姿を捉えたら全力で倒せ!」
 待機させてたスケルトンに指示を出す。
 指示を受けたスケルトン100体が一斉に走り出した。
「あれでやってたら何も言うことないけど、念には念を入れないとな」
「新道ナイスだ。これで敵があれを喰らって生きていたとしても、こちらの懐へ入られる前に姿を認識できる」
「さぁーいるんなら出てこい。俺たちにお前らの姿を見せろ」
 直後、爆煙から姿を現した黒いコートを羽織った男2人。
「なっ⁉︎もう1人はどこに⁉︎」
「3人じゃなかったのか⁈」
 敵の姿を捉えた俺たちに、
「新道!真上!」
 天音が叫ぶ。
 天音の言葉を聞いた俺は真上を見た。
 空が青い。それに溶け込むように何か違和感があった。
「喰らいな。水魔法《針雨スパインレイン》」
 言葉が聞こえるのと同時に空の光を水で発射させて、完全に姿を隠していたもう1人の敵の姿が現れる。
 [対象:マリ・アームドラ LV60 推定脅威度:G]
 脳内に声が響くのと同時に不意を突かれた俺たちに細長い小さく尖った雨の粒のようなものが強烈に襲いかかってきた。
「ぐっ!⁉︎」
「なっ!⁉︎」
 俺たちは真上から降り注ぐ強烈な雨に襲われた。防具を頭から全身にかけてつけていない俺の体を雨の粒が貫き、視界を奪って行く。俺と違って、遠山は暗黒騎士の防具で完全に守られている。
 貫き治り貫き治りを繰り返しながら真上を見続ける。視界が途絶えても見続け、もう1人の敵が黒いコートを着た青髪の女であると知る。
 女だからと言って油断するつもりはない。
 マリは空中から下降してくる。
「嘘でしょ?私の水魔法喰らって無傷?……信じられない」
 マリは華麗に地面に着地し、俺と遠山を見た。俺の頭から足にかけて全身を目を大きく開けて見ると、
「貴方なんて無防備な体なのに……傷一つない。信じられないわ。貴方たち……何者?」
 口を大きく開けて指を指してくる。
「名乗る名前はない!」
 天音の声とともに銃声が1発鳴った。
「え?……なにこれ?」
 音に反応したマリは銃声に驚くそぶりはなく、頭目掛けて放たれた弾丸を頭へ直撃する数センチの手前で急に現れた水風船で受け止めていた。
「っ!」
 後方から天音が歯噛みする声が聞こえた。
「こいつ」
 あんな速い弾丸を止めるなんて……こいつできるぞ。
「貴方たち、こんな珍しい弾持ってるのね。あと少し魔法の反応が遅れてたら頭に当たってたとこだった。常時水魔法《緊急水風船アージェント・ウォーターバルーン》発動させてて良かったわ」
 水風船の中に勢いを殺されて浮かんでる弾丸をマリは目にし、弾丸が当たるはずだった箇所を軽く突いた。
「じゃーこれお返しするね」
 音はなかった。
「うわっ⁉︎」
 天音の悲鳴だけが聞こえた。
「やっぱりあの大木に1人いたわけだ。これは忠告。次撃ったら殺すよ」
 マリは冷酷に告げた。
 後方からの悲鳴を判断するに天音にあの弾を撃ち返したのか⁈
 まさかそんな……。
 いや、あの水風船にあった弾丸がない。
 こいつ、天音にそっくりそのまま返したのかよ⁉︎……信じられない。
「ワタシが聞きたいのは貴方たちは何者?どうしてエルフじゃない人間がこんな場所にいるの?敵かどうかわからないと殺していいのか迷うわ」
 マリは俺たちに余裕の態度を見せる。
「新道くん!あれ!!」
 今度はなんだ⁈
 俺は守山の方へ視線を向ける。
「あいつら、新道くんのスケルトン全部倒し終えるぞ!」
 その言葉を聞いて、スケルトン100体が向かった南側へ視線を向けた。
「嘘だろ」
 スケルトン全てを軽くあしらうように倒していく男2人の光景が目に入る。
 なんなんだ。あいつら。
 あの軽く倒す動作は⁉︎
 銀髪の男なんて指一本で突くように倒している。
 [対象:フリー・クロンゼル LV100 推定脅威度:C]
 なっ⁉︎100レベルだと!⁉︎
 もう1人のオレンジ髪の男は体格の良い肉体でスケルトンを体当たりで破壊している。
 まるで、走る列車じゃないか。
 [対象:ラージ・テンカムト LV70 推定脅威度:F]
 レベル70って、あいつは俺並みの強さなのか⁉︎
 全てのスケルトンを倒し終えたフリーたちが俺たちを遠目から見据える。
「ねぇ貴方たち、フリーたちを見るのはいいけど、ワタシの質問に対しても答えてくれない?」
 マリの声で我に帰る。
 俺は隣に立つ遠山へ視線を向けた。
 遠山の目は屈することのない強い眼差しのままだ。
 遠山はまだ戦う意思はあるようだな。
「俺たちはエルフを守りし勇者だ!」
 ここにいる遠山たち全員の背中を押すだけの力強い叫びを上げ、俺はマリのいる位置へ駆け出す。
「あっそ」
 それを聞いたマリはもう興味ありげな表情は瞬く間に消え、
「水魔法《針雨》」
 再び先程と同じ魔法を繰り出してくる。
「――ぐっ!!」
 遠山は両腕で目元を庇う。
「――もうそんな攻撃、俺には効かないぞ!」
 遠山が動きを封じられても俺だけは違う。雨のように激しく降り注ぐ細長く尖った針を全身に受けて貫かれようと前へ一歩また一歩と足を前へ踏み出す。
「……嘘でしょ⁈」
 片手を俺たちへ向けるマリは俺の行動を見て驚いた。
「なんで貫かれて治るのよ⁉︎」
「残念だけど、俺にあんたの攻撃は効かない!」
 マリへ拳を作った右手を振るおうとした瞬間、
「なかなかいい」
「――っ⁉︎がぁっ!⁉︎」
 フリーが前触れもなく現れ、俺の頬に強烈な一撃を入れた。
「新道!⁉︎」
 景色が変わる寸前、遠山の声が聞こえたが気がした。
「あいつは俺がもらう」
「はいはい。獲物としてロックオンしたのね。ならワタシはここにいる中でもそこで骸骨たちに守られた豚の相手をするわ」


 ♦︎


「はいはい。獲物としてロックオンしたのね。ならワタシはここにいる中でもそこで骸骨たちに守られた豚の相手をするわ」
 ……見てる。完全におじさんを見てるよ。あの子⁉︎
 マリ・アームドラっていう子がおじさんを見てくるー。ひぃー!
 おじさんは目から涙をこぼしそうになる。
「遠山くん!」
 助け舟を呼ぼうとするも、遠山くんもまたおじさんと同じようにオレンジ髪の男――ラージ・テンカムト――と相対している。
「守山さん、何を言いたいかはよーくわかる。だが新道の心配はいらない。新道なら必ず勝って私たちの元へ戻ってくる!」
 遠山くんは敵であるラージに暗黒刀を向けて構えている。
 遠山くん、そうじゃないんだ。おじさんが今言いたかったのは助けてください……なんだけど。もう遠山くんも助けに来れなさそうだから、覚悟決めるしかないよね。
「おじさんもそう思うよ。遠山くん、負けたら承知しないぞー!」
 震える手で錆びついた剣を強く握りしめ直す。
「守山さんこそ」
 遠山くんはそう言い残し、ラージとの一戦に集中して駆け出した。
 行っちゃった。
 でも大丈夫。おじさんの周りには新道くんが召喚してくれたスケルトンソルジャーからスケルトンウォーリアといった心強い味方がいる。
 天音くんはさっきの叫び声以降、声を聞けてない。……大丈夫だろうか?
「へぇー豚は豚でも戦う意思を持った豚だったのね。攻め応えがあるわ」
「誰が豚だぁー⁉︎おじさんは豚じゃない!守山賢というれっきとした名前があるわぁー!」
「豚に名前があるなんて初耳。でもごめんなさいね。殺す相手の名前を覚える主義は私にはないの」
「こんのーーああいったらこういう女は嫌いだぁあーーー!」
 おじさんは無我夢中で走る。
 走ると周りを囲んでいたスケルトンソルジャー達も走る。
 この数ならイケる!
 イケなかったら、もうどうしようもない。
 やばい。どうしよー。
 ……って、ネガティヴになるなー!
 ネガティヴになるくらいなら……後のことを今考えるな。自分!
 目の前に集中だー!
「豚の周りには骸骨。珍しい組み合わせだけど、ワタシを倒せるとでも?」
「たおせぇえーーーーる!!」
 おじさんより先行して走るスケルトンソルジャー15体が同時にマリへ攻撃する。
 スケルトンソルジャーの間と間を縫って、スケルトンアーチャーがクロスボウから矢を放つ。
 全ての矢がスケルトンソルジャーの間と間を通り抜け、マリへ迫る。
 イケる!
「水魔法《針鼠の防壁ヘッジホッグ・バリアー》」
 マリの全身を包み込むように突如出現した水玉。
 全ての矢が水玉に刺さり、マリへ当たることはなかった。
 スケルトンソルジャーの全ての攻撃もまた直接受け止め、水玉を割れなかった錆びついた剣を全部弾き飛ばす。
「剣がぁ⁉︎」
 剣が弾き飛ばされて驚いたおじさんに再び驚くべき光景が待っていた。
 武器を失ったスケルトンソルジャーが後ろへ後退しようとした時、水玉は一瞬にして360°全域に鋭利な長い針に形態を変化させたのだ。
「はぁあー⁉︎」
 針に貫かれたスケルトンソルジャー15体が身動きとれず、どうにか針から抜け出そうとするが抜け出せない。最後はもがきながら力尽きて消滅する。その光景を信じられず、目を大きく開けて見る。
 もうその場にスケルトンソルジャーの姿はない。
「……そんな……馬鹿なぁー⁉︎」
 走るその足を止めようとした。
 でも足を止めなかった。
 ここで逃げても状況が変わるわけはない。逃げれば、新道くんや遠山くんの方へ敵は行ってしまう。かえって2人の邪魔になってしまう。それだけはなんとしても、阻止しないといけない。
「骸骨で倒せるわけないでしょ?」
 マリは口に手を当てて、つまらそうに言った。
「水魔法《百発百中の斧投擲スローイング・アックス》」
 ざばぁんと水がマリの周りに出現し、人の腕を形作る。
 水の中から生えた腕20本の手には斧が持たれ、それぞれが此方へ斧を上下させながら投げる準備を始めだした。
「……な、なんじゃいなぁー⁈」
 そう叫んだ時には、斧は手から離れていた。ひゅーんとおじさんの真横を通り過ぎた1本の斧はスケルトンウォーリアに守られるように隠れていたスケルトンアーチャーの頭を割る。
 20本全部が同時に放擲され、全ての斧がスケルトンアーチャーの頭を割った。
「……o、OFu……」
 その全ての光景を振り返り見てしまったおじさんは額から汗を一滴垂らし、海外の人が驚いた時に言いそうな言葉を口ずさんだ。
 マリはスケルトンアーチャーが消滅したのを確認し、
「これで隙を狙って攻撃してくる骸骨はいないわね」
 水で形取られた腕を液状に変えて消すと同時におじさんの周りにいる骸骨たちを選別するように見た。
 やばい。
 新道くんが出してくれたスケルトンアーチャーまで……やられた。
 まずい、まずいまずい、まずいぞー!
 まずい状況でも逃げられないんだぁー!
「うぉおおおおお!!!」
 ここから逃げようとする自分の弱さを自分の中から消すように雄叫びを上げた。
 スケルトンソルジャー残り15体は、おじさんの左右にいる。
 スケルトンウォーリアは北西東南全てに10体ずつついてきている。
 おじさんがどこから攻撃されてもいいように守ってくれている。
 おじさんの前を守り走るスケルトンウォーリアが盾を前に構え、低い姿勢のままマリへ体当たりする構えを取り出す。
「この壁ならどうだぁあ!」
「馬鹿ね」
 余裕の笑みは崩れない。
「水魔法《長剣の舞踏会ロングソード・ボール》」
「……ぉぃぉぃ、そんなのありかぁあ⁉︎」
 おじさんはそれを見て、目を丸くさせた。
 マリの目の前に先ほどの斧の比と比べるのがバカバカしくなるほど、水で作られた長剣が目で数えられないほど大量に出現したのだ。
 数多くの剣が盾を構えて体当たりしようと走ってくるスケルトンウォーリアへ剣先がシャキッと向く。
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 マリが言葉を放った途端、全ての剣が踊るようにスケルトンウォーリアの盾を、骨を、兜を、鎧を完膚なきまでに破壊尽くす。
「……な、な、な、なんなんだぁあー!」
 マリへ向かったスケルトンウォーリア10体なすすべなく破壊され、消滅した。
「骸骨で倒せるわけないってさっき言ったわよね?」
 次はおじさんがマリを相手する番だ。
 とうとう出番が回ってきてしまった。
 オワタ!
 頭を今すぐ抱えて、そう呟きたい。
 もう頭の中でどんな攻撃手段を選んでも勝てない。
 頭で何度も今シュミレーションしても自分が勝つ姿を想像出来ない。
 負ける。
 血の気が引くのがわかる。
 これは行っちゃダメなやつだ。
 今すぐ引き返そう。
 今引き返せば、助かる。
 逃げれば、負けたことにはならない。
 そうだろう?守山賢?
 おじさんは心の奥底から警告を発する自分の心の声を聞いた気がした。
 逃げたい。
 逃げられるなら今すぐ逃げたい。
 でも……でも……。
 新道くんたちの姿が目に浮かぶ。
 ここで逃げたら……。
 ここで敵前逃亡してしまったら……おじさんは新道くんや遠山くんを裏切ることになる。
 そんなのあとで謝れば、済むじゃないか?
 済むわけない。
 もしここで逃げれば、もう一生新道くんたちに合わせる顔がない。
 男なら新道くんたちに言ったことくらい実行しないで、この場を逃げるわけにはいかない。
 あっさり逃げたら凄く楽だろう。
 それでも、おじさんは逃げない。
 胸を張れる自分にここでならないで、いつなるっていうんだぁあー!
 マリとの距離が剣が届く範囲に入る。
「自分に負けてたまるかぁあー!!」
 剣を持った右腕を真上まで上げ、
「とぅ!」
 地面を大きくジャンプする。
 ジャンプといっても、ほとんど飛んではいなかったが……。
 腕を組んだマリがおじさんの顔を見る。
 腕を組んだ状態から動かない。
 顔の表情も変わらない。
 それほどまでにおじさんに対しての脅威はないってことなのかぁー!
 右腕を今出せる限界の速度で振り下ろす。
 右手に持った錆びついた剣がマリに直撃し――
「水魔法《緊急水風船》」
 たと思った。
 ポヨーン!
「……なんで!⁉︎」
 マリにおじさんの強い思いを乗せた剣は届かなかった。
 直撃する一瞬前、マリを守るように水で出来た風船が天音くんの時同様に現れ、おじさんの握る剣はそれに直撃した。
 風船は振り下ろした際の勢いを吸い込むように剣を内側まで深く入れ込ませる。次の瞬間吸収した反発力をそのまま跳ね返された。
 当然剣は振り下ろした時と同じ速度で、おじさんの腕ごと強引に振り上げた。
 まるで逆再生だ。
「っとっとっと!」
 真後ろまで振り上げられた剣は、おじさんの重心を簡単に崩した。
「あたっ!!」
 バランスを崩したおじさんは後ろへ一歩二歩三歩と自分の意思とは無関係に下がらされて、終いには地面にお尻から尻餅させられた。
 恥ずかしい光景を敵に見せてしまった。
 マリは尻餅ついた俺を見て、「ふふっ」と吹いた。
 笑われた。
 耳が熱くなる。
 マリのニヤついた表情を見て、頬まで熱くなっていくのがわかる。
 バカにされた。
 おじさんは……ここでも役立たず……なのか?
 今までの人生で失敗してきた黒歴史が数多く記憶から呼び起こされる。
 ……いつも、いつも……どうして、おじさんは肝心な時に駄目なんだぁあー!
「わかったでしょ?ワタシに勝てないのが?」
 マリの言葉がおじさんの心に強く刺さる。
 勝てない。
 どうやっても勝てない。
 負けだ!……負け!
 最初っからそうなると思った。
 終わりだ。
 おじさんが尻餅ついて地面に座り込んでる間も、おじさんを守ろうする残り30体のスケルトンウォーリアが次々と消滅していく。
 おじさんの時は長剣すら使わなかったのに……スケルトンウォーリアには使うのかよ。
 おじさんはスケルトンウォーリア以下ってことか。
 スケルトンソルジャーもウォーリアの数が少なくなっていく毎にマリを倒す為に俺の前に割って入ってくるが、全く歯が立たない。
 長剣はスケルトンソルジャーたちを倒す毎に華麗な動きを見せる。
 まるで……舞踏会だ。
「豚を守る骸骨の盾も剣も、もういないわよ」
 長剣の舞踏会に目を奪われていたおじさんにマリが声をかけてきた。
 周りを見渡すとさっきまでいたはずのスケルトンウォーリアやスケルトンソルジャーたちが1体もいない。
 全て消滅している。
 この場には……もうおじさんだけ。
 詰んだ。
 オワタ。

 おじさんは地面に大の字で倒れ、
「くっ、おじさんを殺せ!」
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「諦めるなー!撃てー!」
 天音くんの張り裂けそうな大きい声が聞こえた。
 そして四方八方から銃声が聞こえる。
「ま、まさか!」
 目を開け、辺り一帯の大木を見回す。
 大木の陰にはスケルトンスナイパーの姿が確認できる。
 今まで気配を感じないと思ったら……息を殺してチャンスをうかがってたのか!
「モリケンそこから早く離れろ!」
 銃声が響く中、天音くんの声がした。
「す、すまないいいいい!」
 頭を両手で覆い、その場から全速力で逃げる。
「逃さない」
 後ろからマリの声が聞こえた。
 やばい。
 めちゃめちゃ視線が刺さる。
 見られてる見られてるー!
 おじさんが見ていない後ろでマリは長剣を1本おじさんに向けて放ってくる。
「モリケン、横に飛んで!」
「ままよ!」
 天音くんの叫び声の言う通り、無我夢中に左へ飛んだ。
 スッ!
 右足に何かがかすったのを感じる。
「モリケンもっと早く走れ!」
 地面に倒れ込んだおじさんは再び立ち上がり、走る。
「天音くん、無茶言うなぁあー!もうさっきから息切れ寸前なんだバカヤロォおー!」
 どこにいるかもわからない天音くんにそう叫び、おじさんは空を仰ぐ。
 空は青い。
 空を見てるだけで、平穏な日本を思い出す。
 あーーこんなことなら魔法少女ペペロンティーンの最終話、先行上映回に行っておくべきだったぁあー!
『勇気元気があれば負けない。頑張れペペロン』
 主役のペペロンの声が頭に響く。
 こんな時におじさんの頭はペペロンの声を記憶から再生してくれるなぁあー!
 どうにかしてでも最終話見たくなるだろぉおーーー!!
「そんな声出せる元気があるなら大丈夫!モリケン絶対に逃げきれ!」
 銃声はいまだに続いている。
 続いてるんだが最初の頃よりも銃声の数が減っているような気がした。
 天音くんを心配する余裕がないおじさんは無我夢中で走った。
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