ダレカノセカイ

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episode.04

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 2日目。
 俺は目を覚まし、上半身を伸ばしてベッドから立ち上がる。
 どうやら敵が襲ってきた様子はないな。
 扉の施錠がしっかりなってるのを確認し、そう確信した俺は寝室を出る。
 寝室の外はシャンデリアの光がついて明るい。
 眩しい。
 暗がりの寝室から出た俺は片手で目を覆い、光を遮る。
 今何時だろう。
 階段のすぐ横に置いてある時計を目で見ると時計の針は7時を指している。
 朝の7時か?夜の7時か?どっちかわからないが俺的にはさっきまで寝ていたのもあって、朝の方だなと何も根拠はないがそう決める。
 階段を降り、食堂の方へ向かうと食堂の方からグツグツと料理を作る音が外まで聞こえる。
 朝から誰だ?早起きだな。
 俺は食堂の中に入る。
「おはようございます」
 中に入った俺を出迎えるように厨房から亜門が挨拶してきた。
「おはざまーす」
 俺は亜門を見て挨拶を返す。
「亜門さん早いですね」
「ええ、朝4時から起きてますよ」
「え!そんなに早くから⁈」
「主婦の日課ですもの」
「そういえば、亜門さん主婦って言ってましたね。あ!昨日のカレー美味しかったです」
「あらあら、そう言ってもらうと嬉しいわ」
「亜門さんにしか作れない独特な味で美味すぎでした。俺もう腹が減ってたのもあって、がつがつ食べました」
「その歳だと食べ盛りだもの。何杯もおかわりしてたから、あなたのことはしっかり覚えてるわよ」
「あざます。あのー俺が手伝えることとかありますか?」
 俺は亜門と話をしながら厨房で何か手伝えることがあるんじゃないかと思って足を進めてた。
「そうね。もうほとんど終わってるから、あなたには朝食をテーブルに運んでもらおうかしら」
「わかりました」
 そう答え、俺は亜門が作った朝食を配膳で受け取り、人数分テーブルに運んで並べていく。
 厨房に何回か行き来していると食堂に「おはよう」と遠山が入ってくる。
「遠山おはよう」
「新道早いな。もう朝食は出来てるのか?」
「出来てるよ。亜門さんが昨日に続いて今日も作ってくれてるんだ」
「そうか。亜門さん朝食を作ってくださり、ありがとうございます」
「いえいえ。私にはこんなことしかできないわ。遠山さんのお役に立ててよかったわ」
 遠山からお礼を言われて頬を染める亜門は両手で頬を覆いながら、そう答えた。
「ん?その手はどうされたんですか?」
 配膳の手伝いに来た遠山は亜門の左手に数枚貼られた絆創膏を指差す。
「あ!本当だ」
 俺もそう言われて気づいた。
「あーこれね。これはちょっと考え事をしていた時に包丁で切っちゃったのよ」
「なるほど。包丁で切った怪我でしたか。それは痛かったでしょう」
 遠山は亜門の元へ近づき、絆創膏が貼られた左手を掴む。
「そこまで深くなかったから大したことないわ」
 微笑みながらそう答える亜門に対して、遠山は左手を掴んだまま、「ちなみにその絆創膏はどこで?」と真剣な表情で問いかける。
「……ぇ?……なんでそんな事を聞くの?」
「私は昨日新道と一緒にこの屋敷内を全部見て回った後、もう一度危険なものがないか一通りチェックするために全ての部屋を隅々まで目を通していたんですよ」
「……それで?」
「私の記憶には亜門さんの貼っている絆創膏はどこにも見かけなかった。それなのにどうしてどこにもなかったはずの絆創膏を亜門さんは貼っているのか少し気になったもので亜門さんに直接今確かめてるんです」
「……あらあらあら、そうだったの?そうね。この絆創膏はどこだったかしら?私も覚えてないけど、怪我をした時に見つけたのよ」
 微笑んだ表情で答える亜門。
 遠山が何を考えてるのかは俺にもわからない。わからないが遠山が真剣な表情をする時は大抵何か思う事があるときだけだ。
「……そうですか。亜門さん自身が覚えていないのであれば、追求しませんが昨日解散する際には怪我はされてませんでしたよね?」
 確かに。言われてみれば、そんな気がするぞ。ってことは今日の朝怪我したのか?だったら覚えていてもいいはずなのに……どうして?
「……そうだったかしらね?」
 遠山の質問に煮えきらない回答をする亜門。
「……」
 亜門の目をじっと両目で見つめる遠山。
 2人ともどうしたんだよ?
 さっきまでの雰囲気と違って、もうほぼ険悪な雰囲気に様変わりしてるじゃないか。ここは一旦話に割って入るべきか。
 色々と頭の中で考えていたところで、食堂の入り口に視線を向けた亜門。
「……ほらほら、こんな話をしてる間に他の人たちが起きて来たわ。遠山さん、早く運び終わらせないといけないから手を離してもらえるかしら?」
 入り口へ視線を向けると俺たち以外に目が覚めて起きてきた天音たちが続々と食堂にやってきていた。
「わかりました。変な質問をしてしまい、申し訳ない」
 遠山もまた他の人たちがいる中で、この状況を続けるわけにも行かずに亜門の左手を掴んだ手を緩めて離した。
「早く並べ終えなくちゃいけないわね」
 配膳を自ら運んで行く亜門は遠山の横を通り過ぎた際に口元をニヤリとさせる。
 この時の俺の目は、それを見逃さなかった。


 ♦︎


 全員が食堂に揃い、朝食を食べる。
「みんな食べながらでいいから聞いてくれ。昨日から今日にかけて、この階層に今現在敵の姿は見当たらない。敵がいない以上、今までは敵を倒せば扉が開くというシンプルなものだった考えを捨てて、ここからは次の階層へ進む手段は別にあると考えるべきだと私は考えている。今回は何かしらの手がかりがきっとこの屋敷の何処かにあるはずだ。我々全員の力を合わせて、手がかりを見つけるべく本日は動きたいと思う」
 遠山の言葉を聞いた全員が頷く。
「お兄ちゃんお兄ちゃん」
 そんな中、俺の隣で食事を取る小学低学年の女子――山村夏奈華やまむらななか――が足をパチパチ叩いて声をかけてきた。
「ん?どうした?」
「あのね、ななかね。昨日見ちゃったの」
「ん?何を見たの?」
「夢でね、こわーい怪獣さんがななかを食べようとするの」
「へぇー怖かったね」
「うん、それでねそれでね」
「うんうん」
「ななかが食べられそうになったらね。お兄ちゃんが怪獣さんを倒しにきてくれたのー」
「へぇー、ん?……もしかしてそのお兄ちゃんって俺のこと?」
「そうだよ、お兄ちゃんだよ」
 夏奈華ちゃんは俺を指差す。
「俺が夢に出てきたんだ。凄いねー」
「お兄ちゃんがななかを助けてくれたのー。ほんとにほんとにこわかったんだよー。お兄ちゃんがこなかったら、ななか怪獣さんに食べられてたかも」
「夏奈華ちゃん、もしも怪獣さんに食べられそうになったら大きな声でお兄ちゃんって叫んでくれたら俺が飛んで夏奈華ちゃんを助けにくるからね」
「うん。ななかぜったいにね、お兄ちゃんを呼ぶ。だから怪獣さんをぜったいにやっつけてね」
「わかった。お兄ちゃんとの約束だ」
 夏奈華ちゃんと一緒に小さな声で「ゆびきりげんまんうそついたらはりせんぼんのーまーす、ゆびきった」と指きりした。
「……ということで、我々一丸となって頑張ろう」
 夏奈華ちゃんと話をしていて遠山の話を途中から聞かずに話が終わったタイミングで遠山の話も終わった。

 その後、朝食を食べ終えた人から各自行動を開始し始める。
 遠山に話の内容を確認しに行ったら、昨日と変わった点がないかを各自で確認してもらい、おかしな点を見つけたら自分に教えてくれとのことだった。
 他に亜門のことを聞きたかったが、遠山の周りには終始両側にくっついていた千葉や戸倉がいたために聞くことは出来なかった。
 俺は遠山と話し終えると食べ終えた食器を片付けに厨房に向かう。
 厨房には亜門が1人汚れた食器などの洗い物をしていた。
「あら、食器を持ってきてくれたの。ありがとうね」
 亜門は俺が厨房に入った瞬間、遠山を意識したのか俺を睨んだ。だがすぐに普段通りの表情に戻り、俺が持っていた食器を見てお礼を言いながら受け取ってくれた。
 やっぱり遠山と話してから様子が変なような気がするな。亜門さんがどんな人かを詳しく知らないからどうとも答えられないけど、俺が見た感じ温厚そうな人だと最初話をした時に思ってた。そんな人があんな物騒な目つきをするなんて考えられない。
「あらあらあら、どうしたの?まだ何かあるかしら?」
 考え込んでいた俺の顔を覗くように亜門の顔がすぐ目の前にある。
 いつのまに……。
「いや水洗いしてて左手大丈夫かなと思って」
「あらあら心配してくれたの?嬉しいわ」
 目の前から一歩も引き下がらない亜門を見て、遠山が気になるのが分かる気がした。
 目は笑っているが、眼の奥は笑ってないような気がした。
 亜門さんには何かある。そう断言したくなる何かがある。そう感じた俺は「じゃー俺は戻ります」と一言伝えると厨房を出ようとした。
「……私はてっきりあなたも遠山さんと同じく疑い深い人種で、左手の絆創膏をどこで手にしたのか気になったら答えが分かるまで執念深く調べるのかと思ったわ」
 朝会話した際とは違う冷たい言葉。
 今後ろにいる亜門さんはどうな顔をしてるのだろうか?
「そんなことはしませんよ。本気で左手の怪我を心配しただけです」
「……そう。ならいいわ」
 俺は亜門の方を振り返らず、厨房を後にした。


 ♦︎


 あらあらあら、バレちゃったわね。
 思ってた以上に彼らは頭が回るわね。彼らにバレるのが早くて驚いたわ。
 てっきり今回の来訪者たちは今までと同じ馬鹿どもだと思ってけれど、少しは骨のある人間がいるじゃない。
 第1回目の『いつ気づくかゲーム』をこんな早くに突破した彼らが正体に気づくのも……このままでは時間の問題ね。まさか屋敷内全てを見ていたなんて、あの彼やるわ。絆創膏があるかないかなんて普通気づかないわよ。なのに会ってすぐに気づくなんて……。
 つくづく早いとこ片付けたいものね。
 でも彼らはレベルが高いから手を出したくても手を出しようがないわ。
 昨夜、彼の寝首を襲おうとしたけど……1人は全身鎧で手出し出来ないように寝てると思えば、もう1人は無防備な状態だったというのに牙は通らなかった。
 本当に今回は今までに見たことない来訪者たちだわ。
 さぁー次は誰を襲おうかしら。

 そう思ってたら、いるじゃない。
 あんなとこに1人で不用心ね。
「あらあらあらあら、おじいさん……いいところにいたわ。どうしたのかしら?」
「わしゃー昨日風呂場に入れ歯を落としてきたようなんじゃ」
 大浴場には今誰もいなかったわよね?
 さっき彼は遠巻きの2人にくっつかれて動けそうになかった。もう片方の彼も2階に上がって行ってたものね。
 絶好のチャンス。
「そうなの?あらあらあらあら、困ったわね。私も手伝いましょうか?」
「助かるのーありがとさんありがとさん」
 薄汚れた手で握手してんじゃないわよ。このくそじじい。
「じゃー行きましょうね」

 これで2人目ね。


 ♦︎


 探して見ても探して見ても、どこにも手かがりがない。
 どうすればいいんだ。
 俺は自分の寝室にいた。
 まずは昨日一夜を過ごした寝室から探し始めてみたが、一向に手がかりらしきものはない。
 遠山は2回も屋敷の中見てるんだから、手かがりなんてないんじゃないかと頭を少しよぎったりするが遠山が手かがりがあるって言うのならあるはずだ。もうそうじゃなかったら次の階層へ進むための手段はないと思えた。
 八方ふさがりになる前になんとか手かがりを見つけてやる。


 ♦︎


 僕は夏奈華ちゃんたちと3人で玄関のすぐ横にある待合室にいる。
 小学生2人が探検気分で探している姿を時々見ながら、待合室の棚に入った本をどかしていく。
 遠山さんはあー言ってたけど、本当に手かがりあるのかな?
 全員で力を合わせれば、今日中にはもし手かがりがあったとしても見つかるよね。見つからなかったら遠山さんどうするんだろう?
「ねぇねぇ、ここどうかな?」
「ある?」
 暖炉に目をつけた夏奈華ちゃんたち。
 暖炉の中に両手を入れて必死に探す小学低学年の女の子――宮村彩花みやむらあやか――を横で見る夏奈華ちゃん。
「……ううん。ない」
 ガックリした様子を見せる彩花ちゃん。
 あんなとこを探そうとは思わなかったなー。夏奈華ちゃんたちにしか見れない視点ってあるもんなんだね。こーいう時は大人の視点で見るのも必要だけど、小学生の視点で探す方が見つかりやすいのかもなー。
 だいたい小学生って、かくれんぼとか好きだろうから見つけるのなんてお手の物そう。
「次はどこ探そー?」
「あやかちゃん、手がまっくろ」
 暖炉の中から出てきた彩花ちゃんの両手は炭で真っ黒に汚れていた。
 うわーー、あんな汚れ方はしたくないかも。
「わぁーまっくろだー。どうしよ?手洗いにいってもいい?」
「いいよ。あっ!あやかちゃんあやかちゃん、その手で顔触っちゃだめだよ」
 夏奈華ちゃんは汚れた手で顔を触ろうとする彩花ちゃんを注意しようとしたけど、数秒言うのが遅かった。
「あっ⁉︎やっちゃった!」
 触って初めてそのことに気付いた彩花ちゃんは口を大きく開けて、夏奈華ちゃんにそう言った。
「わぁー、あやかちゃんの顔まっくろだー」
「えぇーーくろい?」
 彩花ちゃんを指差す夏奈華ちゃん。
 指差された彩花ちゃんは顔がどうなってるのか気になって気になって仕方ない様子。再び顔を触ろうとするも、直前で手を止める。というか夏奈華ちゃんが彩花ちゃんの触ろうとした手を掴んで止めた。
「うん」
「じゃー洗いに行こー」
「うん」
 2人は手を繋いだまま、暖炉から入り口までぱーっと走り出す。
 あっ。
「2人とも、ちょっと待って」
「「ハルちゃん、なにっ⁉︎」」
 僕のことをハルちゃん呼びにする2人が僕の呼びかけに応えて、扉の前で振り返る。
「僕は行かなくて大丈夫?」
「「うん」」
「わかった。いってらっしゃい」
「「はーーい」」
 2人は腕を上げて返事すると走って扉の外へ出ていった。
 本当に子供って元気だなー。
 そういう僕も子供の類に入るんだけど、もうあんなはしゃげる体力ないよ。
 2人の元気さを見習って、2人が戻ってくる前にこの部屋を探し終えるぞー。
 さっきよりやる気を出した僕はとりあえず棚の中の本を次々に出して、棚の中に何かないか確かめていった。


 ♦︎


 あーまずい。本当にまずい。
 こんな老いぼれの肉を食べるもんじゃないわね。あー後味が悪いわ。
 さぁー大浴場に彼らがきたらどう反応するかしらねぇ?
 あの老いぼれの防具カードはポケットの中にしまってある。あるのは血溜まりだけよ。
 あれを見た彼らは誰かがここで殺されたと思うでしょうね。そして敵が既にこの屋敷にいると関連付けるかしら?
 関連付けなかったら今までの無能な馬鹿どもと一緒。あの彼らに限って、そんなお粗末な判断はしないでしょう。
 彼らがあれを発見後に第2回目の『犯人から仲間を守れゲーム』を始めて、彼らがいったいどれだけの人数を守れるか試させてもらうわ。
 もし犯人である自分を見つければ、即返り討ちにあうでしょうね。それでもこのスリルを楽しまずにはいられないわ。早く血溜まりの現場を見にきなさい。そして――。
「あれー?おばちゃんどうしたの?」
「ほんとだ。おばちゃん、口にいっぱい赤いのがついてるよ?」
 あらぁ?口に血をつけたままだったわね。
 この姿を彼らに見られてたら今この場でやられてたわ。
「……そうね。ありがとう。お嬢ちゃんたちはどうしたのかしら?」
「うんとね、あやかちゃんの顔と手を洗いにきたの」
「あらあらあらあら、本当ね。これどうしたの?暖炉の中にでも顔と手突っ込んだのかしら?」
「ちがうよ。あやかちゃんはね、両手で探してたの」
「何かないか探してたのー」 
「そう……それは運が良かったわね。そんな場所を探したおかげで、ここにきたんですもの。本当に運がいいお嬢ちゃんたちね」
 さて喰うか。
 後味が悪い老いぼれの肉を喰った後にこんな極上で新鮮な柔らかい肉を食べれるなんて……ついてるわ。
 まずどっちから喰うかしら。
「お嬢ちゃんたち、ちょっとこっちにいらっしゃい」
「なに?」
「なにかあるの?」
 手招きをすると2人とも警戒心ゼロで近づいてくる。
 馬鹿ね。本当に……馬鹿な子。
 顔面が汚れたのを後に回して、汚れてない綺麗なのを先に喰おう。
「いたっ!おばちゃんいたい!」
「いたいよいたいよ!」
 2人の手を力強く掴み逃げられなくする。
「つーかーまーえーたー」
「なに?おばちゃん?はなして、ななかの手いたいよー」
「おばちゃん、いたいっていってるのわからないの?」
「ばーか。離さないわよ」
「なんで?ななかたちに……なんでそんなことするの?」
「おかしいよ、おばちゃん」
「黙れ」
 ポキッ!
 軽く捻ったつもりが汚れた方の腕を折ってしまった。
「ぁぁあああああああ‼︎!」
「あやかちゃん⁉︎あやかちゃん⁉︎」
「あらやだ。ごめんなさいね。うるさかったからつい力が入ったわ」
 叫び声が大浴場に反響して大きくなる。
「おにいちゃーーーーん‼︎!」
 あらっ、やだ⁉︎
 一瞬だけ力を抜いてしまったわ。
 力を抜いたその一瞬、掴んだ手を解いたもう片方が大声を上げて大浴場から逃げる。
 まずいわね。こんなに大声で叫ばれたら、彼らが来ちゃうじゃない。
 腕をへし折った方の首をゴキッとへし折り、もう片方を追いかけずにそのまま見逃す。
 早くしないと来ちゃうわ。
 あのガキ、よくも逃げてくれたわね。
 あとで絶対に殺してやるわ。
 逃げる片方の後ろ姿に殺意を向ける。
 誰かがやってくるのも時間の問題ね。
 大きく開いた口で新鮮なガキの肉を堪能しながら早口でほうばり食べる。
 んーーーうまいわ。この味よ。あんな老いぼれの肉では出せない新鮮で極上な味。美味よ。こんな柔らかな肉を食べれるなんて……至福し・ふ・く
 この味を覚えたら、あのガキも絶対に食べてなくちゃいけないわね。


 ♦︎


「おにいちゃーーーーん‼︎!」
 ん⁉︎この叫び声は……まさか⁉︎
 夏奈華ちゃん⁉︎
 俺は寝室から飛び出した。
 2階から1階を見ると慌てた様子の夏奈華の姿を捉える。
「夏奈華ちゃん⁉︎」
 階段で降りるのは時間のロスだ。
 このまま直接行く。
 俺は2階の廊下から1階へ飛び降り、1秒もかからずに着地すると夏奈華の元へ駆ける。
「夏奈華ちゃん、どうした⁉︎」
「お兄ちゃん⁉︎お兄ちゃーーん‼︎」
 夏奈華は俺の顔を見るとホッと安心したように飛び込んでくる。
 飛び込んで来た夏奈華を受け止め、俺は背中を優しく摩る。
「夏奈華ちゃん、あんな大きな声出してどうしたの?また怖い夢でも見た?」
「ちがうの、そうじゃないの。おばちゃんが怪物さんだったの!」
「……おばちゃんが怪物さん???」
「うん。あやかちゃんが、あやかちゃんがその怪物さんに襲われてるの!お兄ちゃん、助けて!」
 夏奈華ちゃんの言ってることがイマイチわからない。でもこの切羽詰まった様子から夏奈華ちゃんの言ってることが間違いないことは歴然だ。
「どこ?あやかちゃんはどこにいるの⁉︎」
「お風呂場、お風呂場にいるの!」
「わかった」
 俺が夏奈華から話を聞いているところで、天音が待合室から飛び出してくる。
「新道!それと夏奈華ちゃん!どうしたの⁉︎」
 夏奈華が泣きじゃくり始めるのを見た天音は血相を変えて駆け寄ってくる。
「話はあとだ。夏奈華ちゃんを頼む!俺は大浴場に行ってくる。他の連中が来ても絶対に大浴場に行かせるな。遠山や守山が来たらすぐに大浴場に来てくれと伝えてくれ」
 そう天音に伝えると俺は大浴場に全速力で向かう。
 脱衣室へ入るが誰の声もしない。
「彩花ちゃん、大丈夫か⁉︎」
 返事は返ってこない。
 脱衣室から大浴場へ入る入り口が両扉開いてるのを目にし、その次に大浴場の中に広がる血溜まりに視線が行った。
「なんなんだこれは⁉︎」
 血溜まりの中には2枚のクリスタルカードが置かれている。
 手に取って見てみると漆黒スーツの防具カードだ。
 2枚あるってことは……2人やられたのか⁉︎
 大浴場は湯けむりが上がっていて奥は見えない。
「誰か他にいるか?いたら返事してくれ!」
「……いるぞ」
 か細く震えた声が耳に入る。
 声のした方へ一歩一歩慎重な足取りで進んで行くと丸田が体を蹲らせて、大浴場の隅っこで震えていた。
「敵はどこに?」
「わしゃー、入れ歯を取りに来たんじゃ。そしたら若いおなごが急にあの子達を襲い始めたんじゃ」
「な⁉︎なんだって⁉︎」
 この丸田が言っているおなごが誰かはわからない。ただ頭を掠めさせる人物は1人だけいる。
 亜門だ。
 もしやと思ったが、そんな馬鹿な話があるかとも思う。
「その人の名前は⁉︎」
「……亜門……料理を作っておったあの主婦じゃ!」
「なっ‼︎?」
 直後、俺の頭の中で今日一番気になって仕方なかった人物の名前が丸田の口から出てきてかなり驚いた。
「亜門さんはどこに⁉︎」
「わからん。わしゃーこの体勢で逃げて行く姿は見えとらんかった」
「……てことはまだここにいるかもしれないわけだ」
 俺は湯けむりの中を目を凝らして見渡す。
 しかし人影はない。
「新道‼︎」
「新道くん‼︎!」
 大浴場の中の光景を目にした遠山と守山が事態を理解して、大浴場の入り口から中へ入ってくる。
「2人とも敵だ。やっぱりこの階層には敵がいた!」
「な!なんだと⁉︎」
「敵は!その敵はどこに⁉︎!」
「敵は2人がここに入ってきたとなるともう脱衣室の外に出て逃げたか。まだこの中にいるかだ」
「なぬっ⁉︎やばい時にきてしまった」
「落ち着け守山さん。それで敵の気配すらしないが本当にこの大浴場にまだいるのか?」
「わからない。とりあえず俺は左を。遠山は右を。守山さんは入り口を見張ってて」
「わかった」
「了解」

 その後、俺たちは大浴場を見て回ったが敵の毛一つ見つけられなかった。
 あったのはクリスタルカード2枚と犠牲者たちの血溜まりだけだった。


 ♦︎


 遠山は全員を食堂に集め、先ほど起こった出来事と事実を伝えた。
 亜門に襲われて生き残った夏奈華は「ななかね、あのおばちゃんに襲われかけたの。……それでね、あやかちゃんが……あやかちゃんが……ぐすっ……うぅ襲われてたのに逃げることしかできなかったの」と俺の膝元に座ったまま話し、丸田は「わしゃー入れ歯を取りに行ったんじゃ、そしたらあのおなごが急にあの子達に襲いかかってのー。腰が抜けて丸まっておくしかできなかった」と体を震わせて話した。
 2人の証言を直接その場で聞かされた誰もが驚愕した。
 亜門が今どこにいるかはわからない。
 ただ分かってることは天音の生命探知で探しても見つからない。どういう手段を使ったのかは分からないが何かしらの抜け道か生命探知をかいくぐれるようなものがあるのかもしれない。
 そして亜門が俺たちの仲間を襲ったことだ。これが一番の驚愕であり、信じられない話だ。あんな温厚そうな人がどうして?と思う反面、あの冷たい言葉を言い放ったり口元をニヤリとさせた亜門のもう1つの裏の顔を知っている俺からしたらやらかしそうな気もしないでもなかった。
 遠山も俺と同じようにそう思っていたようで、不可解な点であった絆創膏の話もこの際全員がいる前で話していた。
 今思うとあの絆創膏はどこで手に入れられたのか?俺たちと同じタイミングでこの階層に辿り着いたというのに亜門にしか見つけられない隠し部屋や気付くことが難しい何かを見つけてしまったのか。
 俺たちがここまで一緒に行動してきた亜門を信じたい。だが俺以外の全員がほぼ黒と確定し、亜門を見つけ次第速やかに敵と判断し攻撃するとこの場で即決まった。
 亜門がどこに潜んでいるか不明な以上、俺たちは1人で行動せずに複数人で行動するように遠山は強く言っていた。寝室で寝る際もまた1人でなく2人もしくは3人以上で固まって寝る事は全員満場一致で決定した。


 ♦︎


 わしの機転が利いておると思わんか?
 あの場で逃げておれば、彼奴と鉢合わせになって殺されておっただろう。
 わしがまさか姿を変えられる存在とは誰も気づかなければ、気付く事も不可能。あの現場にはポケットにしまっておったクリスタルカードも一緒に放棄した。放棄しなければ、わしがなぜクリスタルカードを持っておるのか怪しまれる。所有者権限を放棄してしまえば、もう誰があのカードの所有者かは分からん。そして一番のわしの有利な点は亜門とかいうおなごを昨夜殺した際に入手したカードは厨房にあるカードの山場の一番下に置いておる。あの場であれまで持っていれば、人数が合わなくなり、全く知らない存在がこの屋敷にいることが彼らに判明してしまうとこだった。
 あー我ながらわしゃー天才だ。
 彼らは絶対に気づけない。
 気づけずにわしがなぜ人を襲ってるのかとわしの姿で人を襲ってる現場を目撃した人間はまた次にそう思うわ。
 謎が謎を呼び誰が犯人かさっぱり分からなくなり、更にどんどん沼の底へと思考は沈んでいく。その時が狩時だ。
 そんなことを考えてる間に彼らは全員に事態の説明から今後のことまで話し合いまで始めよった。
 ほほほっ、まさかここまで徹底した話し合いを彼らはするのか。
 さすがはわしが敵わんレベルに達してるだけのことはあるわ。
 しかし、わしゃー諦めとらんぞ。
 彼ら以外にはわしのレベル以下の雑魚どもがまだまだわんさかいる。殺そうと思えば、彼らの目をかい潜ってでもヤッてやる。
 さて、第2回目『犯人から仲間を守れゲーム』スタートじゃ。といっても既に彼らは犯人を確定してしまったが、まさかわしがあの亜門の姿をしておったとは思うまい。このまま亜門が犯人だと決めつけておれば、まだまだわしゃー殺すぞ。
 わしと彼らの勝負といくか。
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