ダレカノセカイ

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episode.01

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「目が覚めたようだな」
 なんだ?
 やたら眩しい。
 見覚えのない天井に眩いくらいの照明が、俺の視界に入る。
「お前で最後だ。そこにおいてある服装スーツに着替えろ」
 軍服のこいつ、何を言ってるんだ?俺は何を――。
 ズキン!
 最後に覚えている記憶を呼び起こそうとしたが、頭を割るような痛みに襲われて思い出せない。
 右手を頭に当てて、俺は上半身を起き上がらせる。
 周りを見ると窓一つない部屋に俺は居ることが分かる。部屋の広さは100人規模が優に入る空間スペースだ。俺と軍服の男以外に他の人物はいない。
 とにかく今わかることは、全裸でわけのわからない場所部屋に俺は寝ていたらしいということだけだ。
 軍服の男は両腕を組んで、俺をじっと見つめてる。反抗しようものなら殴るぞ!そう顔に書かれてる。
 暴力反対!と声を大にして叫びたい。叫んでもいい。でもこの場に俺とこいつ以外にいない。叫んだところで、助けが来る保証もない。助けとは真逆に敵を増やす可能性もあるしな。無難な選択をするなら、こいつの命令を聞く以外に他の選択肢はないな。
 俺は立ち上がり、白一色の床に置かれた服一式を手に取る。
 こいつの言う通り、この黒一色の服一式スーツを着るしかないか。着るしかないんだけど、俺のサイズに全然あってないな。めちゃくちゃ、ぶかぶかだよ。
 俺は黒一色の服一式を着用する。
 ギュッ!
「ぁ⁉︎」
 ぶかぶかだった服一式が……俺の体のサイズに合わせるようにギュッと締めつける。
 驚き声を上げて、少し恥ずかしい気持ちになったが状況が状況な読めないだけに恥ずかしさはすぐに消えた。
 首から足首までをピタリと締めつける感覚を覚えながら、最後に黒一色のブーツを履いた。靴も服一式を着用した時同様にギュッと締めつけられた。
 俺は頭以外の全身を黒ずくめに包み込み、「ついてこい」と発言した軍服の男が早足で歩き始める。
 俺は軍服の男の進む道を追うように進む。
 1分も経たないうちに軍服の男と同じ格好をした男2人がいる入り口前に辿り着く。
 この先に何が?
「入れ」
 軍服の男は入り口の扉を開けると俺の背中を強く押し、強引に中へと進ませ入らせると男2人に扉を閉めさせた。
 入り口の扉を厳重に施錠する音が後ろから響く。
 逃げられないように鍵をかけたのか。
 俺は後ろを気にするのをやめ、前方を見渡す。部屋の大きさは教室2つ分くらいある。部屋の左右には屈強そうな男たちがざっと目で数えた感じ、30人以上いるんじゃないだろうか。全員が俺をここまで運んだ軍服の男と同じ格好をしている。
 自衛隊の格好に似ているが少し違うような気もする。これくらいならもう少し自衛隊の格好を正確に覚えておけばよかったと内心後悔したくなる。
 男たちは部屋の中心に6列で並べられた椅子に腰掛けて座っている者たちを真剣な眼差しで見つめている。そう思っていると軍服の男が「空いている席へ行け。そして静かに座れ」とまた俺の背中を押して言ってくる。
 空いている椅子が1つある。あそこに座ればいいのか。全く状況が掴めずに不安だけが膨らんでいく俺を追い込むかの様に左右に直立不動の姿勢で立っている男たち全員が全員、俺の方へ視線を向けてくる。
 まるで、モルモットでも見るかの様な視線だ。
 こいつら、いったい何者なんだ?
 キョロキョロ周りを見ていると「早く座れ!」と罵声が後ろから響いた。
 声の主は、軍服の男だ。
 びくっと体を震わせ、俺は軍服の男が言った通り、静かに椅子に座る。
 本当に何がどうなってるんだよ。
 罵声を上げた軍服の男に対しての怒りがうちから込み上げてくるが、そこはぐっと我慢する。
 どうせ俺が殴りにかかったところで、あいつの方が腕のリーチは長い。当たる前にこっちが殴られて吹っ飛ばされる。そう予感した。
 他にも左右にいる男たちが軍服の男に殴りにかかる前に取り押さえられる可能性もある。何もせずに見ているだけとは思えない。
 そんな考えを張り巡らせながら、椅子に座る連中の人数を数える。
 俺以外に椅子に座っている連中は、一番後ろの列に座っている関係で容易に数えられた。
 29人か。
 後ろ姿から察するに椅子に座っている連中と俺含めて、老若男女激しく分かれているようだ。
 年寄りまでいるとなると………全くわからない。
 ここに座っている連中は俺と同じ境遇なのか?俺だけがこの状況を理解してないのか?全くもってわからない。
 答えを探そうとしても見つからない。
 詰んでる。
 そう思っているとブィーーーンと何かが降りてくる音が前方から聞こえる。
 俺は前を向き、黒板がある方へ視線を向けると天井から映画などを見るときに活用したりするスクリーンがゆっくりとした動作で降りてきていた。
 スクリーンが完全に降り終えると映像が映し出される。
「皆さん、初めまして」
 映像から突如姿を現した白衣の男。外見から判断するに50代くらいだろうか。そんな男が愉快に笑った顔で、俺たちに両手をフリフリと振ってくる。
 なんなんだ?この変わった男わ。
「私は黒岩賢治くろいわけんじ。あなたたちにこれから向かってもらう場所について説明する者と覚えてください」
 黒岩賢治。本名だろうか?覚えておく必要性は全く感じないな。名前を覚えるよりも、俺たちに向かってもらう場所の方が気になる。
「あなたたちは今から日本国内のある場所に昨日出現した第7スポット通称〈迷宮界〉に行ってもらいます。迷宮界にはこの世界には存在しない怪物〈モンスター〉がいるのをこれまでの第1~6スポット全てに確認しています。第7スポットにも怪物がいると想定し、あなたたちには迷宮界調査隊として向かってもらうべく昨日拉致させてもらいました」
 なっ⁉︎
 拉致という一言を聞き、周りにいる連中はざわつき始める。
 俺自身も困惑を隠せないでいるが、拉致というキーワードを聞いたことで見知らぬこの場にいる現状がどおいうものかを理解した。
 映像越しに話している黒岩賢治はもちろんのこと、ここにいる軍服のこいつらも拉致に関係していると判断していいだろう。
 なぜ俺がこいつらに拉致されなければならないのか理由は不明だが、その場にいた人の中で一番拉致しやすそうな人間をランダムで拉致ったと考えた方がこの状況を頷ける。それを裏付けさせる要因は1つある。それはこの場に拉致された人の年齢層だ。もしあらかじめ拉致する人間を決めているなら、ここまで老若男女に分かれるはずがないのだ。
 頭の中で考えを張り巡らせていると黒岩は話を続け始める。
「現にあなたたちはこの場所がどこなのか理解されてないでしょ?記憶を思い出そうとして一切記憶を思い出せない人に関しては抵抗した際に強い衝撃を受けて一時的な記憶障害に陥っているのでしょう。あなたたちの中にここに連れてこられる過程を覚えている人がいるかは分かりませんが、あなたたち全員が元の居場所に戻りたくば、第7スポット調査をやりなさい」
 黒岩の言葉を聞き、俺がどうして記憶を思い出せないのか分かった。
 どうやら俺は拉致される際に強弱どの程度か不確かだが、拉致する側と少なからず抵抗をした所為で、記憶を思い出せないようだ。
 現状と記憶を思い出せない件、この2つを理解し終えて初めて俺は黒岩が話をしている第7スポットというキーワードが頭の中をぐるぐると巡り始める。
「困惑されてますね。恐怖の色を現している人までもいる。今回も困惑した人ばかりかと思ったら、意外にこの状況を楽しんでいる人間がちらほらいるようですね。面白い。最後に迷宮界の調査に必要な武器は色々と準備しています。好きなものを各自持って行きなさい。それと今身につけている漆黒スーツは防熱防寒、どんなに破れようが、焼かれようが、切られようが、修復不可な状態でも勝手に修復します。その上、装着者の筋肉に連動して全身補助機能アシストを常時起動し、衝撃から身を護ってくれる優れものです。ただし、装着者より格上が相手の場合は全然使い物になりませんがね(笑)。どんどん怪物と格闘OKなスーツですので、頑張って調査よろしくお願いしますね」
 黒岩が話し終えると映像はプッツリと消え、スクリーンは天井の元の位置へ上昇していく。
 黒岩が話した内容を頭の中で整理しようとしているところで、「全員立ち上がれ!」と俺をここまで連れてきた軍服の男の大きな声が後方から耳に入ってくる。
 またあいつか。
 俺は自分が置かれている状況を理解している。だからこそ反抗的な行動は一切取らずに軍服の男が言った通りに立ち上がる。
 俺よりも先にこの部屋に来ている俺と同じ境遇の人達もまた全員立ち上がり、軍服の男がこれから指示する通りに従って行動し始める。


 ♦︎


 映像を見るために集められた部屋を後にした俺たちが次に向かった場所は倉庫だった。
 倉庫の中には、ありとあらゆる武器が揃っており選り取り見取りで自分の武器を誰もが選んでいく。
 俺も倉庫の中にある全ての武器を物色し、自分に合ったものがないか確認して選んだ武器は黒一色のガントレット。手と腕を包み込んだガントレットには、装着者の意志によっては攻撃にも防御にも臨機応変に転じれる。刀や銃火器といった武器を選ぶ人が多かったが、俺は全く慣れてないよりもしっかりと扱えそうなものを武器にするべきだと思ったからだ。
 全員が武器を選び終えると俺たちは軍服の男たちに針のようなものを体にちくっと刺され、何かを注入されるとあっという間に意識が飛んだ。


 ♦︎


 次に目を覚ますとそこは先ほどまでいた倉庫とは違う別の場所だった。横たわって寝ている俺の横には、倉庫で選んだ武器――ガントレット――が置いてある。
 ここは?
 周りを見渡すと俺たちを監視してべったりとくっついていた軍服の男も、その仲間たちもいない。
 あるのは、どこまでも果てしなく続いていそうな真っ白な空間と1つの大鳥居のみ。
 大鳥居をくぐる門には、何か別の異空間に繋がってるような歪な歪みが生じている。真っ白な空間にいるせいか、門の中が暗闇に包まれていて、かなり不気味に思える。
 今いる場所がどこなのか到底理解出来ない俺は意識を失う前に軍服の男たちに不意を突かれて何か刺されたのを思い出す。
 あいつらに何を刺された?
 俺は体全体を両手で触り、変わった箇所がないかを確認するが何も変わった箇所はない。
 いったい何を――と考えていると俺以外の連中も次々と目を覚ましだし始め、俺が起きた時に行った一連の動作をし始める人もいれば、その場でうずくまって現実逃避に走ろうとする人もいる。この状況はどうしたものかと思っていると「みんな、その場で聞いてくれるか」と男の声が全体に届く声で響く。
 声がした方に視線を向けるとそこには20代前半くらいの眼鏡をかけた茶髪の男が右手に刀を握って立っている。
「ここがどこかはわからない。さっきいた奴らは今いる位置から360度全体を見ても視界に入る位置にはいない。奴らがここに我々を連れてきたのには違いないと思う」
 男は右手に持った刀を空に向け伸ばし、「奴らがいた時に選んだ武器がここにある。つまり奴らが我々をここまで運んだという証拠だ」と力強く発言した。
 その発言を聞いた俺は心の中で同意するように頷く。周りの連中も薄々は感じていたのか納得した表情を表す。
「この場所が奴らがいた場所の近郊なのか、それとも全く別の遠方に位置するのかはわからない。ここに連れてこられるまでのルートも意識を失っていた我々には不明であり、帰る手段があるのかさえも不確かだ。そこで最後に我々に残された選択は、この大鳥居の中に入るのみ」
 男の発言を頭で理解し始めた連中は、ざわつき始める。
 この状況下で現状のことを言ったのは正解と思う。だが、それをはいそうですかと頷ける人がいるかと言われたら周りの連中を見る限りいない。逆にこの発言を聞き、混乱してパニクってる連中が大半じゃないだろうか。
 俺もパニクりそうな気持ちは心の奥に若干あるけれど、周りの連中を見ていたらパニクってるのが馬鹿馬鹿しく見えてきて、この現状を打破するために動いた方がいいと思えてくるのだ。
「どうだろう?この大鳥居の中に進もうと思う同志がいれば、我々と一緒に行かないか?」
 俺が周りの連中を見ているほんの数秒の間に男の周りにはこの状況を理解した上で混乱していない人たちが集まっていた。年齢層は20~50代の男女。
 この男と一緒に大鳥居の中に進むか、どうするべきかは俺の中で既に決まっていた。
 俺は男の元まで進み、「新道千しんどうせん、一緒に同行したい」と声をかける。
「新道君、呼びかけに応えてくれてありがとう。私は遠山美紅人とおやまみくりだ。よろしく頼む」
 遠山は笑顔で俺を受け入れると同じように一緒に行動を共にしようとする人たちが続々と集まってくる。

 数分後。
 遠山の呼びかけに応えた人数は俺を含めて15人。残りの14人はこの場に残る、または空間のどこかに出口があると信じて俺たちと別の選択をする連中にわかれた。
 大鳥居の中に入った後に何が起こるか、どこに繋がっているか、何があるのかは未知数。そういった不確定要素がこの先には孕んでいると遠山は全員に伝え、15人全員が倉庫で選んだ武器をいつでも使えるように手元に持つ。
「では行くぞ」
 遠山を先頭に全員が大鳥居をくぐる。俺もそれに続くように暗闇の中に一歩踏み出し、覚悟を持って中に入っていった。

 大鳥居をくぐった次の瞬間、さっきまでいた真っ白な空間とは違う景色が俺の眼下に広がる。
 ここは――。
「宮殿の中か」
 遠山が俺が心の中で思った言葉を呟く。
 大きな白い柱が左右に何本も並び立ち、白い壁沿にはいくつもの炎が燈になって全体を明るくしている。奥には戦女神のような像が巨大な扉――黄金に輝く紋章が刻まれている――を守るように剣を携え、左右に並び立っている。天井は3階建並みの高さだ。
「拍子抜けしたわ。何もいねぇー」
 15人の中でも血の気の多そうな男――チンピラ――がマシンガンをいつでも乱射出来るように構えていたが、想像していたのとは違っていたのか緊張感がすーっと消えたように構えを解いて1人で先に進んで行く。
「目視で確認出来る箇所には誰もいないようだ。よし先に進んでいこう」
 遠山は入り口から辺り全体を見渡し、何もない事を確認し終えるとチンピラの次に先へ進んで行く。
 確かにいない。でも何か嫌な感じがするのは俺だけか?
 もう一度あの真っ白な空間に戻れるのか戻れないのかだけでも確認しておくべきだと直感し、俺は真後ろを振り返り見る。
 なっ⁉︎
 真後ろを振り返って見るとそこにあるはずの入り口は一切見当たらない。完全な壁だ。ぺたぺたと壁を触って確かめてみるも、入り口と呼べるものはない。大鳥居の中に入る時に生じていた歪みや暗闇すらこの場にはない。
 完全に真っ白な空間に戻れないのを確認し終え、遠山に伝えようとした瞬間に連射する銃声が響き渡った。
 銃声を聞き、俺は遠山たちの方へ体を向けるのに1秒もかからなかった。
 あれはなんだ?!
 視界に入った遠山たちと相対するように黒い騎士がいた。
 黒い騎士を見た瞬間、
 [対象:暗黒騎士 LV50 推定脅威度:H]
 と脳内に機械の声が流れる。
 わけがわからない。
 そう思っていたら、遠山より先に進んでたチンピラがマシンガンを連射させる銃声がいまだに鳴り響いているのを不思議に思うがすぐになぜなのか分かった。
 白い柱のすぐ近くにいる暗黒騎士はチンピラのマシンガンを無抵抗で受けているが一切ダメージがなく、鎧に弾丸が当たっても無傷で弾いていっている。そんな暗黒騎士が柱から徐々に距離を近づけ、チンピラとの距離が攻撃範囲内に入った瞬間に腰にぶら下がった刀を抜刀し、信じられない速さでマシンガンを持つ両腕を斬った。
「あああああああああああああああああああああああああ!!!」
 絶叫がほとばしる。
 背筋がぞくりと寒気を感じた。
 次の瞬間、チンピラの頭は暗黒騎士の刀によって斬られた。そう思った時には暗黒騎士の行動は一手先へ行っていた。
 チンピラと同じようにマシンガンや銃を持った連中が暗黒騎士に銃口を向けようとしてる最中に目に見えない速さで移動し、次々と斬っていったのだ。
 チンピラのように絶叫をほとばしることなく、1人2人3人と声なく倒れていく。俺は棒立ちして見ることしか出来なかった。その絶対的な力の前でなすすべなく斬られると本能で分かってしまい、一歩も動けずにいた中で1人だけ暗黒騎士に正面から挑む人がいた。
 遠山だ。
 遠山は武器として持っていた刀で暗黒騎士に対抗し、暗黒騎士の刀の斬撃を目で追えているのかは本人じゃないからわからないが受けきり、「ここだー!」と気合の入った声で叫び反撃に転じる。
「行けー!」
 俺は叫んだ。
 暗黒騎士は遠山の反撃の一撃を受け、衝撃を逃がせずに刀を真後ろに仰け反らせ、真正面に隙が生まれる。
「うおおおおおおおお!!」
 流れるように真上に上げた刀を力強く振り下ろす遠山。
 決まった。
 そう思った瞬間、遠山の刀は暗黒騎士の鎧を貫通することはなかった。
 ガキン!
 刀の刃は真っ二つに折れ、折れた刀を持った遠山は瞬時に自分自身がこの後どうなるのか理解したのか俺の方を振り返り、「あとは頼む」としくじった表情を浮かべ俺に言った。
 そんなことさせるか。
 絶対にそんなことはさせない!
 俺は今の今まで硬直したように動けなかった体を強引に動かし、遠山の元へ駆ける。
 鎧に一撃を受けた暗黒騎士が一歩一歩と後ろに後退していき、自分に一撃を入れた遠山に怒りを覚えたのか兜の中から灯る目の光が赤く光り出す。
 やばい。
 今さっきまでがもし遊びだったら、次は舐めきった動きじゃなく本気で来るはず。
「間に合え!」
 暗黒騎士が遠山に刀を向ける前に暗黒騎士を押し倒すべくガントレットを装着した両腕をクロスして飛び込んだ。赤く光った目が俺をじろっと横から見つめた時には暗黒騎士の眼前にクロスした両腕がゼロ距離である。
 体重を全乗せして飛び込んだ体当たりは見事に暗黒騎士へ直撃し、暗黒騎士を数歩分後ろへ強引に引き下がらせることに成功した。
 その一部始終を見ていた遠山は自分の前に割り込んできた俺に「ばかやろう」と呟き、「油断するなよ」と消え失せかけた闘志を再び燃やして俺の横に並び立つ。
 遠山は折れた刀を地面に捨て、2本目の刀を鞘から抜く。俺は両腕のガントレットを構え、暗黒騎士の動きを観察するように見つめる。
「遠山さん、大鳥居にはもう戻れないみたいなんでこいつを倒さないと俺たちは全滅です」
「……戻れないのか。一方通行の可能性も捨てきれなかったが新道君の言う通り一方通行なら、ここが正念場だ。新道君、死ぬなよ」
 遠山の言葉を皮切りに暗黒騎士がさっきとはまるで次元の違う速さで襲いかかって来る。全身からは闇の闘気を前面に出し、俺たちが一縮したところを突いてきた。
「……くっ!」
「なっ!」
 遠山は暗黒騎士の一撃を今回も受けきることに成功したが、圧倒的な衝撃を体から逃がせずに後方へ吹き飛ばされる。次の瞬間、衝撃波が俺にも襲いかかって来るがガントレットを構えていたことで、どうにか凌げたかに思えた。その時、衝撃波でろくに視界を確保できていなかった隙を突くように暗黒騎士が俺の懐に入り込み、刀を真横に振り抜く。
 まるで、映像をスローモーションで見てるような錯覚に陥るが間違いない。
 この刀は俺を貫く。
 死を直感した直後、真ん中から横一線に斬られた俺の胴体は2つに別れ地面にぼとぼとと落ちた。


 ♦︎


 気づくと何もない真っ白な世界に俺はいた。
 俺の体を見ると体はない。手もなければ、足もない。
 これって……魂って奴だろうか?
 真っ白な世界に俺が見えてると思しき人物が1人いた。
 白髪で、赤い目をしていて、紫色のレースブラショーツを身に纏った女がいる。
 見た目から判断するに10代後半くらいだな。
「よもや妾の血を受け入れられる器が現れるとは思わなんだ」
 ……ここは?
「ここは妾の精神世界。ここに来れるのは妾と妾の血を受け入れられる器のみ」
 ……わけがわからない。
 ……変な夢でも見てるのか?
 ……俺は……確か……暗黒騎士に……。
 ……っ⁉︎
 俺はどうなったんだ?!
「お主は死んだ」
 なっ⁉︎
「暗黒騎士なる者に真っ二つにされたようじゃな」
 ……ここは天国なのか?地獄なのか?
「ここは妾の精神世界と言ったじゃろ。まだお主は死んだが天国にも地獄にも属しておらぬ」
 ……そうなのか。ここは、あんたの精神世界なのか?道理で何もないわけだ。
「よくそんなことを妾に言えるな。妾が自由の身であれば、八つ裂きにしているとこじゃな」
 それで俺はこれから天国か地獄に行くのか?それともあんたの精神世界にずっといないといけないのか?
「この状況で飲み込みの早い奴じゃ。そうじゃな。何もせねば、このまま天の御心のままに天国か地獄に連れていかれるであろう。じゃが、妾の血を受け入れられる器のみ何方にも行かずに現世へ戻れると言ったらどうする?」
 なっ?!そんな抜け道があるのか?
「ある」
 その器に俺は選ばれたと思っていいのか?
「そうじゃ」
 もし……もしもだ。俺が戻りたいと言ったら、戻れるんだよな?
「妾の血を受け継いだ状態のおまけ付きで戻れる。じゃから、暗黒騎士なる者をお主が瞬殺する事も容易かろう」
 なっ!⁉︎あんたの血は、そんなに特別製なのか?
「ああ。妾の血は不老不死の血じゃからな。受け入れられる器のみが死んだ直後に妾の精神世界に強制的に呼ばれるわけじゃ」
 不老不死の血……かなりやばい単語が出たな。だから俺はこんな何もないあんたの精神世界に来たってわけか。
「さっきから何もない何もないと連呼しておるが、何もないのがそんなにおかしいものか?」
 おかしい。何もないってことは何も執着がないってことだろう?違うか?
「確かにそうじゃな。妾は何千年と生きておるからな。そんな執着するものはもうない」
 断言出来るくらいに何千年も生きてきたのか。そんなに生きて退屈じゃないのか?
「退屈かと聞かれれば、退屈じゃ。じゃがな、ときたまにお主のような者が妾の相手をしてくれるのであれば退屈はしない。お主は妾の血を受け入れ、妾と同等の存在になるんじゃ。さすれば、お主と一緒に戦っておった輩達は妾の血で救えるかもしれんぞ?」
 そうだな。何千年と生きてきたあんたに少しくらいは付き合ってやってもいいかもな。なら、俺にあんたの血をくれ。そして暗黒騎士を倒せる力を。
「分かった。お主は妾の血を受け入れ生きる。それはつまり妾と同じ退屈な時間の始まりであるわけじゃ。最後の確認じゃが、本当に妾の血を受け継いでいいのじゃな?」
 ああ。いいとも。退屈な時間の始まりじゃなくて、あんたのこれからの退屈な時間はこれで終わりだ。
「よく言うわ。お主がどう退屈な時間を忘れさせるか楽しみにしておるぞ」


 ♦︎


 [称号:不老不死の血を受け継ぐ者]
 [称号:不死姫アイラの血器に選ばれし者]
 [称号:死して再び現世に蘇った者]
 [称号:世界の禁忌に触れた者]
 [スキル:不老不死 習得]
 [固有ユニークスキル:LIMITRELEASE 習得]
 [固有ユニークスキル:UNLIMITED 習得]
 目を覚まし、俺は覚醒した。
 暗黒騎士に殺された時は、胴体から真っ二つにされたが今は何もなかったように胴体はくっついている。
 誰もが俺は暗黒騎士に殺されて死んだと思っていたのだろう。俺が起き上がると同時に誰かの悲鳴が聞こえた。それとは真逆に「よく生きていてくれた」と遠山の声が微かだが遠くから聞こえる。
 俺を真っ二つに斬った張本人である暗黒騎士もまた何が起こったか理解出来ずにその場で立ち尽くしている。
 今度は俺が狩る番だ。
 地面から完全に立ち上がると両腕に装着したガントレットの感触を軽く確かめ、目の前にいる暗黒騎士に力強く握りしめた右手で一撃入れる。
 暗黒騎士は無防備な状態で俺の一撃を喰らい、その場に踏み止まれずに後方の壁まで勢いよく吹き飛ぶ。そして壁にめり込み、そのまま動けずにいる暗黒騎士にトドメの一撃を入れに地面をひと踏みし、距離を一瞬にしてゼロ距離に縮める。ほんの1秒も経たずに暗黒騎士の元に辿り着くと勢いを殺さずにその勢いのまま右手を暗黒騎士の心臓に深くえぐり込んだ。その際に右手のガントレットは俺の力に耐えきれず粉々に砕けた。
「この一撃で終わりだ」
 俺の一言を聞き、暗黒騎士は終始何が起こったのかさえもわからず終いに力尽きたのか一瞬にして形を無くし消え去った。
 [対象:暗黒騎士 消滅]
 [討伐者:新道千 LV1→LV51]
 [討伐報酬:スキルカード 武器カード 防具カード 銀貨30枚 銅貨50枚]
 [第1階層 踏破→第2階層 扉ロック解除]
 脳内に再び機械の声が響く。
 これが何かわからないが、俺が暗黒騎士を倒したのは間違いないことだと確信した。
 右手にズシンと重みのある感触を覚え、右手へ視線を向ける。
 暗黒騎士にトドメを刺した右手の中には、重みのある巾着袋と透明なクリスタルカードがあった。
 何なのだろうか?
 そう思い見ようとしているところで、「新道君、大丈夫か?!」と遠山が脇腹を抑えて駆け寄ってくる。
「遠山さんの方こそ、あいつに吹き飛ばされて怪我してるんじゃ?」
 俺よりも自分の心配を最優先にしろよと思うものの、俺を最優先に心配して来てくれたことに感謝と嬉しさを覚える。
「ああ、私は脇腹を痛めたようだ。だがそれ以上に新道君が心配でね。私の見間違いと思えないのだが、新道君はあれに斬られたはずじゃないのか?見た所、傷一つすらない」
「話すと長くなるんで割愛して言うと俺は暗黒騎士に殺され、また蘇った感じです」
「なに⁉︎」
 俺の言葉を聞き、遠山は目を丸くする。
「つまり生き返ったというのか?」
「そう……いや生き返ったと言えば、そうなのかもしれないけど……」
「歯切りが悪いな。生き返ったのとは少し違うのか?」
「よく俺もわかってないから上手く言えないんですけど、不死身の身体になったというかなんというか」
「なにっ、それは本当か!!?」
「俺自身まだ自分の身体がどうこうなったのかすらわかってないんで、確かなことは言えないです。でも不死身の身体になったのは間違いないはず」
「新道君もしそれが本当ならこの事は誰にも話さない方がいい。話すとしても信頼出来る人間だけに留めておくべきだ。仮にここから生き残って元の場所に戻っても、その情報が明るみに出れば、我々をここへ連れて来た奴らもそれ以外の組織的なものに君は狙われ、君はモルモットとして永遠に実験される未来しか私には見えない」
 遠山は眼鏡を外し、しっかりと掛け直すと真剣な表情で俺に言った。
 確かにそうだ。
 遠山さんだから本当の事を言ったが、全く知らない人には言えない案件だな。
「遠山さんだから俺は話しましたが、遠山さん以外には話さないつもりです」
「それがいい。私は新道君の話を聞いたが口外はしない。安心してくれ」
「よろしくお願いします」
「ああ。他の生き残った者たちが怪しまないうちに彼らのいる場所へ戻るとしよう」
 遠山は遠くにいる他の連中を片目で見るとそう言い、ゆっくりとした動作で戻って行く。
「新道君、命を張って私を助けてくれてありがとう。本当に感謝している。ありがとう」
 遠山は前を向いたまま、俺の方へは振り返らずにそう言ったのだった。
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