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episode.55
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真と薫が吉崎を追う形で、シアタールームの出入り口の扉を開けてくぐる。
景色が捻れ、映画館の廊下に見えた場所が一瞬にして違う場所に変わる。
「なっ⁉︎」
「えっ⁉︎」
俺は映画館の廊下に足を踏み込んだはずだ。それなのに今いる場所は、廊下ではない。
全く別の場所。
雨が土砂降りで降る野外。
ここが何処なのか?
景色や風景さえ見えれば、全容が掴めるのだが、ハッキリ見えない。
ハッキリ分かれば、見当がつく可能性はある。分かりさえすれば、帰り道も自ずと分かるのだが……。
「ここ、どこかな?」
隣に立つ薫の顔すら、窺えられない雨量の多さ。
確認出来ずとも、薫が強張った表情をしてるのは何となく伝わってくる。
「分からない。分からないけど、映画館の屋内ではなさそうだ」
「そうだよね。雨が降ってるから外だよね?」
「外なのは間違いないと思う。このまま俺たちが今いる場所が判明したら、家に帰れるはず。だから今は進もう」
俺は薫の手を強く握りしめ、先へ進む。
暗闇と静寂が包む中、不安が少しずつ押し寄せてくる。
雨が降ってるのに雨の音は聞こえない。
不思議だ。
まるで、不思議の世界にでも迷い込んだような錯覚さえある。
熊は言っていた。
外に出られる出口がある、と。
必ず見つけて、薫と一緒に帰る。
俺は心の中で強く思い、右足を前に出す。
ゴトッ。
前に出した右足が、何か硬いものに当たる。
「なんだ?」
「なに?どうしたの?」
「ちょっと待って」
俺は右足で、ちょんちょんと硬いものに恐る恐る触れる。
大きい?
横長い?
硬いけど、ところどころ柔らかい?
なんか、人の形に近い気が……?
右足で確認し終え、
「薫、少し手を離すよ」
俺は薫と繋いだ手を離して、しゃがみ込む。
ぬかるんだ地面に手を当て、地面は草原なのか?草が20センチ程度の長さで生えており、土はドロドロになってるのを確認する。
次に右足で確かめた硬いもの――人間に近い形の――に手を当て、それが何かを確認しようとして――
「うわわわわっ⁉︎」
俺はそれが何かを近くで確認して、薄っすらと見えたあるものを見て叫び声を上げる。それと同時にドシャァッと尻餅をつく。
「しんちゃん⁉︎どうしたの?」
やばい。やばいやばい。
これはまずい。まずいまずい。
どうしよう?どうしようどうしよう?
俺は両腕両足をガタガタと震え上がらせ、血の気が一気に引いた青紫色の唇を必死に動かして言う。
「人が、人が死んでる⁉︎」
「え?しんちゃん、それ嘘だよね?」
ガチガチガチと上下の歯を鳴らし、体は震えを増すばかり。
土砂降りの雨のせいで、体の温もりが一瞬にして消えるのを感じる。
寒い。寒い寒い。
冷たい。冷たい冷たい。
俺をじーっと見つめるあるもの。
それは死体だ。
ボロボロに腐れ落ちた顔――光を失った両眼――が、俺の方向を向いている。
俺は腰が抜けて、立ち上がれない。
ペタッ。ペタッ。
前の方向から足音が聞こえる。
裸足なのか?
地面の泥を跳ねる音が、余計に響いて聞こえてくる。
恐怖心が増す。
まさか、目の前のこれみたいなのが来るんじゃ……。
怖い。怖い怖い。
助けて!助けて助けて!
ガタガタと震える体を必死に抑えようとするが、震えは一向に治らない。それどころか、さっきよりもガタガタ震える体はバイブレーションの如く小刻みに震えている。
「……しんちゃん、私がついてるよ」
薫は震える俺の体を優しく包み込み、温めてくれる。
前から此方へと向かって来る足音に薫も、気付いたのかもしれない。
薫を守らなくちゃいけないのに……。
「……怖くないよ」
薫の温もりが伝わる。
人の温もりがこれほど安心感を与えてくれるとは、この時まで俺は一切知らずに生きてきた。
守らなくちゃいけないのに……守るために必要な勇気が出ない。
「……大丈夫だよ。怖くないよ」
薫の優しい声。
声を聞くだけで、恐怖に染まった心や体が払拭されていく。
こんな時に初めて、俺は自分の本当の気持ちに気づく。
俺は人を守るより、守られる側の人間だった、と。
大切な人を守りたい。
友人を守りたい。
自分よりも弱い人たちを守りたい。
そう思うことは日常の中で、大小なきにしろ。気持ちとして持ち合わせることは多くあった。
でもそれは、安全圏だからこそ振るえる権限であって、自分が弱い立場の場所では振るえない権限なのだ。
気持ちがどれだけあっても、奮い立たせる勇気は俺の中にはない。
なかったのだ。
この時、俺は初めて自分が強者ではなかった。弱者を守れる勇者でも、勇敢な戦士でもない。そう気付かされたのだ。
前方から近づいてきていた何者かが、俺たちの前に立ち塞がる。
[対象:ディケイウォーカー
LV10
推定脅威度:L]
土砂降りの雨で、姿は見えない。
顔すら確認出来ない。
ただ分かるのは、前方にいる何者かが俺たちと同じ人間ではない雰囲気を醸し出していること。
それと暗闇では見えない視界の中で、ゲーム特有のモンスター名とレベルに似たものが表示されたこと。
これは現実だ。
これはゲームじゃない。
ハッキリと分かってる。それなのに今俺がいる場所は、ゲームの世界なんじゃないかと思えるほどに非現実的な世界に迷い込んでしまったのだと直感する。
ペタッ。
ディケイウォーカーが、一歩更にペチャッと音を立たせながら近づく。
「薫、ごめん」
俺は自分の死を予感し、体を温めようと頑張ってくれた薫に謝る。
ペタッ。
「しんちゃん!」
薫が俺の体を後ろから力強く抱きしめる。
怖くてたまらない俺は目の前の現実を受け入れられず、パッと目を瞑った。
景色が捻れ、映画館の廊下に見えた場所が一瞬にして違う場所に変わる。
「なっ⁉︎」
「えっ⁉︎」
俺は映画館の廊下に足を踏み込んだはずだ。それなのに今いる場所は、廊下ではない。
全く別の場所。
雨が土砂降りで降る野外。
ここが何処なのか?
景色や風景さえ見えれば、全容が掴めるのだが、ハッキリ見えない。
ハッキリ分かれば、見当がつく可能性はある。分かりさえすれば、帰り道も自ずと分かるのだが……。
「ここ、どこかな?」
隣に立つ薫の顔すら、窺えられない雨量の多さ。
確認出来ずとも、薫が強張った表情をしてるのは何となく伝わってくる。
「分からない。分からないけど、映画館の屋内ではなさそうだ」
「そうだよね。雨が降ってるから外だよね?」
「外なのは間違いないと思う。このまま俺たちが今いる場所が判明したら、家に帰れるはず。だから今は進もう」
俺は薫の手を強く握りしめ、先へ進む。
暗闇と静寂が包む中、不安が少しずつ押し寄せてくる。
雨が降ってるのに雨の音は聞こえない。
不思議だ。
まるで、不思議の世界にでも迷い込んだような錯覚さえある。
熊は言っていた。
外に出られる出口がある、と。
必ず見つけて、薫と一緒に帰る。
俺は心の中で強く思い、右足を前に出す。
ゴトッ。
前に出した右足が、何か硬いものに当たる。
「なんだ?」
「なに?どうしたの?」
「ちょっと待って」
俺は右足で、ちょんちょんと硬いものに恐る恐る触れる。
大きい?
横長い?
硬いけど、ところどころ柔らかい?
なんか、人の形に近い気が……?
右足で確認し終え、
「薫、少し手を離すよ」
俺は薫と繋いだ手を離して、しゃがみ込む。
ぬかるんだ地面に手を当て、地面は草原なのか?草が20センチ程度の長さで生えており、土はドロドロになってるのを確認する。
次に右足で確かめた硬いもの――人間に近い形の――に手を当て、それが何かを確認しようとして――
「うわわわわっ⁉︎」
俺はそれが何かを近くで確認して、薄っすらと見えたあるものを見て叫び声を上げる。それと同時にドシャァッと尻餅をつく。
「しんちゃん⁉︎どうしたの?」
やばい。やばいやばい。
これはまずい。まずいまずい。
どうしよう?どうしようどうしよう?
俺は両腕両足をガタガタと震え上がらせ、血の気が一気に引いた青紫色の唇を必死に動かして言う。
「人が、人が死んでる⁉︎」
「え?しんちゃん、それ嘘だよね?」
ガチガチガチと上下の歯を鳴らし、体は震えを増すばかり。
土砂降りの雨のせいで、体の温もりが一瞬にして消えるのを感じる。
寒い。寒い寒い。
冷たい。冷たい冷たい。
俺をじーっと見つめるあるもの。
それは死体だ。
ボロボロに腐れ落ちた顔――光を失った両眼――が、俺の方向を向いている。
俺は腰が抜けて、立ち上がれない。
ペタッ。ペタッ。
前の方向から足音が聞こえる。
裸足なのか?
地面の泥を跳ねる音が、余計に響いて聞こえてくる。
恐怖心が増す。
まさか、目の前のこれみたいなのが来るんじゃ……。
怖い。怖い怖い。
助けて!助けて助けて!
ガタガタと震える体を必死に抑えようとするが、震えは一向に治らない。それどころか、さっきよりもガタガタ震える体はバイブレーションの如く小刻みに震えている。
「……しんちゃん、私がついてるよ」
薫は震える俺の体を優しく包み込み、温めてくれる。
前から此方へと向かって来る足音に薫も、気付いたのかもしれない。
薫を守らなくちゃいけないのに……。
「……怖くないよ」
薫の温もりが伝わる。
人の温もりがこれほど安心感を与えてくれるとは、この時まで俺は一切知らずに生きてきた。
守らなくちゃいけないのに……守るために必要な勇気が出ない。
「……大丈夫だよ。怖くないよ」
薫の優しい声。
声を聞くだけで、恐怖に染まった心や体が払拭されていく。
こんな時に初めて、俺は自分の本当の気持ちに気づく。
俺は人を守るより、守られる側の人間だった、と。
大切な人を守りたい。
友人を守りたい。
自分よりも弱い人たちを守りたい。
そう思うことは日常の中で、大小なきにしろ。気持ちとして持ち合わせることは多くあった。
でもそれは、安全圏だからこそ振るえる権限であって、自分が弱い立場の場所では振るえない権限なのだ。
気持ちがどれだけあっても、奮い立たせる勇気は俺の中にはない。
なかったのだ。
この時、俺は初めて自分が強者ではなかった。弱者を守れる勇者でも、勇敢な戦士でもない。そう気付かされたのだ。
前方から近づいてきていた何者かが、俺たちの前に立ち塞がる。
[対象:ディケイウォーカー
LV10
推定脅威度:L]
土砂降りの雨で、姿は見えない。
顔すら確認出来ない。
ただ分かるのは、前方にいる何者かが俺たちと同じ人間ではない雰囲気を醸し出していること。
それと暗闇では見えない視界の中で、ゲーム特有のモンスター名とレベルに似たものが表示されたこと。
これは現実だ。
これはゲームじゃない。
ハッキリと分かってる。それなのに今俺がいる場所は、ゲームの世界なんじゃないかと思えるほどに非現実的な世界に迷い込んでしまったのだと直感する。
ペタッ。
ディケイウォーカーが、一歩更にペチャッと音を立たせながら近づく。
「薫、ごめん」
俺は自分の死を予感し、体を温めようと頑張ってくれた薫に謝る。
ペタッ。
「しんちゃん!」
薫が俺の体を後ろから力強く抱きしめる。
怖くてたまらない俺は目の前の現実を受け入れられず、パッと目を瞑った。
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