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episode.46
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こんな噂がある。
この世の不思議も、不条理すらも、全部詰め込んだ映画館。
誰も入れない。
誰も自分の意思では行けない。
誰も場所を知らない。
誰も呼ばれなければ、入館出来ない。
不思議な映画館。
誰に呼ばれないといけないか?
『熊』
『クマさん』
『くま』
この3ワードが、インターネットの検索でヒットする。ネットに書き込みをした人、呟いた人の全てが消息を絶ち、今どこで何をしているのか?不明。
噂話が流れ始めたのが、2週間前。
インターネットをしている人間なら誰もが、一度は注目して論議をする。123チャンネルでは、四六時中ありとあらゆる話が飛び交い盛り上がる。
今最高に熱いホットな噂。
この事から、熊に呼ばれないと誰も行けない場所。呼ばれた暁には帰ってこれないと噂が流れている。
熊?クマさん?くま?に望むならば、なんでも与えてくれる。なんでも叶えてくれる。出来ないことなど何もない。
そんな摩訶不思議な噂。
あなたは信じますか?
→YES
→NO
選択画面が一番下にある。
→NO
カチャッ。
噂話だ。
大抵の噂話は、噂話でしかない。
大抵の噂話には、真実なんてものはない。
なぜなら、それを実際に見た者はいないから。
噂話に真実があるかないか、確認しようがない。だけど、噂話が面白ければそれで良い。
大抵の奴はそう思ってるし、そおいう私も面白ければそれで良いと思っている。
噂話を読み終え、今私の中で最も流行ってるアプリゲームを1時間プレイする。
1時間プレイした甲斐もあって、今週から新実装されたボスモンスターの討伐に成功する。
ピロリン。
[ボス撃破]
ピロリン。
[アイテム獲得]
今回のボスは何がドロップしたかな?
メニューからアイテムボックスを開く。
【アイテムボックス】
・映画館への招待券。
ん?映画館?招待券?
こんなのボスモンスターのドロップリストにあったっけ?
私はモンスターのドロップリストを調べる。
数十秒後。
え?……載ってない。
どおいうこと?
記載されてないって、この映画館への招待券って……ドロップするアイテムじゃないの⁇
そういえば、映画館って……噂話に流れてたあの映画館への招待券……なんてね⁇
噂話だし、そんなわけないよね⁇
噂話は噂話止まり。
私はこの時、そう思って深く考えなかった。
まさか、これがきっかけで……あんなことになるなんて、この時の私は知る由もなかった。
♦︎
カチッカチッ。
時計の針は進む。
くるくると時間は廻り続ける。
俺が寝ていようと時間は止まらない。
秒針は今この瞬間も、未来に進む。
朝だ。
昨日までの出来事が全部夢や幻で、何もなかったかのような平和な朝。
目を覚ました俺に「兄貴、おはようさんやー」と声をかけるグリム。
あーやっぱりか。
昨日までの出来事が夢でもなければ、幻でもなかった。
全部が嘘でした。夢でしたと開いた本を閉じるように終えられたら、どれだけ平和な日常に戻れて過ごせるか。今の俺なら、その当たり前の日常の有り難みを深く実感出来る。
「グリムおはよう……今何時?」
「兄貴、今の時刻は8時10分やでー」
まだ8時か。
「8時過ぎか。もう少し寝ててもいいなー。でもやることもあるからな。親父に国際電話で無事を知らせないと行けないし、風呂にも入りたいし、郵便ポストの中身を片付けないと行けないし、なんかやることだらけだな。やっぱ寝るのやめた!起きよう」
俺はベッドの布団を剥いで、ベッドから起き上がる。
閉め忘れたカーテンから朝陽が差し込んでいる。
眩しい朝だな。
今日の天気は知らないけど、恐らく洗濯日和になりそうな天気だ。
俺は1階に降り、洗面所で顔を洗い、次にグリムが風呂場でお湯を入れていた事をグリム本人から聞かされて、「グリムよく俺のことわかってるじゃんか」と喜びながら言いつつ、昨日までの疲れは一切ないが身体の汚れを落とすのと風呂に入りたい気分だったのが合わさって、顔を洗ったばっかりだったというのに俺は速攻で朝風呂に浸かる。
「ふぅー、極楽極楽だな」
俺は風呂に入って、身体の芯まで体が温まるのを感じる。
グリムはグリムで、ゴシゴシと体を綺麗に洗っている。
綺麗好きなのか?細かい部分まで丁寧に磨き、シャワーで汚れを落としている。
「グリムって綺麗好きなのか?」
「え?なんやて?兄貴?なんかいいはりましたやろ?」
シャワーの音に俺の声はかき消されたらしい。
キュッとシャワーの出を弱めるグリム。
「グリムって綺麗好きなのか?」
「あーわいが綺麗好きやて、見ててわかるんやろー?」
ビショビショに濡れて、ワイルド感が半端ないグリム。今ここにプレーリードッグのメスでもいれば、イチコロで落とせそうなイケメンさがある。
グリムって、濡場でかっこよくなるタイプなんだな。
グリムかっけーな。
「普通に分かる分かる。めちゃくちゃ綺麗好きなんだろーなーって見てて思ったわ。あとグリムかっけーな。俺がプレーリードッグだったら、惚れるところだわ」
「兄貴の心眼には恐れ入るわ。兄貴に惚れられたら、わいもう一生離れんでー?ええんか?」
「心眼って……誰でも見てたら分かるだろ?それに一生離れんでーって、その台詞もイケメンだな。グリムの風呂場でのイケメン化は半端ないな。すげーズッキュンってくるものがあるわ」
「そら、そう言われたらそうやでーって言わなあかんなー。兄貴をよいしょよいしょで朝から持ち上げようおもてたのに……逆にわいが兄貴によいしょよいしょでモチベーションを上げられた感があるな。やっぱ兄貴には敵わんっちゅうことやな」
ピンポーン。
家のインターホンが鳴る。
「ん?」
「なんや?」
ピンポーン。
誰だ?こんな時間帯に家にインターホン鳴らしてるやつは⁇
「インターホンが鳴ってるから、誰か家に来たっぽいな」
ピンポーン。
ビピピピンポーン。
「おいおい、インターホン何回推してんだよ?風呂場にいるから出るに出られないな。そもそも誰だよ?こんな時間帯にピンポン鳴らすやつは?」
ピピピピピピピピピピンポーン。
連打で鳴らす人物は誰だよ?
「兄貴、ちょい待っててや」
グリムはシャワーを止め、
「ユニークスキル《マイハウス》発動やー」
何もない空間に右手をスッスッと振る。
「……兄貴、家の玄関にクマのフードをかぶった若い女がおるでー」
クマのフード。
若い女。
その2つのキーワードで、玄関にいる人物――ピンポン連打する誰かさん――が誰か判明する。
「たぶん、それ瑞樹だな」
頭が痛くなりそうになる。
「瑞樹?兄貴の知り合いなんか?」
グリムは何もない空間を右手で、スイスイ動かす。
「知り合いっていうか、腐れ縁の幼馴染ってやつ」
「ほー幼馴染なんか。それにしては物騒な目つきで、玄関に立ってるでー。兄貴、どないする?」
やばいな。それは……やばいぞ。
「どないするもなにも、今風呂に入ってるからなー。まぁー瑞樹の家は家の隣だし、また後から出直してもらおう。そうしような」
グリムは俺の言葉を聞き、何も持ってない左手を口元に当てる。
「ほな、そおいうことや。あんはんはとっとと帰ってやー」
「ん?ちょっと待て……グリム、今誰に言った?帰ってやーって今言ったのは……誰に言ったんだ⁇」
グリムは口元に当てた左手を少し離す。
「兄貴の幼馴染っちゅう瑞樹はんに決まってるやろー」
「え?」
状況が上手く理解できない。
「どおいうこと?」
状況が理解出来ず、俺はグリムに問いかける。
グリムは軽く頷き、言う。
「わいのユニークスキル《マイハウス》を使ってるさかい、家の中ならどこでも、玄関の外とも自由に会話出来るや」
ゴクリ。
俺は唾を飲み込む。
「……つまり、そおいうことなのか?」
「今わいと瑞樹はんは会話中やでー」
嫌な予感がする。
まずい。何かまずい気がする。
「まじかよ。それはまずいかも……な」
ガチャン。
鍵が開く音が響く。
俺は風呂場から身を乗り出し、風呂場の中からでは確認すら出来ない玄関の方向へ顔を向ける。
グリムは何もない空間を右手で、スイッスイッと振りながら何かを確認しだす。
「あ、瑞樹はん……家の鍵を開けよった⁉︎なんでや?なんで、兄貴の家の鍵を持ってるんやー⁉︎」
「それはたぶん……」
ドタドタドタドタ。
玄関の方向から風呂場に向かって来る音。
徐々に近づき、とうとう風呂場の外まで足音が聞こえた。
俺は風呂場の扉へ、恐る恐る視線を向ける。
「ぅ……」
扉の外に人影があった。
クマの形をした頭、両腕を組み、仁王立ちのシルエット。
間違いない。
瑞樹だ。
そう思った瞬間、扉がガラッと開く。
「てめぇー出直して来いとはどおいう了見じゃーぼけー!」
クマのフードをかぶった瑞樹は、人を取って食うような凶暴な形相で突入してきた。
「……お前、千?」
数秒の間。
風呂場に一歩踏み込み、瑞樹はポカーンとした顔で立ち止まる。
目をパチクリさせたあと、俺を指差して俺の名を口に出した。
ゴクリ。
喉を鳴らす。
「そうに決まってるだろ」
「……だよ……な?」
再び、数秒の間。
俺が本人だと言っても、信じられないみたいだ。
まだ決めてに足りないか。
このまま見知らぬ人として、やり過ごすことも可能だろう。だが、あとで俺が新道千だとバレた暁には半殺しは確定だ。
ここは素直に言うべきだ。
信じれないなら、信じれる材料を瑞樹に言えばいい。
「工藤瑞樹、俺と同じ年の16歳。小中高と同じ学校で、中高と部活はバトミントン。習い事は習字とピアノを幼少期から習ってたよな?それと今の彼氏は新井大地。そうだろ?」
再度、数秒の間。
……がつくくらい長い間。
俺には数秒が、まるで永遠の時間に感じてしまう。
瑞樹は俺の言葉を理解したのか?軽く頷き、
「てめぇーやっぱり千じゃねぇーか!出直してこいとは何様じゃーボケー!」
風呂場の入り口にかけていたタオルを握りしめて叫ぶ。
タオルをブンブン振り回し、俺に向けて当ててくる。
バチン。バチン。
バチーン!
「ちょ、ちょっと待った!たんまたんま!降参!降参します!ストッープ!――」
瑞樹の凶暴さと気性さを長い付き合いで知ってる俺は、瑞樹がタオルを振り終えた瞬間に負けを認めると同時に白旗を上げた。
この世の不思議も、不条理すらも、全部詰め込んだ映画館。
誰も入れない。
誰も自分の意思では行けない。
誰も場所を知らない。
誰も呼ばれなければ、入館出来ない。
不思議な映画館。
誰に呼ばれないといけないか?
『熊』
『クマさん』
『くま』
この3ワードが、インターネットの検索でヒットする。ネットに書き込みをした人、呟いた人の全てが消息を絶ち、今どこで何をしているのか?不明。
噂話が流れ始めたのが、2週間前。
インターネットをしている人間なら誰もが、一度は注目して論議をする。123チャンネルでは、四六時中ありとあらゆる話が飛び交い盛り上がる。
今最高に熱いホットな噂。
この事から、熊に呼ばれないと誰も行けない場所。呼ばれた暁には帰ってこれないと噂が流れている。
熊?クマさん?くま?に望むならば、なんでも与えてくれる。なんでも叶えてくれる。出来ないことなど何もない。
そんな摩訶不思議な噂。
あなたは信じますか?
→YES
→NO
選択画面が一番下にある。
→NO
カチャッ。
噂話だ。
大抵の噂話は、噂話でしかない。
大抵の噂話には、真実なんてものはない。
なぜなら、それを実際に見た者はいないから。
噂話に真実があるかないか、確認しようがない。だけど、噂話が面白ければそれで良い。
大抵の奴はそう思ってるし、そおいう私も面白ければそれで良いと思っている。
噂話を読み終え、今私の中で最も流行ってるアプリゲームを1時間プレイする。
1時間プレイした甲斐もあって、今週から新実装されたボスモンスターの討伐に成功する。
ピロリン。
[ボス撃破]
ピロリン。
[アイテム獲得]
今回のボスは何がドロップしたかな?
メニューからアイテムボックスを開く。
【アイテムボックス】
・映画館への招待券。
ん?映画館?招待券?
こんなのボスモンスターのドロップリストにあったっけ?
私はモンスターのドロップリストを調べる。
数十秒後。
え?……載ってない。
どおいうこと?
記載されてないって、この映画館への招待券って……ドロップするアイテムじゃないの⁇
そういえば、映画館って……噂話に流れてたあの映画館への招待券……なんてね⁇
噂話だし、そんなわけないよね⁇
噂話は噂話止まり。
私はこの時、そう思って深く考えなかった。
まさか、これがきっかけで……あんなことになるなんて、この時の私は知る由もなかった。
♦︎
カチッカチッ。
時計の針は進む。
くるくると時間は廻り続ける。
俺が寝ていようと時間は止まらない。
秒針は今この瞬間も、未来に進む。
朝だ。
昨日までの出来事が全部夢や幻で、何もなかったかのような平和な朝。
目を覚ました俺に「兄貴、おはようさんやー」と声をかけるグリム。
あーやっぱりか。
昨日までの出来事が夢でもなければ、幻でもなかった。
全部が嘘でした。夢でしたと開いた本を閉じるように終えられたら、どれだけ平和な日常に戻れて過ごせるか。今の俺なら、その当たり前の日常の有り難みを深く実感出来る。
「グリムおはよう……今何時?」
「兄貴、今の時刻は8時10分やでー」
まだ8時か。
「8時過ぎか。もう少し寝ててもいいなー。でもやることもあるからな。親父に国際電話で無事を知らせないと行けないし、風呂にも入りたいし、郵便ポストの中身を片付けないと行けないし、なんかやることだらけだな。やっぱ寝るのやめた!起きよう」
俺はベッドの布団を剥いで、ベッドから起き上がる。
閉め忘れたカーテンから朝陽が差し込んでいる。
眩しい朝だな。
今日の天気は知らないけど、恐らく洗濯日和になりそうな天気だ。
俺は1階に降り、洗面所で顔を洗い、次にグリムが風呂場でお湯を入れていた事をグリム本人から聞かされて、「グリムよく俺のことわかってるじゃんか」と喜びながら言いつつ、昨日までの疲れは一切ないが身体の汚れを落とすのと風呂に入りたい気分だったのが合わさって、顔を洗ったばっかりだったというのに俺は速攻で朝風呂に浸かる。
「ふぅー、極楽極楽だな」
俺は風呂に入って、身体の芯まで体が温まるのを感じる。
グリムはグリムで、ゴシゴシと体を綺麗に洗っている。
綺麗好きなのか?細かい部分まで丁寧に磨き、シャワーで汚れを落としている。
「グリムって綺麗好きなのか?」
「え?なんやて?兄貴?なんかいいはりましたやろ?」
シャワーの音に俺の声はかき消されたらしい。
キュッとシャワーの出を弱めるグリム。
「グリムって綺麗好きなのか?」
「あーわいが綺麗好きやて、見ててわかるんやろー?」
ビショビショに濡れて、ワイルド感が半端ないグリム。今ここにプレーリードッグのメスでもいれば、イチコロで落とせそうなイケメンさがある。
グリムって、濡場でかっこよくなるタイプなんだな。
グリムかっけーな。
「普通に分かる分かる。めちゃくちゃ綺麗好きなんだろーなーって見てて思ったわ。あとグリムかっけーな。俺がプレーリードッグだったら、惚れるところだわ」
「兄貴の心眼には恐れ入るわ。兄貴に惚れられたら、わいもう一生離れんでー?ええんか?」
「心眼って……誰でも見てたら分かるだろ?それに一生離れんでーって、その台詞もイケメンだな。グリムの風呂場でのイケメン化は半端ないな。すげーズッキュンってくるものがあるわ」
「そら、そう言われたらそうやでーって言わなあかんなー。兄貴をよいしょよいしょで朝から持ち上げようおもてたのに……逆にわいが兄貴によいしょよいしょでモチベーションを上げられた感があるな。やっぱ兄貴には敵わんっちゅうことやな」
ピンポーン。
家のインターホンが鳴る。
「ん?」
「なんや?」
ピンポーン。
誰だ?こんな時間帯に家にインターホン鳴らしてるやつは⁇
「インターホンが鳴ってるから、誰か家に来たっぽいな」
ピンポーン。
ビピピピンポーン。
「おいおい、インターホン何回推してんだよ?風呂場にいるから出るに出られないな。そもそも誰だよ?こんな時間帯にピンポン鳴らすやつは?」
ピピピピピピピピピピンポーン。
連打で鳴らす人物は誰だよ?
「兄貴、ちょい待っててや」
グリムはシャワーを止め、
「ユニークスキル《マイハウス》発動やー」
何もない空間に右手をスッスッと振る。
「……兄貴、家の玄関にクマのフードをかぶった若い女がおるでー」
クマのフード。
若い女。
その2つのキーワードで、玄関にいる人物――ピンポン連打する誰かさん――が誰か判明する。
「たぶん、それ瑞樹だな」
頭が痛くなりそうになる。
「瑞樹?兄貴の知り合いなんか?」
グリムは何もない空間を右手で、スイスイ動かす。
「知り合いっていうか、腐れ縁の幼馴染ってやつ」
「ほー幼馴染なんか。それにしては物騒な目つきで、玄関に立ってるでー。兄貴、どないする?」
やばいな。それは……やばいぞ。
「どないするもなにも、今風呂に入ってるからなー。まぁー瑞樹の家は家の隣だし、また後から出直してもらおう。そうしような」
グリムは俺の言葉を聞き、何も持ってない左手を口元に当てる。
「ほな、そおいうことや。あんはんはとっとと帰ってやー」
「ん?ちょっと待て……グリム、今誰に言った?帰ってやーって今言ったのは……誰に言ったんだ⁇」
グリムは口元に当てた左手を少し離す。
「兄貴の幼馴染っちゅう瑞樹はんに決まってるやろー」
「え?」
状況が上手く理解できない。
「どおいうこと?」
状況が理解出来ず、俺はグリムに問いかける。
グリムは軽く頷き、言う。
「わいのユニークスキル《マイハウス》を使ってるさかい、家の中ならどこでも、玄関の外とも自由に会話出来るや」
ゴクリ。
俺は唾を飲み込む。
「……つまり、そおいうことなのか?」
「今わいと瑞樹はんは会話中やでー」
嫌な予感がする。
まずい。何かまずい気がする。
「まじかよ。それはまずいかも……な」
ガチャン。
鍵が開く音が響く。
俺は風呂場から身を乗り出し、風呂場の中からでは確認すら出来ない玄関の方向へ顔を向ける。
グリムは何もない空間を右手で、スイッスイッと振りながら何かを確認しだす。
「あ、瑞樹はん……家の鍵を開けよった⁉︎なんでや?なんで、兄貴の家の鍵を持ってるんやー⁉︎」
「それはたぶん……」
ドタドタドタドタ。
玄関の方向から風呂場に向かって来る音。
徐々に近づき、とうとう風呂場の外まで足音が聞こえた。
俺は風呂場の扉へ、恐る恐る視線を向ける。
「ぅ……」
扉の外に人影があった。
クマの形をした頭、両腕を組み、仁王立ちのシルエット。
間違いない。
瑞樹だ。
そう思った瞬間、扉がガラッと開く。
「てめぇー出直して来いとはどおいう了見じゃーぼけー!」
クマのフードをかぶった瑞樹は、人を取って食うような凶暴な形相で突入してきた。
「……お前、千?」
数秒の間。
風呂場に一歩踏み込み、瑞樹はポカーンとした顔で立ち止まる。
目をパチクリさせたあと、俺を指差して俺の名を口に出した。
ゴクリ。
喉を鳴らす。
「そうに決まってるだろ」
「……だよ……な?」
再び、数秒の間。
俺が本人だと言っても、信じられないみたいだ。
まだ決めてに足りないか。
このまま見知らぬ人として、やり過ごすことも可能だろう。だが、あとで俺が新道千だとバレた暁には半殺しは確定だ。
ここは素直に言うべきだ。
信じれないなら、信じれる材料を瑞樹に言えばいい。
「工藤瑞樹、俺と同じ年の16歳。小中高と同じ学校で、中高と部活はバトミントン。習い事は習字とピアノを幼少期から習ってたよな?それと今の彼氏は新井大地。そうだろ?」
再度、数秒の間。
……がつくくらい長い間。
俺には数秒が、まるで永遠の時間に感じてしまう。
瑞樹は俺の言葉を理解したのか?軽く頷き、
「てめぇーやっぱり千じゃねぇーか!出直してこいとは何様じゃーボケー!」
風呂場の入り口にかけていたタオルを握りしめて叫ぶ。
タオルをブンブン振り回し、俺に向けて当ててくる。
バチン。バチン。
バチーン!
「ちょ、ちょっと待った!たんまたんま!降参!降参します!ストッープ!――」
瑞樹の凶暴さと気性さを長い付き合いで知ってる俺は、瑞樹がタオルを振り終えた瞬間に負けを認めると同時に白旗を上げた。
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