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episode.42
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黒岩のいた大聖堂を後にした。
大聖堂の扉をくぐる際に空間がぐねっと歪む錯覚が襲ったが、入った時同様に体には異常はない。
堅牢な扉がゴトン!と音を立てて閉まる。
大聖堂を出た後は来た道を戻り、自動で開いたエレベーターに乗った。
「研究室までお願いします」
「了解しました」
扉が閉まる。
エレベーターはB150まで、降下する。
「到着しました」
エレベーターの扉がスーッと開く。
「少し待っていてください」
美男子はそう言い、一瞬で残像を残して消え、
「お待たせしました」
数秒――残像が消える瞬間――で戻ってきた。
一瞬の出来事で、何が起こったのか?理解するのに少し時間がかかった。
エレベーターは自動で閉まり、B200まで降下した。
B200に到着後、エレベーターの扉が自動で開く。
扉の開いた先に草加部がいた。
草加部と目が合う。
草加部は恐怖した表情を露わにする。草加部の後ろには、十数人の老若男女――漆黒スーツを全員着てる――がいた。その更に後ろに軍服の男達が5人程度いる。
美男子はエレベーターの先頭に立ち、俺たちの方へ振り返り言う。
「降りますよ」
俺たちは頷き、エレベーターを降りる。
俺は草加部の横を通り過ぎる。
草加部は終始、恐怖の色を隠せずに身体をガクガクと震えさせていた。それだけ、あの時の記憶を思い出しているのかもな。おまけに美男子まで居るから、恐怖は何倍も膨れ上がってるはずだ。
俺は草加部を気にせず、前へ進む。
そんな中、「ケヒヒヒッ」と老若男女の中の誰かが声を上げる。
俺は後ろを振り向く。
振り向き、遠山の道を塞ぐように立つ1人の男が視界に入る。
誰だ?
[対象:眞鍋透 LV1 推定脅威度:L]
「ケヒヒヒッ。やっぱりそうだ」
茶髪の男――眞鍋透――は口に咥えた棒のキャンディーを遠山へ向け、
「遠山美紅莉さん?」
遠山の名前を口にした。
遠山の知り合いか?
知りたいにしては、フルネームで普通呼ばないよな?
一体、誰なんだ?
「……お前は……」
遠山は驚愕した。
俺は遠山の元へ歩み寄る。
そして眞鍋の顔を見た。
見た目から判断するに20代前半で、唇に縦切傷――刃物か何かで切られたような――がある。つい最近出来た傷じゃなく、古傷に見える。
俺は眞鍋透を知らない。
「遠山さん、覚えてる?」
遠山は顔を横に振る。
「……まさか……ありえない」
「それがありえるんだなー。ねぇー皆さん」
十数人の老若男女。
正確な数字を数えると眞鍋を含めて、15人。
全員が男の言葉に反応して、頷く。
遠山は全員の反応を見て、自分の中で何かしらの確信を得た様子だ。
「……どうやって?戻った?……」
遠山の眼は真っ直ぐ眞鍋の眼を直視する。
「あの時言ったじゃない。帰れる方法は他にもあるかもって。ねぇー皆さん」
再び全員に同意を求める眞鍋。
「遠山さん達は鳥居の中に入って、数時間後。こうやって生きて戻ってきた。というか、いた」
鳥居?
眞鍋の発言した言葉に記憶を呼び覚ます。
こいつ、知ってる。
「あんた、まさかあの時いた奴か?」
俺は眞鍋に尋ねた。
眞鍋はタメに溜めて、コクリと頷く。
「そう。あれ?あんた?あの時あの場にいた⁇」
眞鍋はキャンディーを俺に向け、疑問を持った顔を表す。
そりゃーそうだよな。俺様変わりし過ぎて、分からないよな。仲間でもすぐ分からないのに会話した事ない奴なら尚更、分からないはずだわ。それに黒岩も気づかなかったくらいだしな。
「あんたがあの時いたかはどうでもいいか。遠山さん、あんたの方はなんてザマだ。あの時あんな啖呵を切っておいて、無事に戻ってこれた人数……たったの8人かよ⁈」
眞鍋は目を見開き、遠山の顔をぐるぐる見回し、キャンディーを口に咥えて舐め回す。
「……」
遠山は歯を食いしばる。
「ちょ、黙って聞いていれば、なんなのよ⁉︎」
戸倉が遠山の隣に立ち、眞鍋を威圧する。
「そうじゃん。美紅人を侮辱するようなこと言ってさ、何様よ?てか、誰?」
千葉が戸倉の後に続く。
守山達も気になって、後ろから続々と集まる。
人数は眞鍋の方が多い。だけど、こっちは眞鍋達を一撃で倒せる精鋭揃いだ。俺たちとは別の方法で帰ってきた奴らに負けるはずがない。人数差で負けていても、余裕で勝てる。
「うわぁー遠山さんの取り巻きまで出てきたよ。これだから女って奴は……。遠山さん、だから言ったじゃないか。あの時、他に帰れる方法があるかもと……なのにあんたは鳥居をくぐった。そのザマが……これか⁉︎……ケヒヒヒッ。俺の提案に乗った14人はこの通り、無事。あんたの提案に乗らなくてよかったな?ねぇー皆さん⁇」
全員が口には一言も発しないが、コクッと深く頷く。
眞鍋は「ケヒヒヒッ」と高笑いする。
「おい!早く乗れ!」
草加部は高笑いする男の肩を右手で掴み、左手で左腕を後ろに回し、力強く握り締める。
「ぁあぁあぁあ!」
眞鍋は痛みに耐えきれず、両膝を床に付ける。
「さっさと立て!他のお前達もだ!早く乗れ!」
草加部の罵倒が、この場に響く。
罵倒を耳にした14人の老若男女は「ひぃー」と悲鳴声を上げ、エレベーターにスタコラサッサで乗り込む。
キャンディーを床に落とした眞鍋も、キャンディーを右手で拾い上げて立ち上がる。
「……ケヒヒヒッ……遠山さん、あんたの選択で死んでいった人達は浮かばれないなー。あーホント、浮かばれないよなー。ケヒヒヒッ」
眞鍋は草加部に連行され、エレベーターに乗る。その後を追って、他の軍服の男達も乗り込む。
「ケヒヒヒッ」
眞鍋の笑い声が響き、エレベーターの扉が閉まる。
遠山は頭が痛そうに右手で口に手を当て、「私の選択は……間違いだったのか?」とボソッと呟いた。
コツコツと音を立て、先頭を歩いていた美男子が遠山の元へ戻ってくる。
「君の選択が間違いか?正解か?何を迷う必要があるんですか?ぼくはハッキリ言えますよ」
美男子は遠山の目の前に立つ。
「君の選択は間違いじゃないですよ」
美男子の言葉を聞いた遠山は両目から涙を流し始め、「私の選択は……間違いじゃなかった……」と呻き声を上げる。
ここに来て、初めて遠山は声を上げて泣いた。今までリーダとして、俺たちを元の世界に戻す為に必死になって導いてくれた遠山が初めて涙を流した。
俺は迷宮界にいる際、遠山が泣いた姿を一度たりとも見たことがない。
死んだ仲間の想いが、ああしたらああしていれば結果は変わっていたかもしれないと仲間を死なせた罪、いや大きな十字架か。それを背負い続け、今までの張り詰めた全ての想いが張り裂けたのかもしれない。
美男子は涙を流して床に両膝を着き、座り込んだ遠山へ言葉をかける。
「今いた彼らは運良くお零れで戻って来ただけですよ。君達がスタート地点から行動出来ない、自分の意思で選択さえ出来ない輩と同じ選択をしていれば、今この瞬間この場にはいなかったでしょうね。君達の仲間がどれだけ減ったのか、ぼくには分かり兼ねます。けれど、君の選択があったからこそ、君やこの場にいる仲間や自分達の選択の方が正しかった、激闘の日々を繰り広げた君達の選択こそが間違いだと認識する輩を救ったのは間違いありません。君は誇っていいんですよ?」
美男子は何もなかった右手から薄青色のハンカチを取り出し、遠山へ渡す。
「すまない」
遠山は涙で濡れた眼鏡を外して、美男子のハンカチを受け取る。
涙で濡れた顔をハンカチで拭い、遠山は泣いた。叫んだ。声を上げた。
俺は遠山のその姿を側で見る事しか出来なかった。
大聖堂の扉をくぐる際に空間がぐねっと歪む錯覚が襲ったが、入った時同様に体には異常はない。
堅牢な扉がゴトン!と音を立てて閉まる。
大聖堂を出た後は来た道を戻り、自動で開いたエレベーターに乗った。
「研究室までお願いします」
「了解しました」
扉が閉まる。
エレベーターはB150まで、降下する。
「到着しました」
エレベーターの扉がスーッと開く。
「少し待っていてください」
美男子はそう言い、一瞬で残像を残して消え、
「お待たせしました」
数秒――残像が消える瞬間――で戻ってきた。
一瞬の出来事で、何が起こったのか?理解するのに少し時間がかかった。
エレベーターは自動で閉まり、B200まで降下した。
B200に到着後、エレベーターの扉が自動で開く。
扉の開いた先に草加部がいた。
草加部と目が合う。
草加部は恐怖した表情を露わにする。草加部の後ろには、十数人の老若男女――漆黒スーツを全員着てる――がいた。その更に後ろに軍服の男達が5人程度いる。
美男子はエレベーターの先頭に立ち、俺たちの方へ振り返り言う。
「降りますよ」
俺たちは頷き、エレベーターを降りる。
俺は草加部の横を通り過ぎる。
草加部は終始、恐怖の色を隠せずに身体をガクガクと震えさせていた。それだけ、あの時の記憶を思い出しているのかもな。おまけに美男子まで居るから、恐怖は何倍も膨れ上がってるはずだ。
俺は草加部を気にせず、前へ進む。
そんな中、「ケヒヒヒッ」と老若男女の中の誰かが声を上げる。
俺は後ろを振り向く。
振り向き、遠山の道を塞ぐように立つ1人の男が視界に入る。
誰だ?
[対象:眞鍋透 LV1 推定脅威度:L]
「ケヒヒヒッ。やっぱりそうだ」
茶髪の男――眞鍋透――は口に咥えた棒のキャンディーを遠山へ向け、
「遠山美紅莉さん?」
遠山の名前を口にした。
遠山の知り合いか?
知りたいにしては、フルネームで普通呼ばないよな?
一体、誰なんだ?
「……お前は……」
遠山は驚愕した。
俺は遠山の元へ歩み寄る。
そして眞鍋の顔を見た。
見た目から判断するに20代前半で、唇に縦切傷――刃物か何かで切られたような――がある。つい最近出来た傷じゃなく、古傷に見える。
俺は眞鍋透を知らない。
「遠山さん、覚えてる?」
遠山は顔を横に振る。
「……まさか……ありえない」
「それがありえるんだなー。ねぇー皆さん」
十数人の老若男女。
正確な数字を数えると眞鍋を含めて、15人。
全員が男の言葉に反応して、頷く。
遠山は全員の反応を見て、自分の中で何かしらの確信を得た様子だ。
「……どうやって?戻った?……」
遠山の眼は真っ直ぐ眞鍋の眼を直視する。
「あの時言ったじゃない。帰れる方法は他にもあるかもって。ねぇー皆さん」
再び全員に同意を求める眞鍋。
「遠山さん達は鳥居の中に入って、数時間後。こうやって生きて戻ってきた。というか、いた」
鳥居?
眞鍋の発言した言葉に記憶を呼び覚ます。
こいつ、知ってる。
「あんた、まさかあの時いた奴か?」
俺は眞鍋に尋ねた。
眞鍋はタメに溜めて、コクリと頷く。
「そう。あれ?あんた?あの時あの場にいた⁇」
眞鍋はキャンディーを俺に向け、疑問を持った顔を表す。
そりゃーそうだよな。俺様変わりし過ぎて、分からないよな。仲間でもすぐ分からないのに会話した事ない奴なら尚更、分からないはずだわ。それに黒岩も気づかなかったくらいだしな。
「あんたがあの時いたかはどうでもいいか。遠山さん、あんたの方はなんてザマだ。あの時あんな啖呵を切っておいて、無事に戻ってこれた人数……たったの8人かよ⁈」
眞鍋は目を見開き、遠山の顔をぐるぐる見回し、キャンディーを口に咥えて舐め回す。
「……」
遠山は歯を食いしばる。
「ちょ、黙って聞いていれば、なんなのよ⁉︎」
戸倉が遠山の隣に立ち、眞鍋を威圧する。
「そうじゃん。美紅人を侮辱するようなこと言ってさ、何様よ?てか、誰?」
千葉が戸倉の後に続く。
守山達も気になって、後ろから続々と集まる。
人数は眞鍋の方が多い。だけど、こっちは眞鍋達を一撃で倒せる精鋭揃いだ。俺たちとは別の方法で帰ってきた奴らに負けるはずがない。人数差で負けていても、余裕で勝てる。
「うわぁー遠山さんの取り巻きまで出てきたよ。これだから女って奴は……。遠山さん、だから言ったじゃないか。あの時、他に帰れる方法があるかもと……なのにあんたは鳥居をくぐった。そのザマが……これか⁉︎……ケヒヒヒッ。俺の提案に乗った14人はこの通り、無事。あんたの提案に乗らなくてよかったな?ねぇー皆さん⁇」
全員が口には一言も発しないが、コクッと深く頷く。
眞鍋は「ケヒヒヒッ」と高笑いする。
「おい!早く乗れ!」
草加部は高笑いする男の肩を右手で掴み、左手で左腕を後ろに回し、力強く握り締める。
「ぁあぁあぁあ!」
眞鍋は痛みに耐えきれず、両膝を床に付ける。
「さっさと立て!他のお前達もだ!早く乗れ!」
草加部の罵倒が、この場に響く。
罵倒を耳にした14人の老若男女は「ひぃー」と悲鳴声を上げ、エレベーターにスタコラサッサで乗り込む。
キャンディーを床に落とした眞鍋も、キャンディーを右手で拾い上げて立ち上がる。
「……ケヒヒヒッ……遠山さん、あんたの選択で死んでいった人達は浮かばれないなー。あーホント、浮かばれないよなー。ケヒヒヒッ」
眞鍋は草加部に連行され、エレベーターに乗る。その後を追って、他の軍服の男達も乗り込む。
「ケヒヒヒッ」
眞鍋の笑い声が響き、エレベーターの扉が閉まる。
遠山は頭が痛そうに右手で口に手を当て、「私の選択は……間違いだったのか?」とボソッと呟いた。
コツコツと音を立て、先頭を歩いていた美男子が遠山の元へ戻ってくる。
「君の選択が間違いか?正解か?何を迷う必要があるんですか?ぼくはハッキリ言えますよ」
美男子は遠山の目の前に立つ。
「君の選択は間違いじゃないですよ」
美男子の言葉を聞いた遠山は両目から涙を流し始め、「私の選択は……間違いじゃなかった……」と呻き声を上げる。
ここに来て、初めて遠山は声を上げて泣いた。今までリーダとして、俺たちを元の世界に戻す為に必死になって導いてくれた遠山が初めて涙を流した。
俺は迷宮界にいる際、遠山が泣いた姿を一度たりとも見たことがない。
死んだ仲間の想いが、ああしたらああしていれば結果は変わっていたかもしれないと仲間を死なせた罪、いや大きな十字架か。それを背負い続け、今までの張り詰めた全ての想いが張り裂けたのかもしれない。
美男子は涙を流して床に両膝を着き、座り込んだ遠山へ言葉をかける。
「今いた彼らは運良くお零れで戻って来ただけですよ。君達がスタート地点から行動出来ない、自分の意思で選択さえ出来ない輩と同じ選択をしていれば、今この瞬間この場にはいなかったでしょうね。君達の仲間がどれだけ減ったのか、ぼくには分かり兼ねます。けれど、君の選択があったからこそ、君やこの場にいる仲間や自分達の選択の方が正しかった、激闘の日々を繰り広げた君達の選択こそが間違いだと認識する輩を救ったのは間違いありません。君は誇っていいんですよ?」
美男子は何もなかった右手から薄青色のハンカチを取り出し、遠山へ渡す。
「すまない」
遠山は涙で濡れた眼鏡を外して、美男子のハンカチを受け取る。
涙で濡れた顔をハンカチで拭い、遠山は泣いた。叫んだ。声を上げた。
俺は遠山のその姿を側で見る事しか出来なかった。
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