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本編
31.兄の虚勢
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ガタンガタンと揺れる馬車。
この感覚は初めてじゃない。でも、唯一違うのは気持ちだろうか? 一度目は色々と信じられなくて感情をコントロール出来ていなかった。でも今は違う。
経験したから。未来が分かってるから。
とか、そうじゃなくて悲しいとか辛いとかそう思うのは仕方がないけど、今を生きなくてはいけない。後ろばっか見てないで、前を向かないといけない。
信じたくなくても、信じなくていいから次に進む為の道を探そう。
前進する為の術を探すんだ。
前世でも···もうどっちが前世だか分かんないけど芹沢文の人生でも悲しいことは沢山あった。けど、その度にこれを飲んだら次を見つけてやる!!って···まぁそのせいで死んだんだけど。
とにかく、弱ってるばかりじゃいられない。
よく考えてみれば一度目は兄貴にも、先輩にも、伯父さんにも頼りすぎていた節がある。自分の未来のことが分からないからって兄貴と先輩に押されるままハッキリしてなかった。
今までだって流されるまま、押されるまま。
それじゃいけない。
「──兄貴」
「··············律花、おかえり」
家に着いて、直ぐに俺は兄の居るサロンへ向かった。
焦らずゆっくり気持ちを鎮めるように踏み出す足。
聞いたことのある台詞。
でも、やっぱり俺は自分の事ばかりで周りが見えてなかったんだ。不知火さんの言っていた通りどう見てもおかしい。こんなん···いつもの兄貴と全然違うじゃないか···っ。
ホコリだらけのヨレヨレの制服も探し物をしていたからと言われて納得して、声色の固さは動揺の表れだって思い込んで···。
俺は兄貴の表情をちゃんと見てたか?
否、見えていなかった。
今にも崩壊しそうな笑み、危うげに綻んだ絶望の笑みだ。
それなのに平静を装って俺にギリギリの笑顔を見せて、明日のことを考えないといけないから探し物も一人でして、どう考えても兄貴は無理してるのに、また失うことの怖さに怯えていた俺には見えてなかった。
それにこれは違う。これは動揺だけじゃない。
絶望の端に見える喜びの笑みも悲しみの中で混在するその感情への困惑も、色んな感情がごちゃまぜになってきっと兄貴自身が何を感じてるのか分かってない。
ゾワゾワと寒気を感じる。
「律花も聞いたよね。···父さんと母さん、行方不明だって」
「聞いた」
「一週間経って見つからないようだったら·······お別れだよ」
「······うん」
「その間学園は休学になるからね。父さんの方の親戚はもう連絡したけど親戚とも言えない血の濃さだ。曾曾お祖父さんまで遡ったよ···大変だった」
「母さんの方は直ぐに見つけてね、連絡したら三日後に一度来てくれるって···母さんの方の親戚なんて初めて会うから緊張するね」
ほら、震えてる。
俺は俺の感情に流されすぎた。
前世で親孝行出来なかったから、今世ではしようと思ってたのに出来なくて、愛してくれた両親に何一つしてあげられなくて。
·········だから何だって言うんだ?
今、悲しいのは俺だけじゃないだろ?
前世とか今世とか関係ない。覚えてる覚えてないの差であって今は両親が亡くなったって悲しみは俺だけじゃない。兄貴だって同じだ。
淡々と現状の説明をする兄貴。
今なら分かるし、見える。
「それで──」
「兄貴、っ········一人で無理しないでくれ」
「············え?」
な?崩れてく。
兄貴だって訃報を聞いて悲しかった筈だ、辛かった筈だ、それなのに俺の為に笑っててくれて······どれだけ俺が兄貴に甘えてたか、思い知った。
「·······え?······あれ?」
ポロリ、ポロリと兄貴の瞳から溢れてく。
一度溢れてしまえばもう止められないことはオレが一番よく知っている。
どんなに虚勢を張ってたって意味が無くなることも。
「···あ、ははっ。······僕」
「っ·······兄貴」
「······っ何で」
兄貴が泣いてるのを見たら俺の涙腺もボロボロになった。
ただでさえ脆い涙腺だ。何度経験しても悲しい事実は変わらない。さらに兄貴の弱ってる姿も加算されて余計涙は止まらなくなる。
「俺も···っ俺も、頑張るから」
「っ、ぅっ···だから、一人で無理すんなよっ!」
「···っ、律·······」
兄貴は崩れ落ちるようにその場に座り込んだ。
今度は俺が兄貴を支える番だ。
俺はそんな兄に駆け寄って、ぎゅっと哀しみに震える兄の頭を抱き込んだ。抱きしめた瞬間ハッと兄貴は逃げようとした頭を撫でてやると肩の力が抜けたのか脱力する。
芹沢文の人生も引っ括めて俺の方が兄貴より長く生きてんだ。
俺がいつまでも甘ったれてたって仕方ない。
「······っ、あぁ·······っごめ、っ律···」
「···兄貴」
「お兄ちゃんなのに、っ、こんな·······」
「···っ当たり前だろ···悲しいのはっ、っぅ···」
「·······違う、っ···僕は·······あぁ、本当に最低な兄だ」
「·······っ、、僕は·······怖いよ」
「······兄貴?」
「···ごめんね·······ごめん··········っ·····律花」
あの兄が震えている。
俺に縋って、綺麗な顔をぐしゃぐしゃにして俺に弱々しいとこ見せて、俺に助けを求めてる。完璧な兄じゃなくて、弱気になって震えている。
「こんな僕を嫌いにならないで、律花···離れないで」
一体、兄が何に震えているのか分からない。
何を思って俺に縋っているのか。
ごめんねごめんねと何度も謝ってくる兄。
俺の胸に、腹に、まるで幼子のように縋って、何度も自分の濡れた頬を寄せる。いつも過保護で俺ばっか頼りっぱなしのカッコイイ兄がこんな弱気で俺に縋る姿に俺は、俺も俺自身も震えている手でその背中を摩ってやることしか出来ない。
·······俺が弟として少しでも兄の支えになれれば。
「·······ごめんね···律花の制服、汚れちゃったね」
「···気にすんな。昔も、俺がいじめられたり怒られたりして泣いてた時は兄貴がこうやってぎゅってしてくれたんだ。···そのお返し」
「·······律花は優しいね」
「···ありがとな。父さんと母さんの···探し物とか·······俺も手伝うから。一人でやろうとしないで、今度は俺にも相談しろよ」
一度目には見れなかった兄貴の本当に嬉しそうな笑顔。
·······こんな兄貴、久しぶりに見た気がする。
今までカッコイイお兄ちゃんでいようとしてたのかもしれない。
だって、俺もそんな兄を見て凄いなって尊敬してた。
「···うん、律花は男前だね」
「だろっ?」
「ふふっ···うん。あ、ふふっ···二人とも汚れちゃったね」
「あ」
俺も兄貴も涙や鼻水(主に俺の)やススやホコリだらけで、制服も顔も髪の毛も目につく所全てぐっちゃぐちゃだ。兄貴は赤くなった目元を抑えて笑った。
「兄貴ー、これ違う?」
「·······んー。父さんの仕事の資料かな。これは後で確認してくるね」
その後は兄と二人で父と母の部屋やら父の書斎やらで他に連絡を入れておいた方がいい人がいないか連絡先を探した。生憎、親戚は少ないが友人の多かった父さんだ。連絡を入れておいた方がいい人もいるはず。
母さんの親戚の方は伯父さんの他に当てがない。
兄貴が見つけた伯父へ繋がる手がかりとなったものだって見つかったのが奇跡なくらいだ。
「律花、少し休憩しようか」
「···おう」
こんな量の探し物を兄貴は一人でやってたんだろうと思うと一度目の甘ったれ野郎に呆れた。だって俺ってば兄貴が大変なの分かってたのに弱音ばっか吐いて、自分の部屋に引きこもってた訳だし。
···最低なのは俺の方だ。
「明日、本邸の方に移ろうと思ってるんだ」
兄はお茶の用意をしながらこれからについて語る。
明日本邸に移ること、伯父が三日後に来てくれること、一週間後に二人の生存が確認されなければ行う法事のこと。···もう既に色んなことを兄貴一人でやってくれてた。
少し考えれば分かることなのに。
「·······律花」
「ん?」
「こんな時に話すべきではないとは分かってるけど···僕と結婚してほしい」
·········はい?
「本当は伯父様がいらしてから、律花にも伯父様にも話をしようと思っていたんだけどね···。律花は僕と結婚なんて嫌かな、って思ってね······」
そう言って兄は母さんのお義兄さんである伯父様が厳島家当主で先輩のお父さんってことや五家の結婚条件、当主が後継への引き継ぎの儀式前に亡くなった場合の特例となる結婚条件、一度目で聞いた驚きの話を始める。
まさか求婚イベントがここで発生するとは思ってなかった。でも、兄の様子は落ち着いているし前回の俺の返事を急かすような、焦ったような様子は見られない。
「···律花、愛してるよ」
っ、この兄は本当に恥ずかしげもなく···。
俺はなんて返せばいいのか分からない。だって、兄貴は本気で言ってるから。それが分かるから無下に返事も出来ない。
「僕は本当なら律花と結婚は出来なかった」
「僕は本当に最低な男だ。······父さんと母さんの報せを聞いて、悲しむべき時なのに一番に感じたのは本当は結婚なんて出来るはずがない律花と結婚出来るようになったことを喜び···律花を愛しすぎて、父さんと母さんに申し訳ない考えをした。二人の息子としても、律花の兄としても本当に最低だね···」
「律花のことを想うと、僕は僕を止められなくなる···。時々自分が怖くなるよ。いつか律花を本当に部屋に閉じ込めて、監禁して、ずっと僕から離れないように縛り付けてしまうかもしれない···って」
「それでも律花が好きで、止められなくなって·······あの日弱ってた律花を抱いた。他の男が律花に跡を付けたことに見て見ぬふり出来なくて、僕の律花に触れたことが許せなくて·······それでも律花が愛しくて」
「律花が僕を嫌うのは当たり前だよ。僕はそれだけのことをした·······でもこれだけは信じてほしい。僕は律花が好きだ、愛してる。愛しくて、可愛くて、仕方がないんだ」
兄は悩んでたのか。
訃報への悲しみと俺と結婚出来るようになったことへの喜びと、普通は決して交わってはいけない感情が混じり交わって苦しんでたんだ···。
兄が俺の事を好きなのは知ってた。
溺愛が異常だったからな。
それでも俺は弟として愛されてるんだって思い込んで、兄にハッキリ感情を伝えたことなんてなかった。
「···兄貴」
「うん、だから考えてくれるだけでいい。諦めが悪くてごめんね。······それに今はそんな時じゃないからね。先輩の件もあるし、ゆっくりいいからね」
まさか、ゆっくりでいいなんてあの兄の口から聞けるとは思わなかった。
兄貴の気持ちは分かった。けど、やっぱり俺の返事は分からない。俺自身、兄貴とどうなりたいとか思ってない。
だから、兄貴からそう言ってくれて嬉しかった。
「·······分かった。ちゃんと、考える」
「っ··········うん。ありがとう」
俺は兄貴のことを勘違いしてたかもしれない。
兄貴は強くて、格好良くて、何でも出来て、優しくて、多分言い出したらキリがないけどきっとそれは兄貴も無理してたんだと思う。
···今まで本当に全部中途半端だったんだな。
今度は俺も頑張るから。
この感覚は初めてじゃない。でも、唯一違うのは気持ちだろうか? 一度目は色々と信じられなくて感情をコントロール出来ていなかった。でも今は違う。
経験したから。未来が分かってるから。
とか、そうじゃなくて悲しいとか辛いとかそう思うのは仕方がないけど、今を生きなくてはいけない。後ろばっか見てないで、前を向かないといけない。
信じたくなくても、信じなくていいから次に進む為の道を探そう。
前進する為の術を探すんだ。
前世でも···もうどっちが前世だか分かんないけど芹沢文の人生でも悲しいことは沢山あった。けど、その度にこれを飲んだら次を見つけてやる!!って···まぁそのせいで死んだんだけど。
とにかく、弱ってるばかりじゃいられない。
よく考えてみれば一度目は兄貴にも、先輩にも、伯父さんにも頼りすぎていた節がある。自分の未来のことが分からないからって兄貴と先輩に押されるままハッキリしてなかった。
今までだって流されるまま、押されるまま。
それじゃいけない。
「──兄貴」
「··············律花、おかえり」
家に着いて、直ぐに俺は兄の居るサロンへ向かった。
焦らずゆっくり気持ちを鎮めるように踏み出す足。
聞いたことのある台詞。
でも、やっぱり俺は自分の事ばかりで周りが見えてなかったんだ。不知火さんの言っていた通りどう見てもおかしい。こんなん···いつもの兄貴と全然違うじゃないか···っ。
ホコリだらけのヨレヨレの制服も探し物をしていたからと言われて納得して、声色の固さは動揺の表れだって思い込んで···。
俺は兄貴の表情をちゃんと見てたか?
否、見えていなかった。
今にも崩壊しそうな笑み、危うげに綻んだ絶望の笑みだ。
それなのに平静を装って俺にギリギリの笑顔を見せて、明日のことを考えないといけないから探し物も一人でして、どう考えても兄貴は無理してるのに、また失うことの怖さに怯えていた俺には見えてなかった。
それにこれは違う。これは動揺だけじゃない。
絶望の端に見える喜びの笑みも悲しみの中で混在するその感情への困惑も、色んな感情がごちゃまぜになってきっと兄貴自身が何を感じてるのか分かってない。
ゾワゾワと寒気を感じる。
「律花も聞いたよね。···父さんと母さん、行方不明だって」
「聞いた」
「一週間経って見つからないようだったら·······お別れだよ」
「······うん」
「その間学園は休学になるからね。父さんの方の親戚はもう連絡したけど親戚とも言えない血の濃さだ。曾曾お祖父さんまで遡ったよ···大変だった」
「母さんの方は直ぐに見つけてね、連絡したら三日後に一度来てくれるって···母さんの方の親戚なんて初めて会うから緊張するね」
ほら、震えてる。
俺は俺の感情に流されすぎた。
前世で親孝行出来なかったから、今世ではしようと思ってたのに出来なくて、愛してくれた両親に何一つしてあげられなくて。
·········だから何だって言うんだ?
今、悲しいのは俺だけじゃないだろ?
前世とか今世とか関係ない。覚えてる覚えてないの差であって今は両親が亡くなったって悲しみは俺だけじゃない。兄貴だって同じだ。
淡々と現状の説明をする兄貴。
今なら分かるし、見える。
「それで──」
「兄貴、っ········一人で無理しないでくれ」
「············え?」
な?崩れてく。
兄貴だって訃報を聞いて悲しかった筈だ、辛かった筈だ、それなのに俺の為に笑っててくれて······どれだけ俺が兄貴に甘えてたか、思い知った。
「·······え?······あれ?」
ポロリ、ポロリと兄貴の瞳から溢れてく。
一度溢れてしまえばもう止められないことはオレが一番よく知っている。
どんなに虚勢を張ってたって意味が無くなることも。
「···あ、ははっ。······僕」
「っ·······兄貴」
「······っ何で」
兄貴が泣いてるのを見たら俺の涙腺もボロボロになった。
ただでさえ脆い涙腺だ。何度経験しても悲しい事実は変わらない。さらに兄貴の弱ってる姿も加算されて余計涙は止まらなくなる。
「俺も···っ俺も、頑張るから」
「っ、ぅっ···だから、一人で無理すんなよっ!」
「···っ、律·······」
兄貴は崩れ落ちるようにその場に座り込んだ。
今度は俺が兄貴を支える番だ。
俺はそんな兄に駆け寄って、ぎゅっと哀しみに震える兄の頭を抱き込んだ。抱きしめた瞬間ハッと兄貴は逃げようとした頭を撫でてやると肩の力が抜けたのか脱力する。
芹沢文の人生も引っ括めて俺の方が兄貴より長く生きてんだ。
俺がいつまでも甘ったれてたって仕方ない。
「······っ、あぁ·······っごめ、っ律···」
「···兄貴」
「お兄ちゃんなのに、っ、こんな·······」
「···っ当たり前だろ···悲しいのはっ、っぅ···」
「·······違う、っ···僕は·······あぁ、本当に最低な兄だ」
「·······っ、、僕は·······怖いよ」
「······兄貴?」
「···ごめんね·······ごめん··········っ·····律花」
あの兄が震えている。
俺に縋って、綺麗な顔をぐしゃぐしゃにして俺に弱々しいとこ見せて、俺に助けを求めてる。完璧な兄じゃなくて、弱気になって震えている。
「こんな僕を嫌いにならないで、律花···離れないで」
一体、兄が何に震えているのか分からない。
何を思って俺に縋っているのか。
ごめんねごめんねと何度も謝ってくる兄。
俺の胸に、腹に、まるで幼子のように縋って、何度も自分の濡れた頬を寄せる。いつも過保護で俺ばっか頼りっぱなしのカッコイイ兄がこんな弱気で俺に縋る姿に俺は、俺も俺自身も震えている手でその背中を摩ってやることしか出来ない。
·······俺が弟として少しでも兄の支えになれれば。
「·······ごめんね···律花の制服、汚れちゃったね」
「···気にすんな。昔も、俺がいじめられたり怒られたりして泣いてた時は兄貴がこうやってぎゅってしてくれたんだ。···そのお返し」
「·······律花は優しいね」
「···ありがとな。父さんと母さんの···探し物とか·······俺も手伝うから。一人でやろうとしないで、今度は俺にも相談しろよ」
一度目には見れなかった兄貴の本当に嬉しそうな笑顔。
·······こんな兄貴、久しぶりに見た気がする。
今までカッコイイお兄ちゃんでいようとしてたのかもしれない。
だって、俺もそんな兄を見て凄いなって尊敬してた。
「···うん、律花は男前だね」
「だろっ?」
「ふふっ···うん。あ、ふふっ···二人とも汚れちゃったね」
「あ」
俺も兄貴も涙や鼻水(主に俺の)やススやホコリだらけで、制服も顔も髪の毛も目につく所全てぐっちゃぐちゃだ。兄貴は赤くなった目元を抑えて笑った。
「兄貴ー、これ違う?」
「·······んー。父さんの仕事の資料かな。これは後で確認してくるね」
その後は兄と二人で父と母の部屋やら父の書斎やらで他に連絡を入れておいた方がいい人がいないか連絡先を探した。生憎、親戚は少ないが友人の多かった父さんだ。連絡を入れておいた方がいい人もいるはず。
母さんの親戚の方は伯父さんの他に当てがない。
兄貴が見つけた伯父へ繋がる手がかりとなったものだって見つかったのが奇跡なくらいだ。
「律花、少し休憩しようか」
「···おう」
こんな量の探し物を兄貴は一人でやってたんだろうと思うと一度目の甘ったれ野郎に呆れた。だって俺ってば兄貴が大変なの分かってたのに弱音ばっか吐いて、自分の部屋に引きこもってた訳だし。
···最低なのは俺の方だ。
「明日、本邸の方に移ろうと思ってるんだ」
兄はお茶の用意をしながらこれからについて語る。
明日本邸に移ること、伯父が三日後に来てくれること、一週間後に二人の生存が確認されなければ行う法事のこと。···もう既に色んなことを兄貴一人でやってくれてた。
少し考えれば分かることなのに。
「·······律花」
「ん?」
「こんな時に話すべきではないとは分かってるけど···僕と結婚してほしい」
·········はい?
「本当は伯父様がいらしてから、律花にも伯父様にも話をしようと思っていたんだけどね···。律花は僕と結婚なんて嫌かな、って思ってね······」
そう言って兄は母さんのお義兄さんである伯父様が厳島家当主で先輩のお父さんってことや五家の結婚条件、当主が後継への引き継ぎの儀式前に亡くなった場合の特例となる結婚条件、一度目で聞いた驚きの話を始める。
まさか求婚イベントがここで発生するとは思ってなかった。でも、兄の様子は落ち着いているし前回の俺の返事を急かすような、焦ったような様子は見られない。
「···律花、愛してるよ」
っ、この兄は本当に恥ずかしげもなく···。
俺はなんて返せばいいのか分からない。だって、兄貴は本気で言ってるから。それが分かるから無下に返事も出来ない。
「僕は本当なら律花と結婚は出来なかった」
「僕は本当に最低な男だ。······父さんと母さんの報せを聞いて、悲しむべき時なのに一番に感じたのは本当は結婚なんて出来るはずがない律花と結婚出来るようになったことを喜び···律花を愛しすぎて、父さんと母さんに申し訳ない考えをした。二人の息子としても、律花の兄としても本当に最低だね···」
「律花のことを想うと、僕は僕を止められなくなる···。時々自分が怖くなるよ。いつか律花を本当に部屋に閉じ込めて、監禁して、ずっと僕から離れないように縛り付けてしまうかもしれない···って」
「それでも律花が好きで、止められなくなって·······あの日弱ってた律花を抱いた。他の男が律花に跡を付けたことに見て見ぬふり出来なくて、僕の律花に触れたことが許せなくて·······それでも律花が愛しくて」
「律花が僕を嫌うのは当たり前だよ。僕はそれだけのことをした·······でもこれだけは信じてほしい。僕は律花が好きだ、愛してる。愛しくて、可愛くて、仕方がないんだ」
兄は悩んでたのか。
訃報への悲しみと俺と結婚出来るようになったことへの喜びと、普通は決して交わってはいけない感情が混じり交わって苦しんでたんだ···。
兄が俺の事を好きなのは知ってた。
溺愛が異常だったからな。
それでも俺は弟として愛されてるんだって思い込んで、兄にハッキリ感情を伝えたことなんてなかった。
「···兄貴」
「うん、だから考えてくれるだけでいい。諦めが悪くてごめんね。······それに今はそんな時じゃないからね。先輩の件もあるし、ゆっくりいいからね」
まさか、ゆっくりでいいなんてあの兄の口から聞けるとは思わなかった。
兄貴の気持ちは分かった。けど、やっぱり俺の返事は分からない。俺自身、兄貴とどうなりたいとか思ってない。
だから、兄貴からそう言ってくれて嬉しかった。
「·······分かった。ちゃんと、考える」
「っ··········うん。ありがとう」
俺は兄貴のことを勘違いしてたかもしれない。
兄貴は強くて、格好良くて、何でも出来て、優しくて、多分言い出したらキリがないけどきっとそれは兄貴も無理してたんだと思う。
···今まで本当に全部中途半端だったんだな。
今度は俺も頑張るから。
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