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本編

13.餌付けされる

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「ふぉいふぃふぇ~♪(おいしいね~♪)」
「そうか、それは良かった。···律花、お前も食え」


ぽすっ。俺の手中に放られた菓子パンの山。
千秋に口に物が入ってる時は喋るなだとか、行儀が悪いぞだとかいつもならツッコミを入れている所だが···生憎にも俺にはそんな元気はない。


「···こんなに食えない」
「育ち盛りだろ?食わないとデカくならん」


そう言って俺の頭の上に乗せられる大きな掌。
先輩の手に包まれてしまう俺の頭。
···俺の頭が小さいんじゃない先輩の手がデカいんだ。

何故、もう二度と俺に近づかないと約束したこの男がお昼休みに菓子パンの山を俺たちの前に広げ、餌付けしているのかと言うとそれは二日ほど前に遡る。


















「·······ねぇ、律花」

「な、なんだ?兄よ」

「これって──どういうことかなぁ?」


にっこり。
あ、これは激おこの笑みや·······殺される。

そう思ったのもつかの間、俺は突然俺の目の前に掲げられた一枚の紙に目を向ける。
·······ツガイ、ケイヤク、ショ·······?


「···誰が?」
「お前だよ?このお馬鹿さん」
「·············は?」 


俺はその番契約書と書かれた紙を兄から奪い取るように······実際奪い取って書かれている内容をよく読む。·······お、俺だ。俺宛の番契約書だわ、これ。
それは紛れもなく俺へ宛てられたものだった。



番契約書を送る──とは、ある意味プロポーズを意味する。

ディアルタリカでは15歳から婚姻が認められている為、現在16歳である(あと1ヶ月で17になる)俺は結婚適齢期と呼ばれる所に位置している訳で、番契約さえすれば直ぐにでもお嫁又はお婿に行けるし、作るつもりもないが子供だって産める。


そこで番契約とは、だ。


ここでの番とは雄雌や対になる者の意味ではなく、関係を持つ者···と言うような意味が強い。結婚を前提にしたお付き合いを意識しているというケースや結婚はしないが子供だけ作ると言うケースもある。·······俺の目の錯覚で無ければ今回は前者だろう。

番契約をした者はその気持ちがあれば子供を産む為の第一段階である『核』を体内に埋めることが出来る。最近ではカプセルタイプの薬も·······って別に俺は子供を作ろうなんて考えてないぞっ!?たまたまそういう授業があってだな·······ともかく!

第一に番契約をしていないと結婚出来ないこの世界では婚約者又はそれに類ずる者を意味し、役所から発行される番契約書に本人達の血判を押す。一応18歳が成人だから、未成年である俺は両親の許諾が無ければ番契約書も結婚も意味を成さない。
·········と言うか、どっちもするつもりないんだけど···。



俺はもう一度よく宛名を見る。



「········はぁ」
「律花······勿論、断るよね?」


宛名は厳島家──先輩の責任取るって·······こういう事か!!!!

兄はにっこり。
めちゃくちゃにっこりしている。


「········兄貴」


俺はじとーっと兄貴を見やる。
にっこりしながら、コテンッと首を傾げる兄。
········兄貴がそんなことやっても可愛くないぞ。ちょっとしか。

転生者の俺としては攻略対象である先輩のことは避けたい。
しかし家のことを思うと伯爵家の俺が辺境伯って立場の先輩に嫁ぐのは一般的に悪くない事だ。いや、悪くない所の話じゃない。
きっと両親に話せばあの両親のことだ···俺の意志を尊重してくれるとは思うが、流石に当主である父が居ない間に来た話だ。勝手に断るのは違う。


「兄貴、もし自分のことを棚に上げて言ってんならこの話は保留にするぞ」


断るつもりだが、兄が拗らせブラコンを突き通すと言うなら話は別だ。
番契約書を渡す相手は一人でなくてもいい。だから先輩には申し訳ないが、先輩に他に好きな人が出来るまで保留にさせて貰うことも出来る。勿論あまり先方には良いようには取られないだろうが、それはそれで仕方ないことだろう。




「·······チッ、分かったよ。本当は先輩の家が辺境伯でなけば今直ぐにでも燃やして無かったことにしたかった所だけれど、律が断るつもりなら当主不在の為ってことで父さんが帰ってくるまでは保留にするように言っておくよ」


暫くしてようやく折れた兄貴。
いや、今舌打ちしたよな!?これ、俺たちでどうにかしていい話じゃないから!!
兄貴はバリバリ断りを入れるつもりだったらしい。

一生を独身で貫きたい俺としては一生兄貴の傍に居れば安全なんだろうが、その代わりにこの先も実の兄に貞操を捧げねばならないのかもしれない········安全と貞操、なんとリスキーな天秤だか。


「でも、何で先輩が律花に··········」
「っ!!」
「律花、先輩と何かあったの?」
「···な、なんも??」
「·············本当に?」
「ほ、ほんと本当だって!!」

ふーん、怪しいと言う目で俺を見つめる兄貴。
·······う、上手く誤魔化せただろうか。俺嘘つける自信ない···。
きっと二、三日くらい前に放課後屋上で先輩とやっちまいました(てへぺろ)なんて言った暁には俺の貞操の危機は免れないだろうと思う。
·······考えただけでも鳥肌が立つ。ガクブルッ。










まぁ、そんなこんなで現在の俺と先輩の関係は先輩後輩以上恋人未満といったなんとも曖昧な関係だ。まだ番契約を保留とはいえ、先輩が何故俺にここまでしようとするのかはよく分からない。

先輩は千秋が好きな筈だろう?だったら番契約書も千秋に渡すべきだ。確かに先輩は俺の貞操を奪った一人で、その後の話し合いの時にも暴走したからと言っても先輩が俺の一生を養う必要無いしその件で思い悩むことも無い。俺だって養って貰うつもりは毛頭無い。



「·······律花、どうした」

急に黙り込んだ俺の顔を覗き込む先輩。
近いぞ·······相変わらずいい顔してんな、おい。
しかも気にはならなかったがいつの間にか名前呼びだし。

「いいえ、何でも」
「そうか。気分が悪ければ言ってくれ」

これも食うか?と一日十食限定の主菜パックスペシャルを差し出してくる。ハンバーグにコロッケ、ミートボールにミニオムレツ···十数種類の豪華な主菜が詰まりこれで10ドールと格安だ。何故こんな珍しいものまで·······。

「·······あの、先輩」
「何だ?」

俺は菓子パンに夢中になっている千秋に聞こえないように小声で先輩に話しかけた。

「その······気にかけてくれるのは嬉しいんだけど、そこまでして欲しい訳じゃないくてだな···。まぁ、元はと言え俺たちが先輩の昼寝中に来たんだし後から来たのは俺たちなんだけど···」

上手く言葉に出来ない。

そう、元はと言えば一昨日。
天気がいいから屋上で昼食にしようと千秋が言って、必然的に友人である俺も同行した。本校舎の屋上は校内カフェって飲食出来る所があるから人気で、結構多くの人が利用してるからと千秋が北校舎の屋上に行こうと言い出して·······勿論千秋の提案を断れない俺は購買でパンを買って、千秋と共にここに来た訳だが·······。

それから三日間、お昼ご飯をお世話になっている。


番契約書の件が分かった昨日、先輩を問い詰めた。
そしたらこのイケメンなんて言いやがったと思う?


「···保留の件、承知した。お前の気持ちでは俺は断られるという事だろう···しかしそれならば暫くの間は俺の好きにさせて貰う。昼飯も気にするな、俺の好きで与えている」


くそぅ·······このイケメンめっ!
好きにさせて貰う=飯の面倒を見てやるってことだってことは今日の朝、千秋に「先輩がまたお昼奢ってくれるって!やったね♪」と言われて分かった。

流石に毎日菓子パンは飽きるぞ···。
しかし俺はなんてチキンな男だろうか···八の字眉と「そうか······」とトーン落ちした低音ボイスについつい負けてしまった。断れず断れずに結局ご馳走になっている。

······もうヤケクソだ!食い物に罪はない!
そう思い直して今日もがつがつと食べ始める。


「·······そうだ。俺が言うのも何だが、霧ヶ谷はどうした」
「む?」
「くく。···すまない、呑み込んでからでいい」

そろそろ昼飯も後半に掛かってたから、急いで口に詰め込んでたら先輩に笑われた。
むむむ、なんか解せん。
仕方ないだろ?時間少ないんだから俺だって昼寝したい。
笑いながら俺に紙コップに入ったお茶をくれる。

「····んくっ。···それで霧ヶ谷さんがどうしたんです?」
「············霧ヶ谷、さん?」

あれ、、俺何か不味いこと言ったか??
先輩の雰囲気が固くなった気がする。


「···そうか。霧ヶ谷“さん”か·······その話、詳しく聞きたい」


ひぇぇええ~~~·······!!
·······先輩の後ろに熊──ならぬドラゴンが見えるのは気のせいだろうか···。
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