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私の毒矢は貴方を狙って
お前の毒牙は俺を狙って
しおりを挟む激痛が俺の体を駆け巡った。
気づけば短剣を握りしめ、その方向に投げつけていた。
分かっていたのに――!!
知っていた。キノトが俺を傷つけないようにと自ら離れようとしていたこと。
実際、言葉にされたのは昨日だったが。
あのときキノトはこう言った。
『私はいつか貴方様を殺してしまうでしょう』
その言葉は冷たくて俺を突き放すように投げ掛けられたことは重々承知の上でほんとはキノトがそんなことを言いたくないと言うことも分かっていた。
『愛しい』
そんなキノトにこの感情が遮る。
傷つきたくはない。しかし、キノトを傷つかせたくない。
二つ同時に叶うことは到底不可能。
俺にある選択肢。キノトを手に入れたいがキノトを傷つかせないために諦めるか、あるいはキノトを傷つかせてまで無理矢理、強引に手に入れてしまうか。
でも、キノトだって俺のことが――。
そう・・・とっくに俺だって気づいてる。
「ならば、その傷・・・いっそ、抉ってしまおう」
ーーーーーーーーーーーー
「顔をあげろ」
眼前に俺の欲する者がビクリと軽く震えたのが息を呑む音と共に見える。
「お前なんだろ?」
俺の声は低くキノトを捕らえる。
そう、逃がしてしまわないように――。
王座に座る俺から彼までは遠い。
俺の問いかけにキッと私は悪くないと言う強情な目。
その喰らいつくしたくなる唇からば言い訳゙が現れる。
「・・・私は、ご忠告申し上げたはずです」
「もう一度、ご忠告致します。どうか・・・私をお見捨て下さい・・・」
どちらともなく息を飲んだ。
お前のことはお前よりも俺の方が分かっている。
「お前はなぜ、そのように軽々しく自分を見捨てろと言える?」
キノトは狼狽えた。
ただ、ひと言『分かった』と俺が言うと思ったのかもしれない。
「私はっ!私は、確かに貴方様・・・殿下の専属医にございます。しかし、殿下もおかしいと思ったこともお有りでしょう?私は先王の代から国医を任されておりました。・・・もう100年です。100年。もうこの姿は24で100年間止まっています。それでも、昨日殿下は私を欲して下さいました。でも、それでは・・・私はまた」
ガシャンッ
強い音と共に俺の手元にあったグラスは高価な絨毯を葡萄酒の紅に染めた。
「・・・聞いた。お前が先王の『奴隷』であったことは」
この事を聞いたとき、怒り以外何も考えられなくなった。『奴隷』と聞くだけで腸が煮えくり返る思いだった。
「それを我が父に王権相続の際にお前も与えようとしていたのを父は拒み、変わりにお前に自由を与えた。――お前が国医を務めるのを条件として」
「・・・はい」
「では、それとなんの関係があるんだ?俺はお前に傍にいて欲しいだけなのに」
そう言うとキノトは美しい眉を潜め、悲しそうに身を震わせた。
・・・分かっている。俺がキノトを困らせていることに。
「奴隷は呪いの塊です」
「古来、奴隷は種族でした。今の人間と言う種族があるように。いわゆる、人間の言葉で『妖精』と言うものに分類されます。私の一族がそうでした。先王は当初、私の姉を欲しておられたのです。しかし、姉は先王のもとに行く前に・・・死にました。人間の手によって辱しめられたあと自分で舌を噛みきって。姉は前々から先王のことを好いていたこともありこの体ではと」
キノトの麗しい唇から漏れる過去の事。
それは目を背けてしまいたくなるであろう内容できっと何度も何度も思い出しては自分の身を自分の今の状況を考えてそこから動けずがんじがらめになっている。
「そして、先王の寄越した姉の迎いに手紙を渡した翌日。先王は自ら私の故郷へ赴き長と話をしてその後すぐにお帰りになりました。いえ、その場は退いたと言うべきでしょう。二日後、私の故郷は火の海となりました。・・・一人生き残ってしまった私は先王の『奴隷』として捕らえられ毎日のように・・・いえ、毎日犯され続けました」
俺は息を飲んだ。
・・・知らなかった。
俺の中では怒りと悲しみも嫉妬が混ざりあって腹にある朱の痛みなんて感じなくなっていた。
「だからでしょうか?私の体は故郷の皆の怨念と私自身の先王に対する恨みが交わり、王家への呪いとなって殿下の御身に降り注ぐのです。呪いの権化として私の体には自らとは異なった人格が存在を始めておりました。すでに殿下にこのようなお怪我を負わせたとならば・・・。
これは・・・いくらなんでも・・・耐えきれません」
「まだ、お前と決まった訳では無いだろ?」
俺は分かっていてそう言った。
確かに毒矢の主はキノトだ。信じたくはない。しかし、それはまた異なるキノトであって俺のキノトとは別人だ。
「殿下は毒矢に射られた後で短剣を投げつけませんでしたか?」
「!?・・・なぜ、それを知っている?」
キノトにはその瞬間の記憶があった・・・と言うのか?では、俺が傷つけたのは俺のキノト・・・?
「・・・気づいたときここに殿下の短剣が深く刺さっておりました。それで気がついたのです」
「まさか、こんなに早く兵士が私のもとに駆け込んで来るとは思いませんでしたよ。寝着に血痕がついてしまっていたのでバレたらとひやひやでした」
「もう一度、お願い申し上げます。私を、お見捨て下さい」
俺はゆっくり息を吐いた。
はっきり言うと混乱している。キノトの悲しみと俺がキノトを傷つけたと言う事実に。
「嫌だ」
これがキノトの願いの答えだ。
目が合う。綺麗な瞳に俺が常に映っている。そんな日常がいい。お前のいないここには俺だって居る価値がない。
だからこそそんなことは関係ない。
「それとこれとになんの関係がある。俺は」
キノトは受け入れられないと言うように震えながら目を伏せた。
あと、一歩と言うところか・・・。
「俺はお前を愛している。お前になら殺されても文句は言えまい。それこそ、本望であろう?」
これは俺の持っているもののなかで一番確かで確実なもの。
たとえ残酷なことだったとしても・・・。
「キノト・・・」
優しく呼ぶ。
俺を・・・一人にしないでくれ。
お前だけは俺の側にいてくれ。
「殿下・・・いえ、お止めください」
「なぜ、そこまで拒む。俺が嫌いか?」
嫌いなら嫌いと言ってくれ・・・せめて、その俺を魅了した全てで俺を拒否してくれ・・・。
嗚呼、お前は俺に『諦める』と言うことを教えてくれなかったな。
本当に酷い男だな。
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