魔王の右腕、何本までなら許される?

おとのり

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第7章 大魔王誕生

Ver.3/第72話

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 実況のカウントダウンが続くが、闘技場の上にいる者には聞こえていない。
 視界の中で進むデジタル時計の数字が減っていくのを、ただ待つばかりだ。
 その中にあって、チョコットはじりじりと重心を前方に傾けていた。試合が始まるまでは強制的に動けない仕組みであることを逆手にとり、スタートと同時に飛び出すためである。
『3……2……1……ゼロ! Greenhorn-online公式、第1回〈大魔王決定戦〉第3試合、始まりました!』
 モカの時と負けず劣らずのタイミングでチョコットは走り出していた。しかし、そのスピードは、さすがにモカには遠く及ばない。
 それでも、ハルマが基本的に受けのプレイヤーであることは、すでに周知されている。加えて、モカと違い、チョコットは近接戦を得意とするプレイヤーではない。
「先手必勝!〈邪竜憑依〉!」
 彼が動画配信を始めたのは、最初の〈魔王イベント〉が終わってからのことである。それまでは、どちらかといえば町中のNPCに事細かに話しかけ、世界観を堪能するタイプだった。
 彼を変えたのは、誰あろう、今、対峙している不落魔王ハルマであった。
 戦略を駆使し、圧倒的な格の違いを見せつけて〈魔王イベント〉を無敗で終えたプレイヤー。
 憧れた。ファンになった。
 自分も、唯一無二のプレイヤーになりたいと思った。
 幸い、彼は多くのプレイヤーが取得していない、スキルとは呼べないスキルを所持していた。
 町中で路地裏に迷い込んだ時、たまたま見かけたプレイヤーが出てきた小さな家。何とはなしに足を踏み入れた場所こそ、図書館だった。
 ところが、置かれている本を読むことができない。
 あるのに読めないということはないはずだと悪戦苦闘しながら、ついに文字が読めるようになったのだ。
 このことは、彼の配信の視聴者も知らない情報だ。
 あの時、偶然見かけたプレイヤーがどんな相手だったかは、見えない誰かを連れているような独り言が気になったこと以外、ほとんど覚えていないが、今でも感謝している。
 文字が読めるようになっていたおかげで、〈知恵と力が封じられし遺跡〉が、本当は〈知恵と力で封じられし遺跡〉であることに気づけ、その奥に秘められていた邪竜の力を借りることに成功したからである。
 ギミックを解けたことで油断してしまい、邪竜の本来の力は借りることはできなかったが、この〈邪竜憑依〉だけでも、じゅうぶんに強力だった。
 本当であれば、奥の手として取っておきたいスキルであるが、世界中にお披露目するのに、これ以上の相手もいないだろう。
「食らえ! 〈アイスブレス〉!」
 邪竜ヤタジャオースを憑依させたチョコットは、射程内に駆け込んだのと同時にスキルを発動させていた。狙うのは、不落魔王ただひとり。彼だけでも倒せれば、他のNPCなど放置してしまっても問題なくなる。
『ああーっと! チョコットの〈アイスブレス〉が、不落魔王ハルマに直撃! 何と!? ハルマ、崩れ落ちた!』
 強力な属性ブレスをまともに浴びた相手は、あっけなくHPをゼロにして、その場に倒れ込んでしまった。
 ルール上、どれだけテイムモンスターが残っていても、プレイヤーが倒されれば終わりである。問題は、そのテイムモンスターの中に、蘇生魔法を使えるものがいるかどうかだが、現在のところ、そんなテイムモンスターは確認されていない。
 如何にハルマが特殊なNPCを連れていたとしても、蘇生魔法をぽんぽん使えるとは考えにくい。
 チョコットは簡単に蘇生されないように警戒するが、〈邪竜憑依〉を使ってしまうと、ステータスが大幅に上昇する反面、邪竜由来のスキル以外は使用不能になってしまうデメリットがあるため、相手から距離を取らなければならない。
「勝った……のか?」
 ジリジリと後退しながら警戒を続けるが、崩れ落ちたハルマに駆け寄るNPCはいない。この状況でNPCが行えることは蘇生魔法を使うことだけであり、それが為されないということは、目の前で倒れているハルマが蘇る手段がないということを意味する。
 この事実を理解するのに、周囲の観客も時間がかかった。
 何より、不落魔王があっさりと落とされたことが理解できずにいたのだ。
「や……やった! やったー!」
 勝利を確信し、チョコットは両手を突き上げ、雄叫びを上げながら仲間の方を振り返った。
「「「「うおおおおお!」」」」
 仲間達も、何が起こっているのか未だにわかっていないながらも、勝利が転がり込んできたことに思わず声を上げていた。

 ……が。

 その歓喜の表情は、一瞬で凍り付くことになる。
「どうし……!?」
 仲間の驚愕の表情に釣られ再び振り向くと、チョコットの表情も固まった。
 崩れ落ちたハルマが、ゆっくりと立ち上がったのである。
「そんな、バカな……」
 取り囲むNPC達が蘇生した様子はない。勝手に生き返ったとしか思えないのだ。
 それだけではなかった。
 自分達の勝利を確信し完全に油断している状況に対して、不落魔王軍は戦闘準備が完全に整っていた。
 この後どうなったかは、語る必要はないだろう。
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