267 / 276
第7章 大魔王誕生
Ver.3/第72話
しおりを挟む
実況のカウントダウンが続くが、闘技場の上にいる者には聞こえていない。
視界の中で進むデジタル時計の数字が減っていくのを、ただ待つばかりだ。
その中にあって、チョコットはじりじりと重心を前方に傾けていた。試合が始まるまでは強制的に動けない仕組みであることを逆手にとり、スタートと同時に飛び出すためである。
『3……2……1……ゼロ! Greenhorn-online公式、第1回〈大魔王決定戦〉第3試合、始まりました!』
モカの時と負けず劣らずのタイミングでチョコットは走り出していた。しかし、そのスピードは、さすがにモカには遠く及ばない。
それでも、ハルマが基本的に受けのプレイヤーであることは、すでに周知されている。加えて、モカと違い、チョコットは近接戦を得意とするプレイヤーではない。
「先手必勝!〈邪竜憑依〉!」
彼が動画配信を始めたのは、最初の〈魔王イベント〉が終わってからのことである。それまでは、どちらかといえば町中のNPCに事細かに話しかけ、世界観を堪能するタイプだった。
彼を変えたのは、誰あろう、今、対峙している不落魔王ハルマであった。
戦略を駆使し、圧倒的な格の違いを見せつけて〈魔王イベント〉を無敗で終えたプレイヤー。
憧れた。ファンになった。
自分も、唯一無二のプレイヤーになりたいと思った。
幸い、彼は多くのプレイヤーが取得していない、スキルとは呼べないスキルを所持していた。
町中で路地裏に迷い込んだ時、たまたま見かけたプレイヤーが出てきた小さな家。何とはなしに足を踏み入れた場所こそ、図書館だった。
ところが、置かれている本を読むことができない。
あるのに読めないということはないはずだと悪戦苦闘しながら、ついに文字が読めるようになったのだ。
このことは、彼の配信の視聴者も知らない情報だ。
あの時、偶然見かけたプレイヤーがどんな相手だったかは、見えない誰かを連れているような独り言が気になったこと以外、ほとんど覚えていないが、今でも感謝している。
文字が読めるようになっていたおかげで、〈知恵と力が封じられし遺跡〉が、本当は〈知恵と力で封じられし遺跡〉であることに気づけ、その奥に秘められていた邪竜の力を借りることに成功したからである。
ギミックを解けたことで油断してしまい、邪竜の本来の力は借りることはできなかったが、この〈邪竜憑依〉だけでも、じゅうぶんに強力だった。
本当であれば、奥の手として取っておきたいスキルであるが、世界中にお披露目するのに、これ以上の相手もいないだろう。
「食らえ! 〈アイスブレス〉!」
邪竜ヤタジャオースを憑依させたチョコットは、射程内に駆け込んだのと同時にスキルを発動させていた。狙うのは、不落魔王ただひとり。彼だけでも倒せれば、他のNPCなど放置してしまっても問題なくなる。
『ああーっと! チョコットの〈アイスブレス〉が、不落魔王ハルマに直撃! 何と!? ハルマ、崩れ落ちた!』
強力な属性ブレスをまともに浴びた相手は、あっけなくHPをゼロにして、その場に倒れ込んでしまった。
ルール上、どれだけテイムモンスターが残っていても、プレイヤーが倒されれば終わりである。問題は、そのテイムモンスターの中に、蘇生魔法を使えるものがいるかどうかだが、現在のところ、そんなテイムモンスターは確認されていない。
如何にハルマが特殊なNPCを連れていたとしても、蘇生魔法をぽんぽん使えるとは考えにくい。
チョコットは簡単に蘇生されないように警戒するが、〈邪竜憑依〉を使ってしまうと、ステータスが大幅に上昇する反面、邪竜由来のスキル以外は使用不能になってしまうデメリットがあるため、相手から距離を取らなければならない。
「勝った……のか?」
ジリジリと後退しながら警戒を続けるが、崩れ落ちたハルマに駆け寄るNPCはいない。この状況でNPCが行えることは蘇生魔法を使うことだけであり、それが為されないということは、目の前で倒れているハルマが蘇る手段がないということを意味する。
この事実を理解するのに、周囲の観客も時間がかかった。
何より、不落魔王があっさりと落とされたことが理解できずにいたのだ。
「や……やった! やったー!」
勝利を確信し、チョコットは両手を突き上げ、雄叫びを上げながら仲間の方を振り返った。
「「「「うおおおおお!」」」」
仲間達も、何が起こっているのか未だにわかっていないながらも、勝利が転がり込んできたことに思わず声を上げていた。
……が。
その歓喜の表情は、一瞬で凍り付くことになる。
「どうし……!?」
仲間の驚愕の表情に釣られ再び振り向くと、チョコットの表情も固まった。
崩れ落ちたハルマが、ゆっくりと立ち上がったのである。
「そんな、バカな……」
取り囲むNPC達が蘇生した様子はない。勝手に生き返ったとしか思えないのだ。
それだけではなかった。
自分達の勝利を確信し完全に油断している状況に対して、不落魔王軍は戦闘準備が完全に整っていた。
この後どうなったかは、語る必要はないだろう。
視界の中で進むデジタル時計の数字が減っていくのを、ただ待つばかりだ。
その中にあって、チョコットはじりじりと重心を前方に傾けていた。試合が始まるまでは強制的に動けない仕組みであることを逆手にとり、スタートと同時に飛び出すためである。
『3……2……1……ゼロ! Greenhorn-online公式、第1回〈大魔王決定戦〉第3試合、始まりました!』
モカの時と負けず劣らずのタイミングでチョコットは走り出していた。しかし、そのスピードは、さすがにモカには遠く及ばない。
それでも、ハルマが基本的に受けのプレイヤーであることは、すでに周知されている。加えて、モカと違い、チョコットは近接戦を得意とするプレイヤーではない。
「先手必勝!〈邪竜憑依〉!」
彼が動画配信を始めたのは、最初の〈魔王イベント〉が終わってからのことである。それまでは、どちらかといえば町中のNPCに事細かに話しかけ、世界観を堪能するタイプだった。
彼を変えたのは、誰あろう、今、対峙している不落魔王ハルマであった。
戦略を駆使し、圧倒的な格の違いを見せつけて〈魔王イベント〉を無敗で終えたプレイヤー。
憧れた。ファンになった。
自分も、唯一無二のプレイヤーになりたいと思った。
幸い、彼は多くのプレイヤーが取得していない、スキルとは呼べないスキルを所持していた。
町中で路地裏に迷い込んだ時、たまたま見かけたプレイヤーが出てきた小さな家。何とはなしに足を踏み入れた場所こそ、図書館だった。
ところが、置かれている本を読むことができない。
あるのに読めないということはないはずだと悪戦苦闘しながら、ついに文字が読めるようになったのだ。
このことは、彼の配信の視聴者も知らない情報だ。
あの時、偶然見かけたプレイヤーがどんな相手だったかは、見えない誰かを連れているような独り言が気になったこと以外、ほとんど覚えていないが、今でも感謝している。
文字が読めるようになっていたおかげで、〈知恵と力が封じられし遺跡〉が、本当は〈知恵と力で封じられし遺跡〉であることに気づけ、その奥に秘められていた邪竜の力を借りることに成功したからである。
ギミックを解けたことで油断してしまい、邪竜の本来の力は借りることはできなかったが、この〈邪竜憑依〉だけでも、じゅうぶんに強力だった。
本当であれば、奥の手として取っておきたいスキルであるが、世界中にお披露目するのに、これ以上の相手もいないだろう。
「食らえ! 〈アイスブレス〉!」
邪竜ヤタジャオースを憑依させたチョコットは、射程内に駆け込んだのと同時にスキルを発動させていた。狙うのは、不落魔王ただひとり。彼だけでも倒せれば、他のNPCなど放置してしまっても問題なくなる。
『ああーっと! チョコットの〈アイスブレス〉が、不落魔王ハルマに直撃! 何と!? ハルマ、崩れ落ちた!』
強力な属性ブレスをまともに浴びた相手は、あっけなくHPをゼロにして、その場に倒れ込んでしまった。
ルール上、どれだけテイムモンスターが残っていても、プレイヤーが倒されれば終わりである。問題は、そのテイムモンスターの中に、蘇生魔法を使えるものがいるかどうかだが、現在のところ、そんなテイムモンスターは確認されていない。
如何にハルマが特殊なNPCを連れていたとしても、蘇生魔法をぽんぽん使えるとは考えにくい。
チョコットは簡単に蘇生されないように警戒するが、〈邪竜憑依〉を使ってしまうと、ステータスが大幅に上昇する反面、邪竜由来のスキル以外は使用不能になってしまうデメリットがあるため、相手から距離を取らなければならない。
「勝った……のか?」
ジリジリと後退しながら警戒を続けるが、崩れ落ちたハルマに駆け寄るNPCはいない。この状況でNPCが行えることは蘇生魔法を使うことだけであり、それが為されないということは、目の前で倒れているハルマが蘇る手段がないということを意味する。
この事実を理解するのに、周囲の観客も時間がかかった。
何より、不落魔王があっさりと落とされたことが理解できずにいたのだ。
「や……やった! やったー!」
勝利を確信し、チョコットは両手を突き上げ、雄叫びを上げながら仲間の方を振り返った。
「「「「うおおおおお!」」」」
仲間達も、何が起こっているのか未だにわかっていないながらも、勝利が転がり込んできたことに思わず声を上げていた。
……が。
その歓喜の表情は、一瞬で凍り付くことになる。
「どうし……!?」
仲間の驚愕の表情に釣られ再び振り向くと、チョコットの表情も固まった。
崩れ落ちたハルマが、ゆっくりと立ち上がったのである。
「そんな、バカな……」
取り囲むNPC達が蘇生した様子はない。勝手に生き返ったとしか思えないのだ。
それだけではなかった。
自分達の勝利を確信し完全に油断している状況に対して、不落魔王軍は戦闘準備が完全に整っていた。
この後どうなったかは、語る必要はないだろう。
0
お気に入りに追加
88
あなたにおすすめの小説

Free Emblem On-line
ユキさん
ファンタジー
今の世の中、ゲームと言えばVRゲームが主流であり人々は数多のVRゲームに魅了されていく。そんなVRゲームの中で待望されていたタイトルがβテストを経て、ついに発売されたのだった。
VRMMO『Free Emblem Online』
通称『F.E.O』
自由過ぎることが売りのこのゲームを、「あんちゃんも気に入ると思うよ~。だから…ね? 一緒にやろうぜぃ♪」とのことで、βテスターの妹より一式を渡される。妹より渡された『F.E.O』、仕事もあるが…、「折角だし、やってみるとしようか。」圧倒的な世界に驚きながらも、MMO初心者である男が自由気ままに『F.E.O』を楽しむ。
ソロでユニークモンスターを討伐、武器防具やアイテムも他の追随を許さない、それでいてPCよりもNPCと仲が良い変わり者。
そんな強面悪党顔の初心者が冒険や生産においてその名を轟かし、本人の知らぬ間に世界を引っ張る存在となっていく。
なろうにも投稿してあります。だいぶ前の未完ですがね。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】VRMMOでチュートリアルを2回やった生産職のボクは最強になりました
鳥山正人
ファンタジー
フルダイブ型VRMMOゲームの『スペードのクイーン』のオープンベータ版が終わり、正式リリースされる事になったので早速やってみたら、いきなりのサーバーダウン。
だけどボクだけ知らずにそのままチュートリアルをやっていた。
チュートリアルが終わってさぁ冒険の始まり。と思ったらもう一度チュートリアルから開始。
2度目のチュートリアルでも同じようにクリアしたら隠し要素を発見。
そこから怒涛の快進撃で最強になりました。
鍛冶、錬金で主人公がまったり最強になるお話です。
※この作品は「DADAN WEB小説コンテスト」1次選考通過した【第1章完結】デスペナのないVRMMOで〜をブラッシュアップして、続きの物語を描いた作品です。
その事を理解していただきお読みいただければ幸いです。


【完結】デスペナのないVRMMOで一度も死ななかった生産職のボクは最強になりました。
鳥山正人
ファンタジー
デスペナのないフルダイブ型VRMMOゲームで一度も死ななかったボク、三上ハヤトがノーデスボーナスを授かり最強になる物語。
鍛冶スキルや錬金スキルを使っていく、まったり系生産職のお話です。
まったり更新でやっていきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
「DADAN WEB小説コンテスト」1次選考通過しました。

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!
父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
その他、多数投稿しています!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる