魔王の右腕、何本までなら許される?

おとのり

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第10章 からまった糸

Ver.1/第74話

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「よーし。引き上げてくれ」
 ハルマはトワネに抱きかかえられながら、するすると上っていく。というか、持ち上げられていく。
 姿形が蜘蛛のトワネは、〈糸吐き〉と〈壁移動〉という能力を最初から取得している。そのため、目的地へと上ってもらい、そこに糸を付けるとハルマのところに戻ってきてもらったのだ。
 無防備になるが、そこはラフとズキンに守ってもらう手筈となっている。
「こりゃまた、ひどいな」
 釣り糸が体中に絡まっていたのは、真っ白なくらげだった。ただし、空に浮かんでいるだけでも普通ではないのだが、長い触手の1本1本がヘビであった。
 モンスターにも見えるが、こんな状態になっているからにはNPCと考えた方が良いであろう。
「噛まれたりしないよな?」
 木の枝に引っかかっていた釣り糸を取り外すと、抱きかかえて地上に戻る。
 くらげは最初こそ怯えた様子だったが、助けてくれると理解してくれたのか、すぐに大人しくなった。
 連れたまま転移はできないらしく、仕方なくその場で救助を始める。ただ、そこはハルマのDEXの高さである。崖の上に上るのよりも時間がかからず、テキパキと複雑に絡まっていた糸は外されていった。

「助かりました。ありがとうございます」
 くらげはふわふわと宙に浮かびながら、ぺこりと礼を告げてきた。
「なんだって、あんなことに?」
「それがですねえ」

 この森には時々、深い霧がかかることがあり、そうなると空魚が泳ぎ始める。ここまではズキンの話の通りだが、鯉と話していたのは空魚と呼ばれるドラゴンの亜種であることが判明した。
 そして、この空魚を釣り上げるために、どこからかカラス天狗がやってくるのだそうである。
 くらげはたまたま霧のさなかに迷い込んでしまい、霧が濃いので移動もままならず、空魚に襲われないように森の隅に避難していたのだそうだ。

「で。カラス天狗の釣り糸が絡まって、動けなくなっていたと?」
 視線はくらげではなく、自然とズキンに向かう。
 ズキンは、そっとハルマの視線から顔を背ける。
「おい、そこのカラス天狗。何か知ってるな?」
「な、なーんのことでしょうか?」
 家に押しかけてきた時同様、誤魔化すのは下手くそだ。
「そちらのお嬢様はカラス天狗様でしたか。カルラ様にも以前お願いしていたのですが、ここで釣りをするのはやめていただけないでしょうか?」
「パパのことを知ってるのかい?」
 音の出ない口笛を吹いていたかと思ったら、ズキンは驚いてみせた。
 そうかと思ったら、トワネが口を開いた。
「もしかして、なのですが……。くらげ様は水の大陸の森の守り神、ユララ様ではありませんか?」

「「「え?」」」

 驚きの声を上げたのは、ハルマだけではなかった。ズキンと、ユララと呼ばれたくらげも同様だったのである。
「どうしてユララのことを……。もしやそのお姿は、風の大陸のトワネ様?」
「はい。お互い、不便な身体になってしまったものですね」
「そうでしたか。噂では蜘蛛にされたと耳にしておりましたが……。ユララもこのように、ゴーゴンくらげにされてしまいました」
「いやいやいや……。え? どういうこと? 同じ森の守り神?」
 混乱する中、教えてもらえた。

 数十年前、この世界に魔王が現れ、各大陸に配下を送り込んだのだそうだ。トワネが騙され、蜘蛛のぬいぐるみにされてしまったように、多くの神が魔王の配下に呪いをかけられてしまった。
 多くの神々がいながら劣勢に回ってしまった背景には、この世界を作ったのが未熟者Greenhornの神だったことが上げられる。
 そんな中にあって、闇の大陸のカラス天狗、カルラだけは魔王の配下を跳ね除け、森を守り抜いたのだという。
 だが、魔王の勢いは凄まじく、世界中の神が身を潜め、姿を消してしまったのだ。それは魔王が討伐された今も続いているのである。

「そんなところでタイトル回収するのか……。にしても、ズキンの父ちゃん、すごかったんだな」
「パパ。そんなにすごかったのね」
「おい。そこは知っておいてやれよ」
「だってー。あちきが生まれる前の話ですもの。あ。でも、魔王が退治された時に、パパが勇者に手を貸したっていうのは知ってますよ? 何年前だったかは、忘れちゃいましたけど」
 森の守り神たちの語りによって、この世界の事情がわかってきたところで、本題に戻る。
「ズキンの父ちゃんがすごいのはわかったけど、他所の大陸で迷惑かけちゃダメだろ。行って、話しつけて来いよ」
「えー? たぶんパパに言っても、無駄ですよ? ここに釣りに来るのは、兄さん達ですもの。あちきが言うのも何ですが、奔放でぐうたらな人たちですから……」
「何、その面倒臭い設定。ってことは、ズキンの兄さん達に会いに行かないとダメなのか?」
「説得に行ってもらえるのですか?」
「あ……。はぁー。そういう展開になるよね、そりゃ。わかりました。行ってみますよ。でも、あんまり期待しないでくださいよ?」
「それでも、こんな無法行為は見逃せませんので、行くだけ行ってみましょう。ユララもお供いたします」
「あらら。一緒に行くのか。まあ、いいか。おーい、ズキン。案内してくれ。闇の大陸か?」
「いえ。兄さん達は鯉を狙って遊び歩いてるので、たぶん、この大陸だと思います。そうですねえ……。鯉の釣れるポイントの中間地点の高台じゃないでしょうか?」
「えー? 釣りのポイントいくつもあるの? 全部探してる時間はさすがにないぞ?」
「それでしたら、ユララが知っております」
 そう告げると、ハルマのマップに印が表示された。いくつかエリアが跨っているが、幸いどこも知っている場所だった。
「この釣り場の中間地点で高台っていったら……?」
 表示されるマップを見つめながら、ひとつの答えにたどり着くのだった。
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