魔王の右腕、何本までなら許される?

おとのり

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第8章 陽炎の白糸

Ver.1/第53話

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「ズキンの話だと、マリーみたいな体を持たない子でも着られる服があるらしいんだよ。ただ、その素材、見たことも聞いたこともなくて、何か知らないかな? と、思って」
 世間は、先日発表された、初めてのイベント開始が目の前に迫っていることで盛り上がっていたが、ハルマにとってはこっちの方が重大案件だった。
「え!? ホント!? マリーちゃんの着替え、ついに実現できるの?」
 真っ先に食いついたのは、当然というべきかアヤネだった。
「本当よぉ。でも、あちきも風の噂でしか聞いたことがないから、詳しくは知らないわ。何せ、パパが昔、光の大陸の神様とケンカしちゃったらしくて、あまり交流がないのよ」
 ズキンがソファーに寝そべり、どこから取り出したのかわからないお菓子を口に入れながら気の抜けた声を出す。
「と、いうわけで、光の大陸で取れるらしいことはわかったんだけど、裁縫ギルドがあるライトライムの図書館で調べても有力な情報は見つからなくて」
「で? 何て素材なんだ?」
「なんでも、〈陽炎の白糸〉って素材らしいんだけど、知らないかな?」
 ハルマの問いかけに沈黙が訪れる。それは、しばらく続いたのだが、不意に小さな声が発せられた。
「あ!」
「何か知ってるのか?」
 素材の名前を聞いて考え込んでいたシュンが、何かに気づいたらしい。
「あ、ごめん。関係ないと思うけど、前に陽炎を見かけたことがあったなって思い出して」
「あー、あったな。そんなこと」
「あった、あった。どっちだっけ? リヒト? ブリエ?」
「どっちだっけなあ? 確かブリエの方だった気がするな」
 アヤネもチップも覚えていたらしく、記憶を掘り起こす。
「それ見たの、どの辺だったか覚えてるか?」

「わかった。今から行ってみるよ」
 3人の話をまとめると、陽炎を見たのはライトライムの隣のエリア、ブリエスヴェト地方。広い平原を狩場に向かって進んでいた時に見たのだそうだ。
「手伝わなくていいの?」
 アヤネは、マリーに関係する事柄なだけに、この後のレベル上げもそっちのけで手伝おうと言ってくる。
「いやあ、さすがにあるのかどうかもわからなければ、あったとしてどうやって入手するのかわからない素材だからな。付きあわせるのは悪いよ。みんな、今度のイベントに向けて、レベル上げだったり新スキルを取得したりしておきたいだろ?」
 告知の出ているイベントは、前編と後編にわかれ、前編スタートの2週間後に大規模防衛戦が始まることが決まっている。報酬を獲得するためには、モンスターを大量に倒さなければならず、当然、強いモンスターを討伐した方が稼ぎは大きい。
 報酬の中には、まだ出回っていない蘇生薬もあることが決まっているため、多くのプレイヤーがレベルアップに勤しんでいた。
 何より、このイベントで好成績を収めれば、魔王選抜に近づける可能性があるのだ。
「うー。そうね。マリーちゃんの新しい服ができることを期待して、こっちはこっちでやることやっておくとするわ」
 口とは裏腹に、チップに連れていかれるまで、後ろ髪を引かれるようにアヤネはマリーをずっと愛でていたのだった。
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