魔王の右腕、何本までなら許される?

おとのり

文字の大きさ
上 下
13 / 276
第2章 いたずらゴースト マリー

Ver.1/第12話

しおりを挟む
「それと、はるかさん」

 もう喋らないという意思表示を破られ、しかたなく目を開ける。「珍しい」が続いたからだ。普段であれば、岩見はそう何度もレールを外さない。

「ちょっとしたお願いなんですけど、いいですか」

 けれど、ミラーに映る岩見の表情はいつもどおりのものだった。その調子で淡々と時東に告げてよこす。

「しばらく行くのやめてください。その、はるかさんがお邪魔してる食堂」
「なんで?」

 笑顔が剥がれかけたことを自覚したまま、問いかける。なんでそんなことを言われないといけないのか、まったく意味がわからなかった。

「ご存じないならご存知ないでいいと思うんですけどね。はるかさんの責任ではないですし。ただ、揉めるとちょっとよろしくないので。このご時世、ネット発信の情報は怖いですから。炎上、拡散」
「いや、だから、岩見ちゃん。話が見えないんだけど」
「まぁ、大炎上してるのは、はるかさんの自称ファンのほうなんですけどね。食堂はとばっちりというか、気の毒がられているというか」
「だから!」

 読めない話に声を尖らせると、岩見が瞳を瞬かせた。

「あれ、珍しいですね。はるかさんが声を荒げるの」
「……岩見ちゃんが、まどろっこしい言い方するからでしょ」
「はるかさん、エゴサしないですもんね。いや、しないほうがいいと思うんで、それはいいんですけど」

 あくまでものんびりとした口調を崩さない岩見に、しびれを切らしてスマートフォンを手に取る。
 自分の名前で検索はしない、と。随分前から時東は決めている。
 見たくないものを見てメンタルを崩すなんて馬鹿らしいし、なにを撮られようとも、なにを書かれようとも、どうでもいいと思っていたからだ。

「はるかさんの名前とその食堂の名前で検索したら、引っかかるんじゃないですかね。まぁ、はるかさんは本当に悪くないと思いますけど。知らないってことは、お相手もはるかさんに物申すつもりはないんでしょうし」

 事務所に守られた、手の届かない芸能人の時東はるかには、影響はない。だから、どうでもいいと傲慢に思っていた。でも。
 なにが嘘でなにが本当なのかもわからない、文字と画像の羅列。ただひとつはっきりとしていることは迷惑をかけたということだった。
 じっと画面を見つめたまま、時東は小さく息を吐いた。

 ――怒ってる、かな。それとも、悲しんでるかな。

 けれど、悲しんでいるという表現は、自分の知る彼と合わないな。そう思い直した直後、いつかの夜に見た静かな横顔を思い出した。ぐっと胸が詰まる。
 そうやって、ひとりですべてをなかったことにするのだろうか。それとも、彼の傍にいる幼馴染みが彼を癒すのだろうか。

 逢いたい、と思った。謝罪を告げたい気持ちも、罪悪感ももちろんある。だが、逢いたいという欲求のほうが強かった。こんなふうだから、自分は駄目なのだ。声にならない声で笑う。
 いつも、いつも。自分のことばかりで余裕がない。五年をかけて、大人になったふりで、余裕があるように見せかけることはうまくなった。けれど、それだけだ。根本的なところは、きっとなにも変わっていない。

 ――俺はおまえが嫌いだ。もう無理だ。だから勝手にしろよ。勝手に一人でやってくれ。俺も美波も、おまえと一緒にやっていけない。

 あの当時の記憶と一緒に封印した声が、数年ぶりに鼓膜の内側から響いた。スマートフォンを閉じて、顔を上げる。

「南さん、俺の連絡先、知らないもん」
「あ、そうなんですか」
「俺も知らない」
「えぇ? 合鍵持っていて、お家に置いてもらっていて、連絡先なにも知らないんですか? ラインとか……、知らなそうですね、すみません」

 勝手に納得して謝ったものの、岩見の声は笑っている。

「なんか、いつものはるかさんで安心しました。なにをそんなにその食堂に肩入れしてるのかなって、ちょっと不安だったんですけど。いつもどおりでしたね」

 いつもどおり。普段だったらなにも思わないそれに、妙にカチンときてしまった。

「いつもの俺って、なに?」

 いつもどおり。笑顔で遠ざけて、壁を作って、特定の誰とも親しくせず、誰とも連絡先を交換せず、だから、行き詰っても、相談できる誰かもいない。
 自分のせいで迷惑をかけただろう相手にさえ、ドライな距離を保ち続ける。それがいつもどおりの時東はるか、か。

「はるかさん」

 宥める呼びかけに、時東は我に返った。どうかしているのは、今の自分だ。いつもどおりを貫けなくなろうとしている。

「僕の発言が気に障ったのなら謝りますけど。予定キャンセルとか、無理なこと言い出さないでくださいね」

 そんなことはできるわけがないと承知している。意識して、時東は深く息を吐いた。そうしてから、にこりとほほえむ。

「言うわけないって。今日は夜まで生放送。明日も朝から収録二本。それに、どう考えても、俺が今押しかけたほうが迷惑でしょ。岩見ちゃんが言ったとおり」
「ですよね。うん、そう思います」
「落ち着いたころに菓子折りでも持っていこうかな。いらないって言われちゃいそうだけど」

 岩見のほっとした相槌に軽口を返し、時東はもう一度目を閉じた。いつもどおり。自分は、南の家にいるときも、いつもどおりなのだろうか。
 安らぐ。落ち着く。安心できる。実家のことを評しているような感想だ。だが、そうなのだ。あの場所が、自分は好きだ。あの人のいる、あの場所が。どうしようもなく好きになってしまっている。
 否定して、否定して、有り得ないと嘲って、けれど、すとんと染み入ってしまうのだ。
 もうすでに身体の一部になったみたいだ。あの人は、間違いなく、自分の中の特別な枠組みに入っている。
 それがどういった枠組みなのかは、わからないけれど。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

Free Emblem On-line

ユキさん
ファンタジー
今の世の中、ゲームと言えばVRゲームが主流であり人々は数多のVRゲームに魅了されていく。そんなVRゲームの中で待望されていたタイトルがβテストを経て、ついに発売されたのだった。 VRMMO『Free Emblem Online』 通称『F.E.O』 自由過ぎることが売りのこのゲームを、「あんちゃんも気に入ると思うよ~。だから…ね? 一緒にやろうぜぃ♪」とのことで、βテスターの妹より一式を渡される。妹より渡された『F.E.O』、仕事もあるが…、「折角だし、やってみるとしようか。」圧倒的な世界に驚きながらも、MMO初心者である男が自由気ままに『F.E.O』を楽しむ。 ソロでユニークモンスターを討伐、武器防具やアイテムも他の追随を許さない、それでいてPCよりもNPCと仲が良い変わり者。 そんな強面悪党顔の初心者が冒険や生産においてその名を轟かし、本人の知らぬ間に世界を引っ張る存在となっていく。 なろうにも投稿してあります。だいぶ前の未完ですがね。

婚約破棄を目撃したら国家運営が破綻しました

ダイスケ
ファンタジー
「もう遅い」テンプレが流行っているので書いてみました。 王子の婚約破棄と醜聞を目撃した魔術師ビギナは王国から追放されてしまいます。 しかし王国首脳陣も本人も自覚はなかったのですが、彼女は王国の国家運営を左右する存在であったのです。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】VRMMOでチュートリアルを2回やった生産職のボクは最強になりました

鳥山正人
ファンタジー
フルダイブ型VRMMOゲームの『スペードのクイーン』のオープンベータ版が終わり、正式リリースされる事になったので早速やってみたら、いきなりのサーバーダウン。 だけどボクだけ知らずにそのままチュートリアルをやっていた。 チュートリアルが終わってさぁ冒険の始まり。と思ったらもう一度チュートリアルから開始。 2度目のチュートリアルでも同じようにクリアしたら隠し要素を発見。 そこから怒涛の快進撃で最強になりました。 鍛冶、錬金で主人公がまったり最強になるお話です。 ※この作品は「DADAN WEB小説コンテスト」1次選考通過した【第1章完結】デスペナのないVRMMOで〜をブラッシュアップして、続きの物語を描いた作品です。 その事を理解していただきお読みいただければ幸いです。

転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

【完結】デスペナのないVRMMOで一度も死ななかった生産職のボクは最強になりました。

鳥山正人
ファンタジー
デスペナのないフルダイブ型VRMMOゲームで一度も死ななかったボク、三上ハヤトがノーデスボーナスを授かり最強になる物語。 鍛冶スキルや錬金スキルを使っていく、まったり系生産職のお話です。 まったり更新でやっていきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 「DADAN WEB小説コンテスト」1次選考通過しました。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

処理中です...