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獣人の町

第十五話

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「あ~のどかだ……」
 発生源をいまだ確かめてない、ピチュピチュという小鳥のようなさえずりを聞きながら佐久弥は川へ糸をたらしていた。

 真っ赤に染まってしまった顔とフードを洗い、そこらに引っ掛けて乾かしながら、のんびりと釣りをしているのだ。
 フードの陰のキューちゃんはスライムベッドの上ですぴすぴと眠っていて、あまりに平和な光景に佐久弥もうとうとしそうになる。
「…………」
 何もかからないことがなおさら佐久弥の眠気を倍増させる。
「鳥がどんなか気になったんだがなぁ」
 最近では怖いもの見たさというのもあり、新しい生物との出会いを楽しみにしている部分があるのだ。
 毒されたな。と思いはしても、こういうのも悪くない。
 元々見落としがないように話しかけたり調べまくるのも、その世界観を余すところ無く楽しもうという思いが強いからで、予想外の発見を楽しむ癖がある。
 この世界に来てからというもの、探す以前に予想外の出来事に溢れているので、結構楽しい。
(じいさんにゃ今度礼を言わないとな)
 ぼーっとしながら、このゲームを進めてくれた老人を思い出す。
 茶でも飲みながらこの世界の話をしたら、きっと笑ってくれるだろう。自分が薦めた作品を楽しんでプレイしてもらえる事が、彼の老人の何よりの喜びなのだから。

「ん……?」
 ぴく、ぴく、と竿の先がかすかにしなる。
「きたか?」
 魚とはアタリの感触が違うが、確かに何かかかっているようだ。
 佐久弥は慎重に糸が切れないように気を付けながら、ゆっくりと巻き始める。危険を感じたのか、左右にざばざばと音を立てて逆らう獲物に、佐久弥の竿を握る手にも力がこもる。
 ちらちらと波の間から見え隠れしている茶色い羽に、これが噂の鳥だと確信し、逃さないようにさらに慎重に竿を揺らし、糸を巻く。
「きたーーー!!」
 ざばあっ!と大きな音を立て、獲物が宙を舞い……そのまま飛んで行こうとする。
「待て待て待て待て!!」
 飛べるんなら川にむなよ!!とつっこみながら、佐久弥は空と向かい合い糸を巻きはじめる。
 川に続いて空での釣りが始まった。
 糸が切れないように注意しようにも勝手が違い、なかなか上手く引き寄せられない。
「いい、かげんに……しろぉ!」
 ぐい、と大きく竿を立てるとバランスを崩したのか鳥がふらりと揺れる。その瞬間を見逃さず、佐久弥は早めに糸を巻くと、ようやく獲物が目の前に落ちた。
「あ~つっかれた……」
 長時間の攻防戦に、額の汗を拭いながら佐久弥は獲物に近寄り、その姿をじっくり見つめる。
(……鷹、だな)
 どう見ても猛禽類。どう見ても鷹。ただしサイズは巨大。
 コボルドほどはありそうなその巨鳥のくちばしから釣り糸が出ている様子には違和感しか感じないので、さっさと針を外してやる。
 空を飛んでいるうちに乾いたのか、羽もふっさふさで、どうして川にいるのか納得いかない。
「やばっ!」
 佐久弥が首を捻っているうちに正気付いたのか、逃げ出そうとする鳥を全身で捕まえると、ぬるりと、そう、ぬるりと中身が飛び出る。
「へ……?」
 目の前には、羽一本も残さない肌色一色の、紛れも無い鳥肌があった。
 恥ずかしいのか、羽の無い翼で身体を隠しながら、その鳥はキィアアアア~と悲鳴を上げながら川へと突っ込んでいった。
「え……?これ、成功……?」
 佐久弥の手の中には、背中から綺麗に裂け、見事に鳥の形を保ったままの羽が残されていた。羽毛もしっかりついていて、中はあったかそうだ。
(それなのに、これ、武器の材料?)
 どっからどう見ても羽なのに、これがどう加工できるのか、どれほど考えてもわからない。
(後にしよう)
 ぽいっとアイテム欄に投げ込んで、佐久弥は釣りの続きをする。
 その後釣れたのは、さらに鳥が3羽と、例の魚が1匹だ。
(門番さんにあげとくか)
 しっかりとさばいて足だけにした魚をアイテム欄に放り込む。
 鳥はどうやら、川に入った瞬間ぶわりと羽が復活していたので、あれで間違ってないのだろう。恐ろしいまでの回復力だ。


「ん~そろそろ止め時かな」
 そこからは、いつまでたってもアタリが来ず、日も傾いてきたので佐久弥は竿をしまおうと引き寄せた瞬間、ものすごい強さで竿ごと引っ張られる。
「なっ……もってかれて、たまるか!」
 竿はこれしか持ってないのだ。もう一度手に入れるには、最初の町に戻らなくてはならないので佐久弥も必死だ。
「こ、のやろぉおおおおお!!」
 歯を食いしばりながら力を振り絞ると、何かがきらきらと水の雫を光らせながら宙を舞う。
 夕日に丁度照らされ、眩しさに影しか見えず目を細める佐久弥の正面に、それは大きな音を立てて落ちる。
 どすん、と足に振動が響くほどの大物を目にして、佐久弥は黙りこくる。

「ひ、ひどいんだな。も、もっと優しく釣り上げて欲しいんだな」
 巨大な魚。
 黙り込んでいる佐久弥の目の前で起き上がったそれは、どんなバランス感覚なのか大きな尾びれで立ち上がっている。
 下から順に見上げて行くと、巨大な尾びれ、しなやかな尻尾、左右にある胸びれが手の代わりをしているのか、少し長めだ。そして……
 ――濡れた胸びれで、ぺったんぺったんと、その頭のバーコードを綺麗に整えようとしている姿があった。
 そう、その魚のエラから上には、バーコード頭のおやじの顔があった。
「つ、釣り上げられたからには仕方ないんだな。こ、これやるんだな」
 数少ない貴重であろうバーコードを作り出しているうちの一本をぷちりと抜くと、その魚はひ、ひどい目にあったんだな。と言いながら華麗なジャンプと共に川へと戻った。
「…………今日は、仕舞いだな」
 佐久弥の目には何の感情も映っては居なかった。
 考えたくもないらしい。
 あれが人魚だということは、消去法で察してはいるが、認めたくもないらしい。
 そこからは無言で竿をアイテム欄へ戻し、日が翳り始めて元気にぱたぱたと周囲を飛ぶキューちゃんをそのままに、フードを被り固形のままのスライムをしっかりと抱きしめると、そのぷにぷにとした感触を楽しむ。
「鳥と魚が釣れてよかったな。あの狼の門番にも土産が出来たし」
 落ちていたままの髪の毛を、勝手に腰から抜け出した花子がひっかけ、ぐいぐいとアイテム欄に押し込んでいるが、佐久弥は見もしない。
 魚を最後に自分は何も手に入れてないのだから。そう自己暗示をかけながら、佐久弥は町へと向かう。

「ここで魚釣ったのか!運が良いな!」
 笑顔の狼にも心癒され、佐久弥はそっと魚の両足を差し出す。
「またくれるってのか?あんがとよ!」
 喜んでもらえて何よりだ。
「鳥と人魚は釣れたかい?」
 ぴしり、と佐久弥の笑顔が凍りつく。
「鳥が合計で四羽釣れましたよ」
 佐久弥は記憶から消去するようだ。
「四羽もありゃ、剣の一口ひとふりは作れそうだな!まあ良い武器持ってるから兄ちゃんには不要かもしれないけどな」
「そうですね~」
 はっはっはっはっはと空笑いする佐久弥は記憶の抹消に必死だ。
「当分は釣りはやめときますよ」
「そうなのか?兄ちゃん結構釣りの才能あると思うがな」
 今日も大漁だし。と続けられるも、そんな事は無いと固い笑顔で返す。


 ――今日は、ログアウトして何もかも忘れよう。そう誓った。
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