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第一章 第一節 シャンタリオへ
5 命あるもの
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その日、昼前から徐々に暴れ始めた嵐は、その夜を迎えて静まるどころかさらに荒れ狂い、一晩中やむことなく、闇の中で轟々と音を立て続け、そのうねりは大地を超え、世界の果てまで届くようだった。
風はうねり、湧き上がる波を上から押さえつけ、それに反発するようにさらに強く波が湧き上がる。水平線すら歪めるような戦いが延々と続き、苦しい戦いに波が、空気が、互いを巻き込み悲鳴をあげる。ビョウビョウと悲しげに響き渡る。
そんな、終わる時が決してこないように思われた嵐は、夜明け近くになってようよう力をなくし、朝陽が顔を見せる頃には、目が覚めたら消え失せる夢のように、どこにも姿を見ることはできなかった。
ただし、海の上、空の下、では。
カースの海岸には悲劇が打ち上げられていた。
それは、壮絶な景色であった。
船の残骸らしきもの、荷物として積まれていたであろうもの、海の底から巻き上げられたもの、そして命を亡くしたもの、それらが波打ち際に帯状に積み重なっていた。
「嵐の後には何が起こるのか、どのような存在がやってくるのか」と、この10日ほどを高揚した気分で待ち続けたカースの民たちは絶句した。
「どこにも命あるものの気配はありません」
カースの村長が恐る恐るマユリアのそば仕えの侍女にそう申し上げたが、マユリアからの返事は一つだけだった。
「助け手はいます」
そう言われてしまえばもうどうしようもない。
仕方なくそのままを村民たちに伝える。
「なんとしても命あるものを探せ!」
どちらにしても、残骸と亡骸が片付かなければ明日からの漁にも差し支える。言われるまでもなくなんとかしなくてはいけない。
だが、あれだけの嵐にもみくちゃにされた後で、果たしてそんなものが存在するのだろうか。
片付けても片付けても波が瓦礫を打ち上げる。
かつて人だったものを打ち上げる。
打ち上げられたものたちはまた波に引かれ、もう一度押され、波打ち際で命あるもののようにうねうねとうごめく。
季節は夏。早く片付けないとそのうちもっとどうしようもない事態になる。
10日前、僥倖に高揚し、喜びのうちに不眠不休で働いた村人たちは、今は暗澹たる気持ちで腰を曲げては何かを拾い、何かを集め、もう一度さらわれぬように波の手から守るをひたすら繰り返す。
瓦礫や何かの欠片はまだいい。だが、かつて命があったもの、波にゆられ悲しげに身を震わすそれに触れる時には、一度目をつぶって祈りの言葉を口にして、そして数人で木の板に乗せて丁寧に運ぶ。
次こそなんとか命の残っているものが、そう思いながら、毎回裏切られ、その作業を数十回繰り返すこととなった。
普段からきつい労働に慣れているはずの力自慢の漁師たちだが、身の内から汗と共に何かを絞り出されるような重苦しさに、いつもより疲労の色を濃くしていた。
(こんなところに命あるもののあるはずもない)
誰もがそう思ってはいたが口には出せない。
なにしろシャンタルの言葉は事実であり、マユリアの命は絶対である。
ありえないことがあるはずなどない。
心のうちでそう考えたとしても、否定などできるはずがない。
「ピシッ」と何かが誰かの足元ではねた。
嵐の巻き添えを食って深海から浮き上がってきた魚が、浮き袋を口からはみ出させ、波打ち際でほたほたと身をよじらせている。
(これだって命あるものだ、だったらこれが「助け手」とやら言うものか)
誰かがやけくそのようにそう考えながら、しぶとく生にしがみつく魚に手を伸ばそうとした時、
「あ」
そのすぐそばに転がっていた瓦礫に隠れていた亡骸が、亡骸だと思っていたものが、微かにぴくりと動いた。
動いた気がする。
いや、確実に動いた!!
「い、いました!」
声を聞き、たちまち数人の男たちが駆けつけた。
かろうじて命が残っていたのは、1人のようやっと少年から青年になりかけたぐらいの黒髪の男だった。
新しい神様を期待していた人々の期待を裏切る、あまり裕福とは言えない身なりの人間ではあったが、それでも確かに命のあるものだ、魚よりはましではあろう。
すぐにマユリアに報告される一方、こちらも急いで仮神殿に運び込まれ、医者の診察と治療を受けることとなった。ここを整える時、万が一のために医薬品や処置道具一式も持ち込まれており、待機する人間の中に医者も含まれていたのだ。
その男は、幸いにしてと言うか、奇跡的にと言えばいいのか、意識はまだ戻らぬものの、特に大きな負傷などは見つからず、呼吸や脈もしっかりしていた。
共に打ち上げられたその他のものには、まともな形をしていないものもあるというのになんということだ。これはもしかすると本当に大変な存在なのかも知れない。一度は見つけたものにがっかりした村人たちも、やはりシャンタルの言葉に嘘はないと、あらためて尊い場面に立ち会えた喜びに身を震わせることとなった。
そうして、男の状態が動かしても大丈夫だと医者によって判断されると、マユリアの後の輿にそっと乗せられ、意識がないままシャンタル宮へと運ばれた。
風はうねり、湧き上がる波を上から押さえつけ、それに反発するようにさらに強く波が湧き上がる。水平線すら歪めるような戦いが延々と続き、苦しい戦いに波が、空気が、互いを巻き込み悲鳴をあげる。ビョウビョウと悲しげに響き渡る。
そんな、終わる時が決してこないように思われた嵐は、夜明け近くになってようよう力をなくし、朝陽が顔を見せる頃には、目が覚めたら消え失せる夢のように、どこにも姿を見ることはできなかった。
ただし、海の上、空の下、では。
カースの海岸には悲劇が打ち上げられていた。
それは、壮絶な景色であった。
船の残骸らしきもの、荷物として積まれていたであろうもの、海の底から巻き上げられたもの、そして命を亡くしたもの、それらが波打ち際に帯状に積み重なっていた。
「嵐の後には何が起こるのか、どのような存在がやってくるのか」と、この10日ほどを高揚した気分で待ち続けたカースの民たちは絶句した。
「どこにも命あるものの気配はありません」
カースの村長が恐る恐るマユリアのそば仕えの侍女にそう申し上げたが、マユリアからの返事は一つだけだった。
「助け手はいます」
そう言われてしまえばもうどうしようもない。
仕方なくそのままを村民たちに伝える。
「なんとしても命あるものを探せ!」
どちらにしても、残骸と亡骸が片付かなければ明日からの漁にも差し支える。言われるまでもなくなんとかしなくてはいけない。
だが、あれだけの嵐にもみくちゃにされた後で、果たしてそんなものが存在するのだろうか。
片付けても片付けても波が瓦礫を打ち上げる。
かつて人だったものを打ち上げる。
打ち上げられたものたちはまた波に引かれ、もう一度押され、波打ち際で命あるもののようにうねうねとうごめく。
季節は夏。早く片付けないとそのうちもっとどうしようもない事態になる。
10日前、僥倖に高揚し、喜びのうちに不眠不休で働いた村人たちは、今は暗澹たる気持ちで腰を曲げては何かを拾い、何かを集め、もう一度さらわれぬように波の手から守るをひたすら繰り返す。
瓦礫や何かの欠片はまだいい。だが、かつて命があったもの、波にゆられ悲しげに身を震わすそれに触れる時には、一度目をつぶって祈りの言葉を口にして、そして数人で木の板に乗せて丁寧に運ぶ。
次こそなんとか命の残っているものが、そう思いながら、毎回裏切られ、その作業を数十回繰り返すこととなった。
普段からきつい労働に慣れているはずの力自慢の漁師たちだが、身の内から汗と共に何かを絞り出されるような重苦しさに、いつもより疲労の色を濃くしていた。
(こんなところに命あるもののあるはずもない)
誰もがそう思ってはいたが口には出せない。
なにしろシャンタルの言葉は事実であり、マユリアの命は絶対である。
ありえないことがあるはずなどない。
心のうちでそう考えたとしても、否定などできるはずがない。
「ピシッ」と何かが誰かの足元ではねた。
嵐の巻き添えを食って深海から浮き上がってきた魚が、浮き袋を口からはみ出させ、波打ち際でほたほたと身をよじらせている。
(これだって命あるものだ、だったらこれが「助け手」とやら言うものか)
誰かがやけくそのようにそう考えながら、しぶとく生にしがみつく魚に手を伸ばそうとした時、
「あ」
そのすぐそばに転がっていた瓦礫に隠れていた亡骸が、亡骸だと思っていたものが、微かにぴくりと動いた。
動いた気がする。
いや、確実に動いた!!
「い、いました!」
声を聞き、たちまち数人の男たちが駆けつけた。
かろうじて命が残っていたのは、1人のようやっと少年から青年になりかけたぐらいの黒髪の男だった。
新しい神様を期待していた人々の期待を裏切る、あまり裕福とは言えない身なりの人間ではあったが、それでも確かに命のあるものだ、魚よりはましではあろう。
すぐにマユリアに報告される一方、こちらも急いで仮神殿に運び込まれ、医者の診察と治療を受けることとなった。ここを整える時、万が一のために医薬品や処置道具一式も持ち込まれており、待機する人間の中に医者も含まれていたのだ。
その男は、幸いにしてと言うか、奇跡的にと言えばいいのか、意識はまだ戻らぬものの、特に大きな負傷などは見つからず、呼吸や脈もしっかりしていた。
共に打ち上げられたその他のものには、まともな形をしていないものもあるというのになんということだ。これはもしかすると本当に大変な存在なのかも知れない。一度は見つけたものにがっかりした村人たちも、やはりシャンタルの言葉に嘘はないと、あらためて尊い場面に立ち会えた喜びに身を震わせることとなった。
そうして、男の状態が動かしても大丈夫だと医者によって判断されると、マユリアの後の輿にそっと乗せられ、意識がないままシャンタル宮へと運ばれた。
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