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第三章 第七節 神の死

13 湖の畔

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 トーヤが潜ってすぐにルギは約束の場所にやってきた。

「え、さっきあっちにいたのに早いな」

 ダルが驚いてそう言うと、

「馬で走ったからな」

 視線を送る場所を見ると、

「え、俺の馬?」
「そうだ」

 森のどこに繋いでいたのか、ダルが宮の馬房に繋いでおいた、マユリアから下賜された神馬に乗って森を抜けてきたらしい。
 
 ダルが近づき、どうどうと首を撫でてやると愛馬はうれしそうに鼻面を寄せてきた。

「洞窟の中をシャンタルの小さな足では気の毒だ」

 なるほど、ダルの馬に乗せて行けということか。

「え、でも、俺も西の端まで行くんだけどな」
「大丈夫だ、回収してやる。あの洞窟の端に繋いでおけ」
「繋ぐっても」
「あの階段の手すりに繋げるだろうが。そんなに遅くはならん、安心しろ」
「大丈夫かなあ、アル……」

 と、ダルが愛馬の名をつぶやく。

 そんな話をしていたらロープがぐいっと引かれた。

「お、鈎引っ掛けたみたいだな」

 ロープのこちら側は念の為に木にくくりつけてある。鈎のついた2本とトーヤに結んだ1本の合計3本。

「それ、っと」

 ロープを引き慣れているダルと体が大きく力が強いルギ、2人で引くと面白いようにするすると上がってきた。

 その時、

「な、なんだ?」

 いきなり下から突き上げられたような感触があった。

「なんか、下から突かれたみたいだったけど」

 ルギは答えない。
 2人でロープを引き続けると、黒い棺が湖のふちに姿を現した。

 近寄って、

「え、なんだこれ!」

 蓋が、棺の蓋が開いている。
 中には誰もいない。

「ど、どういう、これ・・・」

 慌てるダルの横でルギが金具に引っかかっている革ベルトを調べる。

「引きちぎられている……」
「え!」

 見ると、刃物で切ったのではなく、左右に引っ張ってちぎられたような切り口だ。

 トーヤが「もしもの時のために」とシャンタルに持たせた守り刀、もしもあれで切ったとしたら、すっぱりと鋭い切り口を見せているはずだ。だがこれは、どう見てもものすごい力で引きちぎられているようにしか見えない。皮自体も引っ張られて細くなっているようにも思える。

「な、こんな太い革ベルト、誰が……」

 ダルが混乱してつぶやくのに、

「人ならぬもの、か……」

 ルギがそうつぶやく。

「え?」
「湖はどうなってる」

 急いでのぞいてみるが何も見えない。
 恐ろしいほどの静寂が広がるだけだ。

「……俺、潜ってみる」
「やめろ」

 ダルが今にも湖に飛び込もうとするのを、肩を押さえてルギが止めた。

「なんでだよ! シャンタルもトーヤもどうなってんのか見てくる!」
「やめろと言っている」
「なんでだよ!」
「この湖は普通の湖ではない」
「それは……」



『つまり、あの森、あの湖は普通の森や湖じゃねえ』



 トーヤもそう言っていたと思い出す。

「普通の湖じゃない……」
「そうだ、俺も嫌ってほど知ってるからな」

 ルギの話はトーヤから聞いた。
 トーヤと同じようにルギもこの森で迷ったのだ。

「じゃあ、じゃあどうすりゃいいんだよ!」

 ルギが黙ったまま首を横に振る。

「待つしかない」
「そんな!」
「この湖に、この運命に選ばれたのはトーヤだ、あいつ以外がここに入るとそれこそ何が起きるか分からん。待つしかない……」



『おまえ、託宣のことを忘れてるだろ』

『つまりな、おまえがいくらがんばっても、俺が助けない限りシャンタルは多分助からねえ』

『おまえがシャンタルを助けることはできねえ、不可能だ……』

『だけどな、さっきも言ったようにあそこは普通じゃねえ、それはちゃんと覚えておくことだ』

『俺でないと助けられないだろうってのもその上で言ってんだ』

『おまえが危険だと思ったら、いくらおまえが俺のためにと言っても殴ってでも蹴ってでも俺は止めるからな』

『俺もおまえが大事だからだ、覚えとけよ?』



 そうだ、そう言っていたのだ。

「トーヤ……シャンタル……」

 湖のほとりで、ダルとルギはじっと動きがあるのを待つしかなかった。
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