上 下
345 / 353
第三章 第七節 神の死

11 ぶっつけ本番

しおりを挟む
 打ち合わせでは「棺の頭の部分だけを残して沈んだら湖から離れる」という話になっていた。

「どう沈むか分からんが、完全に沈み切る前に湖を離れてもらうってことでいいかと思う」

 あまり早くに湖に入ると葬列の人たちに見つかる可能性があり、かと言って完全に沈んでからでは追いつけない可能性もある。なので、そのあたりで葬列を返すようにしてほしいとキリエに要望した。

「んで、ルギのやつなんだが、葬列に参加してたら引き上げに間に合わないんじゃねえの?」

 トーヤが不満そうにそう言うと、

「ですが、ルギには第一警備隊隊長として葬列の最後を守ってもらわなければなりません。それにルギが最後尾にいたら誰もそちらを振り向こうとは思わないはずです」

 そうキリエが答え、聞いてトーヤが思わず笑った。

「まあ確かにな、あんな怖い番犬に睨まれてちゃ誰も振り向こうとは思わんだろうな」

 万が一、トーヤが湖にいるのを見られたら、それこそただでは終わらない。場合によってはシャンタルが生きていること、そしてもしかしたら男であることまでバレてしまうかも知れない。誰にも知られず棺を引き上げるためにも万全を期さねばならない。

「分かった。じゃあルギはどうするんだ?」
「森を出たところで衛士たちは宮へ戻し、自分はそのまま戻ると言っていましたね」

 今、ルギは衛士の打ち合わせなどで忙しく、トーヤとの打ち合わせはすべてキリエたちに任せると伝えてきた。トーヤとしてもあまり進んで顔を合せたいと今は思うはずもなく(前金のことでかなりへそを曲げているので)それでいいとしていた。

「俺が潜って合図を送っても、まだ人がいるなら引き上げ作業は始められないしな」

 そのためにも、ルギには背後を守って葬列を滞りなく引き上げさせてもらわねばならない。

「じゃあ、トーヤの合図があったら俺も葬列の方を確かめて、それで大丈夫そうだったら少しずつ引っ張り上げるよ」
「うん、頼む」

 棺の上部、肩のあたりにある持ち手の丸い金具、その左右両方に1つずつかぎを引っ掛ける。そうして縦に引き上げたら水の抵抗も少ないだろう。

「革ベルトで縛ってあるから開くことはないだろうと思うが、俺は下から押さえながら上がる。そうすりゃ二重に安心だろう」
「そうだな」

 そうしてダルが引っ張り上げてる間にルギも来られるだろう。水から上に引き上げる、一番力が必要な時に力の強いルギがいてくれたら心強い。

 打ち合わせをして、そうやって引き上げると決めた。

「ぶっつけ本番だからな、色々と不具合も出るだろうが、なあに託宣で助けるってあるんだ、なんとかなるさ」

 そう軽く、自分にもダルにも、キリエにも言い聞かせるようにした。





 トーヤは湖の山側にある小さな植え込みに身を隠してその時を待っていた。

 宮の方から鐘の音が次第に近づいてくる、シャンタルの葬列を知らせる鐘の音だ。

 やがて祈りの声が聞こえ、それが終わると滑るように黒い棺が湖の真ん中に向かって進み始めた。

 棺の向こうにキリエの姿が見える。
 他に神官長、神官たち、衛士たち、そしてルギ。

 湖に膝のあたりまで浸かったまま、じっとキリエが棺を見つめているのが分かった。

 棺は思った以上に長く浮かんでいる。
 少しずつゆっくりと、ゆらりゆらりと揺れながら、足の方から水の中に入っていく。
 棺が斜めになり、水の中に浸かる部分が段々と増えていくのが分かった。

 トーヤは植え込みに隠れるように、そっと湖に入っていった。

(冷てえ!)

 冬の湖は思った以上に冷たい。

(キリエさんはよく平気で立ってるよな)

 少しずつ、誰にも気づかれないように気をつけて、少しずつ湖の中央に向けて体を沈めていった。

 刺すような冷たい水。あまり長く入ってはいられないだろう。

(早く行ってくんねえかなあ……)

 そう思って見ていると、やっとキリエが後ろを向いた。

 衛士たちが敷物をまとめ、絞って戸板に乗せている。

(うーっ、早くしろってば!)

 さらに焦れて見ていると、やっと葬列が宮の方を向いて戻り始めた。

 トーヤは「よしっ」と泳ぎ始めた。
 音を立てぬように、そっとそっと棺に近づく。

 葬列を伺うとみんな背中を向けていて見ていない。

 大きく息を吸うと、少し体を持ち上げて思い切って潜った。
 
 パシャリ

 さすがに一つ水音がした。

 しまったと思ったが、もうトーヤは水の下だ、振り返っても見えはしないだろう。
 体に結びつけた命綱と、棺を引き上げるためのかぎをつけた2本のロープがもしかしたら見つからないかと思わぬことはなかったが、考えても仕方がない。とにかく潜るしかない。

 澄み切った湖の中、ゆっくりと棺が傾き、縦に近い形になり、足の方を下にして沈んでいくのが見えた。

(よし)

 思い切り水をかいて潜っていく。

 すぐに棺に追いついた。

 大きめに付け替えた金具の上2つに鈎を引っ掛ける。
 鈎を輪っかに引っ掛け、その先をロープに絡ませるようにする。これで鈎が外れることはあるまい。

 ロープをくいっと引っ張り、上にいるダルに引っ張り上げるように合図を送った。
 合図は届いたようで、ゆっくりと水の中でたわんだロープが真っ直ぐに伸びていった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

【完結】元婚約者であって家族ではありません。もう赤の他人なんですよ?

つくも茄子
ファンタジー
私、ヘスティア・スタンリー公爵令嬢は今日長年の婚約者であったヴィラン・ヤルコポル伯爵子息と婚約解消をいたしました。理由?相手の不貞行為です。婿入りの分際で愛人を連れ込もうとしたのですから当然です。幼馴染で家族同然だった相手に裏切られてショックだというのに相手は斜め上の思考回路。は!?自分が次期公爵?何の冗談です?家から出て行かない?ここは私の家です!貴男はもう赤の他人なんです! 文句があるなら法廷で決着をつけようではありませんか! 結果は当然、公爵家の圧勝。ヤルコポル伯爵家は御家断絶で一家離散。主犯のヴィランは怪しい研究施設でモルモットとしいて短い生涯を終える……はずでした。なのに何故か薬の副作用で強靭化してしまった。化け物のような『力』を手にしたヴィランは王都を襲い私達一家もそのまま儚く……にはならなかった。 目を覚ましたら幼い自分の姿が……。 何故か十二歳に巻き戻っていたのです。 最悪な未来を回避するためにヴィランとの婚約解消を!と拳を握りしめるものの婚約は継続。仕方なくヴィランの再教育を伯爵家に依頼する事に。 そこから新たな事実が出てくるのですが……本当に婚約は解消できるのでしょうか? 他サイトにも公開中。

世界樹の下で君に祈る

岡智 みみか
ファンタジー
~聖女見習いの妹姫は辺境王子の求婚からお姉さまを守ります~ 聖女だとか王族だとか、そんなことが誰かに愛される理由になんてならない。私は私だ。

器用貧乏の意味を異世界人は知らないようで、家を追い出されちゃいました。

武雅
ファンタジー
この世界では8歳になると教会で女神からギフトを授かる。 人口約1000人程の田舎の村、そこでそこそこ裕福な家の3男として生まれたファインは8歳の誕生に教会でギフトを授かるも、授かったギフトは【器用貧乏】 前例の無いギフトに困惑する司祭や両親は貧乏と言う言葉が入っていることから、将来貧乏になったり、周りも貧乏にすると思い込み成人とみなされる15歳になったら家を、村を出て行くようファインに伝える。 そんな時、前世では本間勝彦と名乗り、上司と飲み入った帰り、駅の階段で足を滑らし転げ落ちて死亡した記憶がよみがえる。 そして15歳まであと7年、異世界で生きていくために冒険者となると決め、修行を続けやがて冒険者になる為村を出る。 様々な人と出会い、冒険し、転生した世界を器用貧乏なのに器用貧乏にならない様生きていく。 村を出て冒険者となったその先は…。 ※しばらくの間(2021年6月末頃まで)毎日投稿いたします。 よろしくお願いいたします。

【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!

美杉。節約令嬢、書籍化進行中
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』  そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。  目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。  なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。  元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。  ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。  いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。  なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。  このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。  悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。  ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――

最弱職テイマーに転生したけど、規格外なのはお約束だよね?

ノデミチ
ファンタジー
ゲームをしていたと思われる者達が数十名変死を遂げ、そのゲームは運営諸共消滅する。 彼等は、そのゲーム世界に召喚或いは転生していた。 ゲームの中でもトップ級の実力を持つ騎団『地上の星』。 勇者マーズ。 盾騎士プルート。 魔法戦士ジュピター。 義賊マーキュリー。 大賢者サターン。 精霊使いガイア。 聖女ビーナス。 何者かに勇者召喚の形で、パーティ毎ベルン王国に転送される筈だった。 だが、何か違和感を感じたジュピターは召喚を拒み転生を選択する。 ゲーム内で最弱となっていたテイマー。 魔物が戦う事もあって自身のステータスは転職後軒並みダウンする不遇の存在。 ジュピターはロディと名乗り敢えてテイマーに転職して転生する。最弱職となったロディが連れていたのは、愛玩用と言っても良い魔物=ピクシー。 冒険者ギルドでも嘲笑され、パーティも組めないロディ。その彼がクエストをこなしていく事をギルドは訝しむ。 ロディには秘密がある。 転生者というだけでは無く…。 テイマー物第2弾。 ファンタジーカップ参加の為の新作。 応募に間に合いませんでしたが…。 今迄の作品と似た様な名前や同じ名前がありますが、根本的に違う世界の物語です。 カクヨムでも公開しました。

【完結】見返りは、当然求めますわ

楽歩
恋愛
王太子クリストファーが突然告げた言葉に、緊張が走る王太子の私室。 伝統に従い、10歳の頃から正妃候補として選ばれたエルミーヌとシャルロットは、互いに成長を支え合いながらも、その座を争ってきた。しかし、正妃が正式に決定される半年を前に、二人の努力が無視されるかのようなその言葉に、驚きと戸惑いが広がる。 ※誤字脱字、勉強不足、名前間違い、ご都合主義などなど、どうか温かい目で(o_ _)o))

門番として20年勤めていましたが、不当解雇により国を出ます ~唯一無二の魔獣キラーを追放した祖国は魔獣に蹂躙されているようです~

渡琉兎
ファンタジー
15歳から20年もの間、王都の門番として勤めていたレインズは、国民性もあって自らのスキル魔獣キラーが忌避され続けた結果――不当解雇されてしまう。 最初は途方にくれたものの、すぐに自分を必要としてくれる人を探すべく国を出る決意をする。 そんな折、移住者を探す一人の女性との出会いがレインズの運命を大きく変える事になったのだった。 相棒の獣魔、SSSランクのデンと共に、レインズは海を渡り第二の故郷を探す旅に出る! ※アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、で掲載しています。

善人ぶった姉に奪われ続けてきましたが、逃げた先で溺愛されて私のスキルで領地は豊作です

しろこねこ
ファンタジー
「あなたのためを思って」という一見優しい伯爵家の姉ジュリナに虐げられている妹セリナ。醜いセリナの言うことを家族は誰も聞いてくれない。そんな中、唯一差別しない家庭教師に貴族子女にははしたないとされる魔法を教わるが、親切ぶってセリナを孤立させる姉。植物魔法に目覚めたセリナはペット?のヴィリオをともに家を出て南の辺境を目指す。

処理中です...