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第三章 第七節 神の死
11 ぶっつけ本番
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打ち合わせでは「棺の頭の部分だけを残して沈んだら湖から離れる」という話になっていた。
「どう沈むか分からんが、完全に沈み切る前に湖を離れてもらうってことでいいかと思う」
あまり早くに湖に入ると葬列の人たちに見つかる可能性があり、かと言って完全に沈んでからでは追いつけない可能性もある。なので、そのあたりで葬列を返すようにしてほしいとキリエに要望した。
「んで、ルギのやつなんだが、葬列に参加してたら引き上げに間に合わないんじゃねえの?」
トーヤが不満そうにそう言うと、
「ですが、ルギには第一警備隊隊長として葬列の最後を守ってもらわなければなりません。それにルギが最後尾にいたら誰もそちらを振り向こうとは思わないはずです」
そうキリエが答え、聞いてトーヤが思わず笑った。
「まあ確かにな、あんな怖い番犬に睨まれてちゃ誰も振り向こうとは思わんだろうな」
万が一、トーヤが湖にいるのを見られたら、それこそただでは終わらない。場合によってはシャンタルが生きていること、そしてもしかしたら男であることまでバレてしまうかも知れない。誰にも知られず棺を引き上げるためにも万全を期さねばならない。
「分かった。じゃあルギはどうするんだ?」
「森を出たところで衛士たちは宮へ戻し、自分はそのまま戻ると言っていましたね」
今、ルギは衛士の打ち合わせなどで忙しく、トーヤとの打ち合わせはすべてキリエたちに任せると伝えてきた。トーヤとしてもあまり進んで顔を合せたいと今は思うはずもなく(前金のことでかなりへそを曲げているので)それでいいとしていた。
「俺が潜って合図を送っても、まだ人がいるなら引き上げ作業は始められないしな」
そのためにも、ルギには背後を守って葬列を滞りなく引き上げさせてもらわねばならない。
「じゃあ、トーヤの合図があったら俺も葬列の方を確かめて、それで大丈夫そうだったら少しずつ引っ張り上げるよ」
「うん、頼む」
棺の上部、肩のあたりにある持ち手の丸い金具、その左右両方に1つずつ鈎を引っ掛ける。そうして縦に引き上げたら水の抵抗も少ないだろう。
「革ベルトで縛ってあるから開くことはないだろうと思うが、俺は下から押さえながら上がる。そうすりゃ二重に安心だろう」
「そうだな」
そうしてダルが引っ張り上げてる間にルギも来られるだろう。水から上に引き上げる、一番力が必要な時に力の強いルギがいてくれたら心強い。
打ち合わせをして、そうやって引き上げると決めた。
「ぶっつけ本番だからな、色々と不具合も出るだろうが、なあに託宣で助けるってあるんだ、なんとかなるさ」
そう軽く、自分にもダルにも、キリエにも言い聞かせるようにした。
トーヤは湖の山側にある小さな植え込みに身を隠してその時を待っていた。
宮の方から鐘の音が次第に近づいてくる、シャンタルの葬列を知らせる鐘の音だ。
やがて祈りの声が聞こえ、それが終わると滑るように黒い棺が湖の真ん中に向かって進み始めた。
棺の向こうにキリエの姿が見える。
他に神官長、神官たち、衛士たち、そしてルギ。
湖に膝のあたりまで浸かったまま、じっとキリエが棺を見つめているのが分かった。
棺は思った以上に長く浮かんでいる。
少しずつゆっくりと、ゆらりゆらりと揺れながら、足の方から水の中に入っていく。
棺が斜めになり、水の中に浸かる部分が段々と増えていくのが分かった。
トーヤは植え込みに隠れるように、そっと湖に入っていった。
(冷てえ!)
冬の湖は思った以上に冷たい。
(キリエさんはよく平気で立ってるよな)
少しずつ、誰にも気づかれないように気をつけて、少しずつ湖の中央に向けて体を沈めていった。
刺すような冷たい水。あまり長く入ってはいられないだろう。
(早く行ってくんねえかなあ……)
そう思って見ていると、やっとキリエが後ろを向いた。
衛士たちが敷物をまとめ、絞って戸板に乗せている。
(うーっ、早くしろってば!)
さらに焦れて見ていると、やっと葬列が宮の方を向いて戻り始めた。
トーヤは「よしっ」と泳ぎ始めた。
音を立てぬように、そっとそっと棺に近づく。
葬列を伺うとみんな背中を向けていて見ていない。
大きく息を吸うと、少し体を持ち上げて思い切って潜った。
パシャリ
さすがに一つ水音がした。
しまったと思ったが、もうトーヤは水の下だ、振り返っても見えはしないだろう。
体に結びつけた命綱と、棺を引き上げるための鈎をつけた2本のロープがもしかしたら見つからないかと思わぬことはなかったが、考えても仕方がない。とにかく潜るしかない。
澄み切った湖の中、ゆっくりと棺が傾き、縦に近い形になり、足の方を下にして沈んでいくのが見えた。
(よし)
思い切り水をかいて潜っていく。
すぐに棺に追いついた。
大きめに付け替えた金具の上2つに鈎を引っ掛ける。
鈎を輪っかに引っ掛け、その先をロープに絡ませるようにする。これで鈎が外れることはあるまい。
ロープをくいっと引っ張り、上にいるダルに引っ張り上げるように合図を送った。
合図は届いたようで、ゆっくりと水の中でたわんだロープが真っ直ぐに伸びていった。
「どう沈むか分からんが、完全に沈み切る前に湖を離れてもらうってことでいいかと思う」
あまり早くに湖に入ると葬列の人たちに見つかる可能性があり、かと言って完全に沈んでからでは追いつけない可能性もある。なので、そのあたりで葬列を返すようにしてほしいとキリエに要望した。
「んで、ルギのやつなんだが、葬列に参加してたら引き上げに間に合わないんじゃねえの?」
トーヤが不満そうにそう言うと、
「ですが、ルギには第一警備隊隊長として葬列の最後を守ってもらわなければなりません。それにルギが最後尾にいたら誰もそちらを振り向こうとは思わないはずです」
そうキリエが答え、聞いてトーヤが思わず笑った。
「まあ確かにな、あんな怖い番犬に睨まれてちゃ誰も振り向こうとは思わんだろうな」
万が一、トーヤが湖にいるのを見られたら、それこそただでは終わらない。場合によってはシャンタルが生きていること、そしてもしかしたら男であることまでバレてしまうかも知れない。誰にも知られず棺を引き上げるためにも万全を期さねばならない。
「分かった。じゃあルギはどうするんだ?」
「森を出たところで衛士たちは宮へ戻し、自分はそのまま戻ると言っていましたね」
今、ルギは衛士の打ち合わせなどで忙しく、トーヤとの打ち合わせはすべてキリエたちに任せると伝えてきた。トーヤとしてもあまり進んで顔を合せたいと今は思うはずもなく(前金のことでかなりへそを曲げているので)それでいいとしていた。
「俺が潜って合図を送っても、まだ人がいるなら引き上げ作業は始められないしな」
そのためにも、ルギには背後を守って葬列を滞りなく引き上げさせてもらわねばならない。
「じゃあ、トーヤの合図があったら俺も葬列の方を確かめて、それで大丈夫そうだったら少しずつ引っ張り上げるよ」
「うん、頼む」
棺の上部、肩のあたりにある持ち手の丸い金具、その左右両方に1つずつ鈎を引っ掛ける。そうして縦に引き上げたら水の抵抗も少ないだろう。
「革ベルトで縛ってあるから開くことはないだろうと思うが、俺は下から押さえながら上がる。そうすりゃ二重に安心だろう」
「そうだな」
そうしてダルが引っ張り上げてる間にルギも来られるだろう。水から上に引き上げる、一番力が必要な時に力の強いルギがいてくれたら心強い。
打ち合わせをして、そうやって引き上げると決めた。
「ぶっつけ本番だからな、色々と不具合も出るだろうが、なあに託宣で助けるってあるんだ、なんとかなるさ」
そう軽く、自分にもダルにも、キリエにも言い聞かせるようにした。
トーヤは湖の山側にある小さな植え込みに身を隠してその時を待っていた。
宮の方から鐘の音が次第に近づいてくる、シャンタルの葬列を知らせる鐘の音だ。
やがて祈りの声が聞こえ、それが終わると滑るように黒い棺が湖の真ん中に向かって進み始めた。
棺の向こうにキリエの姿が見える。
他に神官長、神官たち、衛士たち、そしてルギ。
湖に膝のあたりまで浸かったまま、じっとキリエが棺を見つめているのが分かった。
棺は思った以上に長く浮かんでいる。
少しずつゆっくりと、ゆらりゆらりと揺れながら、足の方から水の中に入っていく。
棺が斜めになり、水の中に浸かる部分が段々と増えていくのが分かった。
トーヤは植え込みに隠れるように、そっと湖に入っていった。
(冷てえ!)
冬の湖は思った以上に冷たい。
(キリエさんはよく平気で立ってるよな)
少しずつ、誰にも気づかれないように気をつけて、少しずつ湖の中央に向けて体を沈めていった。
刺すような冷たい水。あまり長く入ってはいられないだろう。
(早く行ってくんねえかなあ……)
そう思って見ていると、やっとキリエが後ろを向いた。
衛士たちが敷物をまとめ、絞って戸板に乗せている。
(うーっ、早くしろってば!)
さらに焦れて見ていると、やっと葬列が宮の方を向いて戻り始めた。
トーヤは「よしっ」と泳ぎ始めた。
音を立てぬように、そっとそっと棺に近づく。
葬列を伺うとみんな背中を向けていて見ていない。
大きく息を吸うと、少し体を持ち上げて思い切って潜った。
パシャリ
さすがに一つ水音がした。
しまったと思ったが、もうトーヤは水の下だ、振り返っても見えはしないだろう。
体に結びつけた命綱と、棺を引き上げるための鈎をつけた2本のロープがもしかしたら見つからないかと思わぬことはなかったが、考えても仕方がない。とにかく潜るしかない。
澄み切った湖の中、ゆっくりと棺が傾き、縦に近い形になり、足の方を下にして沈んでいくのが見えた。
(よし)
思い切り水をかいて潜っていく。
すぐに棺に追いついた。
大きめに付け替えた金具の上2つに鈎を引っ掛ける。
鈎を輪っかに引っ掛け、その先をロープに絡ませるようにする。これで鈎が外れることはあるまい。
ロープをくいっと引っ張り、上にいるダルに引っ張り上げるように合図を送った。
合図は届いたようで、ゆっくりと水の中でたわんだロープが真っ直ぐに伸びていった。
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