上 下
332 / 353
第三章 第六節 旅立ちの準備

22 舞台裏

しおりを挟む
 その日の朝、シャンタルは1つ目の鐘と共に起こされ、身を清めてから式典用の衣装を身に着けた。

 シャンタルの肌に似た黒に近い色の上着、その下には白のブラウスに朱色のハイウエストのスカートを同じ色の帯で胸の下で締めて履く。長い髪を背中にたらりと垂らすと背中一面に銀色が広がり、前は色とりどりの刺繍がスカートの色と溶け合うようにグラデーションになるように施されていた。 
 銀の髪の額にはシャンタルの瞳と同じ緑色の宝石が付いた額飾りがあり、腕にも銀を主にした何本かの色とりどりの石がついた腕飾り。足元はやはり銀色を主にした宝石が散りばめられたサンダルを履いている。

 マユリアは同じような衣装だが上着は水色、紺色に近いスカートにやはりそこにつながるように虹のような刺繍がある。
 緑の黒髪には金の額飾り、腕輪もサンダルもシャンタルと色違いだがこちらは金を主体にしたものになっている。

 侍女たちに連れられて神殿へ向かう。
 シャンタルは自分を取り戻してから初めて神殿へ行くので緊張をしていた。

「シャンタル、大丈夫ですよ、もう少しお気を楽になさいませ」

 そう言ってラーラ様がシャンタルの手を握って一緒に歩いてくれている。
 シャンタルはこくんと頷くと、少し深呼吸してゆっくりと歩いて神殿へ向かう。

 奥宮から回廊を通って神殿へと入ると、神官たちが並んで跪いていた。
 その前を通り抜け神殿の中心部、祭壇のある部屋へと入った。

 中には神官長が見守るゆりかごが置かれている。中で何かが動いてるようだ。あれが次代様なのだろう。

 マユリアとラーラ様と共に祭壇前にあるゆりかごの元へと向かう。
 マユリアが祭壇に向かって一つ頭を下げ、次にゆりかごに頭を下げると両手を伸ばして中から次代様を抱き上げた。

 祭壇から向かって右に中央に向かって次代様を抱いたマユリアが立ち、ラーラ様に手を引かれたシャンタルがその反対側、向かって左から中央に向き直る。

「継承の儀式です」

 神官長の声に合せ、シャンタルがそっと右手を伸ばして次代様の額に手を触れた。

 それを見届けると神官長が手に持った鈴をりーんと鳴らし、その音を合図のように、神殿の入り口のところにある鐘が「からーんからーん」と軽やかに鳴り出した。継承の儀式が成ったことを外に知らせたのだ。
 その途端、外から何か圧力のような空気のようなそして音のようなものが、わあっと神殿の中にまで流れ込んできた。

「民が、祝福の声を上げているのですよ」

 ラーラ様がやさしい声でシャンタルにそう言った。

 そうして、神殿から奥宮へ向かう回廊ではなく、前の宮へと向かう。
 謁見の間の近くにある一室、控えの間に歴代シャンタル4人で入り、座って準備ができるまで少し待った。

「お時間になりました」

 侍女頭のキリエが部屋に入ってきて、そう言って頭を下げる。

「まいりましょうか」

 マユリアが声をかけ、控室のゆりかごで眠っていらっしゃる次代様をそっと抱き上げ、シャンタルとラーラ様と共にバルコニーへ向かった。

 バルコニーに一歩足を踏み入れると、耳が聞こえなくなるほど、空気が渦となって押し寄せるほどの声が湧き上がった。

 思わずシャンタルが少しひるむと、大丈夫というようにラーラ様が手に力を入れてくれ、そのことに力をもらったように思い切って一歩踏み出す。

 バルコニーの端まで来るとマユリアが左手を上げる。すると嘘のように声がぴたりと止まった。聞こえるのはどこかで鳴く鳥の声だけ。

「継承の儀式は無事に行われました」

 マユリアの言葉にまた声が押し寄せる。

「シャンタルからお言葉がございます」
 
 その言葉に、声の渦がぐるぐると、竜巻のように巻き上がったように感じた。

 マユリアが左手をもう一度上げる。また静けさが訪れる。
 マユリアがシャンタルを見て頷き、シャンタルもマユリアを見て頷く。

 静けさの中、シャンタルは一つ息を吸い、生まれて初めて民に声をかけた。

「みなさん、ありがとう、わたくしの内なる女神シャンタルは次代様へと受け継がれました」

 言い終わるとバルコニーから広場の人たちに向かってにっこりと微笑んだ。

 耳をつんざく声がまた広場から湧き上がった。
 シャンタルは胸が熱くなるのを感じた。
 民が、これほど自分の声に反応してくれるとは。

 そうしてまたラーラ様に手を引かれ、バルコニーから宮に入ると控えの間に戻る。

「よくがんばりましたね」

 ラーラ様が涙ぐみながらシャンタルの銀色の髪を優しく撫でる。

「本当にご立派でした」
 
 マユリアが次代様をゆりかごにお寝かせすると、そばに来てにっこり笑いながらそう言って褒めてくれた。

「よかった、失敗しなくて」

 照れくさそうにそう言うと、2人にギュッと抱きしめられる。

「少しお休みしたら2回目がございますよ、何かお飲みになりますか?」
「うん、飲む」

 柑橘を水で割ったジュースで喉を潤し、少し休むとまた時間になった。

「さあ、参りましょうか」

 にっこり笑うマユリアとやさしく微笑むラーラ様、そしてマユリアにいだかれた次代様と共に2回目のお出ましも無事に終了した。

 控えの間に戻ると昼食が用意されていた。
 今まで感じたことがない緊張のためにすごくお腹が空いた気がして、シャンタルは昼食を残さず食べた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悲恋を気取った侯爵夫人の末路

三木谷夜宵
ファンタジー
侯爵夫人のプリシアは、貴族令嬢と騎士の悲恋を描いた有名なロマンス小説のモデルとして持て囃されていた。 順風満帆だった彼女の人生は、ある日突然に終わりを告げる。 悲恋のヒロインを気取っていた彼女が犯した過ちとは──? カクヨムにも公開してます。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

処理中です...