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第三章 第六節 旅立ちの準備

 8 待っています

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「な……バカ野郎って……」

 ミーヤがムカッとした顔をする。

「バカ野郎だからバカ野郎って言ったんだ、気に入らねえのか!」
「言い過ぎでしょ!」
「言い過ぎじゃねえ!」

 トーヤが一際大きな声を出し、ミーヤが両の手を掴まれたままでビクッと引き寄せるようにしたが、一層の力でトーヤが引っ張り返す。

「いいか、よく聞けよ!」

 ミーヤがあまりの大きな声に首をすくめて顔を少し背ける。

「こっち見てよく聞け!」

 思わず顔を戻してトーヤの顔を見る。
 トーヤがミーヤの目をじっと見て続ける。

「よく聞け……」

 ミーヤもトーヤの目をじっと見る。見て動けなくなる。

「あんたがな、あんたが……あんたに、もしものことがあったらな、俺はこの国に戻ってくる意味がなくなるからな。分かったかバカ野郎!!」

 それだけ言うと突き放すようにミーヤの両手を放し、ふいっと横を向いてしまった。

(怒るというのは怒る人のことを思うから怒る、ミーヤは誰かのことを思うから怒るんだって)

 ついさっきシャンタルが言っていた言葉が浮かんだ。

(ミーヤはすぐに怒るそうなんだけど、すぐに怒るのはそれだけ誰かのことを思っているのよね)

 ならば、このトーヤの激しい怒り、それはそれだけ自分を思ってくれてのことなのだろう……

「あ、ありがとうございます……」

 ミーヤが素直にそう言うのを聞き、トーヤが横を向いたまま、

「わ、分かりゃいいんだよ……」

 まだすねたようにそう言う。

「だからな、もう無茶すんな。しねえって約束しろ!」

 投げつけるように、横を向いたままそう言う。

「できるか?できるよな?」
「はい……」
「じゃあそう言えよ!」

 くるっと向き直ると、

「もう二度と無茶はしません、命を大切にする、そう誓えよな!」

 それだけ投げつけるとまた横を向いてしまった。

「分かりました……もう二度と無茶はしません、命を大切にします……ですから!」

 今度はミーヤが大きな声を出し、トーヤがビクッとして振り向く。

「ですからトーヤも約束してください!トーヤも無茶はしない、命を大切にする、そうして元気にまたその顔を見せてくれると!」

 そうしてミーヤは一つ息を吸って吐くと、もう一度息を吸って、

「待ってますから!」

 そう言ってから、

「待っていますからね!」

 そう言って今度は自分がふいっと横を向く。

 今までどちらも言葉にしたことはなかった。
 その言葉を初めてミーヤが口にした。

「お、おう……」

 トーヤも一つ息を吸って吐き、そしてもう一度吸ってから言う。

「待っててくれよな!」

 言うだけ言ってトーヤも横を向いてしまった。

 沈黙が流れる。
 2人とも不自然な形でお互いに横を向いたまま次にどう動けばいいのか分からない、そんな形で固まってしまった。
 
 待っててくれ

 待っています

 今まで言えなかった言葉のやりとり。
 やっと言えた言葉のせいで、この先どうすればいいのか分からなくなったことこそ笑えるような気がしたが、笑うこともできない。
 
「……どうすりゃいいんだよ……」

 思わずトーヤがポツリと言った。

「どうって……」

 ミーヤもそう言うもののどうすればいいのか分からない。

 あの時、トーヤが「戻ってきていいか」と聞いてミーヤが涙を流した時、あの時はどうなったっけ……トーヤはそう考えていた。

 そして……

「ぶはっ」

 そう吹き出して笑い出した。

「何がおかしいんですか?」

 ミーヤが不服そうにそう聞いた。

「いや、あの時もこうだったなと思ってな」

 そう言いながら小さく笑い続ける。

「俺が、戻ってくるって言ってあんたが戻ってきていいって言った時な……」
「ああ……」

 思い出してミーヤもくすっと笑う。

 そうだった、あの時もこんな感じでひたすら2人で「戻ってくる」「いいですよ」と繰り返したのだった。

 だが今度はなんだか同じ言葉が出てこない。
 あの時と同じなら「待っててくれ」「待っています」を繰り返せばいいものを。

「なんででしょう……」

 笑いながらミーヤがそう言うとトーヤも意味が分かったようだ。

「なんでだろうな?」
「本当になんででしょう」
「本当にな、なんでだ?」
「さあ?」
「さあ、だ?」
「ええ、なぜだか分かりません」
「なんだよそりゃ」
「だって、なんでだろうなって」
「いや、もういいって。今度はそれ繰り返すのか」

 そう言っておかしくてたまらないと言う風に大きく笑い出す。

「なんで笑うんです」

 そう言いながらもミーヤの笑い方も大きくなっている。

「なんでだろうな?」
「さあ?」
「もういいって、それ」
「そちらが聞くからでしょ」
「いやだって、なんだかなって」
「もういいです」
 
 2人でひとしきり笑っているところに扉を叩く音がして、返事をすると入ってきたダルとリルが、

「何を笑ってるんだ?」

 不思議そうにそう言って首を傾げるが、

「いや、なんでだろうな本当」
「ええ……」

 2人がそう言って笑い続けるだけなので、

「なんでだって、そりゃこっちが聞きたいよ」
「ええ……」

 そう言うが、ただただ笑うだけでどちらも答えようとしないので、

「ま、いいか、楽しそうだし」
「そうですね」

 そう言ってダルとリルも呆れたように笑った。
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