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第三章 第六節 旅立ちの準備

 5 もしもの時

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「そのためにはしっかり金具で留めてちゃまずいなと思ってはずしてきたんだよ」
「いつ?」
「さっきここに来る前にな」

 ダルが、知らないうちにとっととそんな作業をしてきたのかと驚く。

「棺桶のフタが開かねえようにするのは、まああの皮バンドがありゃいいだろう」

 水の中で棺のフタが開いてシャンタルの体が沈んでしまわぬようにとさらに上からしっかりと皮のバンドで縛ることにしていた。

「万が一って思ったらな、フタが開かねえよりは開いて逃げられる方がいいような気がしたんだ」
「言われてみりゃ確かにそうだな」

 ダルも聞いて納得する。

 暗い水の中に落ちていく棺、誰にも助けられずに底に沈んだその中に閉じ込められるというのは想像を絶する恐怖である。

「な、そうだろ?」
「うん」

 ダルが想像しながらゾッとして身を震わせる。

「それは、怖いな……」
「ああ、ヤバイ」

 そう言ってシャンタルを見る。

「おまえ、俺が言ってる意味分かるよな?」

 シャンタルがうーんと首を傾げて、

「よく分からない」

 そう言うのでトーヤがガクッとずっこけた。

「あのな、おまえのことなんだぞ?よく聞いとけ、分かったか?」
「うん、分かった」

 そう言うが、おそらくさっきまでのやりとりをよく聞いてはいなかったのだろう。

「おまえ、何考えてた?」
「え?」
「いや、さっき、俺らが色々話してた時」
「ああ」

 シャンタルがうんうんと頷く。

「トーヤが月虹兵になるお話でしょ?昨日マユリアから聞いたの」
「そうですか……」

 こいつ寝てたんじゃねえか、とトーヤががっくりとする。

「まあ、その話からもう変わっておまえの話になってんだよ」
「え、そうなの?」

 やっぱり聞いてなかったか、自分の生死のかかる話にこの反応、さすが今の能天気の頂点だ……

「あのな、ちょっと怖い話をするぞ?よく聞いとけ」
「分かった……」

 シャンタルが緊張した顔になり、ラーラ様が心配そうにしっかりと手を握り直す。

「それな、ラーラ様、ちょっと手を放してもらえます?」
「え?」
「これからシャンタルは1人で試練を乗り越えなくちゃならない、厳しいようだが1人で俺の話を聞いてもらいたいんです」

 ラーラ様はじっとシャンタルを見たが、

「分かりました……シャンタル、少し手を放しますよ」

 そう言ってそっと手を放す。

「いいか、よく聞け、おまえが沈む話だ」

 そう言われるとさっと顔色が変わった。

「おまえは3日後に棺桶に入れられて聖なる湖に沈められる、分かってるよな?」
 
 シャンタルがこくんと一つ頷き、

「うん、分かってる……」

 固くそう言う。

「それは俺が助けてやる、だから安心しろ」
「うん、信じてる……」

 固い表情でそう言う。

「だがな、この世の中には何が起こるか分からねえ、それも分かるか?」
「何が起こるか?」
「まあ大丈夫だとは思うんだがな」

 トーヤがそう言って安心させておいてから、

「もしも、もしもだ、俺に何かあった時には、おまえは自分で自分を助けるんだ」
「え?」

 不安いっぱいの顔でシャンタルがトーヤを見る。

「トーヤが助けてくれるんでしょ?」
「ああ、まあ、それはそうだ」
「助けてくれるって……」
「だからそれはそうだ。だがな、さっきも言ったが、って多分聞いてなかったんだろうからもう一度言うけどな、何をやるにも『最悪を想定して動く』ってのがあってな」
「さいあくをそうてい?」
「そうだ。いつも一番悪いことを考えて準備しておきゃ、何があっても大丈夫ってことだ、分かるか?」
「一番悪いことを考えて準備……」
「そうだ」

 トーヤがうんうんと頷く。

「もしも大丈夫だろうって油断してて、なんも準備してなかったら慌てるだろ?」
「……うん、そうかも」

 少し考えてそう言う。なんとなく分かったようだ。

「そのための方法をだから考えた」
「うん」
「もしも、棺桶が沈んでも俺が助けにこなかったら、おまえは自分で棺桶を縛ってる皮のバンドを切ってフタを開けて外に出て、自分で泳いで湖の上に上がる」
「え?」
「何回も言うが、もしも、もしもだ、万が一、最悪の場合、だ」
「う、うん……」
「だからな、マユリア」

 先代の方を向き直って言う。

「ナイフか何か、そうだな、守り刀だとかなんとか言って持たせてやってくれ」
「分かりました」

 マユリアはいつものように顔色一つ変えずに言うが、シャンタル本人とラーラ様は顔色が悪いのを見てとれる。

「道具はまあ、それ以外どうしようもねえな、それともう一つ大事なことだ」

 もう一度シャンタルを向き直る。

「おまえ、俺と『共鳴』っての起こしたの覚えてるか?」
「あまり覚えてないけどそういうのがあったって聞いた」

 弾き飛ばされた時には驚いてはいたが、それ以外はトーヤにのみ衝撃があったようなものだ、覚えていなくても仕方はないかも知れない。

「だからな、おまえと俺の間にはなんかあるんだよ、そういうことが」

 どう言ったものかと考えながらトーヤが言う。

「だからそれを信じろ。困ったことになったら必死に俺を呼べ。そうすりゃ多分『共鳴』ってのがなんとかしてくれる、俺はそう信じてる。おまえの力を信じてる。分かるか?呼ぶんだぞ、分かったよな?」

 トーヤの真剣な目を見てシャンタルは黙ってこくんと頷いた。
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