上 下
270 / 353
第三章 第四節 死と恐怖

 4 最初の共鳴

しおりを挟む
「そうです、人の身なのです」

 キリエも続ける。

「託宣にはさらに続きがございます」
「まだあるのですか?」

 シャンタルが視線をキリエに戻す。

「はい。助け手に助けてもらう、そのためにはお心を開いていただかないといけません」
「心を開く?」
「はい。シャンタルが助け手にお心を開かぬ時は、助け手はシャンタルを見捨て、シャンタルは湖の底に沈み、世界も眠りの中に落ちるのです」
「見捨てる……」

 シャンタルはそうつぶやくとふっと笑う。

「わたくしを、シャンタルを、見捨てる……」

 神を見捨てる、まさかそんな者があるはずがなかろう、そのような表情。

「いえ、ございます。助け手は……トーヤははっきりとそう申しました。シャンタルがご自分の口で助けてくれと言わぬ限り見捨てると」

 ミーヤが意を決するようにトーヤの名前と言葉を口にする。

「トーヤ?」

 聞いてもまだ思い出せぬようだ。

「はい、トーヤです」
「外の国から来たという客人ですか?」
「はい、さようでございます」
「その者がなぜそのようなことを……」

 せぬというように、さらさらと銀の髪を揺らせて横に首を振り、そして言葉を続けた。

「もしもその者、助け手ですか?その者が助けたくないと言うのならばわたくしは湖に沈み女神シャンタルと共にあるだけです。何も問題はないでしょう?」

 そう言ってにっこりと笑う。

「違うのです!そうではないのです!」

 ミーヤはそう否定するが、何をどう否定すれば通じるのかもう何も分からない。

「それに心を開くということがまず分かりません」
「それは、シャンタルが心からトーヤを信頼する、そういうことだと思います」
「そう言われても会ったこともない者をどうして信頼できましょう」
「いえ、会われておられます、何度も」
「わたくしがですか?」
「そうです」
 
 キリエが後を引き取る。

「マユリアの客室で、『お茶会』で何度も話をいたしました。リル、ダル、ルギたちと共に」
「あの場にいたのですか?」

 全く記憶にないのか心底から驚いた顔をする。

「なぜかは分かりませんがお忘れになっていらっしゃる、いえ、思い出そうとはしていらっしゃらないのだと思います」
「忘れている?思い出そうとしていない?」
「はい」
「トーヤ……マユリアの客室での『お茶会』……」

 シャンタルは思い出そうとしているようだが、どうしても思い出せない、そんな顔である。

「どうしてでしょう……なぜトーヤのことだけ……」

 キリエもそう言ってじっとシャンタルを見つめるが弱く横にふるふると首を振る。

「分かりません。その者のことは思い出せません、いえ、知りません」

 はっきりとそう言い切った。

「お会いになっているのです、何度も何度も。ミーヤたちと共にシャンタルに話し掛けておりました」
「覚えていません。いえ、知りません」

 キリエの言葉にもきっぱりと言って返す。

共鳴きょうめい……」

 ふとミーヤが口にする。

「そう、何度も共鳴を起こされているのです。覚えていらっしゃいませんか?」
「共鳴?」
「はい、そうです。初めての時はシャンタルがバルコニーからトーヤを見たいとおっしゃったとマユリアが」
「わたくしがですか?」

 驚いた顔をする。

「わたくしがその者を、トーヤと申す者を見たいと?」
「はい、そうです。マユリアからお聞きしました。そうしてバルコニーにお出でになられて何度かトーヤがダルと剣の訓練をするのをご覧になられてました」
「剣の訓練……ダルと?」
「はい、そうです」
「わたくしがその様子を見たいと申したのですか?」
「はい、マユリアがそうおっしゃっていらっしゃいました」
「見たい……」

 シャンタルは何かおぼろげに思い出した。

「見たい……そう思ったことがございました、確かに……でも何を……」
「それがトーヤです。トーヤのことをご覧になりたいと望まれました」
「トーヤ……客人……」

 自室で「何かがいる」と思ったことがあったことが気がする。そしてそれを「見たい」と思った気がする。そして連れて行かれて「見た」と思った気がする。

「何かを見たい、そう思って見に行きました……何を……」
「はい、それでございます、それがトーヤです」
「見たい、そう思ったことが、ある……」

 さらに記憶を探る。
 自分は一体何を見たかったのか……

「何か妙な気配を感じました、ありました、そのようなことが」
「はい、それでございます。どうか思い出してください」
「妙な気配がして、それで見たいと思いました、確かに……そして侍女が来て輿こしに乗ってバルコニーへ。そして見ました、バルコニーから『何か』を……」
「はい」
「『何か』……」

 じっと下を向いて考える。
 自分は一体何を見たのか……

「バルコニーからマユリアを見ました。その『何か』はその隣に」
「はい、間違いございません」
「『何か』……」

 じっと考える。

「思い出しました……」
 
 ふと頭を上げて言う。

「『何か』があったのです、確かに。そしてその『何か』がこちらを見たのでわたくしも見ました」
「はい、間違いございません」
「そう、『何か』がこちらを見た、ありました、そのようなこと……」 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悲恋を気取った侯爵夫人の末路

三木谷夜宵
ファンタジー
侯爵夫人のプリシアは、貴族令嬢と騎士の悲恋を描いた有名なロマンス小説のモデルとして持て囃されていた。 順風満帆だった彼女の人生は、ある日突然に終わりを告げる。 悲恋のヒロインを気取っていた彼女が犯した過ちとは──? カクヨムにも公開してます。

番だからと攫っておいて、番だと認めないと言われても。

七辻ゆゆ
ファンタジー
特に同情できないので、ルナは手段を選ばず帰国をめざすことにした。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

幼馴染み達が寝取られたが,別にどうでもいい。

みっちゃん
ファンタジー
私達は勇者様と結婚するわ! そう言われたのが1年後に再会した幼馴染みと義姉と義妹だった。 「.....そうか,じゃあ婚約破棄は俺から両親達にいってくるよ。」 そう言って俺は彼女達と別れた。 しかし彼女達は知らない自分達が魅了にかかっていることを、主人公がそれに気づいていることも,そして,最初っから主人公は自分達をあまり好いていないことも。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

王太子さま、側室さまがご懐妊です

家紋武範
恋愛
王太子の第二夫人が子どもを宿した。 愛する彼女を妃としたい王太子。 本妻である第一夫人は政略結婚の醜女。 そして国を奪い女王として君臨するとの噂もある。 あやしき第一夫人をどうにかして廃したいのであった。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

処理中です...