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第三章 第四節 死と恐怖
4 最初の共鳴
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「そうです、人の身なのです」
キリエも続ける。
「託宣にはさらに続きがございます」
「まだあるのですか?」
シャンタルが視線をキリエに戻す。
「はい。助け手に助けてもらう、そのためにはお心を開いていただかないといけません」
「心を開く?」
「はい。シャンタルが助け手にお心を開かぬ時は、助け手はシャンタルを見捨て、シャンタルは湖の底に沈み、世界も眠りの中に落ちるのです」
「見捨てる……」
シャンタルはそうつぶやくとふっと笑う。
「わたくしを、シャンタルを、見捨てる……」
神を見捨てる、まさかそんな者があるはずがなかろう、そのような表情。
「いえ、ございます。助け手は……トーヤははっきりとそう申しました。シャンタルがご自分の口で助けてくれと言わぬ限り見捨てると」
ミーヤが意を決するようにトーヤの名前と言葉を口にする。
「トーヤ?」
聞いてもまだ思い出せぬようだ。
「はい、トーヤです」
「外の国から来たという客人ですか?」
「はい、さようでございます」
「その者がなぜそのようなことを……」
解せぬというように、さらさらと銀の髪を揺らせて横に首を振り、そして言葉を続けた。
「もしもその者、助け手ですか?その者が助けたくないと言うのならばわたくしは湖に沈み女神シャンタルと共にあるだけです。何も問題はないでしょう?」
そう言ってにっこりと笑う。
「違うのです!そうではないのです!」
ミーヤはそう否定するが、何をどう否定すれば通じるのかもう何も分からない。
「それに心を開くということがまず分かりません」
「それは、シャンタルが心からトーヤを信頼する、そういうことだと思います」
「そう言われても会ったこともない者をどうして信頼できましょう」
「いえ、会われておられます、何度も」
「わたくしがですか?」
「そうです」
キリエが後を引き取る。
「マユリアの客室で、『お茶会』で何度も話をいたしました。リル、ダル、ルギたちと共に」
「あの場にいたのですか?」
全く記憶にないのか心底から驚いた顔をする。
「なぜかは分かりませんがお忘れになっていらっしゃる、いえ、思い出そうとはしていらっしゃらないのだと思います」
「忘れている?思い出そうとしていない?」
「はい」
「トーヤ……マユリアの客室での『お茶会』……」
シャンタルは思い出そうとしているようだが、どうしても思い出せない、そんな顔である。
「どうしてでしょう……なぜトーヤのことだけ……」
キリエもそう言ってじっとシャンタルを見つめるが弱く横にふるふると首を振る。
「分かりません。その者のことは思い出せません、いえ、知りません」
はっきりとそう言い切った。
「お会いになっているのです、何度も何度も。ミーヤたちと共にシャンタルに話し掛けておりました」
「覚えていません。いえ、知りません」
キリエの言葉にもきっぱりと言って返す。
「共鳴……」
ふとミーヤが口にする。
「そう、何度も共鳴を起こされているのです。覚えていらっしゃいませんか?」
「共鳴?」
「はい、そうです。初めての時はシャンタルがバルコニーからトーヤを見たいとおっしゃったとマユリアが」
「わたくしがですか?」
驚いた顔をする。
「わたくしがその者を、トーヤと申す者を見たいと?」
「はい、そうです。マユリアからお聞きしました。そうしてバルコニーにお出でになられて何度かトーヤがダルと剣の訓練をするのをご覧になられてました」
「剣の訓練……ダルと?」
「はい、そうです」
「わたくしがその様子を見たいと申したのですか?」
「はい、マユリアがそうおっしゃっていらっしゃいました」
「見たい……」
シャンタルは何かおぼろげに思い出した。
「見たい……そう思ったことがございました、確かに……でも何を……」
「それがトーヤです。トーヤのことをご覧になりたいと望まれました」
「トーヤ……客人……」
自室で「何かがいる」と思ったことがあったことが気がする。そしてそれを「見たい」と思った気がする。そして連れて行かれて「見た」と思った気がする。
「何かを見たい、そう思って見に行きました……何を……」
「はい、それでございます、それがトーヤです」
「見たい、そう思ったことが、ある……」
さらに記憶を探る。
自分は一体何を見たかったのか……
「何か妙な気配を感じました、ありました、そのようなことが」
「はい、それでございます。どうか思い出してください」
「妙な気配がして、それで見たいと思いました、確かに……そして侍女が来て輿に乗ってバルコニーへ。そして見ました、バルコニーから『何か』を……」
「はい」
「『何か』……」
じっと下を向いて考える。
自分は一体何を見たのか……
「バルコニーからマユリアを見ました。その『何か』はその隣に」
「はい、間違いございません」
「『何か』……」
じっと考える。
「思い出しました……」
ふと頭を上げて言う。
「『何か』があったのです、確かに。そしてその『何か』がこちらを見たのでわたくしも見ました」
「はい、間違いございません」
「そう、『何か』がこちらを見た、ありました、そのようなこと……」
キリエも続ける。
「託宣にはさらに続きがございます」
「まだあるのですか?」
シャンタルが視線をキリエに戻す。
「はい。助け手に助けてもらう、そのためにはお心を開いていただかないといけません」
「心を開く?」
「はい。シャンタルが助け手にお心を開かぬ時は、助け手はシャンタルを見捨て、シャンタルは湖の底に沈み、世界も眠りの中に落ちるのです」
「見捨てる……」
シャンタルはそうつぶやくとふっと笑う。
「わたくしを、シャンタルを、見捨てる……」
神を見捨てる、まさかそんな者があるはずがなかろう、そのような表情。
「いえ、ございます。助け手は……トーヤははっきりとそう申しました。シャンタルがご自分の口で助けてくれと言わぬ限り見捨てると」
ミーヤが意を決するようにトーヤの名前と言葉を口にする。
「トーヤ?」
聞いてもまだ思い出せぬようだ。
「はい、トーヤです」
「外の国から来たという客人ですか?」
「はい、さようでございます」
「その者がなぜそのようなことを……」
解せぬというように、さらさらと銀の髪を揺らせて横に首を振り、そして言葉を続けた。
「もしもその者、助け手ですか?その者が助けたくないと言うのならばわたくしは湖に沈み女神シャンタルと共にあるだけです。何も問題はないでしょう?」
そう言ってにっこりと笑う。
「違うのです!そうではないのです!」
ミーヤはそう否定するが、何をどう否定すれば通じるのかもう何も分からない。
「それに心を開くということがまず分かりません」
「それは、シャンタルが心からトーヤを信頼する、そういうことだと思います」
「そう言われても会ったこともない者をどうして信頼できましょう」
「いえ、会われておられます、何度も」
「わたくしがですか?」
「そうです」
キリエが後を引き取る。
「マユリアの客室で、『お茶会』で何度も話をいたしました。リル、ダル、ルギたちと共に」
「あの場にいたのですか?」
全く記憶にないのか心底から驚いた顔をする。
「なぜかは分かりませんがお忘れになっていらっしゃる、いえ、思い出そうとはしていらっしゃらないのだと思います」
「忘れている?思い出そうとしていない?」
「はい」
「トーヤ……マユリアの客室での『お茶会』……」
シャンタルは思い出そうとしているようだが、どうしても思い出せない、そんな顔である。
「どうしてでしょう……なぜトーヤのことだけ……」
キリエもそう言ってじっとシャンタルを見つめるが弱く横にふるふると首を振る。
「分かりません。その者のことは思い出せません、いえ、知りません」
はっきりとそう言い切った。
「お会いになっているのです、何度も何度も。ミーヤたちと共にシャンタルに話し掛けておりました」
「覚えていません。いえ、知りません」
キリエの言葉にもきっぱりと言って返す。
「共鳴……」
ふとミーヤが口にする。
「そう、何度も共鳴を起こされているのです。覚えていらっしゃいませんか?」
「共鳴?」
「はい、そうです。初めての時はシャンタルがバルコニーからトーヤを見たいとおっしゃったとマユリアが」
「わたくしがですか?」
驚いた顔をする。
「わたくしがその者を、トーヤと申す者を見たいと?」
「はい、そうです。マユリアからお聞きしました。そうしてバルコニーにお出でになられて何度かトーヤがダルと剣の訓練をするのをご覧になられてました」
「剣の訓練……ダルと?」
「はい、そうです」
「わたくしがその様子を見たいと申したのですか?」
「はい、マユリアがそうおっしゃっていらっしゃいました」
「見たい……」
シャンタルは何かおぼろげに思い出した。
「見たい……そう思ったことがございました、確かに……でも何を……」
「それがトーヤです。トーヤのことをご覧になりたいと望まれました」
「トーヤ……客人……」
自室で「何かがいる」と思ったことがあったことが気がする。そしてそれを「見たい」と思った気がする。そして連れて行かれて「見た」と思った気がする。
「何かを見たい、そう思って見に行きました……何を……」
「はい、それでございます、それがトーヤです」
「見たい、そう思ったことが、ある……」
さらに記憶を探る。
自分は一体何を見たかったのか……
「何か妙な気配を感じました、ありました、そのようなことが」
「はい、それでございます。どうか思い出してください」
「妙な気配がして、それで見たいと思いました、確かに……そして侍女が来て輿に乗ってバルコニーへ。そして見ました、バルコニーから『何か』を……」
「はい」
「『何か』……」
じっと下を向いて考える。
自分は一体何を見たのか……
「バルコニーからマユリアを見ました。その『何か』はその隣に」
「はい、間違いございません」
「『何か』……」
じっと考える。
「思い出しました……」
ふと頭を上げて言う。
「『何か』があったのです、確かに。そしてその『何か』がこちらを見たのでわたくしも見ました」
「はい、間違いございません」
「そう、『何か』がこちらを見た、ありました、そのようなこと……」
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