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第三章 第三節 広がる世界

19 暗闇

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 暗闇の中、さらにすべての音を遮断しゃだんするようにマユリアはじっと座り続けていた。

 まるで生命活動まで止めてしまうかのような、呼吸数こきゅうすう脈拍みゃくはくすらも少なくなっているような、そんな瞑想めいそう状態でじっと座り続けている。

 シャンタルの私室から辞して懲罰房ちょうばつぼうに来たリルは、その様子を扉の外から見てため息をつく。

 干渉するなと言われてはいる、最低限さいていげんしか近寄るなとも言われている。
 だがあの日、トーヤがシャンタルをはねつけた衝撃を受けて卒倒そっとうしたマユリアを見てしまっている。あれからは何事もなく、まるで命がないかのようにひたすら暗闇の中で座り続けているマユリアだが、やはり生きている人間である。生きることに最低限必要なことはある。

(食べてはいらっしゃるけれど……)

 リルはいつもほとんどを残される食事の乗った盆を見てはため息をつく。本当に最小限、小鳥が体を保つほどにしかお食べになってはいらっしゃらない。

 他にも最低限の清潔を保てるようにと、頭をり付けるようにして頼んで髪をとかしたり、身を清めるお手伝いだけはさせていただいている。そうして身辺を整えるお手伝いをさせていただいることでリルの方がホッとしているような状態だ。闇の中ですら輝くように美しい主ではあるが、やはりせて弱ってきていらっしゃる。

 マユリアの座を降りたのち後宮こうきゅうに入ることが決まっていらっしゃる方だ、その時にやせおとろえた姿では王の寵愛ちょうあいを失うのではないか、お辛いことになるのではないか、そのことも心配になる。

(私のような一介いっかいの侍女、それも行儀見習いの一時的な侍女がそんなことをご心配する必要もないのだろうけど……)

 キリエにはあのことを伝えている。承知の上でマユリアにも外の出来事を伝えるな、そう言われた。マユリアが外を遮断するように、外からもマユリアを遮断する、そういう状態を作っているのだろう。
 そうまでしてマユリアが受け入れないようにしているのが何であるのかと考えずにはおられない。

 浮かぶのは先ほどの光景だ。

(まさかシャンタルがあのように子どもらしくなられているとは……)

 「前の宮の者まえのみやのもの」であるリルの耳にも入ってきていた「シャンタルは話すことも聞くことも見ることもできない」という噂、実際にその目で見て噂は本当だったのだと思った。この宮の、いや、この国のこの先がどうなるのだろうと不安に思った。

 それが、恐れ多くも自分のような立場の者が呼ばれて行ってみるとあのような状態。うれしいことではあるが、一体今何が起こっているのか分からぬ戸惑いは感じる。

(おそらくマユリアの今のご状態も関係があるのだろう)

 そうは思うが見ていて辛いものは辛い。

(だけど私もがんばらないと)

 奥宮で見たミーヤの姿に自分も今やれることをやるのだと決めた。そうしてリルは、今度は客室の世話をするためにマユリアの居場所から離れた。

 残ったのは暗闇の中に座り続ける女神だけ。
 遠くで小さく聞こえる水れの音だけが暗闇の中にひびき続けていた。

 リルは客室の前に立つと扉を3回叩いた。

「どうぞ」
 
 部屋の持ち主ではないほうかたの声がした。

「トーヤ様はまたおでかけですか」
「うん、フェイちゃんのところだよ」

 最近、トーヤは時間があるとフェイのところへ行っているらしい。

「そうですか……」

 リルは自分で自分を変わったと感じていた。
 以前の自分は自分中心、トーヤとダル、それからミーヤ、3人にもお役目があろうに、それよりも自分の気持ちを納得させるために理由をつけては3人の中に割って入ろうとしていた、仲間外れにされまいとするように。
 でも今は違う、自分には自分の役目がある、自分の運命がある。それをシャンタルに教えていただいた、ダルから教えてもらった、ミーヤを見て知った、そしてトーヤは……

「随分とお邪魔だったこともあるのでしょうね……」
「え?」
  
 つい思ったことが口から出てしまったらしい。

「いえ、何でもありません」

 急いでそう言って笑ってみせる。

「何をお話してらっしゃるのでしょうね」
「さあ、なんだろうなあ。まあフェイちゃんはトーヤの第1夫人だからね、2人きりで話したいこともあるんだよ、うん」

 そう笑いながら言う。

「そうでしたね」

 リルもそう言って笑う。

 「第1夫人」のわれについては説明をされて知っていた。 
 あの時も自分の知らないことを話されるのは不愉快で、どうしてか聞いたのだったと思い出す。
 思えばあの頃の自分は勝手に自分を暗闇の中に閉じ込めていたような感じだった。見えないと不安でこじ開けるように他の人の道にすがりつこうとしていた。

 今は違う。自分には自分の道があると知り、目をこらすとはっきりとその道が見えてきた。

 漠然ばくぜんと侍女になりたいと思って無理やりのようにここへ来た。そして漠然と時を過ごしたら宮をしてどこかへとつぐのだと思っていたはずだ。それがどうして……

「思えばあの方は嵐のような方ですね」
「え?」

 ダルが聞いて首をひねる。

「トーヤ様です。突然やって来てみんなの運命をひっくり返していらっしゃいます」
「ああ」

 ダルが納得したように笑った。

「本当だよなあ、本当、嵐みたいなやつだ」

 そう言ってあらためて自分の言葉に笑う。
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