255 / 353
第三章 第三節 広がる世界
11 記録
しおりを挟む
シャンタルが思い出しながら話してくれたリルの話は、大抵が王都であったという面白い話、侍女仲間で楽しかった話、などであった。シャンタルに心を救われたリルは、精一杯小さな主を楽しませようとそのような話を選んでいたのだろう。
「リルのお話は面白いことが多かったの」
「そうでしたね」
中でも家族の、父親のオーサ商会の会長アロの失敗話など、横で聞いていてミーヤも吹き出してしまったことがあったほどだ。
「ではダルは?覚えていらっしゃいますか?」
「ダル?」
また記憶を辿る。
「ダル……背の高い漁師さん?」
「そうです!」
男性のことを尋ねるのは初めてであったが、きちんと覚えていらっしゃってほっとする。
「ダルは、海の話をしてくれたの。お魚のこととか、大きい波が来ると船が大きく揺れたとか」
「そうですそうです、よく覚えていらっしゃいますね」
「うん」
ミーヤの言葉に得意そうににっこりとする。
「リルやダルのそんな話を聞いてどう思われましたか?」
「どう……」
言われて困った顔をする。
「どうなさいました?」
「どうって……」
泣きそうな顔になる。
「どうなさいました!」
キリエが慌てる。
「分からなかったの……」
涙は出ていないが泣きそうにくしゃっと美しい顔を歪める。
「分からなかった……」
「そう……」
そう言って食卓の椅子に背を押し付けるようにし、もじもじと食卓を両手で突っ張るようにする。
「その時は分からなかったの。今思い出したら面白かったんだなあと分かったの」
「そうなのですね……」
色々と質問を重ね、答えを聞きながらなんとなく分かったことだが、シャンタルはそうして話をしたことを「記録」のように覚えていたようだ。ちょうどマユリアとした「お勉強」を覚えていたように。
「着替え」や「部屋着」や「靴」のように「言葉として知っている、記憶している」だけでその話について何かを感じるということもなかった。今こうして引き出されて初めて「靴」がどのようなものかを見て触れて知ったように、「記録」を「会話」に還元して内容について理解することとなったということか。
「ではルギはいかがです?」
「ルギ……」
またしばらく考える。
「ルギ……聞いたことがある気がする……」
「はい」
マユリアに常に影のように付き従う忠実なルギのことをシャンタルはどう見ていたのだろうか。
「ルギ……大きい人……」
「はい」
「ルギ……やさしい?」
「え?」
思わぬ言葉にキリエが驚く。
ルギには優しいという印象はあまりない。実直、真面目、静か、それならば理解できるが優しいとはまず出てくる言葉ではなさそうに思える。
「マユリアがやさしいって」
「マユリアが」
理由を聞いて納得する。マユリアならそうおっしゃるかも知れない。
「それで、他には何かございませんか?」
「ルギ……大きい人」
「はい、確かにルギは大きい人です」
「それから……あっ、衛士の人?」
「はい、さようです」
「衛士の人、ルギ……あの人のお話はあまり面白くなかった……」
聞いて思わずミーヤが少し笑い、
「すみません」
そうキリエに謝ったが、キリエにもシャンタルが言っていたことがよく分かった。
ルギは何かのお話をするのではなく、滔滔と「いかにマユリアがシャンタルに心を開いていただきたいと思っているか」を述べるばかりであったからだ。
「まあ、私も似たようなものではありましたが……」
あの時、人形のように無表情、無反応でただ座っているシャンタルに何をどう語りかければいいかなど、誰にも分かるものではなかった。それでルギとキリエはひたすらシャンタルに何かお答えになっていただきたいとの思いを伝え、リルとダルは自分が知る話をお聞かせし、そしてミーヤはシャンタルに色々な質問をすることが多かった。
そしてトーヤは……
「トーヤは、会話をしていましたね」
「はい……」
(よう、今日の具合はどうだ?相変わらずつまんねえ顔してんなあ、おまえ)
そんな風に話し掛け、反応がないならないで、
(一体何をそんなに乙に澄ましてんだよ、ガキのくせに)
などと、失礼な態度で自分が思うことを一方的にぶつけていた。
(なんか言いたいこととかねえのかよ)
(何考えてんだおまえ、そんなんで毎日楽しいか?)
(何見てんだよ、起きてんのか?)
(なあ、たまには自分からなんか話してみろってば)
今にして思えば、あの粗野なめんどくさそうな物言いの裏には、なんとか自分を表現してみろとの思いがあったのかも知れない。
「ミーヤは色んなことを聞いてきていたでしょ?」
シャンタルがミーヤに問いかける。
「はい、そうでした」
「好きなお花は何って」
「はい、お聞きしましたね」
「好きな色はって」
「はい」
「好きなものをたくさん聞いてきたの」
「はい、確かにそうだったかも知れません」
「でも好きって分からなかったの」
シャンタルがまた悲しそうな顔をする。
「今はお分かりですよね」
「うん」
にっこりと笑う。
「ミーヤもキリエも好き!ラーラ様とマユリアの次に好き!」
全く邪気のない笑顔にキリエとミーヤは苦しさで胸が締め付けられるようであった。
「リルのお話は面白いことが多かったの」
「そうでしたね」
中でも家族の、父親のオーサ商会の会長アロの失敗話など、横で聞いていてミーヤも吹き出してしまったことがあったほどだ。
「ではダルは?覚えていらっしゃいますか?」
「ダル?」
また記憶を辿る。
「ダル……背の高い漁師さん?」
「そうです!」
男性のことを尋ねるのは初めてであったが、きちんと覚えていらっしゃってほっとする。
「ダルは、海の話をしてくれたの。お魚のこととか、大きい波が来ると船が大きく揺れたとか」
「そうですそうです、よく覚えていらっしゃいますね」
「うん」
ミーヤの言葉に得意そうににっこりとする。
「リルやダルのそんな話を聞いてどう思われましたか?」
「どう……」
言われて困った顔をする。
「どうなさいました?」
「どうって……」
泣きそうな顔になる。
「どうなさいました!」
キリエが慌てる。
「分からなかったの……」
涙は出ていないが泣きそうにくしゃっと美しい顔を歪める。
「分からなかった……」
「そう……」
そう言って食卓の椅子に背を押し付けるようにし、もじもじと食卓を両手で突っ張るようにする。
「その時は分からなかったの。今思い出したら面白かったんだなあと分かったの」
「そうなのですね……」
色々と質問を重ね、答えを聞きながらなんとなく分かったことだが、シャンタルはそうして話をしたことを「記録」のように覚えていたようだ。ちょうどマユリアとした「お勉強」を覚えていたように。
「着替え」や「部屋着」や「靴」のように「言葉として知っている、記憶している」だけでその話について何かを感じるということもなかった。今こうして引き出されて初めて「靴」がどのようなものかを見て触れて知ったように、「記録」を「会話」に還元して内容について理解することとなったということか。
「ではルギはいかがです?」
「ルギ……」
またしばらく考える。
「ルギ……聞いたことがある気がする……」
「はい」
マユリアに常に影のように付き従う忠実なルギのことをシャンタルはどう見ていたのだろうか。
「ルギ……大きい人……」
「はい」
「ルギ……やさしい?」
「え?」
思わぬ言葉にキリエが驚く。
ルギには優しいという印象はあまりない。実直、真面目、静か、それならば理解できるが優しいとはまず出てくる言葉ではなさそうに思える。
「マユリアがやさしいって」
「マユリアが」
理由を聞いて納得する。マユリアならそうおっしゃるかも知れない。
「それで、他には何かございませんか?」
「ルギ……大きい人」
「はい、確かにルギは大きい人です」
「それから……あっ、衛士の人?」
「はい、さようです」
「衛士の人、ルギ……あの人のお話はあまり面白くなかった……」
聞いて思わずミーヤが少し笑い、
「すみません」
そうキリエに謝ったが、キリエにもシャンタルが言っていたことがよく分かった。
ルギは何かのお話をするのではなく、滔滔と「いかにマユリアがシャンタルに心を開いていただきたいと思っているか」を述べるばかりであったからだ。
「まあ、私も似たようなものではありましたが……」
あの時、人形のように無表情、無反応でただ座っているシャンタルに何をどう語りかければいいかなど、誰にも分かるものではなかった。それでルギとキリエはひたすらシャンタルに何かお答えになっていただきたいとの思いを伝え、リルとダルは自分が知る話をお聞かせし、そしてミーヤはシャンタルに色々な質問をすることが多かった。
そしてトーヤは……
「トーヤは、会話をしていましたね」
「はい……」
(よう、今日の具合はどうだ?相変わらずつまんねえ顔してんなあ、おまえ)
そんな風に話し掛け、反応がないならないで、
(一体何をそんなに乙に澄ましてんだよ、ガキのくせに)
などと、失礼な態度で自分が思うことを一方的にぶつけていた。
(なんか言いたいこととかねえのかよ)
(何考えてんだおまえ、そんなんで毎日楽しいか?)
(何見てんだよ、起きてんのか?)
(なあ、たまには自分からなんか話してみろってば)
今にして思えば、あの粗野なめんどくさそうな物言いの裏には、なんとか自分を表現してみろとの思いがあったのかも知れない。
「ミーヤは色んなことを聞いてきていたでしょ?」
シャンタルがミーヤに問いかける。
「はい、そうでした」
「好きなお花は何って」
「はい、お聞きしましたね」
「好きな色はって」
「はい」
「好きなものをたくさん聞いてきたの」
「はい、確かにそうだったかも知れません」
「でも好きって分からなかったの」
シャンタルがまた悲しそうな顔をする。
「今はお分かりですよね」
「うん」
にっこりと笑う。
「ミーヤもキリエも好き!ラーラ様とマユリアの次に好き!」
全く邪気のない笑顔にキリエとミーヤは苦しさで胸が締め付けられるようであった。
0
お気に入りに追加
55
あなたにおすすめの小説
悲恋を気取った侯爵夫人の末路
三木谷夜宵
ファンタジー
侯爵夫人のプリシアは、貴族令嬢と騎士の悲恋を描いた有名なロマンス小説のモデルとして持て囃されていた。
順風満帆だった彼女の人生は、ある日突然に終わりを告げる。
悲恋のヒロインを気取っていた彼女が犯した過ちとは──?
カクヨムにも公開してます。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。
江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。
だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。
十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。
ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。
元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。
そして更に二年、とうとうその日が来た……
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる