上 下
227 / 353
第三章 第一節 神から人へ

18 触れる

しおりを挟む
 シャンタルはパンを持ったままの左手をテーブルの上に乗せている。
 食べるのに時間だけはかかっているが、まだカップに半分のジュースとほんの少しのパンを食べただけ、空腹を満たすには足りない量だ。

「今度はそうですね……」

 ふと思い付いたようにミーヤが動いた。
 
 手頃な大きさのパンを取るとナイフで切れ目を入れ、そこにでた鳥の肉と茹でた卵、それからタレで和えた野菜を少しばかりはさむ。

「これは、初めてフェイを連れてカースに行った時に料理人が外でも食べられるようにと作ってくれたパンなんです。フェイはこれを両手に持って楽しそうにおいしそうに食べていたんですよ」

 そうシャンタルに話しかけると左手に持っているパンを皿に置き、さっきしたように両手で遠足のパンを持たせる。
 さっき一度甘いパンを食べているからやり方が分かったのだろう。何もしなくてもパンの端っこを少しかじりとり咀嚼した。ほんの少しばかりのパンと肉と野菜が口に入った。

 シャンタルが少しだけパンを口から離した。思っていた味と違ったので驚いたのだろうか。

「この世の中には色んな味があるのです、シャンタルは、これから先、もっともっと色んなおいしいものを食べていかれるのですよ。もっとどうぞ、おいしいでしょう?」

 口に合ったらしくゆっくりゆっくりと噛んで味わっている。肉が入ったことで甘いパンより回数を多く噛んでから飲み込む。

「そうです、お上手です。おいしいですか?」

 ミーヤが興奮したように言うとまた口を開ける。

「こうしてご自分で……」

 少しだけ力を入れて手を押して放す。そのままの形でシャンタルが自分一人で口にパンを押し付けて噛み切り、何回か噛んで飲み込んだ。

「もう一度です」

 少し力を入れて手を押すと、自分で口に運んで噛み切り、噛んで、飲み込む。

「そうですそうです、お上手です」
「シャンタル……」

 その様子を見ていてキリエが涙ぐんだ。

 そうして何回か遠足のパンを食べていたが止まってしまった。

「どうなさったのでしょう……」

 止まったまま軽く口を開ける。

「あ、もしかしたら……」

 パンを持った両手を降ろさせ、パンを皿に置いてからジュースの入ったカップを持たせる。
 思った通り、自分で口元へ運んで飲んだ!

「ご自分で……」

 ミーヤも涙ぐむ。

 コクコクと何回か飲んでまたはあっと満足した顔をする。
 ミーヤもキリエもこの顔を見るためだけにこの時間を過ごしているのだと思えた。

 シャンタルがカップを持った手を下げると、また口を開けた。

「どちらでしょうね」

 さっき食べた2種類のパン、どちらかを欲しがっているのだろうとは思うが、どちらかは分からない。

「それではいっそ……」

 ミーヤがシャンタルの手を取り、何種類かの並んだパンの上に乗せる。

「ご自分で好きなのをお選び下さい」

 シャンタルは自分の手の下にあるいくつものパンに戸惑っているようであったが、その感触には覚えがあり、さらにおいしく味わえたのを理解したのか怖がることはなかった。

「これはさっきのとは違って木の実を練り込んであるようですよ。こちらは少しパサッとした感触ですが噛むと口の中でほどけるようでおいしいです。そしてこっちは外が固くて中に何か入っているようです」

 説明しながら次々とパンを触らせていく。

 シャンタルはミーヤに手を移動されるとそこでそのパンをしばらく触っていたが、何回か触れて移動してを繰り返しているうちに一つのパンに興味を引いたようだった。

「これですね。これはパイですね。少し食べにくいですが食べてみますか?」

 同じように持たせると自分で口に運び、同じようにして噛み切るとしばらく噛んでから飲み込んだ。

「そう、お上手です!」

 ミーヤが手を叩いて喜んだ。

 パイにはクリームが挟まれていたらしく、何回か噛むとクリームが飛び出して手についた。

「お顔にもついていますよ」

 ミーヤが笑いながらシャンタルの口の横についたクリームを指ですくい取ると、

「お行儀が悪いですが、こうして……」

 と、シャンタルの口に入れた。

 甘いクリームをじっくりと味わうと、それがそのパイにも挟まれてると理解したのか自分で噛み切り手や口にクリームが付くのも気にしないように一生懸命に食べる。パイの欠片かけらがテーブルの上に散らばり、クリームもあちらこちらに飛び散ったがシャンタルは夢中で食べているようだった。

「やはり子どもは甘いものが好き……あ、失礼いたしました」

 そう言っている相手が誰かを思い出したように、急いで謝る姿を見てキリエが笑う。

「おまえも私から見れば十分に子どもなのですけどね」
「はい……」

 2人で笑い合う。

 そうしてパイの後はまた遠足のパンを少し、さらに甘い果物も食べてシャンタルは満足したように手を離した。

「食べていただけましたね」
「ええ……」
「よかったです」
「テーブルの上はぐちゃぐちゃになってしまいましたけどね」

 そう言ってまた笑い合った。

 食事を下げるために部屋に入って来たさっきの侍女2人がテーブルの上の惨状さんじょうと、同じように着物が食べ物だらけになっているシャンタルを見て驚いていたが、笑い合う2人を見ると何も言わずに片付けて下がっていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悲恋を気取った侯爵夫人の末路

三木谷夜宵
ファンタジー
侯爵夫人のプリシアは、貴族令嬢と騎士の悲恋を描いた有名なロマンス小説のモデルとして持て囃されていた。 順風満帆だった彼女の人生は、ある日突然に終わりを告げる。 悲恋のヒロインを気取っていた彼女が犯した過ちとは──? カクヨムにも公開してます。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

処理中です...