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第三章 第一節 神から人へ

13 衝撃

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 その出来事はシャンタルから己を切り離そうとしていたマユリアとラーラ様にも影響を与えた。

 深く夜着やぎを被り、耳を押さえてシャンタルを拒絶していたマユリアは、己を無に、空っぽにしていたために衝撃が大きかった。

「ああっ!!」

 そう一声叫ぶとその場に倒れてしまった。

「マユリア!」

 マユリアの世話を頼まれていたリルは、驚いて引きちぎるようにして扉を引くと中に飛び込んだ。
 最低限しか近寄よらぬようにとは言われていたものの、やはり気になって1つ目の鐘が鳴るその前からそっと様子を伺っていたのだ。

 懲罰房ちょうばつぼうの鉄の扉の上にあるのぞき窓、3本の鉄の棒がはまった手のひら2枚を並べたぐらいの四角い小さい窓には、そこに寒さを防ぐように、だが3個置いてある火桶の換気を妨げないように紙を1枚だけ上から垂れるように貼り付けてあった。それをそっとめくり、暗い中にいるだろうマユリアの様子を伺っていた。

(まだおやすみになっていらっしゃるのだろうか)

 上に少しでも楽にと何枚も敷布団を敷いてはいるがかなり狭く固い寝台、その上に座っているらしいマユリアの姿が暗闇の中にやっと見える。座ったままお休みになっていらっしゃるのだろうか、そう思って見ていると、ごそごそとどうやら夜具を被り直したように見えた。

(やはりお休みになれないのだろうか)

 そう思ってみているといきなり叫んで倒れてしまった。

「マユリア!マユリア!大丈夫ですか!どうなさいました!」

 そう言って抱え起こす。
 どうやら息はしているようだ。肩で大きく息をしている。

 意識はと確かめようとすると、

「……な、なにが……」

 マユリアが弱くそうつぶやいた。

「マユリア!しっかりなさってください!」

 ほっとしながらもまだ気を抜けぬ様子で支える手に力を込める。

「……おまえは……」
「リルです!キリエ様からマユリアのお世話をするようにと申し付けられました!」
「リル……ああ……」

 おぼろな意識の中で自分のことを認識してくださったと分かり、少しだけほっとする。
 だが、この状態のままのマユリアをここに置いておいていいのだろうか。医師を呼ぶべきではないのか、そう逡巡しゅんじゅんする。

「……大丈夫、です……」

 リルの考えが分かったようにマユリアがリルの手を握る。

「マユリア、ですが……」
「いえ、もう大丈夫です、心配をかけました……」

 リルの手を借りながら息を整えつつ上体を起こす。そのまま壁に持たれてぐったりとした様子にリルはどうしたものかとマユリアの手だけ握り、暗闇の中でよく見えぬ主の顔を少しでも見ようと目をこらしていた。

「もう大丈夫、本当に、ごめんなさいね……」
「いえ……」

 声の調子もしっかりとはしてきたが、やはりまだ手を放せない、ぎゅっと握る。

「少し影響を受けただけです……もう大丈夫ですから」

 そう言う主の声はもういつもと変わることがなかった。

「ですが、何があったのか……」
「え?」
「いえ、こちらのことです」

 暗闇の中、主従はまだしばらくそのままの姿勢を続けていた。

 カースでもそれは起こっていた。

 ダルの祖母、ディナに助けられて波の音に意識を重ねていたラーラ様も「あっ」と叫ぶと倒れてしまったのだ。

「ちょっと、あんた、どうしたんだい!大丈夫かい!」
「あ、ああ……な、なにが……シャンタル……」
「え?」
 
 こちらは意識を外にのがしていたためか、それとも距離があるためかマユリアほどの衝撃は受けなかったもののやはり一瞬意識を失っていた。
 そして思わずつぶやいたその名、ディナがさすがにさっと身を引いた。

「シャンタルって、あんた……」

 目の前の女性は宮にとって大事な侍女だとは聞いていた。だとしたらシャンタルと関係があっても不思議ではない。だが、もしかするとこの女性が必死になって聞かぬようにしているその声が、もしかすると……

「あんたが聞かないようにしてる声ってのは、シャンタルの声なのかい……」

 思わずつぶやく。

「ばあちゃん……」

 ダルもその場にいて目の前でラーラ様が倒れたのを見ていた。そしてダルが動くより先に手を添えていた祖母の手によってラーラ様が抱えられたのだった。

 ダルは一つの決心をしていた。全部ではないが祖母には話すしかない。

「ばあちゃん、その方、ラーラ様な……」
「おやめ!」

 そう言いかけた時、祖母が一瞬早くその言葉を止めた。

「どんな事情があるか分からないけど、おまえはその秘密を背負う立場なんだろ?だったら何があっても簡単に話しちゃいけない」
「ばあちゃん……」

 祖母の言いたいことは理解できる。だが言っておかなければならないこともある。

「これは、俺の、月虹兵げっこうへいとしての俺の判断でばあちゃんだけに言うんだ、聞いてほしい」
「おまえ……」

 祖母は孫の顔を見た。
 そこにあったのは甘えん坊の末っ子ではなくしっかりとした大人の顔を持つ男性であった。

「その方な、俺もあまり詳しく事情を聞いてはいないんだけどな、シャンタルのお母様みたいな侍女の方らしいんだ。でもな、あまりにシャンタルと近過ぎて、それで離されたんだ。だから頼む、その方を守ってほしい」

 そう言ってダルは祖母に深く頭を下げた。
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