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第二章 第七節 残酷な条件
17 苦痛
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「ルギ……」
「は……」
マユリアがいつもと変わらぬ顔でルギに話しかけた。
「トーヤを手伝ってください」
ルギがハッとした顔で頭を上げる。
マユリアが弱々しく首を横に振った。
「おまえがわたくしのためにあそこまで言ってくれたこと、感謝します。ですが、怒りに我を忘れることはあってはなりません」
「ですが……」
「さっきも申したでしょう?トーヤは決してそのような人間ではありません。おまえはトーヤに付いていてそうは見えませんでしたか?」
「それは……」
「決して軽々な動きをしてはなりません。わたくしのためと言ってくれるのなら、最後までシャンタルをお救いすることに力を尽くしてください」
「……分かりました……」
ルギは深く頭を下げると立ち上がり、部屋から出ていった。
トーヤは自分の部屋へ戻ると足を投げ出してソファに寝そべり、手すりに頭を預けて首を落とすように天井を見上げていた。
「トーヤ……」
ダルが、ノックもせず扉を開けた。
「なんだ……」
トーヤが視線を天井に向けたまま返事をする。
「トーヤ……」
今度はミーヤが声をかけた。ダルと一緒に戻ってきたらしい。
「なんだ……」
トーヤは姿勢を変えずに返事をする。
2人は扉を閉めると黙って部屋に入ってきた。
トーヤに近付くと黙って立ち続ける。
トーヤも姿勢を変えず同じ姿勢のまま沈黙が続いた。
「なんだ……」
トーヤが3度同じ言葉を口にした。
「トーヤ……」
ダルがぼそっと言う。
「俺は、トーヤのこと、信じてる……」
ミーヤに椅子をすすめると自分もその隣に座る。
トーヤは答えない。
「だから棺を引き上げる準備をしよう、手伝うよ。いや、俺も自分が受けた仕事だから最後までしっかりやる」
トーヤは答えない。
「……私も」
ミーヤが振り絞るように言う。
「私もトーヤを信じています。最後まで諦めません、自分にやれることをやります」
トーヤは答えない。
そのまま、またしばらく沈黙が続いた。
ダルとミーヤは黙ったままトーヤの言葉を待った。
季節は冬、温暖なリュセルスにも北風が吹き付ける。
カタカタと冷たい風が窓を叩く。枯れた葉が時折乾いた音を立てて窓ガラスをこすって飛んでいく。
「おまえらな……」
どのぐらいの時間が経っただろう、ようやくトーヤが口を開いた。
「なんだ?」
「おまえら、信じるってな一体何を信じるんだ?」
トーヤが重く言う。
「俺はトーヤを信じてるんだよ、トーヤがシャンタルを見捨てたりしないってこと、トーヤはそんなやつじゃない」
「またそれか……」
トーヤが自虐的に低く笑った。
「トーヤはそんなやつじゃない、トーヤを信じてる、前もそれ聞いたな。だが結局何をどう信じてるんだ?俺が何をするとかしないとか具体的にはどう信じてるんだよ」
「トーヤはシャンタルを助ける」
「助けないっつーたよな?」
「うん、それはシャンタルが心を開かない時だろ?」
「あ?」
トーヤがやっと顔をダルに向けた。
「シャンタルが死んで一番苦しむのはトーヤだと分かってる」
「は?」
「俺はトーヤが苦しむのを見たくないんだよ。だから俺にできることはなんでもやる」
「…………」
トーヤはダルの言葉に何も答えずダルの目をじっと見た。
「シャンタルがトーヤに何も言えずそのまま沈むようなことがあったら、俺が棺を引き上げるよ」
トーヤがダルから顔を背けた。
「そんなこと、あいつらが許すはずねえだろ……運命をひん曲げたって止めるに決まってる……」
吐き捨てるように言った。
「そうかな?結果的に俺がトーヤを信じてトーヤのために引き上げるのだったら、それってそれも運命の先にあることなんじゃないの?」
トーヤは何も答えない。
「俺が自分でそう決めた。だからトーヤは何も心配することはないから。これって俺が自分で自分の運命を決めたってことにならねえか?誰がだめだって言っても誰が止めても俺がやる、そう決めたんだ」
「ダルさんの言う通りです」
ミーヤも言う。
「私も……私もトーヤに苦しんでもらいたくありません。だから私にできることはなんでもやります。私もそう決めました」
「…………」
トーヤがミーヤをじっと見つめた。
「シャンタルにお心を開いていただけるように、できるだけのこと、思い付くだけのことをやります。そして必ずお心を開いていただきます。できると信じています」
黙ってふいっとトーヤが顔を背けた。
「前にな、あいつみたいな人間を見たことがある」
「え?」
「話せも聞こえもしない、見えない人間な……そういう人間は自分が聞きたくとも話したくともできないんだよ。あいつが本当に生まれつきそういう人間だったら話せと言っても無理な話だ。だけどあいつは違う……だからな、話さないのは話す気がねえからだ、そういう気がする」
「そうなのですか?」
トーヤがミーヤを見た。
「あいつは俺が動けなくなるぐらいの視線を俺に送ってきやがった。それから夢もな。だからその気になればやれるはずだ。自分で自分の運命を決められるはずだ。それをやる気がねえ、それが俺が一番胸糞悪い点だよ!生きようと思えば生きられるのにそうしようとしねえ!」
「は……」
マユリアがいつもと変わらぬ顔でルギに話しかけた。
「トーヤを手伝ってください」
ルギがハッとした顔で頭を上げる。
マユリアが弱々しく首を横に振った。
「おまえがわたくしのためにあそこまで言ってくれたこと、感謝します。ですが、怒りに我を忘れることはあってはなりません」
「ですが……」
「さっきも申したでしょう?トーヤは決してそのような人間ではありません。おまえはトーヤに付いていてそうは見えませんでしたか?」
「それは……」
「決して軽々な動きをしてはなりません。わたくしのためと言ってくれるのなら、最後までシャンタルをお救いすることに力を尽くしてください」
「……分かりました……」
ルギは深く頭を下げると立ち上がり、部屋から出ていった。
トーヤは自分の部屋へ戻ると足を投げ出してソファに寝そべり、手すりに頭を預けて首を落とすように天井を見上げていた。
「トーヤ……」
ダルが、ノックもせず扉を開けた。
「なんだ……」
トーヤが視線を天井に向けたまま返事をする。
「トーヤ……」
今度はミーヤが声をかけた。ダルと一緒に戻ってきたらしい。
「なんだ……」
トーヤは姿勢を変えずに返事をする。
2人は扉を閉めると黙って部屋に入ってきた。
トーヤに近付くと黙って立ち続ける。
トーヤも姿勢を変えず同じ姿勢のまま沈黙が続いた。
「なんだ……」
トーヤが3度同じ言葉を口にした。
「トーヤ……」
ダルがぼそっと言う。
「俺は、トーヤのこと、信じてる……」
ミーヤに椅子をすすめると自分もその隣に座る。
トーヤは答えない。
「だから棺を引き上げる準備をしよう、手伝うよ。いや、俺も自分が受けた仕事だから最後までしっかりやる」
トーヤは答えない。
「……私も」
ミーヤが振り絞るように言う。
「私もトーヤを信じています。最後まで諦めません、自分にやれることをやります」
トーヤは答えない。
そのまま、またしばらく沈黙が続いた。
ダルとミーヤは黙ったままトーヤの言葉を待った。
季節は冬、温暖なリュセルスにも北風が吹き付ける。
カタカタと冷たい風が窓を叩く。枯れた葉が時折乾いた音を立てて窓ガラスをこすって飛んでいく。
「おまえらな……」
どのぐらいの時間が経っただろう、ようやくトーヤが口を開いた。
「なんだ?」
「おまえら、信じるってな一体何を信じるんだ?」
トーヤが重く言う。
「俺はトーヤを信じてるんだよ、トーヤがシャンタルを見捨てたりしないってこと、トーヤはそんなやつじゃない」
「またそれか……」
トーヤが自虐的に低く笑った。
「トーヤはそんなやつじゃない、トーヤを信じてる、前もそれ聞いたな。だが結局何をどう信じてるんだ?俺が何をするとかしないとか具体的にはどう信じてるんだよ」
「トーヤはシャンタルを助ける」
「助けないっつーたよな?」
「うん、それはシャンタルが心を開かない時だろ?」
「あ?」
トーヤがやっと顔をダルに向けた。
「シャンタルが死んで一番苦しむのはトーヤだと分かってる」
「は?」
「俺はトーヤが苦しむのを見たくないんだよ。だから俺にできることはなんでもやる」
「…………」
トーヤはダルの言葉に何も答えずダルの目をじっと見た。
「シャンタルがトーヤに何も言えずそのまま沈むようなことがあったら、俺が棺を引き上げるよ」
トーヤがダルから顔を背けた。
「そんなこと、あいつらが許すはずねえだろ……運命をひん曲げたって止めるに決まってる……」
吐き捨てるように言った。
「そうかな?結果的に俺がトーヤを信じてトーヤのために引き上げるのだったら、それってそれも運命の先にあることなんじゃないの?」
トーヤは何も答えない。
「俺が自分でそう決めた。だからトーヤは何も心配することはないから。これって俺が自分で自分の運命を決めたってことにならねえか?誰がだめだって言っても誰が止めても俺がやる、そう決めたんだ」
「ダルさんの言う通りです」
ミーヤも言う。
「私も……私もトーヤに苦しんでもらいたくありません。だから私にできることはなんでもやります。私もそう決めました」
「…………」
トーヤがミーヤをじっと見つめた。
「シャンタルにお心を開いていただけるように、できるだけのこと、思い付くだけのことをやります。そして必ずお心を開いていただきます。できると信じています」
黙ってふいっとトーヤが顔を背けた。
「前にな、あいつみたいな人間を見たことがある」
「え?」
「話せも聞こえもしない、見えない人間な……そういう人間は自分が聞きたくとも話したくともできないんだよ。あいつが本当に生まれつきそういう人間だったら話せと言っても無理な話だ。だけどあいつは違う……だからな、話さないのは話す気がねえからだ、そういう気がする」
「そうなのですか?」
トーヤがミーヤを見た。
「あいつは俺が動けなくなるぐらいの視線を俺に送ってきやがった。それから夢もな。だからその気になればやれるはずだ。自分で自分の運命を決められるはずだ。それをやる気がねえ、それが俺が一番胸糞悪い点だよ!生きようと思えば生きられるのにそうしようとしねえ!」
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