208 / 353
第二章 第七節 残酷な条件
17 苦痛
しおりを挟む
「ルギ……」
「は……」
マユリアがいつもと変わらぬ顔でルギに話しかけた。
「トーヤを手伝ってください」
ルギがハッとした顔で頭を上げる。
マユリアが弱々しく首を横に振った。
「おまえがわたくしのためにあそこまで言ってくれたこと、感謝します。ですが、怒りに我を忘れることはあってはなりません」
「ですが……」
「さっきも申したでしょう?トーヤは決してそのような人間ではありません。おまえはトーヤに付いていてそうは見えませんでしたか?」
「それは……」
「決して軽々な動きをしてはなりません。わたくしのためと言ってくれるのなら、最後までシャンタルをお救いすることに力を尽くしてください」
「……分かりました……」
ルギは深く頭を下げると立ち上がり、部屋から出ていった。
トーヤは自分の部屋へ戻ると足を投げ出してソファに寝そべり、手すりに頭を預けて首を落とすように天井を見上げていた。
「トーヤ……」
ダルが、ノックもせず扉を開けた。
「なんだ……」
トーヤが視線を天井に向けたまま返事をする。
「トーヤ……」
今度はミーヤが声をかけた。ダルと一緒に戻ってきたらしい。
「なんだ……」
トーヤは姿勢を変えずに返事をする。
2人は扉を閉めると黙って部屋に入ってきた。
トーヤに近付くと黙って立ち続ける。
トーヤも姿勢を変えず同じ姿勢のまま沈黙が続いた。
「なんだ……」
トーヤが3度同じ言葉を口にした。
「トーヤ……」
ダルがぼそっと言う。
「俺は、トーヤのこと、信じてる……」
ミーヤに椅子をすすめると自分もその隣に座る。
トーヤは答えない。
「だから棺を引き上げる準備をしよう、手伝うよ。いや、俺も自分が受けた仕事だから最後までしっかりやる」
トーヤは答えない。
「……私も」
ミーヤが振り絞るように言う。
「私もトーヤを信じています。最後まで諦めません、自分にやれることをやります」
トーヤは答えない。
そのまま、またしばらく沈黙が続いた。
ダルとミーヤは黙ったままトーヤの言葉を待った。
季節は冬、温暖なリュセルスにも北風が吹き付ける。
カタカタと冷たい風が窓を叩く。枯れた葉が時折乾いた音を立てて窓ガラスをこすって飛んでいく。
「おまえらな……」
どのぐらいの時間が経っただろう、ようやくトーヤが口を開いた。
「なんだ?」
「おまえら、信じるってな一体何を信じるんだ?」
トーヤが重く言う。
「俺はトーヤを信じてるんだよ、トーヤがシャンタルを見捨てたりしないってこと、トーヤはそんなやつじゃない」
「またそれか……」
トーヤが自虐的に低く笑った。
「トーヤはそんなやつじゃない、トーヤを信じてる、前もそれ聞いたな。だが結局何をどう信じてるんだ?俺が何をするとかしないとか具体的にはどう信じてるんだよ」
「トーヤはシャンタルを助ける」
「助けないっつーたよな?」
「うん、それはシャンタルが心を開かない時だろ?」
「あ?」
トーヤがやっと顔をダルに向けた。
「シャンタルが死んで一番苦しむのはトーヤだと分かってる」
「は?」
「俺はトーヤが苦しむのを見たくないんだよ。だから俺にできることはなんでもやる」
「…………」
トーヤはダルの言葉に何も答えずダルの目をじっと見た。
「シャンタルがトーヤに何も言えずそのまま沈むようなことがあったら、俺が棺を引き上げるよ」
トーヤがダルから顔を背けた。
「そんなこと、あいつらが許すはずねえだろ……運命をひん曲げたって止めるに決まってる……」
吐き捨てるように言った。
「そうかな?結果的に俺がトーヤを信じてトーヤのために引き上げるのだったら、それってそれも運命の先にあることなんじゃないの?」
トーヤは何も答えない。
「俺が自分でそう決めた。だからトーヤは何も心配することはないから。これって俺が自分で自分の運命を決めたってことにならねえか?誰がだめだって言っても誰が止めても俺がやる、そう決めたんだ」
「ダルさんの言う通りです」
ミーヤも言う。
「私も……私もトーヤに苦しんでもらいたくありません。だから私にできることはなんでもやります。私もそう決めました」
「…………」
トーヤがミーヤをじっと見つめた。
「シャンタルにお心を開いていただけるように、できるだけのこと、思い付くだけのことをやります。そして必ずお心を開いていただきます。できると信じています」
黙ってふいっとトーヤが顔を背けた。
「前にな、あいつみたいな人間を見たことがある」
「え?」
「話せも聞こえもしない、見えない人間な……そういう人間は自分が聞きたくとも話したくともできないんだよ。あいつが本当に生まれつきそういう人間だったら話せと言っても無理な話だ。だけどあいつは違う……だからな、話さないのは話す気がねえからだ、そういう気がする」
「そうなのですか?」
トーヤがミーヤを見た。
「あいつは俺が動けなくなるぐらいの視線を俺に送ってきやがった。それから夢もな。だからその気になればやれるはずだ。自分で自分の運命を決められるはずだ。それをやる気がねえ、それが俺が一番胸糞悪い点だよ!生きようと思えば生きられるのにそうしようとしねえ!」
「は……」
マユリアがいつもと変わらぬ顔でルギに話しかけた。
「トーヤを手伝ってください」
ルギがハッとした顔で頭を上げる。
マユリアが弱々しく首を横に振った。
「おまえがわたくしのためにあそこまで言ってくれたこと、感謝します。ですが、怒りに我を忘れることはあってはなりません」
「ですが……」
「さっきも申したでしょう?トーヤは決してそのような人間ではありません。おまえはトーヤに付いていてそうは見えませんでしたか?」
「それは……」
「決して軽々な動きをしてはなりません。わたくしのためと言ってくれるのなら、最後までシャンタルをお救いすることに力を尽くしてください」
「……分かりました……」
ルギは深く頭を下げると立ち上がり、部屋から出ていった。
トーヤは自分の部屋へ戻ると足を投げ出してソファに寝そべり、手すりに頭を預けて首を落とすように天井を見上げていた。
「トーヤ……」
ダルが、ノックもせず扉を開けた。
「なんだ……」
トーヤが視線を天井に向けたまま返事をする。
「トーヤ……」
今度はミーヤが声をかけた。ダルと一緒に戻ってきたらしい。
「なんだ……」
トーヤは姿勢を変えずに返事をする。
2人は扉を閉めると黙って部屋に入ってきた。
トーヤに近付くと黙って立ち続ける。
トーヤも姿勢を変えず同じ姿勢のまま沈黙が続いた。
「なんだ……」
トーヤが3度同じ言葉を口にした。
「トーヤ……」
ダルがぼそっと言う。
「俺は、トーヤのこと、信じてる……」
ミーヤに椅子をすすめると自分もその隣に座る。
トーヤは答えない。
「だから棺を引き上げる準備をしよう、手伝うよ。いや、俺も自分が受けた仕事だから最後までしっかりやる」
トーヤは答えない。
「……私も」
ミーヤが振り絞るように言う。
「私もトーヤを信じています。最後まで諦めません、自分にやれることをやります」
トーヤは答えない。
そのまま、またしばらく沈黙が続いた。
ダルとミーヤは黙ったままトーヤの言葉を待った。
季節は冬、温暖なリュセルスにも北風が吹き付ける。
カタカタと冷たい風が窓を叩く。枯れた葉が時折乾いた音を立てて窓ガラスをこすって飛んでいく。
「おまえらな……」
どのぐらいの時間が経っただろう、ようやくトーヤが口を開いた。
「なんだ?」
「おまえら、信じるってな一体何を信じるんだ?」
トーヤが重く言う。
「俺はトーヤを信じてるんだよ、トーヤがシャンタルを見捨てたりしないってこと、トーヤはそんなやつじゃない」
「またそれか……」
トーヤが自虐的に低く笑った。
「トーヤはそんなやつじゃない、トーヤを信じてる、前もそれ聞いたな。だが結局何をどう信じてるんだ?俺が何をするとかしないとか具体的にはどう信じてるんだよ」
「トーヤはシャンタルを助ける」
「助けないっつーたよな?」
「うん、それはシャンタルが心を開かない時だろ?」
「あ?」
トーヤがやっと顔をダルに向けた。
「シャンタルが死んで一番苦しむのはトーヤだと分かってる」
「は?」
「俺はトーヤが苦しむのを見たくないんだよ。だから俺にできることはなんでもやる」
「…………」
トーヤはダルの言葉に何も答えずダルの目をじっと見た。
「シャンタルがトーヤに何も言えずそのまま沈むようなことがあったら、俺が棺を引き上げるよ」
トーヤがダルから顔を背けた。
「そんなこと、あいつらが許すはずねえだろ……運命をひん曲げたって止めるに決まってる……」
吐き捨てるように言った。
「そうかな?結果的に俺がトーヤを信じてトーヤのために引き上げるのだったら、それってそれも運命の先にあることなんじゃないの?」
トーヤは何も答えない。
「俺が自分でそう決めた。だからトーヤは何も心配することはないから。これって俺が自分で自分の運命を決めたってことにならねえか?誰がだめだって言っても誰が止めても俺がやる、そう決めたんだ」
「ダルさんの言う通りです」
ミーヤも言う。
「私も……私もトーヤに苦しんでもらいたくありません。だから私にできることはなんでもやります。私もそう決めました」
「…………」
トーヤがミーヤをじっと見つめた。
「シャンタルにお心を開いていただけるように、できるだけのこと、思い付くだけのことをやります。そして必ずお心を開いていただきます。できると信じています」
黙ってふいっとトーヤが顔を背けた。
「前にな、あいつみたいな人間を見たことがある」
「え?」
「話せも聞こえもしない、見えない人間な……そういう人間は自分が聞きたくとも話したくともできないんだよ。あいつが本当に生まれつきそういう人間だったら話せと言っても無理な話だ。だけどあいつは違う……だからな、話さないのは話す気がねえからだ、そういう気がする」
「そうなのですか?」
トーヤがミーヤを見た。
「あいつは俺が動けなくなるぐらいの視線を俺に送ってきやがった。それから夢もな。だからその気になればやれるはずだ。自分で自分の運命を決められるはずだ。それをやる気がねえ、それが俺が一番胸糞悪い点だよ!生きようと思えば生きられるのにそうしようとしねえ!」
0
お気に入りに追加
55
あなたにおすすめの小説
悲恋を気取った侯爵夫人の末路
三木谷夜宵
ファンタジー
侯爵夫人のプリシアは、貴族令嬢と騎士の悲恋を描いた有名なロマンス小説のモデルとして持て囃されていた。
順風満帆だった彼女の人生は、ある日突然に終わりを告げる。
悲恋のヒロインを気取っていた彼女が犯した過ちとは──?
カクヨムにも公開してます。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる