196 / 353
第二章 第七節 残酷な条件
5 御誕生
しおりを挟む
翌日、無事に次代様がご誕生されたとの知らせが宮に届き、次いで王都から王都以外の町や村へと波のように届けられていった。
「これでやっと時が満ちて教えてもらえるってことだな」
トーヤはほっとした。
「次代様が御誕生になったら」とマユリアは言った。色々と意味不明なことが多く、これ以上準備も何も進められず、例の「お茶会」をするしかなかった閉塞感からこれで開放される。
交代の時が近付くということは、トーヤがこの国から去るということではあるが、今は戻ると約束している。数年かかるかも知れないが、シャンタルの身さえなんとかしたら戻ってこられるのだ。そう思うと一日も早く仕事を始めたい、そうすれば一日でも早く戻ってこられるとすら思える。だが……
「マユリアからはなんも言ってこねえのか?」
「ありませんね」
ミーヤが首を横に振る。
「お茶会」の連絡もなければどうしろとの命令も何一つない。
ただ一度「交代の日が決まったら」と言ってきただけだ。
すでに御誕生から5日が経った。
「何しろ色々とお忙しいのですよ、マユリアも」
「後宮入りの準備とかか」
「ええ、多分それも……」
次代様御誕生の報が届くとすぐ、王宮から使者が来て正式にマユリアの後宮入り決定が通達された。
マユリアは謹んでそれを受けたと聞く。
「ルギはどうしてんだ」
「ルギは、そのままマユリア付きとして後宮衛士となるようです」
「え、そうなのか」
「ええ」
ルギのマユリアへの思いはそれこそまさに神とそのしもべである。その神が人の座に降りるだけではなく、国王の側室となる。それをこれからずっとそばで見続けるというのはどういう気持ちであるのか。
「どういう意味でかは分かんねえけど、あいつがマユリアに惚れてるのは確かだ。俺だったら耐えられねえけどなあ、惚れた女が誰かの女になったのをそばでじっと見てるなんてな……」
ミーヤが困ったような顔をする。
「そんで、次代様と当代は今どんな感じなんだ?」
「次代様はお健やかだそうです。親御様も順調に回復してらっしゃるそうです。シャンタルは……」
ミーヤがまた困った顔をする。
「お変わりないそうです」
「そうか……」
この場合の「変わりない」というのはあまりいい意味であるとは思えない。
「結局慣れてはくれなかったしなあ……」
「ええ……」
御誕生の報が届くギリギリまで「お茶会」は続けられたのだが、とうとうシャンタルが何か反応を見せることはないままであった。
「まあいいさ、いざとなったらあいつ引っ担いて走って逃げる。そんときゃ大人しい方が楽だ」
軽い気持ちでトーヤが言うのにミーヤがどういう顔をしたものかという風に眉を少しだけ寄せた。
宮の内も外も御代代わりに向けて忙しく動いている。その中でトーヤの仕事に関係するものだけが時間を持て余していた。
「俺、一度カースに帰ってくるよ。封鎖が解かれたんだ。すぐに戻るけどみんなの顔だけ見てくるよ」
ダルがそう言ってきた。
「俺も行こうかな」
「キリエ様に伺いましたが今日も何もないようですし、いいかも知れません」
そういうことで、何かあったらカースに連絡をしてもらうように言伝てをし、リルも含めた4人で3頭の馬に乗り合ってカースへ行くことにした。
「大丈夫ですよ、アミさんにいじわるなんてしませんから」
リルは冗談ごととしてそう言える程度には落ち着いていることから同行することになった。
一月ぶりのカースは変わりがなくてこちらは変化がないことにほっとした。
誰もキノスに行くこともなかったらしく、船のことも話題には出なかった。
ダルの新しい役職のことが伝えられ、また宴会になりそうになったが、今回は村の様子を見てダルの世話役になったリルの紹介だけするとすぐに戻ることにしていた。
「そうか、残念だなあ」
「騒ぐのは交代の後でゆっくり、だな」
「そうそう、今日はお茶だけな」
トーヤの中ではこれからしばらく会えないだろう村の人たちへの一時の別れの挨拶のつもりもあった。
「次はいつ来られるか分かんねえけどよ、とりあえずじいさんは俺が今度来る時まで元気でいることな。ばあさんも」
ダルの祖父母にそう言って別れの言葉を告げカースを後にする。
「素朴な村ですね。皆さんもお優しい。あの村でしたら私もご一緒に生活させていただけるような気がしてきました」
リルがにこにこしながら言い、
「おいおい」
ダルが慌てたように言うのに3人で笑う。
「今は、とりあえず行儀見習いの期間が終わるまではしっかり宮でお務めいたします」
「行儀見習いっていつまでなんだ?」
トーヤがリルに聞いた。今は帰り道、リルがトーヤの馬に同乗している。
「18までです。18になったらそのまま宮に残るか、それとも下がるかを決めることになります」
「どっちかに決めねえといけねえのか?」
「いえ、必ずしもそうというわけではないですが、一応そこが区切りということでその時に下がることが多いのです。ですが、もう少し月虹兵のお世話をしたいとも思っていますのでどうするかはまだ分かりません。まだ修行中の身ですし」
そう言うリルの目はしっかりと自分の将来を見ているようであった。
「これでやっと時が満ちて教えてもらえるってことだな」
トーヤはほっとした。
「次代様が御誕生になったら」とマユリアは言った。色々と意味不明なことが多く、これ以上準備も何も進められず、例の「お茶会」をするしかなかった閉塞感からこれで開放される。
交代の時が近付くということは、トーヤがこの国から去るということではあるが、今は戻ると約束している。数年かかるかも知れないが、シャンタルの身さえなんとかしたら戻ってこられるのだ。そう思うと一日も早く仕事を始めたい、そうすれば一日でも早く戻ってこられるとすら思える。だが……
「マユリアからはなんも言ってこねえのか?」
「ありませんね」
ミーヤが首を横に振る。
「お茶会」の連絡もなければどうしろとの命令も何一つない。
ただ一度「交代の日が決まったら」と言ってきただけだ。
すでに御誕生から5日が経った。
「何しろ色々とお忙しいのですよ、マユリアも」
「後宮入りの準備とかか」
「ええ、多分それも……」
次代様御誕生の報が届くとすぐ、王宮から使者が来て正式にマユリアの後宮入り決定が通達された。
マユリアは謹んでそれを受けたと聞く。
「ルギはどうしてんだ」
「ルギは、そのままマユリア付きとして後宮衛士となるようです」
「え、そうなのか」
「ええ」
ルギのマユリアへの思いはそれこそまさに神とそのしもべである。その神が人の座に降りるだけではなく、国王の側室となる。それをこれからずっとそばで見続けるというのはどういう気持ちであるのか。
「どういう意味でかは分かんねえけど、あいつがマユリアに惚れてるのは確かだ。俺だったら耐えられねえけどなあ、惚れた女が誰かの女になったのをそばでじっと見てるなんてな……」
ミーヤが困ったような顔をする。
「そんで、次代様と当代は今どんな感じなんだ?」
「次代様はお健やかだそうです。親御様も順調に回復してらっしゃるそうです。シャンタルは……」
ミーヤがまた困った顔をする。
「お変わりないそうです」
「そうか……」
この場合の「変わりない」というのはあまりいい意味であるとは思えない。
「結局慣れてはくれなかったしなあ……」
「ええ……」
御誕生の報が届くギリギリまで「お茶会」は続けられたのだが、とうとうシャンタルが何か反応を見せることはないままであった。
「まあいいさ、いざとなったらあいつ引っ担いて走って逃げる。そんときゃ大人しい方が楽だ」
軽い気持ちでトーヤが言うのにミーヤがどういう顔をしたものかという風に眉を少しだけ寄せた。
宮の内も外も御代代わりに向けて忙しく動いている。その中でトーヤの仕事に関係するものだけが時間を持て余していた。
「俺、一度カースに帰ってくるよ。封鎖が解かれたんだ。すぐに戻るけどみんなの顔だけ見てくるよ」
ダルがそう言ってきた。
「俺も行こうかな」
「キリエ様に伺いましたが今日も何もないようですし、いいかも知れません」
そういうことで、何かあったらカースに連絡をしてもらうように言伝てをし、リルも含めた4人で3頭の馬に乗り合ってカースへ行くことにした。
「大丈夫ですよ、アミさんにいじわるなんてしませんから」
リルは冗談ごととしてそう言える程度には落ち着いていることから同行することになった。
一月ぶりのカースは変わりがなくてこちらは変化がないことにほっとした。
誰もキノスに行くこともなかったらしく、船のことも話題には出なかった。
ダルの新しい役職のことが伝えられ、また宴会になりそうになったが、今回は村の様子を見てダルの世話役になったリルの紹介だけするとすぐに戻ることにしていた。
「そうか、残念だなあ」
「騒ぐのは交代の後でゆっくり、だな」
「そうそう、今日はお茶だけな」
トーヤの中ではこれからしばらく会えないだろう村の人たちへの一時の別れの挨拶のつもりもあった。
「次はいつ来られるか分かんねえけどよ、とりあえずじいさんは俺が今度来る時まで元気でいることな。ばあさんも」
ダルの祖父母にそう言って別れの言葉を告げカースを後にする。
「素朴な村ですね。皆さんもお優しい。あの村でしたら私もご一緒に生活させていただけるような気がしてきました」
リルがにこにこしながら言い、
「おいおい」
ダルが慌てたように言うのに3人で笑う。
「今は、とりあえず行儀見習いの期間が終わるまではしっかり宮でお務めいたします」
「行儀見習いっていつまでなんだ?」
トーヤがリルに聞いた。今は帰り道、リルがトーヤの馬に同乗している。
「18までです。18になったらそのまま宮に残るか、それとも下がるかを決めることになります」
「どっちかに決めねえといけねえのか?」
「いえ、必ずしもそうというわけではないですが、一応そこが区切りということでその時に下がることが多いのです。ですが、もう少し月虹兵のお世話をしたいとも思っていますのでどうするかはまだ分かりません。まだ修行中の身ですし」
そう言うリルの目はしっかりと自分の将来を見ているようであった。
0
お気に入りに追加
55
あなたにおすすめの小説
悲恋を気取った侯爵夫人の末路
三木谷夜宵
ファンタジー
侯爵夫人のプリシアは、貴族令嬢と騎士の悲恋を描いた有名なロマンス小説のモデルとして持て囃されていた。
順風満帆だった彼女の人生は、ある日突然に終わりを告げる。
悲恋のヒロインを気取っていた彼女が犯した過ちとは──?
カクヨムにも公開してます。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
どうも、死んだはずの悪役令嬢です。
西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。
皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。
アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。
「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」
こっそり呟いた瞬間、
《願いを聞き届けてあげるよ!》
何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。
「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」
義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。
今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで…
ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。
はたしてアシュレイは元に戻れるのか?
剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。
ざまあが書きたかった。それだけです。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる