187 / 353
第二章 第六節 奇跡
19 失恋
しおりを挟む
「とにかくなんか考えねえとな、普通に何が好きかとか聞いても反応ねえし」
「困りましたね……」
トーヤとミーヤは、どうやってシャンタルから反応を引き出すかに頭を悩ませながら、自室へと向かっていた。
と、
「あれ?」
リルが、ダルの部屋から飛び出すようにしてこちらへ早足で向かってくるのが見えた。
下を向いていて、こちらには気づいていないようだ。
「どした? なんかあったか?」
「どうしたんでしょう」
あまりに様子がおかしいので、2人共足を止め、リルがこちらへ来るのを待つ。
「リル、どうしました?」
ミーヤが声をかけるとリルは駆け寄ってきて、黙ってミーヤにしがみついた。
どうやら泣いているようだ。
「あの、トーヤ様、私、少しリルと部屋へ戻ってきます」
「ああ、そうしてやれ」
ミーヤがリルを抱えるようにして、自分の部屋へと連れていった。
自室へ入れて椅子に座らせ、自分も正面に座る。
「どうしました? 何があったのリル?」
リルは手に持ったハンカチをもみ絞るようにしていたが、やがて、
「私、私、もうだめだわ……もうお勤め、続けられない……」
そう言うとハンカチを顔に当ててわっと泣き出した。
落ち着くのを待ち、少しずつリルが話すのを聞いていて、ミーヤはリルの大胆さに驚くと共に、それは自分でも同じ気持ちになるだろうとそう思った。
「だから、だから、今からキリエ様のところへ行って、そうして、宮をやめさせてもらおうと思うの……」
「とにかく少し落ち着いて、ね?」
「いえ、もう死んでしまいたい……」
「だめよ!」
ミーヤはリルの両肩をぐっと掴んだ。
「そんなことを言ってはだめ!」
「だって、だって、辛くて、恥ずかしくて……」
リルはハンカチを顔に当てて泣く。
ミーヤはリルが少し泣き止むまで待っていた。
「ダルさんは、優しい方ね……」
リルは返事をしないで、まだ涙の余韻でしゃくりあげていた。
「リルを、どうやったら傷つけないか、一生懸命考えてくれて、そして、もしもリルが本当にダルさんそのままを好きだったら、あらためてもう一度リルの思いに向き合ってくれると言ったのでしょう? 本当に優しい人だと思うわ」
「だから、だから私はダル様を、あの方を好きだと思ったのに……でも、叶わなかったの、振られてしまったの」
そう言って、またわっと泣き出した。
自分の言葉に、あらためて思いが受け止めてもらえなかった事実に気づいてしまったようだ。
ミーヤは、なんと言って慰めたものかと困ってしまった。
リルの気持ちを聞いて自分は複雑な感情を抱いていた。
もしかしたら、リルの思いが叶うことがあるとしたら、よかったと思うと同時に、多分すごく羨ましく感じ、そんな自分を情けなく思っていたようにも思う。そんな自分の感情が嫌だと思っていた。
だが、かといって、リルが実際にダルに断られてこうして悲しんでいるのを喜んでいるわけではない。なんとか叶う方法がないのかとも思う。
「リル、ここはダルさんのおっしゃる通り、漁師としてのダルさんをどう思うか考えてみたらどうかしら」
せいいっぱい考えて言う。
リルは下を向いたまま、ふるふると首を振った。
「だめなの……」
「え?」
「私、分かってしまったの……」
一層俯く。
「私、ダル様のおっしゃる通り、もしもダル様がただの漁師だったら、きっと好きになってなかったと思うの……」
「それは……」
ミーヤはリルの正直な告白に驚いた。
「私は、どうやってもオーサ商会のお嬢様なのよ。こうして宮で行儀見習いをしていても、いつかは父の言うように、父の娘としてどこかに嫁ぐ、その人生が自分の人生だと思っているの」
「そうなの……」
「だから、漁師のダル様と出会っていたら、正直に言ってあんな仕事をしている人のお嫁さんになれと言われなくてよかった、そう思っていたわ……」
「それは……」
あまりにも正直すぎる告白である。
「でも、そう思いながらも、やっぱりダル様のことが好きで、好きで、なんとか、月虹兵として生きていってくださって、そうして一緒に生きていけたら、そう思う自分もいて、もう、こんな気持ちのまま、ここにはいられない……」
ミーヤはどう言っていいのか分からなかった。
「そう……」
そう言って、静かにリルの背中を撫でるしかできなかった。
しばらく沈黙の時間が続いた。
その後、リルが決めたという風に顔を上げてこう言った。
「私、もう少しだけがんばってお勤めをします」
「そう、よかった、と言っていいのかしら……」
「私はオーサ商会の娘です。こんなことでお勤めをおろそかにして、そうしてお父様の顔に泥を塗るようなこと、一族に恥をかかせることはできないわ……だから、もう少しだけがんばって、そうしてダル様にも、私を振ってもったいないことをした、そう思い直してもらって、そうして、あちらから私を好きだと言ってこさせて、そうして今度は私から振るの……そうでもしないと……」
その顔は侍女の顔ではなかった。
誇り高い大商人の娘の顔であった。
そして、リルの顔には少しばかり暗い色が加わっていた。
「私は父の、オーサ商会の会長アロの娘ですから」
「困りましたね……」
トーヤとミーヤは、どうやってシャンタルから反応を引き出すかに頭を悩ませながら、自室へと向かっていた。
と、
「あれ?」
リルが、ダルの部屋から飛び出すようにしてこちらへ早足で向かってくるのが見えた。
下を向いていて、こちらには気づいていないようだ。
「どした? なんかあったか?」
「どうしたんでしょう」
あまりに様子がおかしいので、2人共足を止め、リルがこちらへ来るのを待つ。
「リル、どうしました?」
ミーヤが声をかけるとリルは駆け寄ってきて、黙ってミーヤにしがみついた。
どうやら泣いているようだ。
「あの、トーヤ様、私、少しリルと部屋へ戻ってきます」
「ああ、そうしてやれ」
ミーヤがリルを抱えるようにして、自分の部屋へと連れていった。
自室へ入れて椅子に座らせ、自分も正面に座る。
「どうしました? 何があったのリル?」
リルは手に持ったハンカチをもみ絞るようにしていたが、やがて、
「私、私、もうだめだわ……もうお勤め、続けられない……」
そう言うとハンカチを顔に当ててわっと泣き出した。
落ち着くのを待ち、少しずつリルが話すのを聞いていて、ミーヤはリルの大胆さに驚くと共に、それは自分でも同じ気持ちになるだろうとそう思った。
「だから、だから、今からキリエ様のところへ行って、そうして、宮をやめさせてもらおうと思うの……」
「とにかく少し落ち着いて、ね?」
「いえ、もう死んでしまいたい……」
「だめよ!」
ミーヤはリルの両肩をぐっと掴んだ。
「そんなことを言ってはだめ!」
「だって、だって、辛くて、恥ずかしくて……」
リルはハンカチを顔に当てて泣く。
ミーヤはリルが少し泣き止むまで待っていた。
「ダルさんは、優しい方ね……」
リルは返事をしないで、まだ涙の余韻でしゃくりあげていた。
「リルを、どうやったら傷つけないか、一生懸命考えてくれて、そして、もしもリルが本当にダルさんそのままを好きだったら、あらためてもう一度リルの思いに向き合ってくれると言ったのでしょう? 本当に優しい人だと思うわ」
「だから、だから私はダル様を、あの方を好きだと思ったのに……でも、叶わなかったの、振られてしまったの」
そう言って、またわっと泣き出した。
自分の言葉に、あらためて思いが受け止めてもらえなかった事実に気づいてしまったようだ。
ミーヤは、なんと言って慰めたものかと困ってしまった。
リルの気持ちを聞いて自分は複雑な感情を抱いていた。
もしかしたら、リルの思いが叶うことがあるとしたら、よかったと思うと同時に、多分すごく羨ましく感じ、そんな自分を情けなく思っていたようにも思う。そんな自分の感情が嫌だと思っていた。
だが、かといって、リルが実際にダルに断られてこうして悲しんでいるのを喜んでいるわけではない。なんとか叶う方法がないのかとも思う。
「リル、ここはダルさんのおっしゃる通り、漁師としてのダルさんをどう思うか考えてみたらどうかしら」
せいいっぱい考えて言う。
リルは下を向いたまま、ふるふると首を振った。
「だめなの……」
「え?」
「私、分かってしまったの……」
一層俯く。
「私、ダル様のおっしゃる通り、もしもダル様がただの漁師だったら、きっと好きになってなかったと思うの……」
「それは……」
ミーヤはリルの正直な告白に驚いた。
「私は、どうやってもオーサ商会のお嬢様なのよ。こうして宮で行儀見習いをしていても、いつかは父の言うように、父の娘としてどこかに嫁ぐ、その人生が自分の人生だと思っているの」
「そうなの……」
「だから、漁師のダル様と出会っていたら、正直に言ってあんな仕事をしている人のお嫁さんになれと言われなくてよかった、そう思っていたわ……」
「それは……」
あまりにも正直すぎる告白である。
「でも、そう思いながらも、やっぱりダル様のことが好きで、好きで、なんとか、月虹兵として生きていってくださって、そうして一緒に生きていけたら、そう思う自分もいて、もう、こんな気持ちのまま、ここにはいられない……」
ミーヤはどう言っていいのか分からなかった。
「そう……」
そう言って、静かにリルの背中を撫でるしかできなかった。
しばらく沈黙の時間が続いた。
その後、リルが決めたという風に顔を上げてこう言った。
「私、もう少しだけがんばってお勤めをします」
「そう、よかった、と言っていいのかしら……」
「私はオーサ商会の娘です。こんなことでお勤めをおろそかにして、そうしてお父様の顔に泥を塗るようなこと、一族に恥をかかせることはできないわ……だから、もう少しだけがんばって、そうしてダル様にも、私を振ってもったいないことをした、そう思い直してもらって、そうして、あちらから私を好きだと言ってこさせて、そうして今度は私から振るの……そうでもしないと……」
その顔は侍女の顔ではなかった。
誇り高い大商人の娘の顔であった。
そして、リルの顔には少しばかり暗い色が加わっていた。
「私は父の、オーサ商会の会長アロの娘ですから」
0
お気に入りに追加
55
あなたにおすすめの小説
悲恋を気取った侯爵夫人の末路
三木谷夜宵
ファンタジー
侯爵夫人のプリシアは、貴族令嬢と騎士の悲恋を描いた有名なロマンス小説のモデルとして持て囃されていた。
順風満帆だった彼女の人生は、ある日突然に終わりを告げる。
悲恋のヒロインを気取っていた彼女が犯した過ちとは──?
カクヨムにも公開してます。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる