180 / 353
第二章 第六節 奇跡
12 沈黙
しおりを挟む
これでもうほぼ準備は整った。
子供服(男物)もマントを含めて揃えてある。トーヤの旅支度も。
「子どもってのは何を与えておきゃ大人しいもんなのか、あっちこっちでガキを見て考えて適当に揃えたが、あいつは普通のガキじゃねえしなあ」
その点だけが不安であった。
普通の子供ではないどころか、マユリアやラーラ様を見ると普通のシャンタルともちょっと違うように思えるからだ。
それと、シャンタルを連れ出す算段はしなくてもいい、これも意味がわからない。だがとにかく、しなくていいと断言されてしまったものはどうしようもない。
「いざとなったら、俺が奥宮に行って抱えて出てくるしかねえだろうが……その場合はどうやって洞窟が見つからないようにあそこに連れて行くか、だな。もしくは、もう洞窟は捨てて捨て身で馬で走り抜けるか、だ」
考えてはみるがそれ以外にいい案も思いつかない。
カトッティにいい船が入っていればそっちに乗り込むという手もないことはないが、さすがに封鎖があっただけにそのような大きな船も入っていないらしい。
大体の考えとしてはなんとかキノスまで行き、そこから逃げ道を確保しておくために陸路を行きたい。できれば馬で目立たないように行きたいが、シャンタルの反応次第では馬車に閉じ込めておくことも必要かも知れない。どっちにしてキノスに行ってからのこと、様子を見てからのことになる。
「不確定要素てんこ盛りのままの船出かあ……」
そのあたりにはため息が出ないことはないが、何よりもトーヤの心には「約束」があり、それが支えとなってこの仕事を成功させてやるとの意気込みもできた。
トーヤがソファにもたれたまま、
「よし、さっと行ってさっと戻ってくるか。なあ」
そうミーヤに声をかける。
「ええ、そうですね」
ミーヤが微笑んで返事をしてくれる。
たったそれだけで、それだけのことで、トーヤは自分がなんでも成し遂げられるように思えた。
何も不安がないように思える。
世間ではシャンタルが慈悲の女神、そしてマユリアはその侍女の尊い女神、そうみんな思っているが、トーヤにとっての女神はミーヤであった。その女神が微笑んでくれている、待っていてくれる。失敗などあるはずがない。
「絶対戻ってくるんだからな、俺は」
「ええ」
何回も同じことを繰り返している。飽きもせず、本当に何回も。
と、誰かが扉を叩いた。
「ちょっといいか」
意外なことにルギであった。
「へえ、あんたが俺を尋ねてくるなんてな。手形ももうもらったし、ってことはあれか」
「では、私は……」
ミーヤが退室しようとしたら、
「いい、いてくれ」
ルギが留めた。
「はい?」
ミーヤが戸惑ったように言う。
「この間の話だ」
「あの俺が具合が悪くなった時の話だ」
ルギの言葉を聞いてミーヤに言う。
「マユリアに伺ってみた」
「なんだって?」
ルギは一つため息をつくとこう言った。
「言えないことのある時には沈黙するしかない、とおっしゃった」
「そうか、やはりな……」
思った通り「何か」はあったのだ。
「いっつも思うんだがな、なんてこの宮の人間はごまかすのが下手なんだよ。こんな返事したらありました、って言ってるのと同じじゃねえかよ」
「嘘はつけない方々だからな」
「にしても、な……一体何があったんだ」
「そこまでは分からん、が、おまえに言伝てくれと言われた」
「マユリアがか?」
「そうだ」
ルギがいつもの口調を崩さぬまま伝える。
「シャンタルに会っていただきたい」
「え!」
「え!」
トーヤとミーヤが同時に声を上げる。
「シャンタルに、おまえに慣れていただきたい、と」
「はあ?」
トーヤが素っ頓狂な声を出す。そのぐらい驚いたということだ。
「な、慣れるって……なんだよそりゃ」
「おっしゃる通りだ」
「いや、そりゃ、まあ言われてみりゃ話もしたことはねえけど、うーん……」
確かに必要だと言われてみて思い当たった。
なんだろう、自分の考えもない人形のように思っていて、その必要を感じなかったのだ。
「慣れるって、あいつが俺に?慣れるのか?」
「知らん」
「いや、そりゃあんたも知らんだろうが、慣れるのか?」
「そのためにお呼びなのだろう」
そう言ってからルギがミーヤに向き直る。
「ミーヤとダル、それからリルにも来るようにとのことだ」
「リルもか?」
「そうだ」
「リルにも話すつもりなのか?」
「分からん」
「うーん……」
「とにかく今からすぐに来るように、とのことだ」
マユリアがどういうつもりかは分からないが、とりあえず呼んでいるとのことでミーヤが隣室の2人を呼びに行く。
「え、わ、私?私もシャンタルからお声が、ですか?」
リルの声が震えている。
リルは侍女と言っても行儀見習いの立場である。お出まし以外でシャンタルにお目にかかれるのは宮に人生を捧げるために募集で選ばれた侍女だけである。そのあたりの区別はしっかりとあるのだ。
「お、俺も?」
ダルの声も同じように震えている。
「2人とも震えてる場合ではありませんよ、すぐにお支度を」
ミーヤが活を入れてやっと急いで動き出した。
子供服(男物)もマントを含めて揃えてある。トーヤの旅支度も。
「子どもってのは何を与えておきゃ大人しいもんなのか、あっちこっちでガキを見て考えて適当に揃えたが、あいつは普通のガキじゃねえしなあ」
その点だけが不安であった。
普通の子供ではないどころか、マユリアやラーラ様を見ると普通のシャンタルともちょっと違うように思えるからだ。
それと、シャンタルを連れ出す算段はしなくてもいい、これも意味がわからない。だがとにかく、しなくていいと断言されてしまったものはどうしようもない。
「いざとなったら、俺が奥宮に行って抱えて出てくるしかねえだろうが……その場合はどうやって洞窟が見つからないようにあそこに連れて行くか、だな。もしくは、もう洞窟は捨てて捨て身で馬で走り抜けるか、だ」
考えてはみるがそれ以外にいい案も思いつかない。
カトッティにいい船が入っていればそっちに乗り込むという手もないことはないが、さすがに封鎖があっただけにそのような大きな船も入っていないらしい。
大体の考えとしてはなんとかキノスまで行き、そこから逃げ道を確保しておくために陸路を行きたい。できれば馬で目立たないように行きたいが、シャンタルの反応次第では馬車に閉じ込めておくことも必要かも知れない。どっちにしてキノスに行ってからのこと、様子を見てからのことになる。
「不確定要素てんこ盛りのままの船出かあ……」
そのあたりにはため息が出ないことはないが、何よりもトーヤの心には「約束」があり、それが支えとなってこの仕事を成功させてやるとの意気込みもできた。
トーヤがソファにもたれたまま、
「よし、さっと行ってさっと戻ってくるか。なあ」
そうミーヤに声をかける。
「ええ、そうですね」
ミーヤが微笑んで返事をしてくれる。
たったそれだけで、それだけのことで、トーヤは自分がなんでも成し遂げられるように思えた。
何も不安がないように思える。
世間ではシャンタルが慈悲の女神、そしてマユリアはその侍女の尊い女神、そうみんな思っているが、トーヤにとっての女神はミーヤであった。その女神が微笑んでくれている、待っていてくれる。失敗などあるはずがない。
「絶対戻ってくるんだからな、俺は」
「ええ」
何回も同じことを繰り返している。飽きもせず、本当に何回も。
と、誰かが扉を叩いた。
「ちょっといいか」
意外なことにルギであった。
「へえ、あんたが俺を尋ねてくるなんてな。手形ももうもらったし、ってことはあれか」
「では、私は……」
ミーヤが退室しようとしたら、
「いい、いてくれ」
ルギが留めた。
「はい?」
ミーヤが戸惑ったように言う。
「この間の話だ」
「あの俺が具合が悪くなった時の話だ」
ルギの言葉を聞いてミーヤに言う。
「マユリアに伺ってみた」
「なんだって?」
ルギは一つため息をつくとこう言った。
「言えないことのある時には沈黙するしかない、とおっしゃった」
「そうか、やはりな……」
思った通り「何か」はあったのだ。
「いっつも思うんだがな、なんてこの宮の人間はごまかすのが下手なんだよ。こんな返事したらありました、って言ってるのと同じじゃねえかよ」
「嘘はつけない方々だからな」
「にしても、な……一体何があったんだ」
「そこまでは分からん、が、おまえに言伝てくれと言われた」
「マユリアがか?」
「そうだ」
ルギがいつもの口調を崩さぬまま伝える。
「シャンタルに会っていただきたい」
「え!」
「え!」
トーヤとミーヤが同時に声を上げる。
「シャンタルに、おまえに慣れていただきたい、と」
「はあ?」
トーヤが素っ頓狂な声を出す。そのぐらい驚いたということだ。
「な、慣れるって……なんだよそりゃ」
「おっしゃる通りだ」
「いや、そりゃ、まあ言われてみりゃ話もしたことはねえけど、うーん……」
確かに必要だと言われてみて思い当たった。
なんだろう、自分の考えもない人形のように思っていて、その必要を感じなかったのだ。
「慣れるって、あいつが俺に?慣れるのか?」
「知らん」
「いや、そりゃあんたも知らんだろうが、慣れるのか?」
「そのためにお呼びなのだろう」
そう言ってからルギがミーヤに向き直る。
「ミーヤとダル、それからリルにも来るようにとのことだ」
「リルもか?」
「そうだ」
「リルにも話すつもりなのか?」
「分からん」
「うーん……」
「とにかく今からすぐに来るように、とのことだ」
マユリアがどういうつもりかは分からないが、とりあえず呼んでいるとのことでミーヤが隣室の2人を呼びに行く。
「え、わ、私?私もシャンタルからお声が、ですか?」
リルの声が震えている。
リルは侍女と言っても行儀見習いの立場である。お出まし以外でシャンタルにお目にかかれるのは宮に人生を捧げるために募集で選ばれた侍女だけである。そのあたりの区別はしっかりとあるのだ。
「お、俺も?」
ダルの声も同じように震えている。
「2人とも震えてる場合ではありませんよ、すぐにお支度を」
ミーヤが活を入れてやっと急いで動き出した。
0
お気に入りに追加
55
あなたにおすすめの小説
悲恋を気取った侯爵夫人の末路
三木谷夜宵
ファンタジー
侯爵夫人のプリシアは、貴族令嬢と騎士の悲恋を描いた有名なロマンス小説のモデルとして持て囃されていた。
順風満帆だった彼女の人生は、ある日突然に終わりを告げる。
悲恋のヒロインを気取っていた彼女が犯した過ちとは──?
カクヨムにも公開してます。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる