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第二章 第五節 もう一人のマユリア
9 許し
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「なあ」
トーヤは苦しそうな顔をしているキリエをいたわるように言った。
「つい最近だがな、こんなことを言ってもらった」
キリエは言葉なく聞いている。
「自分を許してやれ」
キリエが目を見開いた。
「ある年寄が言ってたんだがな、人間ってのはやれることは限られてるんだとよ。その時その時、自分にやれることしかやれないんだと。そんでな、精一杯目一杯、自分の命をかけてやったそのことが、いい結果に終わればその時はどんなことも笑い話になる、悪い結果になったら後悔が残る」
トーヤはもう一歩、もう一歩とキリエに近づき、やがてその細くて骨ばった手を取った。
「だからな、あんたはもうそんなに苦しまなくていいんだよ、自分をもうちっとだけ許してやったらどうだ? そんでシャンタルのために祈ってやれよ、助かるようにってな」
キリエは身動きもせずトーヤの顔をじっと見つめていた。
「あんたはさ、俺から見ても立派な侍女頭だと思うよ。何年もシャンタルとマユリアのためだけに生きてきたんだろ? 多少……いや、結構たくさんあるな……でもまあ、そういう窮屈なこともあって怖いけどよ、いつもいつも自分のやれることを一生懸命やってる、違うか?」
キリエは動かない。
「人間なんてな、誰だって心の奥底にはそういうもんがあるもんなんだよ、自分が楽になりたいからな。だから、もしもちらっとそういうことを思ったとしてもあんたに罪なんかないんだよ、分かるか? それが人間なんだからな。あんたがシャンタルのためにやってやったこと、あんたがシャンタルを思ってのことはその何百倍も何千倍もある、そうだろ?」
キリエの瞳が揺らいだ。
「俺もそのじいさんに自分を許してやれって言われて救われた気がした。だから、あんたにも楽になってもらいたい。そんで、あんたのできる範囲でいいから、俺がシャンタルを助けられるように手助けしてくんねえかな、どうだ?」
キリエの瞳から一筋、何かが流れて落ちた。
「…………2度目ですね……」
「え?」
「あなたがそうして私の心を楽にしてくれたことがです……」
「え? ……ああ……」
フェイのことで、フェイを自分が追い詰めて命を失うことにつながったのではないかとキリエが自分に謝罪をした時のことだと気がついた。
「私は……」
キリエがぽつりと言葉をこぼした。
「私は、心の底からシャンタルとマユリアを尊敬申し上げ、命の限りお尽くしすると誓っております。ですが、あの時あなたが言ったように、心の底では思っていたのです、シャンタルがどこかに消えてくれないかと……そのことに気がついて愕然としました……自分はなんと恐ろしいことを考えるおぞましい人間なのかと……」
キリエが続ける。
「死んでしまいたいと思いました、苦しみました……聖なる存在にそのような思いを抱いていたことに気ついて……」
「そうか……」
「ですが、今の言葉で分かりました、今、自分がなすべきことを……」
キリエがトーヤに手を許したまま顔を上げた。
「託宣に触れるようなことはできません、申せません。これは変えられません」
「うん」
「ですが、私は今、自分にできることはやらなくてはいけない。シャンタルの命をお助けするためにも」
「うん」
キリエがトーヤの手を取って握り返す。
「お願いです、助け手トーヤ、シャンタルを、シャンタルのお命をお救いください」
「うん、分かった。できる限りのことはする。だけどな、マユリアも言ってた通り、もしもそれが運命ならシャンタルは助からないかも知れない、フェイのようにな……」
「分かっています」
2人の上に青い影が落ちた。
「俺も後悔したくないからできる限りのことはする。だからあんたにも頼む」
「分かりました」
キリエがそっとトーヤの手を離す。
「ラーラ様にお会いなさい。私がお連れします」
「え、いいのか?」
「ラーラ様もずっと苦しんでおられます」
「そうか……」
「ラーラ様のお心も救ってください」
「できたらな」
「託宣に触れるようなこと、シャンタルの運命に触れるようなことはなさらないでください、それだけは約束してください」
「分かった、誓うよ。俺の母親と育ての親に誓う」
「分かりました」
キリエがゆっくりと頷いた。
「ラーラ様はほとんどを奥宮の一番奥、シャンタルのお部屋でご一緒にお過ごしです。ほとんど奥宮から出られることはありません」
「らしいな」
「そしてあなたを奥宮まで入れることはできません」
「そっか残念だな、女の園に入ってみたかったがな」
トーヤが冗談めかしてそう言うと、驚くことにキリエが少し笑った。
「まあ、そのような邪な気持ちを聖なる場所に近づけるようなことはできませんからね」
さらに驚くことにキリエが冗談のように返してきた。
「失礼だな~紳士に対してよ」
そう言いながらトーヤはなんだかうれしくなった。
キリエという人間を、侍女頭としてのキリエではなく、1人の人間として初めて知ったように感じたからだ。
トーヤは苦しそうな顔をしているキリエをいたわるように言った。
「つい最近だがな、こんなことを言ってもらった」
キリエは言葉なく聞いている。
「自分を許してやれ」
キリエが目を見開いた。
「ある年寄が言ってたんだがな、人間ってのはやれることは限られてるんだとよ。その時その時、自分にやれることしかやれないんだと。そんでな、精一杯目一杯、自分の命をかけてやったそのことが、いい結果に終わればその時はどんなことも笑い話になる、悪い結果になったら後悔が残る」
トーヤはもう一歩、もう一歩とキリエに近づき、やがてその細くて骨ばった手を取った。
「だからな、あんたはもうそんなに苦しまなくていいんだよ、自分をもうちっとだけ許してやったらどうだ? そんでシャンタルのために祈ってやれよ、助かるようにってな」
キリエは身動きもせずトーヤの顔をじっと見つめていた。
「あんたはさ、俺から見ても立派な侍女頭だと思うよ。何年もシャンタルとマユリアのためだけに生きてきたんだろ? 多少……いや、結構たくさんあるな……でもまあ、そういう窮屈なこともあって怖いけどよ、いつもいつも自分のやれることを一生懸命やってる、違うか?」
キリエは動かない。
「人間なんてな、誰だって心の奥底にはそういうもんがあるもんなんだよ、自分が楽になりたいからな。だから、もしもちらっとそういうことを思ったとしてもあんたに罪なんかないんだよ、分かるか? それが人間なんだからな。あんたがシャンタルのためにやってやったこと、あんたがシャンタルを思ってのことはその何百倍も何千倍もある、そうだろ?」
キリエの瞳が揺らいだ。
「俺もそのじいさんに自分を許してやれって言われて救われた気がした。だから、あんたにも楽になってもらいたい。そんで、あんたのできる範囲でいいから、俺がシャンタルを助けられるように手助けしてくんねえかな、どうだ?」
キリエの瞳から一筋、何かが流れて落ちた。
「…………2度目ですね……」
「え?」
「あなたがそうして私の心を楽にしてくれたことがです……」
「え? ……ああ……」
フェイのことで、フェイを自分が追い詰めて命を失うことにつながったのではないかとキリエが自分に謝罪をした時のことだと気がついた。
「私は……」
キリエがぽつりと言葉をこぼした。
「私は、心の底からシャンタルとマユリアを尊敬申し上げ、命の限りお尽くしすると誓っております。ですが、あの時あなたが言ったように、心の底では思っていたのです、シャンタルがどこかに消えてくれないかと……そのことに気がついて愕然としました……自分はなんと恐ろしいことを考えるおぞましい人間なのかと……」
キリエが続ける。
「死んでしまいたいと思いました、苦しみました……聖なる存在にそのような思いを抱いていたことに気ついて……」
「そうか……」
「ですが、今の言葉で分かりました、今、自分がなすべきことを……」
キリエがトーヤに手を許したまま顔を上げた。
「託宣に触れるようなことはできません、申せません。これは変えられません」
「うん」
「ですが、私は今、自分にできることはやらなくてはいけない。シャンタルの命をお助けするためにも」
「うん」
キリエがトーヤの手を取って握り返す。
「お願いです、助け手トーヤ、シャンタルを、シャンタルのお命をお救いください」
「うん、分かった。できる限りのことはする。だけどな、マユリアも言ってた通り、もしもそれが運命ならシャンタルは助からないかも知れない、フェイのようにな……」
「分かっています」
2人の上に青い影が落ちた。
「俺も後悔したくないからできる限りのことはする。だからあんたにも頼む」
「分かりました」
キリエがそっとトーヤの手を離す。
「ラーラ様にお会いなさい。私がお連れします」
「え、いいのか?」
「ラーラ様もずっと苦しんでおられます」
「そうか……」
「ラーラ様のお心も救ってください」
「できたらな」
「託宣に触れるようなこと、シャンタルの運命に触れるようなことはなさらないでください、それだけは約束してください」
「分かった、誓うよ。俺の母親と育ての親に誓う」
「分かりました」
キリエがゆっくりと頷いた。
「ラーラ様はほとんどを奥宮の一番奥、シャンタルのお部屋でご一緒にお過ごしです。ほとんど奥宮から出られることはありません」
「らしいな」
「そしてあなたを奥宮まで入れることはできません」
「そっか残念だな、女の園に入ってみたかったがな」
トーヤが冗談めかしてそう言うと、驚くことにキリエが少し笑った。
「まあ、そのような邪な気持ちを聖なる場所に近づけるようなことはできませんからね」
さらに驚くことにキリエが冗談のように返してきた。
「失礼だな~紳士に対してよ」
そう言いながらトーヤはなんだかうれしくなった。
キリエという人間を、侍女頭としてのキリエではなく、1人の人間として初めて知ったように感じたからだ。
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