上 下
129 / 353
第二章 第四節 神との契約

 7 謁見の間

しおりを挟む
 角度は違うがこの部屋は見たことがある。
 
「謁見の部屋だな」
「謁見の間だ」
「どっちでもいいじゃねえかよ」

 口をとがらせてトーヤが抗議する。

「黙って歩け!」
「また……」

 もうここまでくるとおかしくなってきた。
 笑いを噛み殺すトーヤに同じ言葉を繰り返していた衛士がバツが悪そうな顔をする。

 これは謁見の部屋だか間だかの例の大扉から向かって左、前にルギが隠れていたあたりだ。

「まさかこんな隠し通路があるとはな」
 
 多分何かあった時にそこから衛士を差し向けたりシャンタルたちを連れ出す道だろう。

「本当は宮の中を練り歩いてこの姿を見せつけたかったが、できるだけ目立たぬようにとのご命令だ、仕方ない」
「誰の命令かは聞かなくても分かるよ」

 舞台に出るのを待つ役者のように、高い天井の上から吊るされている布、レースのシャンタルたちの姿を隠していたカーテンではなくその前にさらに下がっているそれこそ緞帳どんちょうのような布の影から部屋の中を見る。

「なるほどな……あの時もここから様子を覗いてたんだな、やらしいな」
「なんとでも言え。行け」

 ルギが後ろから荒っぽくトーヤの背を押した。

「いってえな、口で言やあいいだろうがよ!」

 そう言いながら布の影から出る。

「トーヤ!」

 もう姿を見ているので誰の声かは分かる。

「ダル、おまえなんでここに来てんだよ」
「って、なんだよその格好、何やったんだ」
「何もやってねえよ」

 罪人よろしく後ろ手に縛られた姿のまま近づこうとしたら、

「勝手に行くな」

 縄を掴んでいる衛士が引っ張って止めた。

「行けだの行くなだのややこしいな、どっちかに決めてくれよ」

 ぶつくさ言いながらその場に止まる。

 布から出てすぐ、シャンタルやマユリアが御座ござするソファが置かれた段の下のはしあたりから部屋の真ん中あたりを見る。
 今にも駆け寄りそうになっているダル、その横には両手を握りしめたミーヤが見える。
 
 2人の背後には6人の衛士が立っている。今は素手すでだが腰には太刀を帯びている、何かあったらすぐに抜刀できるだろう。

「あんたも忙しいだろうに悪いな」
「いえ……」

 トーヤの言葉に青い顔をしてミーヤが答える。
 洞窟で捕まったと分かったのだろう。これで逃げ道は失われた。

「そんで?ここに連れてきてどうするつもりだ?公開裁判か?にしちゃ、場所が変だよな。もしかして例の方もいらっしゃるのか?」
「そうだ」

 ルギがあっさりと認める。

「やれやれ、御大おんたいみずから死刑判決、は、下せねえよな慈悲の女神様が。あ、あれか、人質の確認か?だったら俺はもうこうして捕まってるんだから自由にしてやってくんねえかな?こいつらは何も知らなかったことだしな」

 ミーヤとダルの身の安全を確保したい。2人は関係なかったと強調する。

「まあ少し待て」
「しゃあねえな。おまえらももうちょい我慢してくれ」

 そう言って待っているとやがて部屋の正面から向かって右、前回シャンタルやマユリアたちが出ていった扉からマユリアとキリエが入ってきた。
 トーヤ以外の全員が片膝をついてひざまく。

 マユリアがソファの隣に立った。

「頭を上げなさい」

 そう言われてトーヤ以外の全員が頭を上げる。

「よう、こうして謁見してくれてるってことは、時が満ちたのか?」

 トーヤが悪びれずにそう言うとマユリアがいつものように楽しそうに笑った。

「そのようです」
「やっぱそうかよ。んで、時が満ちてどうすんだ?いよいよ生贄いけにえのお時間か?」
「言っている意味はよく分かりませんが、やはりトーヤは楽しいですね。ルギ、とりあえず縄を解いてあげなさい」
「は……」

 驚いたことにルギが命じて衛士がトーヤのいましめを解く。

「いいのかよ……」

 縛られていた手首を回しながら呆れたようにトーヤが言う。

「また暴れるかも知れねえぜ?そんでそこの旦那みたいな男前が増えるかも」

 トーヤがルギのあごのケガのことを言う。
 ルギはタオルで押さえているが、まだ出血は止まっていないらしい。タオルが赤く濡れている。

「少し大きいケガのようですね」
御前ごぜんよごすようなことを、申し訳ありません……」

 ルギが頭を下げる。

「ルギ、申し訳ないですが治療は後程のちほど。先に話を済ませてしまいましょう、人払いを」
「は……」

 ルギが命じて衛士が全員出ていく。

「おいおい、いいのかよ、こんな凶悪犯がここにいるんだぜ?手下てしたども帰しちまって大丈夫か?」

 呆れてトーヤがまたそう言う。

「凶悪なのですか?」

 マユリアが笑いながら言う。

「凶悪だなあ、その原因はここにあるが……」

 トーヤがふところに手を入れ、ルギの顔色が変わる。

「これだ!」

 トーヤが取り出したもの、それは例の遠足用のパンだった。

「ちょっと腹減ってな、腹減ると凶悪になるんだよ、先に食わせてもらうわ」

 そう言うなり2つをあっという間に食べてしまった。

「よし、これでいい。腹が減っては戦ができぬって言うだろ?死刑になるにしても腹ペコのままってのは可哀想過ぎるしな」

 大胆な行動にマユリアがさも楽しそうに大きな声で笑った。

「本当に楽しいですね、トーヤは」

 クスクスと笑い続ける。

「さ、もういいぜ、話があるならとっとと済ませようぜ」
「構いませんか?ではそうしましょう」

 笑いながらマユリアが言った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悲恋を気取った侯爵夫人の末路

三木谷夜宵
ファンタジー
侯爵夫人のプリシアは、貴族令嬢と騎士の悲恋を描いた有名なロマンス小説のモデルとして持て囃されていた。 順風満帆だった彼女の人生は、ある日突然に終わりを告げる。 悲恋のヒロインを気取っていた彼女が犯した過ちとは──? カクヨムにも公開してます。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

処理中です...