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第二章 第三節 進むべき道を
20 十年後
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その夜、奥宮からトーヤの部屋にミーヤがやってきたのはもう遅い時間であった。
「それで、ちゃんとお食事はなさったんですね? お風呂も入りましたか?」
「なんだよそれ、ガキじゃねえんだからちゃんとしてるってばよ」
普段、カースではそういうこともないが、宮ではほぼトーヤにつきっきりのミーヤが心配そうに聞き、トーヤは思わず笑った。
「でしたらいいのですが……」
「あんた、今忙しいんだろ? だったら俺のことなんかほっぽっといていいんだぜ。宮から出ようとしたらルギが見張ってるしな」
そう言ってまた笑う。
「それで、宮の中は今どうなってんだ?わさわさ忙しいってだけしかこっちは分かんねえんだが」
「ええ、私は初めてのことで覚えることが多くて大変です……」
そう言ってミーヤが書きつけたものを取り出す。
「うわ、なんだそりゃ、えらい量だな!」
「頭がついていきません……」
ミーヤが軽く頭を振る。
「でもしっかり記録してしっかり覚えておかないと、次は私が教える立場になりますから」
「次……」
そう聞いてトーヤは軽く頭を殴られたように感じた。
次の交代の時、十年後もミーヤはここにいる。そして25歳になったミーヤは今度は自分より後に入ってきた後輩にこのことを教えなければならない。
その日のために今、ミーヤはがんばっているのだ。それは応援をしなければならないことだ、そうは思うものの……
「十年後、ここにいるのか……」
つい、ぽつりとそう言ってしまった。
その言葉を聞いたミーヤはふいっと一度下を向いたが、
「そんな先のことはまだどうなるか分かりませんが、とりあえず今やらないといけないことはやっておかないと」
そう言った後、
「まだ、まだ何がどうなるか全く分からん、ですからね」
と、いつかトーヤが言った言葉を口真似して言った。
「な、なんだよそりゃ、俺の真似か? え? 似てね~」
「まあ!」
トーヤがゲラゲラ笑いミーヤが怒った。
いつもの2人だ。
「そうだな、まだ何も分からねえ、先のことなんかな。だったら今やれることをやっておくだけだ、なあ」
「はい、そう思います」
2人で笑い合う。
「そうか、今やれること、か……そうか……」
「何かあるのですか?」
「いや、今のこの忙しい中だったらいけるかもな、って」
「え?」
「あの洞窟を行ってみる」
「え?」
トーヤが椅子に座り直してミーヤに言う。
「海まで、とは行かないかも知れないが、とりあえず始まりの場所から行けるところまで行ってみようと思う」
「あそこをですか……」
ミーヤが黙った。
「宮から出ようとしたらルギのやつが付いてくるが、宮の中をフェイに会いに行って足を伸ばす形なら行けるんじゃないかと思ってな。普段なら難しいかもだが、今、こんだけ右往左往してんだ、大丈夫な気がする」
「…………」
ミーヤが心配そうに黙り込んだ。
「何を心配してんだよ」
「いえ……」
ミーヤはどう言っていいのか少し考えた。そして思っていない方の思いを口にした。
「もしも、その時に見つかってしまったら、そうしたらあの逃げ道は使えなくなりませんか? ダルさんが見てくれてもう大丈夫と分かっているのですから、いざと言う時まで行かない方がいいのでは?」
「ああ、なるほどな」
ミーヤのもう一つの思いに気づかないようにトーヤが答えた。
「そりゃ一理あるな。でもほとんど誰も行ったことがない道だ、ダルのことは信用してるが、やっぱり俺も確かめておいた方がいいような気がする。そういう性分なんでな」
そう言って笑う。
「そうですか……では、気をつけて行ってくださいね。本当に気をつけて」
「大丈夫だって。湖のそばには多分誰もいないだろうしな。それまではそうだな、青い鳥を探してたって言うよ」
「青い鳥を?」
「ああ、あの時に導いてくれたフェイの小鳥だ」
「あの子を……」
「ちょうどいい具合に今はあんたは奥宮の仕事で忙しい。暇だったから探してたって言やあいいだろう。本当に会えるもんなら会いたいしな」
「そうですね、私もまた会いたいです」
「だろ?」
そうしてトーヤは翌日の午前からあの洞窟に行くことを決めた。
「どのぐらいかかるか分からんから少し余裕を持たせてここを出る。ダルが教えてくれたあの途中の入り口、というか今回は出口か、そこまで確かめられりゃいいんだがな」
「では早めにお昼を持ってきます。忙しいから早めに持って行くことにすれば誰も不思議には思わないでしょうし」
「そうしてくれると助かるな。ついでに弁当でもありゃもっとありがたい」
「まあ、図々しい」
そう言って笑い、ミーヤは部屋を出て行った。
ミーヤのもう一つの思い、それはトーヤが遠く離れる道に足を踏み入れることへの不安だった。
トーヤは今は自分の役割を知りたい、それまではここにいると言ってはいる。
だが機会があればそのまま行ってしまう可能性もあるのだ。
もしもこのまま会えなくなったら、そう思ってしまったのだ。
それは、十年後もここにいるミーヤのことを考えてしまったトーヤの気持ちと似ていた。
別々の場所で生きている自分たちを思うことへのさびしさであった。
「それで、ちゃんとお食事はなさったんですね? お風呂も入りましたか?」
「なんだよそれ、ガキじゃねえんだからちゃんとしてるってばよ」
普段、カースではそういうこともないが、宮ではほぼトーヤにつきっきりのミーヤが心配そうに聞き、トーヤは思わず笑った。
「でしたらいいのですが……」
「あんた、今忙しいんだろ? だったら俺のことなんかほっぽっといていいんだぜ。宮から出ようとしたらルギが見張ってるしな」
そう言ってまた笑う。
「それで、宮の中は今どうなってんだ?わさわさ忙しいってだけしかこっちは分かんねえんだが」
「ええ、私は初めてのことで覚えることが多くて大変です……」
そう言ってミーヤが書きつけたものを取り出す。
「うわ、なんだそりゃ、えらい量だな!」
「頭がついていきません……」
ミーヤが軽く頭を振る。
「でもしっかり記録してしっかり覚えておかないと、次は私が教える立場になりますから」
「次……」
そう聞いてトーヤは軽く頭を殴られたように感じた。
次の交代の時、十年後もミーヤはここにいる。そして25歳になったミーヤは今度は自分より後に入ってきた後輩にこのことを教えなければならない。
その日のために今、ミーヤはがんばっているのだ。それは応援をしなければならないことだ、そうは思うものの……
「十年後、ここにいるのか……」
つい、ぽつりとそう言ってしまった。
その言葉を聞いたミーヤはふいっと一度下を向いたが、
「そんな先のことはまだどうなるか分かりませんが、とりあえず今やらないといけないことはやっておかないと」
そう言った後、
「まだ、まだ何がどうなるか全く分からん、ですからね」
と、いつかトーヤが言った言葉を口真似して言った。
「な、なんだよそりゃ、俺の真似か? え? 似てね~」
「まあ!」
トーヤがゲラゲラ笑いミーヤが怒った。
いつもの2人だ。
「そうだな、まだ何も分からねえ、先のことなんかな。だったら今やれることをやっておくだけだ、なあ」
「はい、そう思います」
2人で笑い合う。
「そうか、今やれること、か……そうか……」
「何かあるのですか?」
「いや、今のこの忙しい中だったらいけるかもな、って」
「え?」
「あの洞窟を行ってみる」
「え?」
トーヤが椅子に座り直してミーヤに言う。
「海まで、とは行かないかも知れないが、とりあえず始まりの場所から行けるところまで行ってみようと思う」
「あそこをですか……」
ミーヤが黙った。
「宮から出ようとしたらルギのやつが付いてくるが、宮の中をフェイに会いに行って足を伸ばす形なら行けるんじゃないかと思ってな。普段なら難しいかもだが、今、こんだけ右往左往してんだ、大丈夫な気がする」
「…………」
ミーヤが心配そうに黙り込んだ。
「何を心配してんだよ」
「いえ……」
ミーヤはどう言っていいのか少し考えた。そして思っていない方の思いを口にした。
「もしも、その時に見つかってしまったら、そうしたらあの逃げ道は使えなくなりませんか? ダルさんが見てくれてもう大丈夫と分かっているのですから、いざと言う時まで行かない方がいいのでは?」
「ああ、なるほどな」
ミーヤのもう一つの思いに気づかないようにトーヤが答えた。
「そりゃ一理あるな。でもほとんど誰も行ったことがない道だ、ダルのことは信用してるが、やっぱり俺も確かめておいた方がいいような気がする。そういう性分なんでな」
そう言って笑う。
「そうですか……では、気をつけて行ってくださいね。本当に気をつけて」
「大丈夫だって。湖のそばには多分誰もいないだろうしな。それまではそうだな、青い鳥を探してたって言うよ」
「青い鳥を?」
「ああ、あの時に導いてくれたフェイの小鳥だ」
「あの子を……」
「ちょうどいい具合に今はあんたは奥宮の仕事で忙しい。暇だったから探してたって言やあいいだろう。本当に会えるもんなら会いたいしな」
「そうですね、私もまた会いたいです」
「だろ?」
そうしてトーヤは翌日の午前からあの洞窟に行くことを決めた。
「どのぐらいかかるか分からんから少し余裕を持たせてここを出る。ダルが教えてくれたあの途中の入り口、というか今回は出口か、そこまで確かめられりゃいいんだがな」
「では早めにお昼を持ってきます。忙しいから早めに持って行くことにすれば誰も不思議には思わないでしょうし」
「そうしてくれると助かるな。ついでに弁当でもありゃもっとありがたい」
「まあ、図々しい」
そう言って笑い、ミーヤは部屋を出て行った。
ミーヤのもう一つの思い、それはトーヤが遠く離れる道に足を踏み入れることへの不安だった。
トーヤは今は自分の役割を知りたい、それまではここにいると言ってはいる。
だが機会があればそのまま行ってしまう可能性もあるのだ。
もしもこのまま会えなくなったら、そう思ってしまったのだ。
それは、十年後もここにいるミーヤのことを考えてしまったトーヤの気持ちと似ていた。
別々の場所で生きている自分たちを思うことへのさびしさであった。
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