黒のシャンタル 第一話 「過去への旅」＜完結＞

第二章 第三節 進むべき道を

６ ダルが見たもの

　ダルはそっと周囲を気にしながら光るものの方に進むことにした。
　馬をつないであるので迷うことなく洞窟の入り口まで引き返せるだろう。

　ゆっくりと森の木に隠れるようにして進む。
　少し進むとどうやら光るものは湖のようだと分かってきた。

「湖があるのか……」

　さらに湖の方に進もうと思った時、誰かが湖に駆け寄ってきた。

（まずい、見つかる）

　姿勢を低くして下生したばえの中に隠れ、様子をうかがう。

（あれ、あれって……）

　走ってきた人物に見覚えがあった。

（あれ、ミーヤさんか？）

　手に瓶びんのようなものを持っている。間違いなくミーヤだ。
　ミーヤは湖の側まで来ると、周囲を見渡しながら呼んだ。

「トーヤ、トーヤ！どこ、どこです！」

（あれ、トーヤを探してるのか？）

「ここだ」

　今度はトーヤの声がした。
　そうしてると森の中からトーヤが姿を現し、ミーヤがトーヤに向かって駆け寄った。

（あらら、トーヤのやつ、ミーヤさんと逢い引きあいびきかよ、こんな森で）

　最初はそう思ったのだが、なんとなくそういう雰囲気ではないようにも見える。

　少し距離があったので、さっきの呼ぶ声よりは小さくなった会話の内容までは分からないが、瓶を受け取ったトーヤが湖に近付き、一度ミーヤの元に戻って何か言い争っているようだ。

（ケンカしてるのか？なんで？なんでこんなとこであんな瓶持ってケンカ？）

　そう思って見ていたら、もう一度トーヤが瓶を持って湖に行き、今度は水を汲くんで帰ってきた。
　その瓶を見せて今度は２人で走って行ってしまった。

（なんだったんだ？）

　また１人残されたダルはそうして不思議には思ったが、なんとなく後を追うことはできず、そのまま引き返してまた馬を連れて洞窟を元の場所まで戻ってから外に出て、馬に乗って村に帰ったらしい。

「俺、その時はまだフェイちゃんのこと知らなかったからさ、次の日に宮から連絡が来てびっくりしたんだよ」
「宮から連絡が？」
「うん、そうなんだよ。神官しんかんって人が馬で来てさ、俺はフェイの友人だから３日目に来てほしいって言って帰っていったんだ」
「そうだったのか……」

　トーヤは黙り込んだ。

「俺さあ、あれ、本当だったのか夢だったのか分かんねえんだよな、今となってはさ」
「何がだ？」
「湖で見たトーヤとミーヤさんがだよ」
「ああ……」
　
　またトーヤが黙り込む。

「聞いていいことかどうか分かんねえからさ、まあまた話してもいいやってなったら話してくれるか？」
「分かった、すまんな……」

　トーヤにしても話していいか悪いか分からない出来事だ。
　そもそもあれが聖なる湖だと知ったらダルがどう感じるか。
　
（ダルが帰ったら一度ミーヤと話してみよう）

　そう思うのがせいいっぱいだった。

「すまんな、色々と」
「いや、いいよ」
「そんで、その湖のところまで続いてたってんだな、あの洞窟」
「うん」
「なんなんだろうな、あれ」
「本当だよなあ」
　　
　ダルがなんとなくもの問いたげにトーヤを見ている気がするが、トーヤにだって分からない。
　ただ分かることは……

（もしも、俺が逃げたいと思ったら今すぐにでもあそこを通って海まで行けるってことだ）

　だが……

（あの湖に俺は行けるのか？）

　一度は拒絶きょぜつされて迷い、ミーヤの導みちびきでやっとたどり着いた湖だ。行きたいと思って行ける場所かどうかも分からない。

（だが、もしも湖に行けなかったとしても、あの途中の入り口までは行ける。問題はそこまで逃げ切れるかどうかだ）

　もしも宮から出るところを見つかったら、間違いなくルギのやつが追っかけてくるだろう、そう思った。ルギとやり合うことになったら勝てる自信はない。ダルとの訓練の様子から見て分かる、あれは相当の遣い手つかいてだ、明らかにトーヤより強い。

（ただ違うのは、俺は実戦の場数を踏んでるがルギのやつは実戦経験がない、そこだけが強みか……）

　１人、考え込んでしまったトーヤの横で、じっとトーヤを見ていたダルだが、

「俺、今日は疲れたからさ、もう寝るぞ。おやすみ、また明日な、トーヤも早く寝ろよな」

　そう言ってごろっと横になって布団を頭からかぶってしまった。

「あ、ああ、そうか、すまんな。おやすみ、ダル。色々ありがとうな……」

　知りたいことも色々あるだろうに、何も聞かずにこちらのことを気遣ってくれる。
　トーヤは本当にダルと知り合ってよかったとあらためて思った。