88 / 353
第二章 第二節 青い運命
7 運命を決めるもの
しおりを挟む
小走りのミーヤに続いてトーヤが急ぐ。できるだけ足音を殺し、それでも急ぐ。
場所は前にシャンタルに会った謁見の間ではなく、マユリアが客に会う時の客室だと言う。
謁見の間の横の広い豪華な廊下を進む。多分、前に謁見の間からシャンタルやマユリアが出て行ったドアに続くと思われる廊下だ。そこをもう少し通り過ぎるとある部屋の前でミーヤが足を止めた。
「ミーヤです、失礼いたします」
「お入りなさい」
マユリアの声がした。
扉を押して中に入る。
中は予想と違い、さほどきらびやかではなく上品な調度で整えられていた。
あるのはテーブルと椅子が4脚、それからソファ。キャビネット、本が並べられた棚、壁には何枚かの絵が飾ってある。そしてその奥にはどこかにつながるもう一つのドアが見える。
「おかけなさい」
マユリアが自分は立ったままで2人に椅子をすすめた。
部屋にはマユリア1人、供の者の1人もいない。
「不用心だな、悪党が押し入ったらどうするつもりだ?」
マユリアが笑った。
「相変わらず愉快ですね、トーヤ。どうしました?まず落ち着いておかけなさい」
「いや、座ってる時間はねえ」
マユリアがトーヤの首元に浮かぶキズに目をやる。
「それほど急ぐ話ですか。では聞きましょう」
マユリアは自分がすすめたのとは違う近くにある椅子に座った。
相変わらず何をしても花が溢れるような仕草だ。
「あんたんところの侍女が、侍女見習いが死にかけてる。助けてくれ」
「これは、突然押しかけて何を言うかと思ったら……それならば、わたくしよりお医者様のところに行った方がよさそうですが?」
「その医者がもうだめかも知んねえっつーてんだよ。頼むよ、助けてくれ」
マユリアが少し眉をひそめる。
「人の生き死にをどうこうすることはできませんよ?なぜならそれは、その者の持っている運命だからです」
「運命なんか知るかよ。だったら今、こうして俺がここに来て助けてくれって言うのも、それで助かるならそれもそいつの運命じゃねえのかよ?」
マユリアがまた笑う。
「確かに一理ありますね。でもそういうものではないと分かっているのではありませんか?」
「分からねえよ!頼むよ、まだ10歳のちびなんだ、助けてやってくれよ!あんた一応神様なんだろうが!だめならシャンタルにでも頼んでくれ、頼む!」
トーヤが深く頭を下げる。
「トーヤ」
マユリアが優しく声をかける。
「運命というものは誰かがどうかするものではないのです。それはわたくしも、シャンタルすらも同じなのです。もしもその者が命を落とすと言うのなら、それは誰にもどうすることもできないもの、その者の持っている運命なのです」
「その運命ってのはどこの誰が決めてんだよ!」
トーヤが大きな声を上げる。
「もしもあんたやシャンタルが助けてやろうって手を差し伸べて、その手に掴まって助かるもんならそれもそいつの運命なんだろ?そのためにこっちは無茶してこうして会いに来てんだよ。会えたってことはそれも運命なんだろ?だから頼むよ、助けてくれ、助けてやってくれ、頼む!この通りだ!」
トーヤは床に這いつくばって頭を床に擦り付けた。
「マユリア……」
ミーヤが勇気を振り絞って声を出した。
「そのような立場にあるものではないと分かっております。ですが、私からもお願い申し上げます。もしも、もしも何か方法があるのなら、どうぞ、お願いいたします」
そう言ってトーヤの横に座り、同じように頭を下げる。
「私のかわいい妹のような者なのです。まだ幼い、本当に小さな子です。どうぞ、どうぞ……」
マユリアは椅子に座ったまましばらく黙って2人を見ていた。
「わたくしにどうにかできると言うものではありませんが……」
2人に声をかけた。
「その者が助かる運命ならば、それを手助けすることができる術ならあるかも知れません」
「本当かよ!」
トーヤがガバッと顔を上げた。
「あるんなら頼むよ、頼む!」
「勘違いしてはいけませんよ?」
マユリアが静かにトーヤを見下ろした。
「その者が命を永らえる運命ならば、と言っているのです。もしもそれを試してもだめならば、それはその者の運命なのです。その時は諦められますか?」
「それは……それは、そこをなんとか……」
ふうっとさびしげにマユリアが弱く微笑んだ。
「あれもこれも自分の思い通りに、それは無理だと分かりますよね?特に命に関わることは」
「それは……」
もうこれ以上トーヤに言える言葉はなかった。
分かっているのだ。長年戦場で暮らすトーヤには特によく分かっている。
ついさっきまで横で笑っていた仲間が次の瞬間には物言わぬものとなって冷たい地面に横たわっている。瀕死の重傷を負ってもうだめだと思っていた者が何もせずとも奇跡的な回復を見せる。自分のように仲間がみんな死んだ嵐の中で生き残る者がいる。どれも誰かがどうしようと思ってできることではない。それら全てはその者が持って生まれた運命、寿命なのだと考えるしか仕方のないことがいくらでもある。誰がその運命の別れ道を決めるのかなど誰にも分からない。
「分かった……」
「約束できますか?」
「分かった、約束する。だめだったらその時は諦める」
「それならばよろしい」
マユリアがにっこりと笑った。
場所は前にシャンタルに会った謁見の間ではなく、マユリアが客に会う時の客室だと言う。
謁見の間の横の広い豪華な廊下を進む。多分、前に謁見の間からシャンタルやマユリアが出て行ったドアに続くと思われる廊下だ。そこをもう少し通り過ぎるとある部屋の前でミーヤが足を止めた。
「ミーヤです、失礼いたします」
「お入りなさい」
マユリアの声がした。
扉を押して中に入る。
中は予想と違い、さほどきらびやかではなく上品な調度で整えられていた。
あるのはテーブルと椅子が4脚、それからソファ。キャビネット、本が並べられた棚、壁には何枚かの絵が飾ってある。そしてその奥にはどこかにつながるもう一つのドアが見える。
「おかけなさい」
マユリアが自分は立ったままで2人に椅子をすすめた。
部屋にはマユリア1人、供の者の1人もいない。
「不用心だな、悪党が押し入ったらどうするつもりだ?」
マユリアが笑った。
「相変わらず愉快ですね、トーヤ。どうしました?まず落ち着いておかけなさい」
「いや、座ってる時間はねえ」
マユリアがトーヤの首元に浮かぶキズに目をやる。
「それほど急ぐ話ですか。では聞きましょう」
マユリアは自分がすすめたのとは違う近くにある椅子に座った。
相変わらず何をしても花が溢れるような仕草だ。
「あんたんところの侍女が、侍女見習いが死にかけてる。助けてくれ」
「これは、突然押しかけて何を言うかと思ったら……それならば、わたくしよりお医者様のところに行った方がよさそうですが?」
「その医者がもうだめかも知んねえっつーてんだよ。頼むよ、助けてくれ」
マユリアが少し眉をひそめる。
「人の生き死にをどうこうすることはできませんよ?なぜならそれは、その者の持っている運命だからです」
「運命なんか知るかよ。だったら今、こうして俺がここに来て助けてくれって言うのも、それで助かるならそれもそいつの運命じゃねえのかよ?」
マユリアがまた笑う。
「確かに一理ありますね。でもそういうものではないと分かっているのではありませんか?」
「分からねえよ!頼むよ、まだ10歳のちびなんだ、助けてやってくれよ!あんた一応神様なんだろうが!だめならシャンタルにでも頼んでくれ、頼む!」
トーヤが深く頭を下げる。
「トーヤ」
マユリアが優しく声をかける。
「運命というものは誰かがどうかするものではないのです。それはわたくしも、シャンタルすらも同じなのです。もしもその者が命を落とすと言うのなら、それは誰にもどうすることもできないもの、その者の持っている運命なのです」
「その運命ってのはどこの誰が決めてんだよ!」
トーヤが大きな声を上げる。
「もしもあんたやシャンタルが助けてやろうって手を差し伸べて、その手に掴まって助かるもんならそれもそいつの運命なんだろ?そのためにこっちは無茶してこうして会いに来てんだよ。会えたってことはそれも運命なんだろ?だから頼むよ、助けてくれ、助けてやってくれ、頼む!この通りだ!」
トーヤは床に這いつくばって頭を床に擦り付けた。
「マユリア……」
ミーヤが勇気を振り絞って声を出した。
「そのような立場にあるものではないと分かっております。ですが、私からもお願い申し上げます。もしも、もしも何か方法があるのなら、どうぞ、お願いいたします」
そう言ってトーヤの横に座り、同じように頭を下げる。
「私のかわいい妹のような者なのです。まだ幼い、本当に小さな子です。どうぞ、どうぞ……」
マユリアは椅子に座ったまましばらく黙って2人を見ていた。
「わたくしにどうにかできると言うものではありませんが……」
2人に声をかけた。
「その者が助かる運命ならば、それを手助けすることができる術ならあるかも知れません」
「本当かよ!」
トーヤがガバッと顔を上げた。
「あるんなら頼むよ、頼む!」
「勘違いしてはいけませんよ?」
マユリアが静かにトーヤを見下ろした。
「その者が命を永らえる運命ならば、と言っているのです。もしもそれを試してもだめならば、それはその者の運命なのです。その時は諦められますか?」
「それは……それは、そこをなんとか……」
ふうっとさびしげにマユリアが弱く微笑んだ。
「あれもこれも自分の思い通りに、それは無理だと分かりますよね?特に命に関わることは」
「それは……」
もうこれ以上トーヤに言える言葉はなかった。
分かっているのだ。長年戦場で暮らすトーヤには特によく分かっている。
ついさっきまで横で笑っていた仲間が次の瞬間には物言わぬものとなって冷たい地面に横たわっている。瀕死の重傷を負ってもうだめだと思っていた者が何もせずとも奇跡的な回復を見せる。自分のように仲間がみんな死んだ嵐の中で生き残る者がいる。どれも誰かがどうしようと思ってできることではない。それら全てはその者が持って生まれた運命、寿命なのだと考えるしか仕方のないことがいくらでもある。誰がその運命の別れ道を決めるのかなど誰にも分からない。
「分かった……」
「約束できますか?」
「分かった、約束する。だめだったらその時は諦める」
「それならばよろしい」
マユリアがにっこりと笑った。
0
お気に入りに追加
55
あなたにおすすめの小説
悲恋を気取った侯爵夫人の末路
三木谷夜宵
ファンタジー
侯爵夫人のプリシアは、貴族令嬢と騎士の悲恋を描いた有名なロマンス小説のモデルとして持て囃されていた。
順風満帆だった彼女の人生は、ある日突然に終わりを告げる。
悲恋のヒロインを気取っていた彼女が犯した過ちとは──?
カクヨムにも公開してます。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
【完結】おじいちゃんは元勇者
三園 七詩
ファンタジー
元勇者のおじいさんに拾われた子供の話…
親に捨てられ、周りからも見放され生きる事をあきらめた子供の前に国から追放された元勇者のおじいさんが現れる。
エイトを息子のように可愛がり…いつしか子供は強くなり過ぎてしまっていた…
【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?
つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。
平民の我が家でいいのですか?
疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。
義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。
学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。
必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。
勉強嫌いの義妹。
この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。
両親に駄々をこねているようです。
私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。
しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。
なろう、カクヨム、にも公開中。
幼馴染み達が寝取られたが,別にどうでもいい。
みっちゃん
ファンタジー
私達は勇者様と結婚するわ!
そう言われたのが1年後に再会した幼馴染みと義姉と義妹だった。
「.....そうか,じゃあ婚約破棄は俺から両親達にいってくるよ。」
そう言って俺は彼女達と別れた。
しかし彼女達は知らない自分達が魅了にかかっていることを、主人公がそれに気づいていることも,そして,最初っから主人公は自分達をあまり好いていないことも。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる