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第一章 第三節 動き始めた運命
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「どう思います?」
フェイが出ていくと、キリエがルギに尋ねた。
「半々、と言ったところですか」
ミーヤのことを言っているのだ。
ミーヤがトーヤに取り込まれていないか、あの騒ぎが本当の過失であったのか、それとも何かを狙ってわざとやったことなのか。
「半々、ですか……」
キリエがそう言って黙り込むと、ルギが皮肉そうに言った。
「どうなさいます、今度はフェイにも見張りをお付けになりますか? きりがないと思いますが。何をそのように恐れられておるのやら」
キリエは不愉快そうにルギを見る。
「おまえだってマユリアの命であの者を見張っておるのでしょう」
「私は見張れとは命令されておりません。供をせよと言われたので付いているだけです。キリエ様に報告をしているのは聞かれたから答えているだけです」
その通りであった。
ルギはマユリアにも報告をしているようだが、それは尋ねられた時だけである。キリエがミーヤとフェイにしているように、日々の報告をさせたりはしてはいない。
「マユリアのお考えが分かりません」
「これは異な事を。さきほどミーヤにシャンタルの託宣だとおっしゃったのはキリエ様ではありませんか」
キリエはルギを睨みつけるが、まさにその通りであった。
「不思議ですな。いつもなら達観されて粛々と宮の運営をなされているキリエ様が、なにゆえあのような者にそれほどお心を揺さぶられてらっしゃるのか」
「生意気なことを、一介の衛士には分からぬこともあるものです」
「出過ぎたことを申しました」
ルギは片膝を付いてうやうやしく頭を下げたが、その態度がまたキリエを苛立たせた。
自分を小馬鹿にしている、そう思える。
宮においては侍女と衛士は同列の扱いである。
身分や立場に上下があるものではない。
だがキリエはその中でも侍女頭、侍女の頂点でつつがなく宮を動かすために、全ての侍女をシャンタルとマユリアの御為に動かすために存在している。
同じ位置にあるのは衛士長ではあるが、この宮はシャンタルとマユリアの宮、よって侍女の方が実質的には強い。さらにキリエは宮に来てもう半世紀、侍女頭を務めて二十年以上、そのへんの衛士長などとても足元には及ぶものではない。
シャンタルとマユリアは神である。
つまりキリエは、宮にいる「人」の中で一番の権力者ということになる。
そのキリエに対してこの不遜な態度。
キリエはひどく苛立ったが、そのことを態度に出すほど愚かではない。
「出過ぎたついでにもう一言よろしいか」
「言ってみなさい」
ルギはまた一礼すると言葉を続けた。
「もうあの者のことはほっておかれたらよろしかろうかと。見張り、いえ、供は私がいたしますし、必要なら折々にミーヤやフェイにお聞きになられるもいいでしょうが、あまりに追い詰めると弱いネズミが毒蛇に変容することもありえるかと」
いつもの自分ならもちろんそうしていたであろう、とキリエは思った。
だが、今回のこれは普通ではない、いつもとは違う。
どこが違うと問われれば返答に困るが、あえて言うとすれば勘だ。
長年の宮勤めで培われたキリエの勘が、とんでもないことが起ころうとしていると告げている。
そしてその勘を裏打ちするのはもちろん「当代の秘密」である。
「もうじき交代の時期に入る。すでに次代様もいらっしゃる」
ルギもそのことは耳にしている。すでに何名かの選ばれた神官と衛士がお迎えに伺った、だが……と。
「このようなことは初めてです、何もかも。それゆえ私がこれまでないほどに気配りをしておるのです」
ルギが不思議そうにキリエを見る。
これはキリエの本音なのだろう。
シャンタルの託宣でもマユリアの命でもないが自分独自の判断で動いている。
だが、そのようなことを一介の衛士である自分にこぼすなど。
「ますますキリエ様らしくないお言葉かと。一体あの者の何がそれほどまでにキリエ様を苛立たせるのか。それほどまでにあの者がお嫌いですか」
「馬鹿なことを言うものではありません」
侍女頭の矜持がルギに突き刺さる。
「ミーヤにも申した通り、好き嫌いでお役目を左右するなどあってはなりません」
「申し訳ございません」
ルギは恐れ入った風もなく頭を下げて謝罪する。
「確かに私はあのような者を好みませんが、そのことで役目を疎かにするはずもない。個人の好悪など取るに足らぬ些細な問題です」
「はい、申し訳ございません」
「ですが確かにおまえの言う通りです」
マユリアはトーヤのことを「丁重に扱うように」とは言ったが「見張れ」とは言っていない、全てはキリエの一存でやったことだ。
キリエの考えと言うことはこの宮の考えと言うことである。
いつもならマユリアの意に沿うこととキリエの行動は一致している。
つまり、シャンタルの託宣、マユリアの命、キリエの指示、系統は一つで何もかもがスムーズに動いている。
だがしかし、今回、自分はマユリアの意を汲んで動いているとは言いかねる。同じことをやっているようでもいつもとは違う。ルギに言われてそのことに思い至った。だが……
「おまえには分からぬこともあるのです。ですが、少しばかり私も冷静にならなければなりません」
「お聞き入れいただけて幸いです」
「おまえの言う通り、少しばかり手を緩めることにします。ですがおまえは今まで通りに報告を続けてください」
「はい」
ルギは、今度は尊敬の念を添えて頭を下げた。
この宮の最高権力者でありながら、自分のような平衛士の言葉にも耳を傾けるキリエの柔軟さに感心をしたのだ。
これが王宮の大臣や神官たち頭の固い男どもならこうはいかなかっただろう。自分の直属の上司たちを思い浮かべ、その違いに素直に頭を下げた。
「おまえにだけ言っておきます」
ルギは思わぬ言葉に少しばかり驚いた表情を浮かべた。
「当代シャンタルには秘密があります」
今度は心底驚いた。
思いもしない言葉であった。
その言葉にもキリエの行動にも驚かされた。
「秘密、とは」
「そこまでは言えません」
「なぜそのことを私に」
「なぜでしょうね」
キリエはルギを正面からじっと見た。
「ですが、いつかマユリアはそのことをおまえに明かすでしょう。そう思いました」
ルギは言葉なくキリエを見返す。
「今は言えません。ですが、そのようなことがある、と言うことを頭に入れて動きなさい」
「はい」
「ではもうよろしい、行きなさい」
「はい」
ルギは素直に退出をし、侍女頭の執務室にはキリエ一人が残された。
フェイが出ていくと、キリエがルギに尋ねた。
「半々、と言ったところですか」
ミーヤのことを言っているのだ。
ミーヤがトーヤに取り込まれていないか、あの騒ぎが本当の過失であったのか、それとも何かを狙ってわざとやったことなのか。
「半々、ですか……」
キリエがそう言って黙り込むと、ルギが皮肉そうに言った。
「どうなさいます、今度はフェイにも見張りをお付けになりますか? きりがないと思いますが。何をそのように恐れられておるのやら」
キリエは不愉快そうにルギを見る。
「おまえだってマユリアの命であの者を見張っておるのでしょう」
「私は見張れとは命令されておりません。供をせよと言われたので付いているだけです。キリエ様に報告をしているのは聞かれたから答えているだけです」
その通りであった。
ルギはマユリアにも報告をしているようだが、それは尋ねられた時だけである。キリエがミーヤとフェイにしているように、日々の報告をさせたりはしてはいない。
「マユリアのお考えが分かりません」
「これは異な事を。さきほどミーヤにシャンタルの託宣だとおっしゃったのはキリエ様ではありませんか」
キリエはルギを睨みつけるが、まさにその通りであった。
「不思議ですな。いつもなら達観されて粛々と宮の運営をなされているキリエ様が、なにゆえあのような者にそれほどお心を揺さぶられてらっしゃるのか」
「生意気なことを、一介の衛士には分からぬこともあるものです」
「出過ぎたことを申しました」
ルギは片膝を付いてうやうやしく頭を下げたが、その態度がまたキリエを苛立たせた。
自分を小馬鹿にしている、そう思える。
宮においては侍女と衛士は同列の扱いである。
身分や立場に上下があるものではない。
だがキリエはその中でも侍女頭、侍女の頂点でつつがなく宮を動かすために、全ての侍女をシャンタルとマユリアの御為に動かすために存在している。
同じ位置にあるのは衛士長ではあるが、この宮はシャンタルとマユリアの宮、よって侍女の方が実質的には強い。さらにキリエは宮に来てもう半世紀、侍女頭を務めて二十年以上、そのへんの衛士長などとても足元には及ぶものではない。
シャンタルとマユリアは神である。
つまりキリエは、宮にいる「人」の中で一番の権力者ということになる。
そのキリエに対してこの不遜な態度。
キリエはひどく苛立ったが、そのことを態度に出すほど愚かではない。
「出過ぎたついでにもう一言よろしいか」
「言ってみなさい」
ルギはまた一礼すると言葉を続けた。
「もうあの者のことはほっておかれたらよろしかろうかと。見張り、いえ、供は私がいたしますし、必要なら折々にミーヤやフェイにお聞きになられるもいいでしょうが、あまりに追い詰めると弱いネズミが毒蛇に変容することもありえるかと」
いつもの自分ならもちろんそうしていたであろう、とキリエは思った。
だが、今回のこれは普通ではない、いつもとは違う。
どこが違うと問われれば返答に困るが、あえて言うとすれば勘だ。
長年の宮勤めで培われたキリエの勘が、とんでもないことが起ころうとしていると告げている。
そしてその勘を裏打ちするのはもちろん「当代の秘密」である。
「もうじき交代の時期に入る。すでに次代様もいらっしゃる」
ルギもそのことは耳にしている。すでに何名かの選ばれた神官と衛士がお迎えに伺った、だが……と。
「このようなことは初めてです、何もかも。それゆえ私がこれまでないほどに気配りをしておるのです」
ルギが不思議そうにキリエを見る。
これはキリエの本音なのだろう。
シャンタルの託宣でもマユリアの命でもないが自分独自の判断で動いている。
だが、そのようなことを一介の衛士である自分にこぼすなど。
「ますますキリエ様らしくないお言葉かと。一体あの者の何がそれほどまでにキリエ様を苛立たせるのか。それほどまでにあの者がお嫌いですか」
「馬鹿なことを言うものではありません」
侍女頭の矜持がルギに突き刺さる。
「ミーヤにも申した通り、好き嫌いでお役目を左右するなどあってはなりません」
「申し訳ございません」
ルギは恐れ入った風もなく頭を下げて謝罪する。
「確かに私はあのような者を好みませんが、そのことで役目を疎かにするはずもない。個人の好悪など取るに足らぬ些細な問題です」
「はい、申し訳ございません」
「ですが確かにおまえの言う通りです」
マユリアはトーヤのことを「丁重に扱うように」とは言ったが「見張れ」とは言っていない、全てはキリエの一存でやったことだ。
キリエの考えと言うことはこの宮の考えと言うことである。
いつもならマユリアの意に沿うこととキリエの行動は一致している。
つまり、シャンタルの託宣、マユリアの命、キリエの指示、系統は一つで何もかもがスムーズに動いている。
だがしかし、今回、自分はマユリアの意を汲んで動いているとは言いかねる。同じことをやっているようでもいつもとは違う。ルギに言われてそのことに思い至った。だが……
「おまえには分からぬこともあるのです。ですが、少しばかり私も冷静にならなければなりません」
「お聞き入れいただけて幸いです」
「おまえの言う通り、少しばかり手を緩めることにします。ですがおまえは今まで通りに報告を続けてください」
「はい」
ルギは、今度は尊敬の念を添えて頭を下げた。
この宮の最高権力者でありながら、自分のような平衛士の言葉にも耳を傾けるキリエの柔軟さに感心をしたのだ。
これが王宮の大臣や神官たち頭の固い男どもならこうはいかなかっただろう。自分の直属の上司たちを思い浮かべ、その違いに素直に頭を下げた。
「おまえにだけ言っておきます」
ルギは思わぬ言葉に少しばかり驚いた表情を浮かべた。
「当代シャンタルには秘密があります」
今度は心底驚いた。
思いもしない言葉であった。
その言葉にもキリエの行動にも驚かされた。
「秘密、とは」
「そこまでは言えません」
「なぜそのことを私に」
「なぜでしょうね」
キリエはルギを正面からじっと見た。
「ですが、いつかマユリアはそのことをおまえに明かすでしょう。そう思いました」
ルギは言葉なくキリエを見返す。
「今は言えません。ですが、そのようなことがある、と言うことを頭に入れて動きなさい」
「はい」
「ではもうよろしい、行きなさい」
「はい」
ルギは素直に退出をし、侍女頭の執務室にはキリエ一人が残された。
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