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第一章 第三節 動き始めた運命

 5 小さな心

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 キリエはミーヤが退室すると、奥にいたルギとフェイを一緒に呼んだ。

「今聞いていた話に間違いはありませんか?」
「は、はい」

 聞かれてフェイが答える。

「おまえはミーヤが失礼を働いた時にそばにいましたね? ミーヤの話の通りでしたか? どのように見えましたか?」

 重ねて聞かれ、フェイは正直に答える。

「はい、ミーヤ様のおっしゃる通り、足がもつれて転ばれたように見えました」
「その時、おまえはどうしていましたか?」
「驚いて動けずにおりました」
「その後は?」
「ミーヤ様に拭く物や着られる物を持ってくるように、大人の方を呼んでくるようにと言われ、急いで言われたように人を呼びに行きました」
「ふうむ……」

 キリエは黙って考え込んだ。

「おまえはその後どうしました?」
「はい、侍女部屋の方に来てくださるようにお願いをして、拭く物、タオルを何枚か持ってお部屋に戻りました」
「その時、ミーヤはどうしていましたか?」
「客殿の方のことを拭いてらっしゃったように見えました」
「戻ったおまえを見てどうしましたか?」
「謝ってくださって、一緒に来られた方に片付けをお願いしてらっしゃいました」
「客殿の方と何か話はしていませんでしたか?」
「してらっしゃいました」
「なんと?」
「何回も謝っていらっしゃって、それに、客殿の方がもう分かったからそんなに謝らなくていい、わざとではないと信じているから、と」
「信じている、と?」
「はい、そうおっしゃってました」
「信じている、ふむ……」

 キリエはまた考え込んだ。

「その後には?」
「はい、ミーヤ様がまだそれでも謝っていらっしゃったら、客殿の方がしつこい、と」
「しつこい?」
「はい、そうしてミーヤ様に自分も汚れているから着替えて来るように、よごれた女性に世話をされたくない、と申されてました。それを聞いてミーヤ様は私たちに謝ってから部屋を出て行かれました……あの!」
「なんです」
「泣いて、らっしゃったようです」
「泣いていましたか」
「はい、目が濡れてらっしゃいました」
「そうですか。分かりました、お下がりなさい」
「はい」

 フェイは深く頭を下げてから立ち上がると、静かに部屋から出て行った。

 部屋を出てからフェイは悲しくなってきた。

(どうしてキリエ様はミーヤ様のことをあんなに聞いてくるのだろう)

 フェイがキリエに命じられたことは、

『ミーヤが何をしていたかをよく見て、何を話していたかをよく聞いて報告しなさい』

 そういうことであった。

 フェイが見る限り、ミーヤはとても優しく、フェイにもよく笑いかけてくれて、気にかけてくれている。客殿の方、トーヤ様にも優しくてとてもよくお世話されている。

 そのミーヤのことを「よく見る」と言う行為が「見張るみはる」と言うことだとフェイもよく理解していた。

 「よく聞く」と言うことは、言うまでもなくトーヤ様と何を話してらっしゃるかを聞いて、それを報告するようにと言うことだ。それも理解している。

 フェイの見る限り、ミーヤとトーヤは仲良しに見えた。
 いつも楽しく話をして笑っている。
 そして2人共、自分にもよく話しかけてくれている。

(お二人共とても優しくしてくださる)

 その2人に対して「見張れ」「話の内容を報告しろ」とキリエに命令されたら、自分は従うしかない。

 だがいい気持ちはしない。
 いい気持ちがしないどころではない、つらくて悲しい。

(トーヤ様は私を抱っこして歩いてくださった)

 抱き上げられて驚き、恥ずかしく思ったフェイが降ろしてくれるように頼んだら、

『おい、ちび、おまえ、今日はずっと大人と同じように歩いてて疲れただろうが、足が痛くなってねえか? いいから馬のところに戻る間ぐらい大人に甘えとけ』

 そう言って降ろしてくれなかったので、抱っこされたままリュセルスの街を歩いた。



 フェイが宮に上がったのは8歳の時のことである。 
 これは特に珍しいことではない。大抵の侍女見習いがそのぐらいの年齢で宮に上がる。もっと小さい頃やもう少し大人になってからの人もあるにはあるが、大部分が7、8歳で宮に入る。その幼さで家族と離れ、その後、大部分の者が一生を宮で過ごすのだ。
 
 フェイは、宮に入る時に別れてきた父親を思い出した。
 大きな手でよく頭をでてくれた。よく抱っこをしてくれた。時に肩車かたぐるまをして自分を笑わせてくれた。トーヤに抱き上げられてそのことを思い出していたのだった。

(あの方は優しい方だ)

 理由はなく、フェイは子どもならではの直感でそう感じていた。

 それなのに、ミーヤ様はトーヤ様を「恐ろしい」とおっしゃった。
 とてもそう思っていらっしゃるようには見えなかったのに、どうしてなのだろう?
 思っていないのにそうおっしゃったということは、嘘をおつきになったのだろうか?

 そしてなぜだか、自分にはそう見えなかったと言うことをキリエ様に言えなかった。
 ミーヤ様を見ていたら、言ってはいけないように思えたのだ。
 
(私は嘘をついてしまったのだろうか、でも……)

 フェイはキリエの命令と自分の心の命ずることの狭間で揺れ動き、小さな胸をキリで突かれたような痛みを感じた。
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