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第一章 第二節 カースへ
19 ルギの報告
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「こちらへ」
ミーヤが部屋から立ち去るとキリエが部屋の奥へ声をかけ、現れたのはルギであった。
ここは侍女頭の執務室である。通常であれば出入りできるのは侍女たちだけ、衛士であるとは言えど男が入れる部屋ではない。それを、あえて部屋の奥にルギを隠してミーヤの報告に間違いがないか確認させていたらしい。
ルギは進み出てキリエを通り過ぎると体を反転させ、片膝をついて頭を下げた。
「直りなさい。で、どうでしたか?」
「報告に間違いはないかと」
「そうですか」
「はい」
キリエは少し何かを考えるようにしたがすぐにルギに尋ねた。
「村長の家では各々別の部屋に泊まったとか」
「はい」
「その時に何かあったとは考えられますか?」
「考えられます」
「何があったと?」
ルギが続ける。
「客殿の者です。思えば前日の宴の時からやたらと村長の孫と親しげにしておりましたが、翌朝はさらに長年の友であるかのようにお互いが扱っておりました」
「ほう」
「村から帰る時にもまた会おうとの再会の言葉を交わしておりましたし、実際にそうなるようにと侍女ミーヤにも頼んでおりましたので、私が立ち入れない夜のうちに何か密約を交わしたのかも知れません」
「それは、あの剣を教えるという話ではないのですか?」
「それもありえます」
ルギは認める。
「ですが、抜け目のない者のようですのでそれだけではないかと思われます」
「たとえば?」
「たとえば、宮とカースの間の近道や抜け道を教えるように仕向けるとか。また己がその者を都合のよいように扱えるように籠絡した可能性も」
まるで見ていたかのようにルギは言う。
「なんのために?」
「それは宮から抜け出すために必要だからではないでしょうか」
「なにゆえ抜け出す?」
「自分の使命が何であるか分からぬ為に不安、もしくは使われるのを厭うてかと」
完璧な推理であった。
「何をやらされるか分からぬというのは不安なものです。特にシャンタルやマユリアに対しての尊敬の念など持たぬ者からすると、使い捨てられるのではと考えて逃走を図っても不思議ではありません。さらに元が根無し草のようなならず者、他人に自由を束縛されるのは嫌なのでしょう」
「なるほど」
キリエは自分の考えを一切述べない。淡々とルギの報告を受け取る。
「では村の者に剣を教えるというのは?」
「武器を手にするためかと」
「模擬刀や木を削った物では武器の役に立たぬのではないのか?」
「いえ、手にしてしまえば役に立たないと言い切れるものでもありません」
「たとえば?」
「たとえば刃を自分でつけるとか」
「そのようなことが可能なのか?」
「刃をつぶしただけですから、研いで鋭くすればそれなりに使えるかと。もちろんきちんと仕上げた剣よりは劣りますが使えないことはありません」
「木を削った物は?」
「重さがそれなりにあれば鈍器として使用することも可能かと。またこちらも先端を鋭く削ればそれなりの殺傷力を持たぬこともないかと」
「ふうむ」
キリエはしばし考えた。
「おまえなら、その武器を手にして他の者を実際に退けて逃げることは可能か?」
「私ならば可能です」
「あの者には?」
「実際の腕前を目にしたことはございませんが、あの口ぶりからはそれなりに自信があるように思えます。それが事実ならば可能かと。元々傭兵をやっていると言うことでしたので、実戦にも慣れておるでしょうし」
「なるほど。それでは武器を持たせぬ方がよいということか」
「いえ、そこは逆かと」
ルギが丁寧に説明する。
「許さぬと信用をされていない、警戒されていると考えて焦燥を感じ、どのような行動に出るか分かりません。ここは安心させるために望みはできる限り許し、油断を誘うのがよろしかろうかと」
「なるほど」
キリエは納得したようであった。
「それではルギ、おまえが武器を整えてやりなさい。できる限り実戦に転用はできにくいもの、おまえならそれを選ぶことができるでしょう」
「はっ」
「それからその村の友人とやらの訪問も許すことにします。その他の望みもできる限り叶えてやるように。その代わりに今まで以上に監視をしっかりと」
「はい」
「それから」
「はい」
「ミーヤはどうですか?」
「どう、とは?」
「あの者とどのように接していますか、その村の者と同じように取り込まれた可能性は?」
ルギは少し考えるようにしてから口を開いた。
「可能性はございます」
「あるのか」
「はい、馬車の中では行きも帰りも楽しそうな笑い声が聞こえたことがございます」
「ほう」
「なにしろ若くとも世慣れた者のようで、人に取り入るのもうまいように見受けられますので」
「ふうむ」
キリエはしばし考えてから、
「ミーヤにも見張る者をつけることにします。それでは下がりなさい」
「はい」
ルギは丁寧におじぎをすると部屋から辞していった。
ミーヤが部屋から立ち去るとキリエが部屋の奥へ声をかけ、現れたのはルギであった。
ここは侍女頭の執務室である。通常であれば出入りできるのは侍女たちだけ、衛士であるとは言えど男が入れる部屋ではない。それを、あえて部屋の奥にルギを隠してミーヤの報告に間違いがないか確認させていたらしい。
ルギは進み出てキリエを通り過ぎると体を反転させ、片膝をついて頭を下げた。
「直りなさい。で、どうでしたか?」
「報告に間違いはないかと」
「そうですか」
「はい」
キリエは少し何かを考えるようにしたがすぐにルギに尋ねた。
「村長の家では各々別の部屋に泊まったとか」
「はい」
「その時に何かあったとは考えられますか?」
「考えられます」
「何があったと?」
ルギが続ける。
「客殿の者です。思えば前日の宴の時からやたらと村長の孫と親しげにしておりましたが、翌朝はさらに長年の友であるかのようにお互いが扱っておりました」
「ほう」
「村から帰る時にもまた会おうとの再会の言葉を交わしておりましたし、実際にそうなるようにと侍女ミーヤにも頼んでおりましたので、私が立ち入れない夜のうちに何か密約を交わしたのかも知れません」
「それは、あの剣を教えるという話ではないのですか?」
「それもありえます」
ルギは認める。
「ですが、抜け目のない者のようですのでそれだけではないかと思われます」
「たとえば?」
「たとえば、宮とカースの間の近道や抜け道を教えるように仕向けるとか。また己がその者を都合のよいように扱えるように籠絡した可能性も」
まるで見ていたかのようにルギは言う。
「なんのために?」
「それは宮から抜け出すために必要だからではないでしょうか」
「なにゆえ抜け出す?」
「自分の使命が何であるか分からぬ為に不安、もしくは使われるのを厭うてかと」
完璧な推理であった。
「何をやらされるか分からぬというのは不安なものです。特にシャンタルやマユリアに対しての尊敬の念など持たぬ者からすると、使い捨てられるのではと考えて逃走を図っても不思議ではありません。さらに元が根無し草のようなならず者、他人に自由を束縛されるのは嫌なのでしょう」
「なるほど」
キリエは自分の考えを一切述べない。淡々とルギの報告を受け取る。
「では村の者に剣を教えるというのは?」
「武器を手にするためかと」
「模擬刀や木を削った物では武器の役に立たぬのではないのか?」
「いえ、手にしてしまえば役に立たないと言い切れるものでもありません」
「たとえば?」
「たとえば刃を自分でつけるとか」
「そのようなことが可能なのか?」
「刃をつぶしただけですから、研いで鋭くすればそれなりに使えるかと。もちろんきちんと仕上げた剣よりは劣りますが使えないことはありません」
「木を削った物は?」
「重さがそれなりにあれば鈍器として使用することも可能かと。またこちらも先端を鋭く削ればそれなりの殺傷力を持たぬこともないかと」
「ふうむ」
キリエはしばし考えた。
「おまえなら、その武器を手にして他の者を実際に退けて逃げることは可能か?」
「私ならば可能です」
「あの者には?」
「実際の腕前を目にしたことはございませんが、あの口ぶりからはそれなりに自信があるように思えます。それが事実ならば可能かと。元々傭兵をやっていると言うことでしたので、実戦にも慣れておるでしょうし」
「なるほど。それでは武器を持たせぬ方がよいということか」
「いえ、そこは逆かと」
ルギが丁寧に説明する。
「許さぬと信用をされていない、警戒されていると考えて焦燥を感じ、どのような行動に出るか分かりません。ここは安心させるために望みはできる限り許し、油断を誘うのがよろしかろうかと」
「なるほど」
キリエは納得したようであった。
「それではルギ、おまえが武器を整えてやりなさい。できる限り実戦に転用はできにくいもの、おまえならそれを選ぶことができるでしょう」
「はっ」
「それからその村の友人とやらの訪問も許すことにします。その他の望みもできる限り叶えてやるように。その代わりに今まで以上に監視をしっかりと」
「はい」
「それから」
「はい」
「ミーヤはどうですか?」
「どう、とは?」
「あの者とどのように接していますか、その村の者と同じように取り込まれた可能性は?」
ルギは少し考えるようにしてから口を開いた。
「可能性はございます」
「あるのか」
「はい、馬車の中では行きも帰りも楽しそうな笑い声が聞こえたことがございます」
「ほう」
「なにしろ若くとも世慣れた者のようで、人に取り入るのもうまいように見受けられますので」
「ふうむ」
キリエはしばし考えてから、
「ミーヤにも見張る者をつけることにします。それでは下がりなさい」
「はい」
ルギは丁寧におじぎをすると部屋から辞していった。
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