上 下
42 / 353
第一章 第二節 カースへ

19 ルギの報告

しおりを挟む
「こちらへ」

 ミーヤが部屋から立ち去るとキリエが部屋の奥へ声をかけ、現れたのはルギであった。
 ここは侍女頭の執務室しつむしつである。通常であれば出入りできるのは侍女たちだけ、衛士であるとは言えど男が入れる部屋ではない。それを、あえて部屋の奥にルギを隠してミーヤの報告に間違いがないか確認させていたらしい。

 ルギは進み出てキリエを通り過ぎると体を反転させ、片膝をついて頭を下げた。

「直りなさい。で、どうでしたか?」
「報告に間違いはないかと」
「そうですか」
「はい」

 キリエは少し何かを考えるようにしたがすぐにルギに尋ねた。

「村長の家では各々おのおの別の部屋に泊まったとか」
「はい」
「その時に何かあったとは考えられますか?」
「考えられます」
「何があったと?」

 ルギが続ける。

「客殿の者です。思えば前日の宴の時からやたらと村長の孫と親しげにしておりましたが、翌朝はさらに長年の友であるかのようにお互いが扱っておりました」
「ほう」
「村から帰る時にもまた会おうとの再会の言葉を交わしておりましたし、実際にそうなるようにと侍女ミーヤにも頼んでおりましたので、私が立ち入れない夜のうちに何か密約みつやくを交わしたのかも知れません」
「それは、あの剣を教えるという話ではないのですか?」
「それもありえます」

 ルギは認める。

「ですが、抜け目のない者のようですのでそれだけではないかと思われます」
「たとえば?」
「たとえば、宮とカースの間の近道や抜け道を教えるように仕向けるとか。またおのれがその者を都合のよいように扱えるように籠絡ろうらくした可能性も」

 まるで見ていたかのようにルギは言う。

「なんのために?」
「それは宮から抜け出すために必要だからではないでしょうか」
「なにゆえ抜け出す?」
「自分の使命が何であるか分からぬ為に不安、もしくは使われるのをいとうてかと」

 完璧な推理であった。

「何をやらされるか分からぬというのは不安なものです。特にシャンタルやマユリアに対しての尊敬の念など持たぬ者からすると、使い捨てられるのではと考えて逃走を図っても不思議ではありません。さらに元が根無し草ねなしぐさのようなならず者、他人に自由を束縛そくばくされるのは嫌なのでしょう」
「なるほど」

 キリエは自分の考えを一切述べない。淡々たんたんとルギの報告を受け取る。

「では村の者に剣を教えるというのは?」
「武器を手にするためかと」
模擬刀もぎとうや木を削った物では武器の役に立たぬのではないのか?」
「いえ、手にしてしまえば役に立たないと言い切れるものでもありません」
「たとえば?」
「たとえばを自分でつけるとか」
「そのようなことが可能なのか?」
「刃をつぶしただけですから、研いで鋭くすればそれなりに使えるかと。もちろんきちんと仕上げた剣よりは劣りますが使えないことはありません」
「木を削った物は?」
「重さがそれなりにあれば鈍器どんきとして使用することも可能かと。またこちらも先端をするどけずればそれなりの殺傷力さっしょうりょくを持たぬこともないかと」
「ふうむ」

 キリエはしばし考えた。

「おまえなら、その武器を手にして他の者を実際に退けて逃げることは可能か?」
「私ならば可能です」
「あの者には?」
「実際の腕前を目にしたことはございませんが、あの口ぶりからはそれなりに自信があるように思えます。それが事実ならば可能かと。元々傭兵をやっていると言うことでしたので、実戦にも慣れておるでしょうし」
「なるほど。それでは武器を持たせぬ方がよいということか」
「いえ、そこは逆かと」

 ルギが丁寧に説明する。

「許さぬと信用をされていない、警戒されていると考えて焦燥しょうそうを感じ、どのような行動に出るか分かりません。ここは安心させるために望みはできる限り許し、油断を誘うのがよろしかろうかと」
「なるほど」
 
 キリエは納得したようであった。

「それではルギ、おまえが武器を整えてやりなさい。できる限り実戦に転用はできにくいもの、おまえならそれを選ぶことができるでしょう」
「はっ」
「それからその村の友人とやらの訪問も許すことにします。その他の望みもできる限り叶えてやるように。その代わりに今まで以上に監視かんしをしっかりと」
「はい」
「それから」
「はい」
「ミーヤはどうですか?」
「どう、とは?」
「あの者とどのように接していますか、その村の者と同じように取り込まれた可能性は?」

 ルギは少し考えるようにしてから口を開いた。


「可能性はございます」
「あるのか」
「はい、馬車の中では行きも帰りも楽しそうな笑い声が聞こえたことがございます」
「ほう」
「なにしろ若くとも世慣れた者のようで、人に取り入るのもうまいように見受けられますので」
「ふうむ」

 キリエはしばし考えてから、

「ミーヤにも見張る者をつけることにします。それでは下がりなさい」
「はい」

 ルギは丁寧におじぎをすると部屋からしていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悲恋を気取った侯爵夫人の末路

三木谷夜宵
ファンタジー
侯爵夫人のプリシアは、貴族令嬢と騎士の悲恋を描いた有名なロマンス小説のモデルとして持て囃されていた。 順風満帆だった彼女の人生は、ある日突然に終わりを告げる。 悲恋のヒロインを気取っていた彼女が犯した過ちとは──? カクヨムにも公開してます。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

処理中です...