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第一章 第二節 カースへ

11 ダル

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 その夜トーヤはダルと2人きりになると、

「まだまだ夜は長い、もっとおまえと色んな話をしたいもんだ」

 少し眠そうなダルにそう言って色んな話をもちかけた。

「そういや、まだミーヤや村長に聞いてねえんだが、マユリアの海ってのは普通は誰も行かないもんなのか?」
「ああ、いや、行かないことはないがやっぱり聖域だからなあ、様子がよく分かってない人間を連れて行くってのはちょっと、いや、いやあの、トーヤがだめだって言ってるんじゃないんだぜ?」
「いやいや、分かるよ。俺はまだまだ新参者だからな、この国にとっちゃ。お前の判断は間違ってねえ」
「そうか、そう言ってもらえると助かるよ」

 ダルはちょっとだけ身をすくめるとほっとしたようにそう言った。

「時に、おまえ、漁師にしちゃあちょっとばかり細っこいよな」

 トーヤの言葉にあからさまにダルはしゅんとした。

「そうなんだよなあ……兄貴たちはあんななのに、俺だけなんでかこんななんだよ……」

 本人が言うように、ダルは背丈だけはそこそこあるものの、筋肉のつきがあまりよろしくない。

「色々がんばって鍛えちゃいるんだけど、なんでかなあ」 

 おそらく、みんなに言われて気にしているのだろう、あからさまにがっかりしている。

「でも細いってのもそんなに悪いことでもねえぜ?」
「そうかなあ、でもやっぱり体がでかい方が色々役に立つ気がする」
「そうでもねえって」

 トーヤは釣り竿の餌に魚がかかったのを確信すると、仕掛けがバレないように気をつけて話を進めていった。

「例えばな、細いと体重が軽い。ってことは俊敏に動けるってことだ。戦場だったらこれは結構便利なんだぜ? 防御は必須だが、相手の剣を受けずに避けられるってのも大事なんだよ」
「え、戦場って?」
「俺はな、船には乗るけど船乗りとしてじゃなく用心棒として乗ってるんだよ。元々は傭兵やってる」
「傭兵!」

 ダルは目を丸くした。

 シャンタリオは平和な国だ。シャンタルの神域の中心地であることもあり、戦争とは縁がない穏やかな場所に位置している。王宮やシャンタル宮を守る衛士えじや町中の平和を保つための憲兵はいるが、実戦に参加する兵士、特に戦うことを職業とする傭兵は話として知ってはいても見るのも会うのも初めてであった。

「すげえな、トーヤ」
 
 初めて見る戦いのプロの姿にダルは頬を紅潮こうちょうさせた。
 それは多分、物語の中に登場する英雄に憧れる子どもの気持ちに似ている。

「そんなすげえもんでもねえよ。俺からすると漁師の方がよっぽどすげえよ。俺にはとっても真似できねえ。なまじ船に乗ったことがあるからこそ余計に分かる。荒れる海に乗り出して船操って、魚の群れ追っかけて漁をするってすげえ勝負だよ。人間が生きるためにも大事な仕事だ」
「そ、そうかな」

 ほめられてちょっとばかり照れてはみたものの、ダルはすぐにしょげた。

「でもさ、それは兵士だからだよ、漁師はやっぱり体がでかい方がいいよなあ」
「だからな、そこだよ」
「え?」
「俺が、おまえに剣の訓練してやるよ」
「え、剣?」

 ダルが驚いて声を上げた。

「でも漁師に剣は必要ないぜ?」
「漁師にはな。でもダルは三男で家を継ぐわけでもねえし、漁師になる必要があるわけでもないだろ?」
「そりゃまあそうだが……」
「だから剣の腕を上げて王宮の衛士とか憲兵とかになるって道もあるんじゃねえのか?」
「え、そういうこと?」

 ダルはちょっと考えるようだった。

「でも俺、戦いとかちょっと怖い気がする……」
「何言ってんだよ、海の男がよお」

 トーヤが笑い飛ばした。

「漁師って海と戦って魚とってくるんだろ?」
「そりゃまあそうだが」
「ここは戦いもないってことだし、死ぬ気で襲ってくる相手もそうそういねえんじゃねえのか?」
「そりゃ、まあケンカとかはあるけど、殺すとか物騒なことはそんなないかな」
「だったら荒れる海より憲兵とかの方が怖くねえんじゃねえのか?」
「いや、まあ、そう言われたら、う~ん……」

 考え込むダルにトーヤは心の中でニヤリとする。

「それに剣の訓練したからって兵士になる必要があるって決まったもんじゃねえ」
「そうなの?」
「そうだ」

 トーヤはダルのベッドの上(ダルはトーヤにベッドを明け渡して自分は床に別の寝具を敷いて寝る形を取っていた)から身を乗り出す。

「剣の訓練したら筋肉がつくぜ?」
「え、そうなの?」
「そりゃそうだろ?剣はそこそこ重いし、それを振ったり受けたりするからな。足腰も丈夫になる。だからな、兵士にならなくても今よりもっとがっしりした体になれるかもな」
「そうなのか!」
「ああ、そうだ。だからな、訓練してみねえか?俺が見てやるよ」
「いいのか!?」
「ああ」

 トーヤはダルの目をしっかりと見て話を続ける。

 よし、かかった。

 そんな黒い感情を隠すように、正面からまっすぐな光を反射させて読み取れないようにするように。
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