上 下
34 / 353
第一章 第二節 カースへ

11 ダル

しおりを挟む
 その夜トーヤはダルと2人きりになると、

「まだまだ夜は長い、もっとおまえと色んな話をしたいもんだ」

 少し眠そうなダルにそう言って色んな話をもちかけた。

「そういや、まだミーヤや村長に聞いてねえんだが、マユリアの海ってのは普通は誰も行かないもんなのか?」
「ああ、いや、行かないことはないがやっぱり聖域だからなあ、様子がよく分かってない人間を連れて行くってのはちょっと、いや、いやあの、トーヤがだめだって言ってるんじゃないんだぜ?」
「いやいや、分かるよ。俺はまだまだ新参者だからな、この国にとっちゃ。お前の判断は間違ってねえ」
「そうか、そう言ってもらえると助かるよ」

 ダルはちょっとだけ身をすくめるとほっとしたようにそう言った。

「時に、おまえ、漁師にしちゃあちょっとばかり細っこいよな」

 トーヤの言葉にあからさまにダルはしゅんとした。

「そうなんだよなあ……兄貴たちはあんななのに、俺だけなんでかこんななんだよ……」

 本人が言うように、ダルは背丈だけはそこそこあるものの、筋肉のつきがあまりよろしくない。

「色々がんばって鍛えちゃいるんだけど、なんでかなあ」 

 おそらく、みんなに言われて気にしているのだろう、あからさまにがっかりしている。

「でも細いってのもそんなに悪いことでもねえぜ?」
「そうかなあ、でもやっぱり体がでかい方が色々役に立つ気がする」
「そうでもねえって」

 トーヤは釣り竿の餌に魚がかかったのを確信すると、仕掛けがバレないように気をつけて話を進めていった。

「例えばな、細いと体重が軽い。ってことは俊敏に動けるってことだ。戦場だったらこれは結構便利なんだぜ? 防御は必須だが、相手の剣を受けずに避けられるってのも大事なんだよ」
「え、戦場って?」
「俺はな、船には乗るけど船乗りとしてじゃなく用心棒として乗ってるんだよ。元々は傭兵やってる」
「傭兵!」

 ダルは目を丸くした。

 シャンタリオは平和な国だ。シャンタルの神域の中心地であることもあり、戦争とは縁がない穏やかな場所に位置している。王宮やシャンタル宮を守る衛士えじや町中の平和を保つための憲兵はいるが、実戦に参加する兵士、特に戦うことを職業とする傭兵は話として知ってはいても見るのも会うのも初めてであった。

「すげえな、トーヤ」
 
 初めて見る戦いのプロの姿にダルは頬を紅潮こうちょうさせた。
 それは多分、物語の中に登場する英雄に憧れる子どもの気持ちに似ている。

「そんなすげえもんでもねえよ。俺からすると漁師の方がよっぽどすげえよ。俺にはとっても真似できねえ。なまじ船に乗ったことがあるからこそ余計に分かる。荒れる海に乗り出して船操って、魚の群れ追っかけて漁をするってすげえ勝負だよ。人間が生きるためにも大事な仕事だ」
「そ、そうかな」

 ほめられてちょっとばかり照れてはみたものの、ダルはすぐにしょげた。

「でもさ、それは兵士だからだよ、漁師はやっぱり体がでかい方がいいよなあ」
「だからな、そこだよ」
「え?」
「俺が、おまえに剣の訓練してやるよ」
「え、剣?」

 ダルが驚いて声を上げた。

「でも漁師に剣は必要ないぜ?」
「漁師にはな。でもダルは三男で家を継ぐわけでもねえし、漁師になる必要があるわけでもないだろ?」
「そりゃまあそうだが……」
「だから剣の腕を上げて王宮の衛士とか憲兵とかになるって道もあるんじゃねえのか?」
「え、そういうこと?」

 ダルはちょっと考えるようだった。

「でも俺、戦いとかちょっと怖い気がする……」
「何言ってんだよ、海の男がよお」

 トーヤが笑い飛ばした。

「漁師って海と戦って魚とってくるんだろ?」
「そりゃまあそうだが」
「ここは戦いもないってことだし、死ぬ気で襲ってくる相手もそうそういねえんじゃねえのか?」
「そりゃ、まあケンカとかはあるけど、殺すとか物騒なことはそんなないかな」
「だったら荒れる海より憲兵とかの方が怖くねえんじゃねえのか?」
「いや、まあ、そう言われたら、う~ん……」

 考え込むダルにトーヤは心の中でニヤリとする。

「それに剣の訓練したからって兵士になる必要があるって決まったもんじゃねえ」
「そうなの?」
「そうだ」

 トーヤはダルのベッドの上(ダルはトーヤにベッドを明け渡して自分は床に別の寝具を敷いて寝る形を取っていた)から身を乗り出す。

「剣の訓練したら筋肉がつくぜ?」
「え、そうなの?」
「そりゃそうだろ?剣はそこそこ重いし、それを振ったり受けたりするからな。足腰も丈夫になる。だからな、兵士にならなくても今よりもっとがっしりした体になれるかもな」
「そうなのか!」
「ああ、そうだ。だからな、訓練してみねえか?俺が見てやるよ」
「いいのか!?」
「ああ」

 トーヤはダルの目をしっかりと見て話を続ける。

 よし、かかった。

 そんな黒い感情を隠すように、正面からまっすぐな光を反射させて読み取れないようにするように。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悲恋を気取った侯爵夫人の末路

三木谷夜宵
ファンタジー
侯爵夫人のプリシアは、貴族令嬢と騎士の悲恋を描いた有名なロマンス小説のモデルとして持て囃されていた。 順風満帆だった彼女の人生は、ある日突然に終わりを告げる。 悲恋のヒロインを気取っていた彼女が犯した過ちとは──? カクヨムにも公開してます。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

召喚アラサー女~ 自由に生きています!

マツユキ
ファンタジー
異世界に召喚された海藤美奈子32才。召喚されたものの、牢屋行きとなってしまう。 牢から出た美奈子は、冒険者となる。助け、助けられながら信頼できる仲間を得て行く美奈子。地球で大好きだった事もしつつ、異世界でも自由に生きる美奈子 信頼できる仲間と共に、異世界で奮闘する。 初めは一人だった美奈子のの周りには、いつの間にか仲間が集まって行き、家が村に、村が街にとどんどんと大きくなっていくのだった *** 異世界でも元の世界で出来ていた事をやっています。苦手、または気に入らないと言うかたは読まれない方が良いかと思います かなりの無茶振りと、作者の妄想で出来たあり得ない魔法や設定が出てきます。こちらも抵抗のある方は読まれない方が良いかと思います

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

処理中です...