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第六章 第四節
13 八年前の殺意
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「ルギに関しては、何もかも肝はマユリアなんだよな」
トーヤは顔を天井に向けたまま続ける。
「ルギは色んなことを知ってる。そんで色んなことができる。それを言わないのもやらないのもマユリアが命じないからなんだよ。八年前、ルギは俺のことを殺したいと思ったはずだが、それをやらなかったのはマユリアが命じなかったか、それか許さなかったからだと俺は思ってる」
その言葉にミーヤはドキリとした。
それは事実だ。八年前、ミーヤはシャンタルから聞いた。ルギは「悪魔を滅せよ」と言ってマユリアにトーヤを殺す許可を願ったということを。マユリアが許さなかったのでやらなかったということを。
あの時、トーヤを信じるべきかどうかと悩み苦しむシャンタルが、話の流れの中でさらりと言ったその一言を、ミーヤは誰にも話したことがなかった。
ならなかったことは終わったこと、なかったことだと思っていたからだ。そのことを思い出し、思わず顔色が変わるのを感じた。
「なんだ、なんか妙な顔してるな」
「え?」
「いや、なんか困った顔してる気がしてな」
ミーヤはどうしようかと一瞬考えてから、本当のことを話すことにした。
「いえ、おっしゃる通りだからです」
「なんだって?」
「ルギは八年前、トーヤを手に掛けようとしたことがあります」
トーヤは頭の後ろで組んでいた手を離し、まっすぐにミーヤを見た。
「そんな話があったのか」
「ええ。シャンタルに伺いました」
「シャンタルに?」
ミーヤは八年前、トーヤがシャンタルに沈めと言って部屋を出て行った後のことを話した。
「つまり、あいつに聞いてみりゃその時のことがもうちょい分かるってことだな」
「起こしてくる」
アランがそう言って主寝室へ向かった。今は午後過ぎ、シャンタルはいつものお昼寝の時間だ。そしてベルも従者部屋で寝ている。
アランがシャンタルと、それからベルにも声をかけて応接に来させた。
「何、気持ちよく寝てたのに」
「おまえに聞きたいことがあるんだ」
「うん、何?」
シャンタルがほわあっとあくびを一つと伸びを一つしてからいつもの席に座った。
「てなことでな、おまえがミーヤに言ったってこと、思い出せるか?」
「ああ、あれか」
トーヤが説明するとシャンタルはすんなりと思い出し、みんなに説明をした。トーヤがシャンタルにきつい言葉をかけて部屋を出た後、残った者たちの間でどのような会話があったかを。
あの時のシャンタルはまだ自分の意思はほぼなく、マユリアやラーラ様の体を借りてその時の状況を見ていただけだ。だが、それでも、いつものように一言一句違えることなく再現してくれた。
「そうしてキリエがネイとタリアとルギにトーヤはそんな人間じゃないって言ったら、マユリアもトーヤは猶予をくれた、禁忌はない、できることは全部やるって、そういうことになったんだ」
自分の命がかかった瀬戸際の出来事を、シャンタルは読み聞かせてもらった絵本の話を説明するようにさらさらと語った。
「あの時にマユリアがそう言ってくれてなかったら、今頃私は湖の底だったかも知れないね」
おそらくそうなる可能性は高かったが、その本人が何も気にしてないように言うのはさすがにいかがなものかと思わずにはいられない。
だが今重要なのは、確かにそのようなことがあった、その確認だ。いつもと同じシャンタルには誰も特に何かを言うこともない。
「つまり、そういう話は実際に出たってことだな」
「八年前にはマユリアが止めたが、今度はどうなるか分からん」
アランの言葉にトーヤがやはりさらっと答える。
「そんなことがあるのでしょうか」
「ないとは言えないな」
ミーヤの深刻な問いにもトーヤはやはりさらっと答える。
「もしもマユリアが、自分が女王になるのに俺が邪魔だと思ったら、その時にはルギの申し出に首を縦に振るかも知れん」
「信じられません」
「俺だって信じられん。だからあの時には、ダルにそんなことはありえねえって言ってたさ」
八年前、トーヤはルギのことをすでに理解していた。そしてマユリアの命でやることには一切苦痛を感じないだろう、そう思ったからこそ追い詰めたのだ。ルギが自分を殺したいほど憎むようにと。
そのことはダルにしか話していない。ミーヤにも、仲間たちにもどうしてルギにマユリアからの金を受け取るように言ったかは。
「まあ、あの時と違ってルギが本気で俺に殺意を持つってことは今回はないと思う。だけど命令されたらやるからな、あいつは」
「マユリアからのお金ですか」
「え?」
「あの時、ダルとルギにも自分と同じだけのお金を払ってくれと言ったこと、ルギがお金を受け取らないと自分も受け取らないと言ったこと、なぜあんなことを言ったのかとずっと思っていました」
ミーヤは当時から違和感を感じていたらしい。
「あんなことをしなくてもルギはマユリアに命じられたらどんなことでも手伝うのに、どうしてあんなことを言うのだろうと心のどこかで思っていました。今の言葉で分かった気がします。トーヤはわざとルギを焚き付けて自分に殺意を抱かせた。それほどの怒りを抱かせた。どうしてなんですか」
ミーヤの真っ直ぐな目に、トーヤが困って黙り込んだ。
トーヤは顔を天井に向けたまま続ける。
「ルギは色んなことを知ってる。そんで色んなことができる。それを言わないのもやらないのもマユリアが命じないからなんだよ。八年前、ルギは俺のことを殺したいと思ったはずだが、それをやらなかったのはマユリアが命じなかったか、それか許さなかったからだと俺は思ってる」
その言葉にミーヤはドキリとした。
それは事実だ。八年前、ミーヤはシャンタルから聞いた。ルギは「悪魔を滅せよ」と言ってマユリアにトーヤを殺す許可を願ったということを。マユリアが許さなかったのでやらなかったということを。
あの時、トーヤを信じるべきかどうかと悩み苦しむシャンタルが、話の流れの中でさらりと言ったその一言を、ミーヤは誰にも話したことがなかった。
ならなかったことは終わったこと、なかったことだと思っていたからだ。そのことを思い出し、思わず顔色が変わるのを感じた。
「なんだ、なんか妙な顔してるな」
「え?」
「いや、なんか困った顔してる気がしてな」
ミーヤはどうしようかと一瞬考えてから、本当のことを話すことにした。
「いえ、おっしゃる通りだからです」
「なんだって?」
「ルギは八年前、トーヤを手に掛けようとしたことがあります」
トーヤは頭の後ろで組んでいた手を離し、まっすぐにミーヤを見た。
「そんな話があったのか」
「ええ。シャンタルに伺いました」
「シャンタルに?」
ミーヤは八年前、トーヤがシャンタルに沈めと言って部屋を出て行った後のことを話した。
「つまり、あいつに聞いてみりゃその時のことがもうちょい分かるってことだな」
「起こしてくる」
アランがそう言って主寝室へ向かった。今は午後過ぎ、シャンタルはいつものお昼寝の時間だ。そしてベルも従者部屋で寝ている。
アランがシャンタルと、それからベルにも声をかけて応接に来させた。
「何、気持ちよく寝てたのに」
「おまえに聞きたいことがあるんだ」
「うん、何?」
シャンタルがほわあっとあくびを一つと伸びを一つしてからいつもの席に座った。
「てなことでな、おまえがミーヤに言ったってこと、思い出せるか?」
「ああ、あれか」
トーヤが説明するとシャンタルはすんなりと思い出し、みんなに説明をした。トーヤがシャンタルにきつい言葉をかけて部屋を出た後、残った者たちの間でどのような会話があったかを。
あの時のシャンタルはまだ自分の意思はほぼなく、マユリアやラーラ様の体を借りてその時の状況を見ていただけだ。だが、それでも、いつものように一言一句違えることなく再現してくれた。
「そうしてキリエがネイとタリアとルギにトーヤはそんな人間じゃないって言ったら、マユリアもトーヤは猶予をくれた、禁忌はない、できることは全部やるって、そういうことになったんだ」
自分の命がかかった瀬戸際の出来事を、シャンタルは読み聞かせてもらった絵本の話を説明するようにさらさらと語った。
「あの時にマユリアがそう言ってくれてなかったら、今頃私は湖の底だったかも知れないね」
おそらくそうなる可能性は高かったが、その本人が何も気にしてないように言うのはさすがにいかがなものかと思わずにはいられない。
だが今重要なのは、確かにそのようなことがあった、その確認だ。いつもと同じシャンタルには誰も特に何かを言うこともない。
「つまり、そういう話は実際に出たってことだな」
「八年前にはマユリアが止めたが、今度はどうなるか分からん」
アランの言葉にトーヤがやはりさらっと答える。
「そんなことがあるのでしょうか」
「ないとは言えないな」
ミーヤの深刻な問いにもトーヤはやはりさらっと答える。
「もしもマユリアが、自分が女王になるのに俺が邪魔だと思ったら、その時にはルギの申し出に首を縦に振るかも知れん」
「信じられません」
「俺だって信じられん。だからあの時には、ダルにそんなことはありえねえって言ってたさ」
八年前、トーヤはルギのことをすでに理解していた。そしてマユリアの命でやることには一切苦痛を感じないだろう、そう思ったからこそ追い詰めたのだ。ルギが自分を殺したいほど憎むようにと。
そのことはダルにしか話していない。ミーヤにも、仲間たちにもどうしてルギにマユリアからの金を受け取るように言ったかは。
「まあ、あの時と違ってルギが本気で俺に殺意を持つってことは今回はないと思う。だけど命令されたらやるからな、あいつは」
「マユリアからのお金ですか」
「え?」
「あの時、ダルとルギにも自分と同じだけのお金を払ってくれと言ったこと、ルギがお金を受け取らないと自分も受け取らないと言ったこと、なぜあんなことを言ったのかとずっと思っていました」
ミーヤは当時から違和感を感じていたらしい。
「あんなことをしなくてもルギはマユリアに命じられたらどんなことでも手伝うのに、どうしてあんなことを言うのだろうと心のどこかで思っていました。今の言葉で分かった気がします。トーヤはわざとルギを焚き付けて自分に殺意を抱かせた。それほどの怒りを抱かせた。どうしてなんですか」
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