黒のシャンタル 第三話 シャンタリオの動乱

小椋夏己

文字の大きさ
上 下
485 / 488
第六章 第四節

12 衛士と傭兵

しおりを挟む
「それで、一体どうすればいいのでしょう」
「だからなんも変わらんって」
「でも」
「あるとすれば俺らももう一度覚悟を決めるってこったな。例えばルギに斬り捨てられる覚悟とか」
「そんな!」

 ミーヤはトーヤがまた冗談を言っている、そう思おうと表情を伺うが、そこにはふざけているような様子が一切見られなかった。

「本当のことなんですね」
「ああ」
「俺もそれだと思いますよ」

 アランもトーヤの言葉に添える。さすがにこれ以上のことをトーヤからミーヤに伝えるのは可哀想な気がしたらしい。

「裏で何があったか全部のことは分かりません。ですが見えていることだけを並べてみると、キリエさんは何かを知って警告と断絶のためにミーヤさんにそう言ってきたんだと推測できます。つまり、ルギの剣が向くだろう方向を教えてきた、そう考えるのがいいでしょうね」

 ミーヤは真っ青になってアランを見て、次にトーヤに視線を向ける。

「どうしてそんなに平気な顔をしていられるのでしょう」
「いや、別に平気ってわけじゃねえぞ」
 
 トーヤが少し表情を崩して言う。できるだけ柔らかくミーヤに伝えたいと思っているようだ。

「俺だって黙ってやられてるつもりはないからな。八年前だってルギがくっついてくるようになってからずっと、いつやり合うことになるか、そのことを忘れたことは一瞬もなかった。今回も同じことだ」
「まあ、俺らはそういう生活をずっとしてきてますからね。だから平気に見えるだけだと思いますよ。そしてそれはベルやシャンタルも同じです」

 そうだった。ミーヤは思い出す。いや、忘れてはいないつもりだが、どうしても現実のこととして受け入れ切れていないという感じか。

「戦場ではずっとそんな感覚だったということですか」
「そうですね」
「気をぬきゃ命取りだからな、常にどこかにずっとそういう意識はある。だから心配するこたねえ」
「そう言われてもそうですかと言えるものではないですよ」

 ミーヤが眉を寄せてそう言う。

「そりゃまあそうだが、まああんたにも少し慣れてもらうしかないな。それより気になるのはキリエさんが知ったことだ。一体何をどう知ったのか」
「もしかしたらマユリアの中にいるものの正体を知った可能性もあるな」
「キリエさんのことだ、そのぐらいのことはあるかも知れん」
「知っててなおそっちの道を選ぶってことは、やっぱり思った通りマユリアの中のマユリアかな」
「そうであってもらわん方が、こっちとしても色々やりやすいんだがなあ」

 2人の傭兵はミーヤの知らない顔で戦略について話し合いを始めた。

「それからルギの剣は間違いなく俺らに向いてるな。一番知らせたかったのはそれじゃねえかな」
「俺もそんな気がするな」
「ってことはまたやり合うってことか」

 トーヤがめんどくさそうにそう言うと、両手を頭の後ろに組んで椅子の背にもたれるようにして天井を見上げた。

「めんどくせえなあ」
「トーヤがそんな嫌がるってことは、結構な遣い手ってことか」
「結構なんてもんじゃねえな、かなりだよ」
「へえ」

 ダルの相手をしている時からルギの腕前については分かっていた。あの時、相手をしてやってくれと言ったのには、それを知りたかったからということもある。

「そういや一緒に訓練した時に衛士の一人が言ってたな、隊長はこの国一番の遣い手だって。それで国王も相手をしてくれと頼んできたとか自慢そうだった」
「へえ、そんで相手してやったのか」
「いや、それはどうだっけかな」
「まあどっちでもいいが、そのぐらいの腕だってのは確かに見てても分かったな。だから八年前、ろくに剣もない状態でどうやったら勝てるか考えてたわけだ」
「へえ」
 
 アランはトーヤがそこまで認めているルギの腕に感心する。

「トーヤがそのぐらい言うってのはよっぽどなんだな。そんで、勝てるか?」
「うーん、五分五分ってとこかな」
「それほどか!」

 トーヤが自分と五分と言うなどアランは聞いたことがなかった。

 いつも、相手がどれほど強くても、

「まあ俺の方が強いけどな」

 そう言って、実際にどんな相手と立ち会っても負けることがない。

 だがそれは正々堂々との立ち会いとはまた違う。戦場での戦いはそのようなものではない。
 負けなければいい、生き延びればいい。トーヤが使う剣はそんな剣だ。
 真っ向から立ち会えば負ける相手にも負けなければいいのだ。

「八年前に一回手の内見せちまってるからなあ。今度は同じ手は使えねえ」
「けど、今度は剣も使えるし、それにやるとしたら戦場になるんじゃねえの?」
「まあな。けど油断はできねえ」
「いざとなったら俺も助けるけどさ」

 つまりルギ1人にトーヤとアランで対応する、そういうことだ。戦場では卑怯も何もない。とにかく相手を倒せばいいのだから。

「けどなあ、できればルギとはやりたくねえよなあ。もしもマユリアの命令だとしたら、ルギもこっちをやる気でかかってくるかも知れねえし」

 八年前、ダルと一緒にシャンタルの黒い棺を沈める準備をしている時、トーヤはルギはマユリアの命がない限り自分の命を奪うことはできないと言った。

「その命があるかも知れねえだけに、めんどくせえよなあ」

 本心からのめんどくさいであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

そして俺は召喚士に

ふぃる
ファンタジー
新生活で待ち受けていたものは、ファンタジーだった。

スキル喰らい(スキルイーター)がヤバすぎた 他人のスキルを食らって底辺から最強に駆け上がる

けんたん
ファンタジー
レイ・ユーグナイト 貴族の三男で産まれたおれは、12の成人の儀を受けたら家を出ないと行けなかった だが俺には誰にも言ってない秘密があった 前世の記憶があることだ  俺は10才になったら現代知識と貴族の子供が受ける継承の義で受け継ぐであろうスキルでスローライフの夢をみる  だが本来受け継ぐであろう親のスキルを何一つ受け継ぐことなく能無しとされひどい扱いを受けることになる だが実はスキルは受け継がなかったが俺にだけ見えるユニークスキル スキル喰らいで俺は密かに強くなり 俺に対してひどい扱いをしたやつを見返すことを心に誓った

人生初めての旅先が異世界でした!? ~ 元の世界へ帰る方法探して異世界めぐり、家に帰るまでが旅行です。~(仮)

葵セナ
ファンタジー
 主人公 39歳フリーターが、初めての旅行に行こうと家を出たら何故か森の中?  管理神(神様)のミスで、異世界転移し見知らぬ森の中に…  不思議と持っていた一枚の紙を読み、元の世界に帰る方法を探して、異世界での冒険の始まり。   曖昧で、都合の良い魔法とスキルでを使い、異世界での冒険旅行? いったいどうなる!  ありがちな異世界物語と思いますが、暖かい目で見てやってください。  初めての作品なので誤字 脱字などおかしな所が出て来るかと思いますが、御容赦ください。(気が付けば修正していきます。)  ステータスも何処かで見たことあるような、似たり寄ったりの表示になっているかと思いますがどうか御容赦ください。よろしくお願いします。

聖女召喚に巻き添え異世界転移~だれもかれもが納得すると思うなよっ!

山田みかん
ファンタジー
「貴方には剣と魔法の異世界へ行ってもらいますぅ~」 ────何言ってんのコイツ? あれ? 私に言ってるんじゃないの? ていうか、ここはどこ? ちょっと待てッ!私はこんなところにいる場合じゃないんだよっ! 推しに会いに行かねばならんのだよ!!

ミネルヴァ大陸戦記

一条 千種
ファンタジー
遠き異世界、ミネルヴァ大陸の歴史に忽然と現れた偉大なる術者の一族。 その力は自然の摂理をも凌駕するほどに強力で、世界の安定と均衡を保つため、決して邪心を持つ人間に授けてはならないものとされていた。 しかし、術者の心の素直さにつけこんだ一人の野心家の手で、その能力は拡散してしまう。 世界は術者の力を恐れ、次第に彼らは自らの異能を隠し、術者の存在はおとぎ話として語られるのみとなった。 時代は移り、大陸西南に位置するロンバルディア教国。 美しき王女・エスメラルダが戴冠を迎えようとする日に、術者の末裔は再び世界に現れる。 ほぼ同時期、別の国では邪悪な術者が大国の支配権を手に入れようとしていた。 術者の再臨とともに大きく波乱へと動き出す世界の歴史を、主要な人物にスポットを当て群像劇として描いていく。 ※作中に一部差別用語を用いていますが、あくまで文学的意図での使用であり、当事者を差別する意図は一切ありません ※作中の舞台は、科学的には史実世界と同等の進行速度ですが、文化的あるいは政治思想的には架空の設定を用いています。そのため近代民主主義国家と封建制国家が同じ科学レベルで共存している等の設定があります ※表現は控えめを意識していますが、一部残酷描写や性的描写があります

【完結】転生少女は異世界でお店を始めたい

梅丸
ファンタジー
せっかく40代目前にして夢だった喫茶店オープンに漕ぎ着けたと言うのに事故に遭い呆気なく命を落としてしまった私。女神様が管理する異世界に転生させてもらい夢を実現するために奮闘するのだが、この世界には無いものが多すぎる! 創造魔法と言う女神様から授かった恩寵と前世の料理レシピを駆使して色々作りながら頑張る私だった。

処理中です...