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第六章 第三節
18 神の御言葉
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神官長の耳にもセルマが取次役として復帰したことは届いていた。そして、同じ役目であっても、その内容が違うであろうことも推測はできていた。
何しろキリエの采配の元での復帰だ、そういうことであろう。
「侍女頭様は取次役も自ら掌握なさったということだ。いやいや、見事な手腕」
神官長は満足そうにそう言って頷く、
セルマに関しては正直惜しいと思っている。この五年の間、少しずつ少しずつ自分の思うように染めてきた。世界の為に動く、共に動く者としては大変扱いやすく、そして同志としての情もある。
「だがそれでも、鋼鉄の侍女頭には到底敵うものではない」
最初から分かっていたことだ。だが、侍女頭がこちらと同じ方向に歩むことはなかろう、そう思っていたのでセルマという「次善の策」を準備したのだ。
「それがまさか……」
敵に回すと一番面倒だが、手に入れると何よりも心強い、そんな駒が手に入った。
「少し予定は狂ったが、まあいい方向に事は動いてくれている。後は、どうぶつかってくれるかだが」
これはトーヤとアランが推測した通り、前国王派と現国王派の衝突のことだ。ただ、トーヤも言っていた通り、大人しい性質のシャンタリオ人のこと、どれほどの規模の衝突になるかは想像がつかない。大抵の場合、揉め事からの騒動が起こっても局地的、狭い範囲でのことが多い。
よくあるのは外の国から来た船員との揉め事だが、シャンタリオ人同士での大きな衝突など、記憶にある限りはなかったのではないかと思われる。
マユリアがやっと婚儀を受け入れてくれたことから、現国王はこの上なく機嫌がいい。民が自分に不審の目を向け、心が離れていることなどもう気にもしていない。
神官長は非常にやりやすい状態になったことに満足していた。国王が交代した時の新しい国王に向ける民の期待の目、今ではその半分が疑惑の目になっているというのに、もうそんなことには興味がないようだ。
現国王が自らを磨いたのは、ただひたすらマユリアに好かれんがためだ。それはそれで構わない。どのようなことがきっかけとしても、人が己を高めたい、そう思うことは悪いことではない。
だが、現国王はその目的、マユリアを手に入れるという望みが叶いそうだと知ると共に、その努力の過程はもうなかったこと、どうでもいいことのように忘れ気味となった。そのことが民の心をどれほど傷つけるか、そのことに気づかずに。
この八年、神官長は現国王が皇太子の頃から色々な相談に乗ってきた。始まりは現国王が勉学を教えてほしい、そう言ってきたことからだった。
「この国で一番学問に造詣が深いのは神官長だと聞いた。私はもっと色々なことが学びたいのだ、そのために力を貸してほしい」
先代の弔いが終わった後、高熱を出して神官長はしばらく寝付いていたが、やっと熱が下がり、見舞いに来てくれた前衛士長のヴァクトが世間話のように、皇太子殿下に剣の指南を頼まれた、そう言っていた。そのすぐ後、今度は自分に学問を教えてほしい、そういう要請があったのだ。
話を聞いて神官長は恐れおののいた。王家の尊いお方に物を教えるなどとんでもない、もしも何か失礼をしてしまったら、その時はどうなるのか。それに皇太子殿下には、幼い頃より勉学をお教えの勉学指南役がいらっしゃる、その方から恨みを買うかも知れない。
第一ヴァクト殿は腕に覚えがあるからそのようなお話を受けることができるのだ。剣のやり取りならば誰の目にも上達したことが分かる。多少流派が違ったとしても、強い弱いは一緒だ。それにヴァクト殿は今までも時々お相手をなさっていたと聞いたことがある。もちろん、何かの催しの時に何回か軽いやり取りをするだけだったが、その折に殿下はその腕を見込まれたのだろう。
何故自分に声をかけられるのだ。自分は元々人の上に立つような器ではない。たまたま二人の強力な神官長候補の緩衝材として、一時的にお役目を受けたに過ぎない。それが、なんたることかそのお二人が次々に病に倒れ、亡くなられ、そのためにそのままこれまでその席にいたが、決して神官長などという器ではないのだ。
だが、お断りすれば皇太子殿下は不愉快に思われるだろう、王家よりひんしゅくを買うに違いない。そうなったら自分はどうなるのだ。
今はなんとかこうして神官長の席にいられるが、もしも降格などされたら、とても恥ずかしくて神殿に居続けるなどできないだろう。
今さらどこか地方の神殿に移動させられるのか? だが、そこでも失態があってこんなところに飛ばされた元神官長、そのように扱われるだろう。つまり、どこへ行こうと身の置き場がないということだ。
考えれば考えるほど真っ暗なな未来しか浮かばない。自分が一体何をしたというのだ。
もしや、あの秘密を見て見ぬ振りをして、自分がこの世から去った後のこと、そう目をつぶろうとしたことを天がお怒りなのではないか。
絶望のあまり、正殿の御祭神に血を吐くように訴え続けた。そしてその結果……
「神から御言葉をいただけたのだ」
その神のお為に自分は今、この道を歩いている。
神官長は胸の前で両手を組み、頭を垂れて神に感謝の祈りを捧げた。
何しろキリエの采配の元での復帰だ、そういうことであろう。
「侍女頭様は取次役も自ら掌握なさったということだ。いやいや、見事な手腕」
神官長は満足そうにそう言って頷く、
セルマに関しては正直惜しいと思っている。この五年の間、少しずつ少しずつ自分の思うように染めてきた。世界の為に動く、共に動く者としては大変扱いやすく、そして同志としての情もある。
「だがそれでも、鋼鉄の侍女頭には到底敵うものではない」
最初から分かっていたことだ。だが、侍女頭がこちらと同じ方向に歩むことはなかろう、そう思っていたのでセルマという「次善の策」を準備したのだ。
「それがまさか……」
敵に回すと一番面倒だが、手に入れると何よりも心強い、そんな駒が手に入った。
「少し予定は狂ったが、まあいい方向に事は動いてくれている。後は、どうぶつかってくれるかだが」
これはトーヤとアランが推測した通り、前国王派と現国王派の衝突のことだ。ただ、トーヤも言っていた通り、大人しい性質のシャンタリオ人のこと、どれほどの規模の衝突になるかは想像がつかない。大抵の場合、揉め事からの騒動が起こっても局地的、狭い範囲でのことが多い。
よくあるのは外の国から来た船員との揉め事だが、シャンタリオ人同士での大きな衝突など、記憶にある限りはなかったのではないかと思われる。
マユリアがやっと婚儀を受け入れてくれたことから、現国王はこの上なく機嫌がいい。民が自分に不審の目を向け、心が離れていることなどもう気にもしていない。
神官長は非常にやりやすい状態になったことに満足していた。国王が交代した時の新しい国王に向ける民の期待の目、今ではその半分が疑惑の目になっているというのに、もうそんなことには興味がないようだ。
現国王が自らを磨いたのは、ただひたすらマユリアに好かれんがためだ。それはそれで構わない。どのようなことがきっかけとしても、人が己を高めたい、そう思うことは悪いことではない。
だが、現国王はその目的、マユリアを手に入れるという望みが叶いそうだと知ると共に、その努力の過程はもうなかったこと、どうでもいいことのように忘れ気味となった。そのことが民の心をどれほど傷つけるか、そのことに気づかずに。
この八年、神官長は現国王が皇太子の頃から色々な相談に乗ってきた。始まりは現国王が勉学を教えてほしい、そう言ってきたことからだった。
「この国で一番学問に造詣が深いのは神官長だと聞いた。私はもっと色々なことが学びたいのだ、そのために力を貸してほしい」
先代の弔いが終わった後、高熱を出して神官長はしばらく寝付いていたが、やっと熱が下がり、見舞いに来てくれた前衛士長のヴァクトが世間話のように、皇太子殿下に剣の指南を頼まれた、そう言っていた。そのすぐ後、今度は自分に学問を教えてほしい、そういう要請があったのだ。
話を聞いて神官長は恐れおののいた。王家の尊いお方に物を教えるなどとんでもない、もしも何か失礼をしてしまったら、その時はどうなるのか。それに皇太子殿下には、幼い頃より勉学をお教えの勉学指南役がいらっしゃる、その方から恨みを買うかも知れない。
第一ヴァクト殿は腕に覚えがあるからそのようなお話を受けることができるのだ。剣のやり取りならば誰の目にも上達したことが分かる。多少流派が違ったとしても、強い弱いは一緒だ。それにヴァクト殿は今までも時々お相手をなさっていたと聞いたことがある。もちろん、何かの催しの時に何回か軽いやり取りをするだけだったが、その折に殿下はその腕を見込まれたのだろう。
何故自分に声をかけられるのだ。自分は元々人の上に立つような器ではない。たまたま二人の強力な神官長候補の緩衝材として、一時的にお役目を受けたに過ぎない。それが、なんたることかそのお二人が次々に病に倒れ、亡くなられ、そのためにそのままこれまでその席にいたが、決して神官長などという器ではないのだ。
だが、お断りすれば皇太子殿下は不愉快に思われるだろう、王家よりひんしゅくを買うに違いない。そうなったら自分はどうなるのだ。
今はなんとかこうして神官長の席にいられるが、もしも降格などされたら、とても恥ずかしくて神殿に居続けるなどできないだろう。
今さらどこか地方の神殿に移動させられるのか? だが、そこでも失態があってこんなところに飛ばされた元神官長、そのように扱われるだろう。つまり、どこへ行こうと身の置き場がないということだ。
考えれば考えるほど真っ暗なな未来しか浮かばない。自分が一体何をしたというのだ。
もしや、あの秘密を見て見ぬ振りをして、自分がこの世から去った後のこと、そう目をつぶろうとしたことを天がお怒りなのではないか。
絶望のあまり、正殿の御祭神に血を吐くように訴え続けた。そしてその結果……
「神から御言葉をいただけたのだ」
その神のお為に自分は今、この道を歩いている。
神官長は胸の前で両手を組み、頭を垂れて神に感謝の祈りを捧げた。
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