黒のシャンタル 第三話 シャンタリオの動乱

小椋夏己

文字の大きさ
上 下
467 / 488
第六章 第三節

15 模擬刀の理由

しおりを挟む
「シャンタル様」

 いきなりその言葉がトーヤの口から飛び出し、ミーヤの顔が思わず上気する。

「ほらな」

 トーヤがまたからかうようにニヤリと笑った。

「あんな状況でも、そういうこと言われたら思わずカッとしただろ?」
「当たり前です!」

 たまりかねたようにミーヤがトーヤに抗議した。

「シャンタルは最高位の敬称です! その尊いお名前にそれ以下の様を付けるなど、侮辱以外の何物でもないのです!」
「まあまあ、落ち着けよ。悪かった、今のはあんたを怒らせようと思ってわざと言った」
「わざとって、ますますひどい!」
「そうなるってところを見せたかったんだよ」
「だからなぜなんです!」
「それがシャンタリオ人の気質だってことを、トーヤはミーヤさんに見せたかったんですよ」

 トーヤに怒りの矛先を向けていたミーヤは、アランの冷静な言い方に少し気持ちを落ち着かせる。

「シャンタリオ人の気質、ですか」
「そうです。さっきトーヤが言ってたこと、シャンタリオ人は大人しく、嫌なことがあってもなかなか表に出すことがない。それがそうです」
「あの、それが特別なことなんでしょうか? 私には普通のことではないかと思うのですが」
「それがそうでもないんだなあ」

 トーヤが軽い調子でそう言い、

「まあ座って話そう。その方が落ち着くだろう」

 そう言って自分が座り、ミーヤとアランにもいつもの席に座るようにと促した。

「話の続きだが、人の性質についても地域性とか国民性ってのがある」
「ええ、それは分かります」

 閉鎖的なシャンタリオにおいてもそれは変わらない。ミーヤの出身地である北のあたりの山岳地帯では、比較的大人しく、寡黙な人が多い。だが、リュセルスではどちらかというと社交的な人間が多いように思う。人の往来が盛んで、外の国からの船も多くカトッティに入るので、その影響もあるかも知れない。また、家庭環境によってもそういうのはまた違う。リルなどはその典型で、商人の娘であの父を見て育っているので、口達者、シャンタリオ人にしてはかなり積極的な方だと言える。

「てなことでな、シャンタリオ人ってのは、大体が思ってることをすぐには口にしない、そういう気質があるってこった」
「それは、そうかも知れません」
 
 言われてみると、確かにそういう部分はあるように思う。

「けどな、それと一緒になんてのかな、体の中に、これだけは絶対譲れねえ、そういうもんも持ってる。だから、大抵のことははいはいって流してんだけど、それに触っちまったらその瞬間に大爆発だ。さっきのあんたみたいにな」

 トーヤはそう言って、楽しそうに笑った。

「今、リュセルスの民は結構ギリギリのとこにきてると思う」
「ギリギリ、ですか」
「そうだ。心の中では色々思うところがあって、頭にきてることもある。だけどな、まだぐっと抑えてんだよ、そんな気持ちを」

 リュエルスの街ではあちらこちらで両国王に対する不満を口にする者がいる。だが、ほぼそれだけだ。もう少し言いたいことがある者は、陳情書を月虹隊や憲兵隊の詰め所に届けたり、宮に陳情に行かせろと訴えることはするが、それもほぼそこまでだ。

「時々、小さい小競り合いはあるみたいだが、まだまだ大人しい」
「とてもそうは思えないんですが」
「それは外のそういうのを知らんから仕方がない。だがまあ、そういう状態だってのは分かるよな」
「不穏だということはなんとなく」
「うん、そんでいい。そんじゃこういうのは想像できるか? そうやってぐずぐずくすぶってるやつらの前に俺が飛び出して、さっきみたいに言ったとしたら?」
「それは……」

 ミーヤはそう言って少し考えた後、こう口にした。

「とても危険な状態になるのでは、と思います」
「正解だ。まあどうやってか分からんが、神官長は多分、そういうきっかけみたいのを、おそらくマユリアの婚儀の日とか、そういう時にぶつけんじゃねえかな」
「一体何をするつもりなのでしょう」
「そこまでは分からんな。おそらく、こっちが知らない何かとか誰か、そういうのをなんか握ってんだよなあ、多分」
「でも、こっちもこっちだけしか知らないことを握ってるんじゃない?」

 トーヤははあっと息を一つつくと、両手を頭の後ろに組んで考えていると、シャンタルがふいにそう言った。

「うん? あの光のことか?」
「うん」
「それはまあそうだ。だけど、あっちにもそういうのありそうだし、あっちがこっちのこと、知らないとも言い切れねえとも思うんだよ」
「それはつまり、神官長は、私達があの光、あの……」
「本家シャンタルか?」

 ミーヤが口にしにくそうにするのにトーヤが続けた。

「ええ、その方に呼ばれているということを知っている、そういうことでしょうか」
「その可能性も考えといた方がいい、そういうことかな」

 トーヤはいつも最悪を想定して動く、そう言っている。八年前もそうしてシャンタルに握らせたあの黒い守り刀のおかげでギリギリ助かった。

「その一つだよ、模擬刀も。万が一、そうやってリュセルスのやつらがなだれ込んできた時、対応するためってだけだ。後は、何か動きがあったら、その時にどうするか考えていくしかねえな」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

その捕虜は牢屋から離れたくない

さいはて旅行社
BL
敵国の牢獄看守や軍人たちが大好きなのは、鍛え上げられた筋肉だった。 というわけで、剣や体術の訓練なんか大嫌いな魔導士で細身の主人公は、同僚の脳筋騎士たちとは違い、敵国の捕虜となっても平穏無事な牢屋生活を満喫するのであった。

Get So Hell? 3rd.

二色燕𠀋
歴史・時代
なんちゃって幕末、最終章? Open the hurt.

救世主パーティーを追放された愛弟子とともにはじめる辺境スローライフ

鈴木竜一
ファンタジー
「おまえを今日限りでパーティーから追放する」  魔族から世界を救う目的で集められた救世主パーティー【ヴェガリス】のリーダー・アルゴがそう言い放った相手は主力メンバー・デレクの愛弟子である見習い女剣士のミレインだった。  表向きは実力不足と言いながら、真の追放理由はしつこく言い寄っていたミレインにこっぴどく振られたからというしょうもないもの。 真相を知ったデレクはとても納得できるものじゃないと憤慨し、あとを追うようにパーティーを抜けると彼女を連れて故郷の田舎町へと戻った。 その後、農業をやりながら冒険者パーティーを結成。 趣味程度にのんびりやろうとしていたが、やがて彼らは新しい仲間とともに【真の救世主】として世界にその名を轟かせていくことになる。 一方、【ヴェガリス】ではアルゴが嫉妬に狂い始めていて……

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

なんだって? 俺を追放したSS級パーティーが落ちぶれたと思ったら、拾ってくれたパーティーが超有名になったって?

名無し
ファンタジー
「ラウル、追放だ。今すぐ出ていけ!」 「えっ? ちょっと待ってくれ。理由を教えてくれないか?」 「それは貴様が無能だからだ!」 「そ、そんな。俺が無能だなんて。こんなに頑張ってるのに」 「黙れ、とっととここから消えるがいい!」  それは突然の出来事だった。  SSパーティーから総スカンに遭い、追放されてしまった治癒使いのラウル。  そんな彼だったが、とあるパーティーに拾われ、そこで認められることになる。 「治癒魔法でモンスターの群れを殲滅だと!?」 「え、嘘!? こんなものまで回復できるの!?」 「この男を追放したパーティー、いくらなんでも見る目がなさすぎだろう!」  ラウルの神がかった治癒力に驚愕するパーティーの面々。  その凄さに気が付かないのは本人のみなのであった。 「えっ? 俺の治癒魔法が凄いって? おいおい、冗談だろ。こんなの普段から当たり前にやってることなのに……」

婚約破棄ですね。これでざまぁが出来るのね

いくみ
ファンタジー
パトリシアは卒業パーティーで婚約者の王子から婚約破棄を言い渡される。 しかし、これは、本人が待ちに待った結果である。さぁこれからどうやって私の13年を返して貰いましょうか。 覚悟して下さいませ王子様! 転生者嘗めないで下さいね。 追記 すみません短編予定でしたが、長くなりそうなので長編に変更させて頂きます。 モフモフも、追加させて頂きます。 よろしくお願いいたします。 カクヨム様でも連載を始めました。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...