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第六章 第三節
15 模擬刀の理由
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「シャンタル様」
いきなりその言葉がトーヤの口から飛び出し、ミーヤの顔が思わず上気する。
「ほらな」
トーヤがまたからかうようにニヤリと笑った。
「あんな状況でも、そういうこと言われたら思わずカッとしただろ?」
「当たり前です!」
たまりかねたようにミーヤがトーヤに抗議した。
「シャンタルは最高位の敬称です! その尊いお名前にそれ以下の様を付けるなど、侮辱以外の何物でもないのです!」
「まあまあ、落ち着けよ。悪かった、今のはあんたを怒らせようと思ってわざと言った」
「わざとって、ますますひどい!」
「そうなるってところを見せたかったんだよ」
「だからなぜなんです!」
「それがシャンタリオ人の気質だってことを、トーヤはミーヤさんに見せたかったんですよ」
トーヤに怒りの矛先を向けていたミーヤは、アランの冷静な言い方に少し気持ちを落ち着かせる。
「シャンタリオ人の気質、ですか」
「そうです。さっきトーヤが言ってたこと、シャンタリオ人は大人しく、嫌なことがあってもなかなか表に出すことがない。それがそうです」
「あの、それが特別なことなんでしょうか? 私には普通のことではないかと思うのですが」
「それがそうでもないんだなあ」
トーヤが軽い調子でそう言い、
「まあ座って話そう。その方が落ち着くだろう」
そう言って自分が座り、ミーヤとアランにもいつもの席に座るようにと促した。
「話の続きだが、人の性質についても地域性とか国民性ってのがある」
「ええ、それは分かります」
閉鎖的なシャンタリオにおいてもそれは変わらない。ミーヤの出身地である北のあたりの山岳地帯では、比較的大人しく、寡黙な人が多い。だが、リュセルスではどちらかというと社交的な人間が多いように思う。人の往来が盛んで、外の国からの船も多くカトッティに入るので、その影響もあるかも知れない。また、家庭環境によってもそういうのはまた違う。リルなどはその典型で、商人の娘であの父を見て育っているので、口達者、シャンタリオ人にしてはかなり積極的な方だと言える。
「てなことでな、シャンタリオ人ってのは、大体が思ってることをすぐには口にしない、そういう気質があるってこった」
「それは、そうかも知れません」
言われてみると、確かにそういう部分はあるように思う。
「けどな、それと一緒になんてのかな、体の中に、これだけは絶対譲れねえ、そういうもんも持ってる。だから、大抵のことははいはいって流してんだけど、それに触っちまったらその瞬間に大爆発だ。さっきのあんたみたいにな」
トーヤはそう言って、楽しそうに笑った。
「今、リュセルスの民は結構ギリギリのとこにきてると思う」
「ギリギリ、ですか」
「そうだ。心の中では色々思うところがあって、頭にきてることもある。だけどな、まだぐっと抑えてんだよ、そんな気持ちを」
リュエルスの街ではあちらこちらで両国王に対する不満を口にする者がいる。だが、ほぼそれだけだ。もう少し言いたいことがある者は、陳情書を月虹隊や憲兵隊の詰め所に届けたり、宮に陳情に行かせろと訴えることはするが、それもほぼそこまでだ。
「時々、小さい小競り合いはあるみたいだが、まだまだ大人しい」
「とてもそうは思えないんですが」
「それは外のそういうのを知らんから仕方がない。だがまあ、そういう状態だってのは分かるよな」
「不穏だということはなんとなく」
「うん、そんでいい。そんじゃこういうのは想像できるか? そうやってぐずぐずくすぶってるやつらの前に俺が飛び出して、さっきみたいに言ったとしたら?」
「それは……」
ミーヤはそう言って少し考えた後、こう口にした。
「とても危険な状態になるのでは、と思います」
「正解だ。まあどうやってか分からんが、神官長は多分、そういうきっかけみたいのを、おそらくマユリアの婚儀の日とか、そういう時にぶつけんじゃねえかな」
「一体何をするつもりなのでしょう」
「そこまでは分からんな。おそらく、こっちが知らない何かとか誰か、そういうのをなんか握ってんだよなあ、多分」
「でも、こっちもこっちだけしか知らないことを握ってるんじゃない?」
トーヤははあっと息を一つつくと、両手を頭の後ろに組んで考えていると、シャンタルがふいにそう言った。
「うん? あの光のことか?」
「うん」
「それはまあそうだ。だけど、あっちにもそういうのありそうだし、あっちがこっちのこと、知らないとも言い切れねえとも思うんだよ」
「それはつまり、神官長は、私達があの光、あの……」
「本家シャンタルか?」
ミーヤが口にしにくそうにするのにトーヤが続けた。
「ええ、その方に呼ばれているということを知っている、そういうことでしょうか」
「その可能性も考えといた方がいい、そういうことかな」
トーヤはいつも最悪を想定して動く、そう言っている。八年前もそうしてシャンタルに握らせたあの黒い守り刀のおかげでギリギリ助かった。
「その一つだよ、模擬刀も。万が一、そうやってリュセルスのやつらがなだれ込んできた時、対応するためってだけだ。後は、何か動きがあったら、その時にどうするか考えていくしかねえな」
いきなりその言葉がトーヤの口から飛び出し、ミーヤの顔が思わず上気する。
「ほらな」
トーヤがまたからかうようにニヤリと笑った。
「あんな状況でも、そういうこと言われたら思わずカッとしただろ?」
「当たり前です!」
たまりかねたようにミーヤがトーヤに抗議した。
「シャンタルは最高位の敬称です! その尊いお名前にそれ以下の様を付けるなど、侮辱以外の何物でもないのです!」
「まあまあ、落ち着けよ。悪かった、今のはあんたを怒らせようと思ってわざと言った」
「わざとって、ますますひどい!」
「そうなるってところを見せたかったんだよ」
「だからなぜなんです!」
「それがシャンタリオ人の気質だってことを、トーヤはミーヤさんに見せたかったんですよ」
トーヤに怒りの矛先を向けていたミーヤは、アランの冷静な言い方に少し気持ちを落ち着かせる。
「シャンタリオ人の気質、ですか」
「そうです。さっきトーヤが言ってたこと、シャンタリオ人は大人しく、嫌なことがあってもなかなか表に出すことがない。それがそうです」
「あの、それが特別なことなんでしょうか? 私には普通のことではないかと思うのですが」
「それがそうでもないんだなあ」
トーヤが軽い調子でそう言い、
「まあ座って話そう。その方が落ち着くだろう」
そう言って自分が座り、ミーヤとアランにもいつもの席に座るようにと促した。
「話の続きだが、人の性質についても地域性とか国民性ってのがある」
「ええ、それは分かります」
閉鎖的なシャンタリオにおいてもそれは変わらない。ミーヤの出身地である北のあたりの山岳地帯では、比較的大人しく、寡黙な人が多い。だが、リュセルスではどちらかというと社交的な人間が多いように思う。人の往来が盛んで、外の国からの船も多くカトッティに入るので、その影響もあるかも知れない。また、家庭環境によってもそういうのはまた違う。リルなどはその典型で、商人の娘であの父を見て育っているので、口達者、シャンタリオ人にしてはかなり積極的な方だと言える。
「てなことでな、シャンタリオ人ってのは、大体が思ってることをすぐには口にしない、そういう気質があるってこった」
「それは、そうかも知れません」
言われてみると、確かにそういう部分はあるように思う。
「けどな、それと一緒になんてのかな、体の中に、これだけは絶対譲れねえ、そういうもんも持ってる。だから、大抵のことははいはいって流してんだけど、それに触っちまったらその瞬間に大爆発だ。さっきのあんたみたいにな」
トーヤはそう言って、楽しそうに笑った。
「今、リュセルスの民は結構ギリギリのとこにきてると思う」
「ギリギリ、ですか」
「そうだ。心の中では色々思うところがあって、頭にきてることもある。だけどな、まだぐっと抑えてんだよ、そんな気持ちを」
リュエルスの街ではあちらこちらで両国王に対する不満を口にする者がいる。だが、ほぼそれだけだ。もう少し言いたいことがある者は、陳情書を月虹隊や憲兵隊の詰め所に届けたり、宮に陳情に行かせろと訴えることはするが、それもほぼそこまでだ。
「時々、小さい小競り合いはあるみたいだが、まだまだ大人しい」
「とてもそうは思えないんですが」
「それは外のそういうのを知らんから仕方がない。だがまあ、そういう状態だってのは分かるよな」
「不穏だということはなんとなく」
「うん、そんでいい。そんじゃこういうのは想像できるか? そうやってぐずぐずくすぶってるやつらの前に俺が飛び出して、さっきみたいに言ったとしたら?」
「それは……」
ミーヤはそう言って少し考えた後、こう口にした。
「とても危険な状態になるのでは、と思います」
「正解だ。まあどうやってか分からんが、神官長は多分、そういうきっかけみたいのを、おそらくマユリアの婚儀の日とか、そういう時にぶつけんじゃねえかな」
「一体何をするつもりなのでしょう」
「そこまでは分からんな。おそらく、こっちが知らない何かとか誰か、そういうのをなんか握ってんだよなあ、多分」
「でも、こっちもこっちだけしか知らないことを握ってるんじゃない?」
トーヤははあっと息を一つつくと、両手を頭の後ろに組んで考えていると、シャンタルがふいにそう言った。
「うん? あの光のことか?」
「うん」
「それはまあそうだ。だけど、あっちにもそういうのありそうだし、あっちがこっちのこと、知らないとも言い切れねえとも思うんだよ」
「それはつまり、神官長は、私達があの光、あの……」
「本家シャンタルか?」
ミーヤが口にしにくそうにするのにトーヤが続けた。
「ええ、その方に呼ばれているということを知っている、そういうことでしょうか」
「その可能性も考えといた方がいい、そういうことかな」
トーヤはいつも最悪を想定して動く、そう言っている。八年前もそうしてシャンタルに握らせたあの黒い守り刀のおかげでギリギリ助かった。
「その一つだよ、模擬刀も。万が一、そうやってリュセルスのやつらがなだれ込んできた時、対応するためってだけだ。後は、何か動きがあったら、その時にどうするか考えていくしかねえな」
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