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第六章 第三節
11 使い捨ての剣
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ミーヤが担当の部屋、アランとディレンとハリオが滞在していることになっているが、実際にはその倍の人数が滞在している部屋に入ってくると、目の前で思わぬ光景が繰り広げられていた。
「何をなさってるんですか?」
「ん? いや、訓練だよ」
トーヤはそう答えるが、ミーヤが知っている訓練とは少し違うように見えた。
トーヤとアランが細長く削った木製の剣のような物を振り回してはいるのだが、お互いにその剣が当たりそうになるところで止める、つまり寸止めをやっている。
「ダルさんに持ってきてもらったんですよ」
アランがトーヤの剣らしき物を目の前で止める形になりながらそう言う。
八年前、トーヤとダル、そして時々ルギも参加してやっていた剣の訓練では、模擬刀で声を出しながら打ち合っていたが、今、2人は黙々と、寸止めを続けている。
「どうしてそんなやり方を?」
「音がしたらヤバいだろ?」
「ああ」
ここは宮の中、前の宮の客室の一つの中だ。しかも、トーヤ、シャンタル、ベルの3人はいないことになっている。
「確かにそうですね。この部屋の中から剣を撃ち合う音がしたらおかしいと思われるでしょう」
「ああ、即隊長にバレるからな」
トーヤがアランとの動きを止めて、汗を拭く。
「俺は、外で時々衛士の方との訓練に混ぜてもらったりしてますが、トーヤが体がなまりそうだからって、それでこんなことを考えたんですよ」
「おれはこの間それでひどい目に合った……」
先日、組み手と称してトーヤに締め上げられたベルが顔をしかめて文句を言う。
「何をなさったんですか」
「ん? いや、ベルが食っちゃ寝してだめになりそうだってから、ちょっと揉んでやっただけだ」
「そんなもんじゃなかっただろが!」
「おまえ、そんな文句言いながらまだそうやって菓子食ってんなら、またやるぞ?」
言われて、急いでベルが持っていた焼き菓子を菓子鉢に戻すのを見て、シャンタルがクスクスと笑った。
「ベルはそんなに太ってないし、お菓子が似合うからやめなくてもいいよ」
そう言われてベルがもう一度菓子鉢に手を伸ばしかけ、
「いいや、やっぱやめとく」
そう言ったのでみんなで笑う。
「まあ、そこそこにしとけ」
トーヤは笑いながら菓子をつまむと、
「ん」
と言いながらベルの口に押し込む。
ベルがしかめた顔のまま菓子を食べるのを見て、トーヤが楽しそうに笑った。それを見て思わずミーヤの顔もほころぶ。なんだろう、ずっと昔にも同じような瞬間があったような気がする。そしてかわいらしく笑う青い衣装の女の子が浮かんだ。
「組み手だけなら、こいついじめてなんとかするが、剣はやっぱりアランとでないとな」
「なんだよ、やっぱいじめてた自覚あんじゃん!」
ぷうっと頬をふくらませるベルに、また室内に笑いが起こる。
「まあ、おまえも動いてねえと忘れるってのもほんとだ」
「そうだぞ、何しろ侍女生活長かったからな」
「それはそうだけどさー」
長いと言ってもほんの数ヶ月だが、確かに多少影響はある気がする。
「でも、お二人ともご自分の剣を持っているのでは? ダルに木の剣を持ってきてもらったのは、どうしてなんです? やはり真剣では危険だからですか?」
と、ミーヤが素直に思ったことを口にした。
トーヤがなんとなく、ちょっと困ったような視線をアランに向けた。アランは無表情にそれを受け止めている。
「あの、何か?」
「いや、な……」
トーヤが一瞬考えるようにして、思い切って口を開いた。
「俺たちの剣はな、あんまりこの宮の中じゃ出さない方がいいように思ってな」
「え?」
「あの、俺たちの剣、実際に使ってた剣ですから」
「え?」
ミーヤはトーヤとアランの言ったことを少し考え、ふと、あることに気がついた。
トーヤとアランの剣、それは実用品だ。
トーヤはミーヤがその事実に気がついたことに、なんとも複雑な顔をする。
つまり2人が持っている剣は人を斬った剣、人の命を奪った穢れのある剣だということだ。
「そういうこった」
ミーヤはトーヤの言葉に返す言葉がない。
「俺らの剣はルギのとは違うからな。斬れなくなるまで使ったら斬れる剣に変える。つまり道具だ」
「ええ、消耗品です」
ミーヤは思わずルギの腰に下げられている名剣を思い浮かべた。まるで芸術品、それをマユリアは忠実な衛士に御下賜になられたという。
「俺の最初の剣は、ある人からもらったもんだが、だめになったんで戦場稼ぎのガキにやって、新しいのを買った」
「俺も最初の剣は兄の形見でしたが、刃こぼれがしたので処分して新しいのを買いました」
アランもベルも、兄の形見ということで最初の剣を取っておきたがったがトーヤが諭した。
「おまえらがその刃こぼれしてどうしようもない剣にこだわって、そんで命を落としたら兄貴が喜ぶのか?」
そうではない。頭でも気持ちでもそれはよく分かっていた。ただ、兄が最後に握っていた、そう思うだけで手放すのを躊躇するのだ。だが、トーヤの言葉を聞いて思い切ることにした。
「いいか、傭兵ってのはその剣と同じだ。斬れなくなったら、戦えなくなったら捨てられる。おまえらの兄貴はおまえらが捨てられるのは望んでない。命と剣、どっちを捨てる」
考えるまでもないことだった。
「何をなさってるんですか?」
「ん? いや、訓練だよ」
トーヤはそう答えるが、ミーヤが知っている訓練とは少し違うように見えた。
トーヤとアランが細長く削った木製の剣のような物を振り回してはいるのだが、お互いにその剣が当たりそうになるところで止める、つまり寸止めをやっている。
「ダルさんに持ってきてもらったんですよ」
アランがトーヤの剣らしき物を目の前で止める形になりながらそう言う。
八年前、トーヤとダル、そして時々ルギも参加してやっていた剣の訓練では、模擬刀で声を出しながら打ち合っていたが、今、2人は黙々と、寸止めを続けている。
「どうしてそんなやり方を?」
「音がしたらヤバいだろ?」
「ああ」
ここは宮の中、前の宮の客室の一つの中だ。しかも、トーヤ、シャンタル、ベルの3人はいないことになっている。
「確かにそうですね。この部屋の中から剣を撃ち合う音がしたらおかしいと思われるでしょう」
「ああ、即隊長にバレるからな」
トーヤがアランとの動きを止めて、汗を拭く。
「俺は、外で時々衛士の方との訓練に混ぜてもらったりしてますが、トーヤが体がなまりそうだからって、それでこんなことを考えたんですよ」
「おれはこの間それでひどい目に合った……」
先日、組み手と称してトーヤに締め上げられたベルが顔をしかめて文句を言う。
「何をなさったんですか」
「ん? いや、ベルが食っちゃ寝してだめになりそうだってから、ちょっと揉んでやっただけだ」
「そんなもんじゃなかっただろが!」
「おまえ、そんな文句言いながらまだそうやって菓子食ってんなら、またやるぞ?」
言われて、急いでベルが持っていた焼き菓子を菓子鉢に戻すのを見て、シャンタルがクスクスと笑った。
「ベルはそんなに太ってないし、お菓子が似合うからやめなくてもいいよ」
そう言われてベルがもう一度菓子鉢に手を伸ばしかけ、
「いいや、やっぱやめとく」
そう言ったのでみんなで笑う。
「まあ、そこそこにしとけ」
トーヤは笑いながら菓子をつまむと、
「ん」
と言いながらベルの口に押し込む。
ベルがしかめた顔のまま菓子を食べるのを見て、トーヤが楽しそうに笑った。それを見て思わずミーヤの顔もほころぶ。なんだろう、ずっと昔にも同じような瞬間があったような気がする。そしてかわいらしく笑う青い衣装の女の子が浮かんだ。
「組み手だけなら、こいついじめてなんとかするが、剣はやっぱりアランとでないとな」
「なんだよ、やっぱいじめてた自覚あんじゃん!」
ぷうっと頬をふくらませるベルに、また室内に笑いが起こる。
「まあ、おまえも動いてねえと忘れるってのもほんとだ」
「そうだぞ、何しろ侍女生活長かったからな」
「それはそうだけどさー」
長いと言ってもほんの数ヶ月だが、確かに多少影響はある気がする。
「でも、お二人ともご自分の剣を持っているのでは? ダルに木の剣を持ってきてもらったのは、どうしてなんです? やはり真剣では危険だからですか?」
と、ミーヤが素直に思ったことを口にした。
トーヤがなんとなく、ちょっと困ったような視線をアランに向けた。アランは無表情にそれを受け止めている。
「あの、何か?」
「いや、な……」
トーヤが一瞬考えるようにして、思い切って口を開いた。
「俺たちの剣はな、あんまりこの宮の中じゃ出さない方がいいように思ってな」
「え?」
「あの、俺たちの剣、実際に使ってた剣ですから」
「え?」
ミーヤはトーヤとアランの言ったことを少し考え、ふと、あることに気がついた。
トーヤとアランの剣、それは実用品だ。
トーヤはミーヤがその事実に気がついたことに、なんとも複雑な顔をする。
つまり2人が持っている剣は人を斬った剣、人の命を奪った穢れのある剣だということだ。
「そういうこった」
ミーヤはトーヤの言葉に返す言葉がない。
「俺らの剣はルギのとは違うからな。斬れなくなるまで使ったら斬れる剣に変える。つまり道具だ」
「ええ、消耗品です」
ミーヤは思わずルギの腰に下げられている名剣を思い浮かべた。まるで芸術品、それをマユリアは忠実な衛士に御下賜になられたという。
「俺の最初の剣は、ある人からもらったもんだが、だめになったんで戦場稼ぎのガキにやって、新しいのを買った」
「俺も最初の剣は兄の形見でしたが、刃こぼれがしたので処分して新しいのを買いました」
アランもベルも、兄の形見ということで最初の剣を取っておきたがったがトーヤが諭した。
「おまえらがその刃こぼれしてどうしようもない剣にこだわって、そんで命を落としたら兄貴が喜ぶのか?」
そうではない。頭でも気持ちでもそれはよく分かっていた。ただ、兄が最後に握っていた、そう思うだけで手放すのを躊躇するのだ。だが、トーヤの言葉を聞いて思い切ることにした。
「いいか、傭兵ってのはその剣と同じだ。斬れなくなったら、戦えなくなったら捨てられる。おまえらの兄貴はおまえらが捨てられるのは望んでない。命と剣、どっちを捨てる」
考えるまでもないことだった。
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