黒のシャンタル 第三話 シャンタリオの動乱

小椋夏己

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第六章 第二節

13 薬効

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 3行でわかる前回のぐじへんは
 哀憐により自分の外観を奪われてしまったアイドル笹倉静葉であったが達樹、卓夫達の活躍により憎愚を撃破に成功。無事美麗な姿を取り戻したのであった。

 ――――――――――
「えぇっと……」

 目の前で行われた壮絶な死闘の前に呆気に取られる静葉。
 余りの非現実な模様に言葉を失ってしまう。

「大丈夫でござるよ静葉ちゃん。拙者もよくわかっておりません」

 二人の説明どうぞと言わんばかりの視線が達樹へ突き刺さる。

「あっ……えっと……そうだな。何から話しゃいいんだろ」

 あからさまに困惑する達樹の前に一瞬にして最愛恋が現れる。

「無事片付いたみたいだね」

「恋さん!恋さんもあいつ倒せたんだな!」

「あぁ。でもあんまり手応えがなかった。余力を残してた可能性があるから正直微妙かな……とまぁそんな事はさておき」

 達樹に変わって恋が仲介に入る。

「君達は口が硬いかな?」

 へ?っと二人してリアクションの後にこくりと頷く。

「この化物達のことに関しては一切他言無用。万が一にも漏れないようにルールとしてこの一件の記憶は書き換えないと行けないんだけど。
 正直俺はあんまり意味を感じてなくてね。君達が馬鹿みたいに言いふらすようにも見えないしこのままで良いと思ってる」

「い、いいのか!?」

「俺はある程度偉いから融通が効くの。達樹達がやったらめーっちゃ怒られるから真似しない方がいいよ」

(そもそも記憶の書き換え方とかわかんねぇよ……)
 とさも当たり前かのように言う恋に達樹は脳内でツッコミを入れる。

「笹倉静葉ちゃん。今回の件はこちらの対処が遅れてしまった事で、君の人生に多大なる負担をかけてしまった。本当に申し訳ない」

「そんな……謝らないでください。私の身体を元に戻す為に皆さん頑張ってくださったんですよね?皆さんがいなかったら今笹倉静葉としての私はここにはいないから。心から感謝してます」

 澄んだ瞳で微笑みかける静葉。その言葉の節々から静葉の優しさが伝わってくる。

「静葉ちゃん……やっぱりアイドルはやめてしまうのでござるか?」

「こんな事があったしね。事実無根ですなんて言っても信じてもらえないだろうし……」

 その言葉に続く内容は容易に想像がついた。また一人推しの姿が見れなくなってしまうと。卓夫は俯き切なげな顔で沈黙する。

「しっかり心と身体を休ませて……ほとぼりがさめたら戻って来たいな」

「ほ、本当でござるか!?」

「うん。大変な事もいっぱいあるだろうけど……やっぱり私はアイドルが好きだから」
 
 静葉のその言葉からは固く熱い信念が伝わって来た。
 いつか来る再びアイドルとしての笹倉静葉が見れる日を卓夫は待ち遠しく感じた。
 アイドルとして人として強くあろうとする静葉を見て卓夫は安堵し先ほどまで抱いていた不安が消え去る。
 夜も更け女の子一人で帰るのは危ないと恋がタクシーを呼び出す。
 静葉がタクシーに乗り込む直前こちらを振り向く。

「卓夫くん。最後に一つだけお願いしてもいい?」

「なっ!何でも言いなされ!!?パパが何でも買っちゃるけん!!?」

「なんで博多弁なんだよ」

「いつになるかわからないけど……私絶対アイドルとして戻ってくるから。だからその時はまた、私と歌って踊る姿、見に来てくれる?」

 愛する推しからのお願い事。たったひとつの願い。嘘偽りのない一人の笹倉静葉としての願い。卓夫の答えは決まっていた。

「もちのロンでござるっ!!」

「絶対だよ!良かったら達樹さん達もご一緒に!」

 そう言い残し優しく微笑みを残して静葉はタクシーと共に夜道を去っていった。

「強い子だね。彼女ならきっと再びアイドルとして返り咲く事ができるよ……きっと」

「……再び帰って来てくれたとしても、またさっきのような怪物が彼女を襲うかもしれない……違いますか?」

 先ほどまでの嬉々として溌剌とした態度とは一変し卓夫は事の深刻さを理解していた。
 その際に起こる最悪なケース。死に至る可能性までも想像に難しくなかった。

「……察しがいいね。さっきの化物達はアイドルに関した人間を襲う。アイドル自身、それに携わる人間全てが対象だ。君も一度襲われている」

 恋は一度憎愚により暴走させられた前田けいに卓夫自身が襲われた事実を教える。その際に達樹により助けられた事も知り感謝の意を示す。

「ではその憎愚は拙者の推しだけに留まらず、その関係者、家族すらも手にかけるど畜生であると。こうしてる間にも拙者の推しが命の危機に晒されていると言うわけでございますか?」

「あぁ。憎愚の活性化は止まる勢いを知らない。俺達も全力を尽くしてはいるが……手が届かない命もある」

 奏者の数と憎愚の数は拮抗していない。
 日々アイドルが産み出されるペースが右肩上がりの現状。数多に産み出される憎愚に奏者の数が追いついていない。
 その事実を理解した上で卓夫は決意する。

「拙者も!!拙者も戦いたいでござる!!拙者見ての通り運動も全然で!身体もブヨブヨでござるが!それでも拙者の推し達が理不尽に傷ついている事実を見て見ぬフリなど、断じて出来ませぬ!!」

 (卓夫……)

 この事実を聞いた上で激怒する事は想像出来た。だが自分も命を賭して戦うとまで言い出すとは思っていなかった。
 卓夫が誰かに暴力を振るっている姿を見た事がない。あってもじゃれ合いくらいのものだった。
 臆病で決して争い事は嫌うようなタイプだと思っていた友人がここまで決意を胸に異形に立ち向かおうとしている。
 その事実に達樹は胸を打たれたが一つだけどうにもならないだろう問題点が頭をよぎった。

「卓夫の気持ちは凄くわかる。でも俺達みたいに戦うにはアイドル因子ってやつが必要でそれが無いと憎愚とは戦えねぇんだ」

「で、では拙者にもそのアイドル因子を!!」

「アイドル因子は人為的に付与できるものじゃ無い。持つ者か持たざる者か。
 ふとした時に何の前触れもなくアイドル因子は覚醒する。
 君の中にも仮にアイドル因子があったとしても今は観測出来ない以上、今の君にアイドル因子を宿した戦いは出来ない」

 卓夫は沈黙する。立ち向かい戦いたい意思。アイドルを強く愛する卓夫にとっては達樹達以上にアイドルを護りたいという気持ちは強いだろう。
 非力な自身に怒りを覚えるが恋から一つ提案が入る。

「顔を上げて。別にアイドル因子が無いと憎愚と戦えないなんて言ってないでしょ」

「そ、それはどう言う意味ですか?」

「どう言う意味だよ!?」と達樹も驚きを隠す事ができず恋に食いつく。

「君みたいにアイドル因子が無くても憎愚を倒したい。憎愚から人々を護りたいって思考の人間は勿論いる。
 そんな人達の為にアイドル因子の研究を重ねて作られた武装を使用して憎愚と戦うファイターチームがある。名を『抗者ネトゥ・ニヒト』」

「今の君からしたら何度も心が折れそうになる程の心身共に辛いトレーニングや訓練を受ける事になるだろう。俺達がやってる事は文字通り命がかかってくるからね。
 その上でも君は茨の道を歩きたいと、憎愚と戦いたいと思うかい?」

 卓夫は決して運動が得意では無い。体力もあるわけでも無く力が特別あるわけでも無い。
 ランキングをしてもすぐ息切れをしダイエットに勤しんでも3日持たずすぐ投げ出してしまう程だった。
 地獄のようなトレーニングを熟せる自分は想像出来ない。だがそれ以上に卓夫を突き動かす物が確かに存在した。

「やり遂げて見せます……絶対に!男に二言はありませぬ。心が折れそうになったその時は推しの動画を見て自身を鼓舞します。誰に何と言われても拙者は強くなる事から逃げませぬ!推しが悲しむ姿は……絶対に見たく無いから!!」

「……決まりだね。思い立ったが吉日!明日の放課後達樹と一緒にDelightまで来てくれ。入社手続きって奴を済ませないとだからね」

「お、押忍!!」

 こうして卓夫も憎愚と戦うべくDelightに所属する事になった。アイドル因子を持たずして憎愚と戦うファイターチーム『抗者ネトゥ・ニヒト』とは何なのか。
 大丈夫かと心配な気持ちも湧く達樹であったが、友人の意外な男としての強さを垣間見れた事に喜びを感じながらその日の夜は眠りについた。
 
――――to be continued――――
 
 


 

 
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