438 / 488
第六章 第二節
7 強さの秘密
しおりを挟む
翌日、奥宮の侍女控室に侍女全員が集められ、キリエから新しい役職についての発表があった。
取次役を侍女頭の直属とし、その取りまとめ役には他の役目と兼務でフウが就くこと、その下に奥宮担当と前の宮担当を1名ずつおき、奥宮はセルマ、前の宮はミーヤが勤めること。
聞いた瞬間、小さなざわめきが侍女たちの間に広がった。
それは本当に小さなものであったが、侍女たちは人前でそのような感情をほとんど出さぬよう、教育が行き届いている。それだけに、その発表にどれほどの衝撃を受けているかが分かるものであった。
まずはその顔ぶれだ。ほんの少し前まで取次役として侍女頭と同じぐらいの権勢を誇っていたセルマ、それから八年前の「あのミーヤ」に、そして、これがもしかすると一番大きなざわめきの原因ではあったが、変人で通っているフウの3人だ。
次に「取次役」というその役職。初めてこの役職ができた時、誰もが単に奥宮と前の宮との連絡係、本当に要件を取り次ぐだけの係だと思っていた。それが、気がつけばセルマはまるでもう一人の侍女頭か、シャンタルとマユリアの次の宮の主であるかのように振る舞うようになっていた。
その取次役が3人とはどういう意味なのか。もしかしたら、3人がこれから宮を取り仕切ると言うのではないか。一部にはそう考えた侍女もいた。
だが、以前と違い、これからは取次役は侍女頭の直属になるという。つまり、ごく普通の一部署という存在になるわけだ。その仕事内容も、一番最初に取次役ができると聞いた時に思ったように、単なる連絡役に過ぎないようだ。
ということは、「取次役」は「侍女頭」に負けたということなのか?
一体何があったのかは分からないが、セルマはしばらくの間「謹慎中」であった。その理由を大部分の侍女たちは知らない。
セルマとミーヤが懲罰房に入れられることになった時、あの謁見の間にいた侍女はセルマ、ミーヤ、そしてリルとアーダだけであった。そしてその誰もがそこで何があったかを話すことはしなかった。
侍女たちが聞いたのは、しばらくセルマとミーヤが謹慎する、それだけであった。そしてミーヤが一足先に復帰して、夜はセルマと同じ部屋にまた戻っていたこと。今朝までセルマはその部屋で寝起きして、その前では衛士が始終座っていた、それだけだ。
「えー、それでは」
静かに困惑をしていた侍女たちが、その声にハッとして注目する。
「今、キリエ様がおっしゃったように、取次役取りまとめ役を拝命いたしました。といっても、ほとんどやることもないでしょうが、何かあったら私に連絡をお願いいたします」
フウだ。フウは続けて仕事の流れを軽くまとめて説明をすると、
「以上です」
そう言って、報告は終わりとなった。
「それでは、各自自分の持ち場に戻ってください。取次役の3名はこの後で少し話がありますから、兼任の部署には少し遅れると思います。では」
キリエの言葉で侍女たちは散っていった。
「取次役の3名は私の執務室へ」
キリエの後にフウ、セルマ、ミーヤの順に並んで付いていく。
その通り道に受け持ちの部署のある侍女たちが、行列を物珍しそうに、だがこっそりと眺めている。
セルマはその視線に不愉快になるが、そのことを顔に出すまいと知らぬ顔をした。そして、昨夜ミーヤと話したことを思い出す。
「知らぬ顔をしていればいいと思いますよ」
取次役の面子については、ミーヤの説明で納得をするしかなくなった。だが、かといってその3人が同じ係と知った他の者たちの反応は、それを考えるだけでますます気が重くなる。
黙ったままそのことを考えていると、ミーヤがそう言ったのだ。
「そんなにいつまでも、他人のことを見続けていられる人はいません。すぐに慣れます。そうするとあちらも興味を失いますから」
まるでそんな経験があるようだとセルマは感じ、ふと、思い当たった。
「あなた、もしかして」
「はい、八年前になんやかんやと」
ミーヤはそう言ってクスッと笑った。
こともなげにそう言って見せるが、当時は随分とつらかったことだろう。セルマはそう思って胸が痛んだ。それに自分も同じことをして、そのことで共に懲罰房に入れてしまった。
「ごめんなさい」
今なら分かる。ミーヤがそのような侍女ではないことも、トーヤという、当時、自分にはならず者だとしか思えなかったあの人が、決して侍女をそのように扱う人ではないということも。フェイとの話からそう知った。
「いいえ」
ミーヤはただ一言だけ、笑顔でそう返し、こう続けた。
「当時、セルマ様からはそのような目で見られなかった。そのことを感謝いたしております」
八年前、ミーヤはまだ16歳だった。その少女がそんな状況に耐え、乗り越えたのだ。長年、宮で生き、経験も年齢も積んだ自分に耐えて乗り越えられないことではない。
そしてもう一つ。ミーヤの強さ、それは信頼する人がいるからだ、それも理解できた。決してミーヤはトーヤとそのような穢れた関係ではなかった。だが、互いに深く信頼し合い、強くつながっているのだろう。
自分は今、ミーヤを信頼している。その子がそう言うのだ、おそらく大丈夫だろう。セルマはそう思って力を抜いた。
取次役を侍女頭の直属とし、その取りまとめ役には他の役目と兼務でフウが就くこと、その下に奥宮担当と前の宮担当を1名ずつおき、奥宮はセルマ、前の宮はミーヤが勤めること。
聞いた瞬間、小さなざわめきが侍女たちの間に広がった。
それは本当に小さなものであったが、侍女たちは人前でそのような感情をほとんど出さぬよう、教育が行き届いている。それだけに、その発表にどれほどの衝撃を受けているかが分かるものであった。
まずはその顔ぶれだ。ほんの少し前まで取次役として侍女頭と同じぐらいの権勢を誇っていたセルマ、それから八年前の「あのミーヤ」に、そして、これがもしかすると一番大きなざわめきの原因ではあったが、変人で通っているフウの3人だ。
次に「取次役」というその役職。初めてこの役職ができた時、誰もが単に奥宮と前の宮との連絡係、本当に要件を取り次ぐだけの係だと思っていた。それが、気がつけばセルマはまるでもう一人の侍女頭か、シャンタルとマユリアの次の宮の主であるかのように振る舞うようになっていた。
その取次役が3人とはどういう意味なのか。もしかしたら、3人がこれから宮を取り仕切ると言うのではないか。一部にはそう考えた侍女もいた。
だが、以前と違い、これからは取次役は侍女頭の直属になるという。つまり、ごく普通の一部署という存在になるわけだ。その仕事内容も、一番最初に取次役ができると聞いた時に思ったように、単なる連絡役に過ぎないようだ。
ということは、「取次役」は「侍女頭」に負けたということなのか?
一体何があったのかは分からないが、セルマはしばらくの間「謹慎中」であった。その理由を大部分の侍女たちは知らない。
セルマとミーヤが懲罰房に入れられることになった時、あの謁見の間にいた侍女はセルマ、ミーヤ、そしてリルとアーダだけであった。そしてその誰もがそこで何があったかを話すことはしなかった。
侍女たちが聞いたのは、しばらくセルマとミーヤが謹慎する、それだけであった。そしてミーヤが一足先に復帰して、夜はセルマと同じ部屋にまた戻っていたこと。今朝までセルマはその部屋で寝起きして、その前では衛士が始終座っていた、それだけだ。
「えー、それでは」
静かに困惑をしていた侍女たちが、その声にハッとして注目する。
「今、キリエ様がおっしゃったように、取次役取りまとめ役を拝命いたしました。といっても、ほとんどやることもないでしょうが、何かあったら私に連絡をお願いいたします」
フウだ。フウは続けて仕事の流れを軽くまとめて説明をすると、
「以上です」
そう言って、報告は終わりとなった。
「それでは、各自自分の持ち場に戻ってください。取次役の3名はこの後で少し話がありますから、兼任の部署には少し遅れると思います。では」
キリエの言葉で侍女たちは散っていった。
「取次役の3名は私の執務室へ」
キリエの後にフウ、セルマ、ミーヤの順に並んで付いていく。
その通り道に受け持ちの部署のある侍女たちが、行列を物珍しそうに、だがこっそりと眺めている。
セルマはその視線に不愉快になるが、そのことを顔に出すまいと知らぬ顔をした。そして、昨夜ミーヤと話したことを思い出す。
「知らぬ顔をしていればいいと思いますよ」
取次役の面子については、ミーヤの説明で納得をするしかなくなった。だが、かといってその3人が同じ係と知った他の者たちの反応は、それを考えるだけでますます気が重くなる。
黙ったままそのことを考えていると、ミーヤがそう言ったのだ。
「そんなにいつまでも、他人のことを見続けていられる人はいません。すぐに慣れます。そうするとあちらも興味を失いますから」
まるでそんな経験があるようだとセルマは感じ、ふと、思い当たった。
「あなた、もしかして」
「はい、八年前になんやかんやと」
ミーヤはそう言ってクスッと笑った。
こともなげにそう言って見せるが、当時は随分とつらかったことだろう。セルマはそう思って胸が痛んだ。それに自分も同じことをして、そのことで共に懲罰房に入れてしまった。
「ごめんなさい」
今なら分かる。ミーヤがそのような侍女ではないことも、トーヤという、当時、自分にはならず者だとしか思えなかったあの人が、決して侍女をそのように扱う人ではないということも。フェイとの話からそう知った。
「いいえ」
ミーヤはただ一言だけ、笑顔でそう返し、こう続けた。
「当時、セルマ様からはそのような目で見られなかった。そのことを感謝いたしております」
八年前、ミーヤはまだ16歳だった。その少女がそんな状況に耐え、乗り越えたのだ。長年、宮で生き、経験も年齢も積んだ自分に耐えて乗り越えられないことではない。
そしてもう一つ。ミーヤの強さ、それは信頼する人がいるからだ、それも理解できた。決してミーヤはトーヤとそのような穢れた関係ではなかった。だが、互いに深く信頼し合い、強くつながっているのだろう。
自分は今、ミーヤを信頼している。その子がそう言うのだ、おそらく大丈夫だろう。セルマはそう思って力を抜いた。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。


セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。
【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。
【書籍化進行中、完結】私だけが知らない
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる